5-5-3 QUEST
NEW ERAがまだ会場の耳に残っていた。
その余韻が、天井の高いところで薄く震えている。
BEEFがスクラッチで音を切ったあと、会場には一瞬、静けさが落ちた。
その静けさは、冷めたものではなかった。
むしろ、熱が一度、内側に沈んだような静けさだった。
三万二千人の会場。
ステージの照明は、まだ白い。
NEW ERAの白。
新しい部署の蛍光灯。
知らない廊下。
首からIDが少し浮く朝。
白紙の予定表。
何をしていいか分からない席。
その景色が、観客の中にまだ残っている。
そして、拍手が来た。
歓声より先に、拍手だった。
ぱちぱち、という軽いものではない。
広い会場のあちこちから、少しずつ重なってくる拍手。
リバクルーのタオルが揺れる。
BEEF勢が、腕を組んだまま頷く。
ReShiNa勢の男たちが、少し照れた顔で手を叩く。
赤ペンを持った客が、胸元で静かに拍手する。
飯は感情タオルの女性が、泣きながら手を叩く。
拍手は、ばらばらだった。
でも、薄くない。
ばらばらなのに、厚い。
mcRCは、その拍手を正面から受けていた。
サングラスの奥の目は見えない。
けれど、顎の角度だけで分かる。
届いた。
少なくとも、この一曲は届いた。
wataは、マイクを下げたまま、短く息を吐いた。
一拍空けたところを、BEEFは落とさなかった。
あれは、ほんの短い間だった。
客席のほとんどは、そこまで細かくは分からなかったかもしれない。
でも、自分には分かった。
空けた。
拾われた。
落ちなかった。
EGUIは、客席を見ていた。
自分の声を強く叩きつけなかった。
低く響かせた。
それでも、届いた。
「今日も生きた それで進んでる」
その言葉のあと、客席が深く息をしたのを、彼は覚えていた。
BEEFは、DJブースの奥でターンテーブルに片手を置いたまま、客席を見ていた。
拍手の量ではない。
声の大きさでもない。
どこで人が前に傾いたか。
どこで手が止まったか。
どこで笑いが生まれたか。
どこで、歓声ではなく呼吸が沈んだか。
それを見ていた。
いや、聴いていた。
三人の呼吸も見る。
ステージ上の間も見る。
けれど、BEEFが一番強く見ていたのは、客席だった。
NEW ERAの客席は、ただ上がったわけではなかった。
燃えた、というより、入った。
笑った。
頷いた。
自分の初日を思い出した。
生活の重さで黙った。
白紙という言葉で少し前を向いた。
それは、次にそのまま火をつければいい空気ではなかった。
BEEFは、右手の指先をターンテーブルの上で止めた。
用意していた流れは、分かっている。
次はIGNITE。
悔しさに火をつける曲。
負けたあと、燃やす。
冷めた目を置いてくる。
まだ終わらないと叫ぶ。
筋は通っている。
むしろ普通なら、それが正解に見える。
NEW ERAで入り直した。
次にIGNITEで火をつける。
流れとしては強い。
ただ、BEEFは、会場の拍手を聴いていた。
前のめりではある。
でも、拳を突き上げたいだけの前のめりではない。
客席は、リバクラの「入り直し」に反応していた。
負けからの熱血復活よりも、もう一度知らない場所に立つ姿に興味を持っている。
盛り上がりだけを求めている顔ではない。
このチームが、ここからどう旅を始め直すのか。
そこを見ようとしている。
後攻の相手は、癖が強い。
自分たちの世界へ引き込むタイプだ。
リズムが少し変で、構成が独特で、聴き慣れたファンが先に反応する。
その反応に周りが引っ張られる。
気づいたら、こちらの分かりやすい熱が、向こうの濃い空気に飲まれる。
普通に燃やすだけでは、後から上書きされる可能性がある。
なら、こっちも普通に燃やして終わる必要はない。
もっと癖を出せばいい。
リバクラが持っている、明るくて、変で、でも芯がある方へ。
BEEFは、機材の横に置いていた手を、ほんの少しだけ動かした。
次のイントロへ向かうためのパッド。
そこには、IGNITE用の火花が入っている。
静かな空気に spark。
止まってた足に start。
そのはずだった。
BEEFの指は、そこへ行かなかった。
別のパッドへ行く。
小さな電子音。
ゲームの扉が開くような、軽い音。
ピロン。
ステージ上の三人が、同時に反応した。
wataが、ほんの少しだけ振り返る。
サングラスの奥の目は見えない。
でも、口がはっきり動いた。
「、、、は?」
BEEFは、マイクを持たない。
客席に聞こえる声では言わない。
ただ、三人にだけ見えるように、顎を少し動かした。
別の曲。
wataの眉間が寄った。
「マジか」
mcRCもBEEFを見る。
EGUIも、一瞬だけ横を見る。
BEEFの手元が、もう決めていた。
迷っていない。
今から火をつけるのではない。
今から旅に変える。
wataが、口元だけで言う。
「壊すんかい」
BEEFは、ほんの少しだけ口角を動かした。
返事はしない。
指が、次の音を選んでいる。
EGUIが、低く息を吐いた。
「相変わらずだな」
mcRCは、客席を見た。
三万二千人。
まだ、拍手の余韻が残っている。
新入社員のように入り直す、と言った。
まだ何者でもないまま進む、と歌った。
客席は、それを受け取った。
なら、そのまま火をつけるより。
今は、旅にする。
経験値にする。
この先に道が続いていると見せる。
mcRCの中で、NEW ERAの白紙の地図が、別の形を取り始めた。
白紙の地図。
地図が白紙なら。
それは、QUESTの始まりでもある。
wataが小さく悪態を吐く。
「課題だらけなんに、どんだけチャレンジさせるねん……」
BEEFが、そこで短くスクラッチを切った。
シャッ。
それは、返事だった。
やるぞ。
wataは、肩を落とすように笑った。
「ええい」
EGUIが、短く言う。
「任せる」
mcRCが、マイクを握り直した。
「行くぞ」
客席は、そのやり取りの全部を理解したわけではない。
ただ、何かが変わったのは分かった。
「今、BEEF何か変えた?」
「IGNITE来ると思ったけど、違う?」
「イントロ違くない?」
「ゲームっぽい音した」
「リバクラ、顔見合わせたぞ」
「BEEF、また壊した?」
BEEF勢が、先に気づいた。
「これ、予定変えたな」
「手元が違った」
「今の切り方、曲間リビルドだ」
「リビルドマスター出た」
「合わせるだけじゃないんだよな、BEEFは」
BEEFは、会場のざわめきを切らない。
むしろ、そのざわめきを少しだけ残す。
何が始まるのか分からない空気。
その空気こそ、QUESTには合っていた。
スクリーンの白い予定表が、ゆっくり暗転する。
そこに、一本の線が走った。
地図の線。
まだ道とは呼べない、細い線。
ステージの照明が、白から少しだけ青みを帯びる。
朝のオフィスではない。
夜の街。
アスファルト。
ちらつく街灯。
曲がり角の奥。
まだ入ったことのない裏路地。
そこへ、電子音が重なる。
ピロン。
ピロン。
そして、BEEFが低音を入れた。
どん。
今度の低音は、床を沈めるだけではない。
扉を開ける音に似ていた。
三人が、すぐに立ち位置を変えた。
mcRCが少し前。
wataは半歩横。
EGUIは、真正面より少し後ろ。
予定外でも、動ける。
それがライブだった。
三人の声が重なる。
≫Quest, quest
≫まだ地図は白紙のまま
≫Quest, quest
≫でも足音なら鳴ってる
客席が、一瞬遅れて反応した。
「QUEST!?」
「曲変わった!」
「地図は白紙!」
「NEW ERAから地図つながった!」
「まだ足音なら鳴ってる、いいな!」
さっきのNEW ERAで、白紙の地図が出た。
その地図を、そのまま旅に変えた。
客席が気づくより早く、BEEFはその道を作っていた。
リバクルーの一人が、タオルを握って叫ぶ。
「リビルドしたか!?」
隣の男が笑う。
「BEEFやりやがったんじゃ?」
「でも繋がってる!」
「白紙からQUESTは、ずるい!」
「いや、これはうまい!」
三人の声が、さらに前へ出る。
≫Magic, sword, brave heart
≫3MC, we start
≫冷めた世界の真ん中へ
≫俺らの声で light it up
会場が、明るくざわめいた。
「魔法!」
「剣!」
「勇気!」
「急にRPG!」
「でもリバクラ似合う!」
「マイクが杖で、ライムが剣か?」
「さっきまで新入社員だったのに、旅に出たぞ!」
笑いが起きる。
でも、軽い笑いではない。
NEW ERAで白紙の地図を受け取った客席にとって、QUESTは急な方向転換ではなかった。
むしろ、白紙を持ったまま、次の扉を開けたように見えた。
BEEFは、そこでフックへ入れる。
ビートが少し跳ねる。
重すぎない。
明るい。
でも、低音は残る。
三人のHook。
≫Quest, quest, quest
≫まだ終わらない stage
≫Quest, quest, quest
≫この声が light the way
会場のあちこちで、身体が揺れ始めた。
「Quest, quest, quest!」
「まだ終わらないstage!」
「この声が道を照らすってことか」
「NEW ERAで入って、QUESTで進むのか」
「今の流れ、予定変更だとしても強い」
BEEF勢の一人が、首を振りながら言う。
「これ、見て変えたろ」
「観客の反応?」
「たぶん。盛り上げより、意味に入ってたから」
「そこにQUEST差すの、BEEFらしい」
「合わせるだけじゃない。壊して組み直す」
「リバクラも、よくこんな曲持ってるな」
BEEFは、客席を見ていた。
リバクルーが笑っている。
ReShiNa勢の男たちが戸惑いながらも前に傾いている。
BEEF勢が手元を見ている。
初見客が「なんだこの展開」と笑いながらも視線を外さない。
良い。
壊しても、落ちていない。
むしろ、入っている。
Hookは続く。
≫Magic on the mic
≫Sword in the rhyme
≫Brave heart, step in the light
≫3MC, we raise your night
「英語気持ちいい!」
「Magic on the mic!」
「Sword in the rhyme!」
「Brave heart、EGUIか!」
「3MCが職業分かれてるみたいで楽しい!」
ステージの照明が、少しずつ色を変える。
mcRCの周りには、青白い光。
wataの足元には、銀色のライン。
EGUIの後ろには、赤すぎない暖色の光。
魔法。
剣。
勇気。
分かりやすい。
でも、安っぽくはない。
それは、彼らが本当にその役割を持っているからだった。
mcRCは、場面を変える。
wataは、言葉で切り開く。
EGUIは、怖がる人の背中を押す。
BEEFは、それを一曲の旅に組み直している。
≫Quest, quest, quest
≫冷めた空気を break
≫Quest, quest, quest
≫世界ごと raise the flame
「冷めた空気をbreak!」
「世界ごとraise the flame!」
「QUESTで火を上げてきた!」
「燃やす前に旅にした!」
「これ、相手の癖に対してこっちも癖出してきたな」
後攻チームのファンらしき客が、腕を組んでステージを見る。
笑っている。
余裕の笑いではない。
面白くなってきた、という顔だった。
その隣で、リバクルーが言う。
「癖勝負になったな」
後攻ファンが返す。
「そっち、こんなんできるんだな」
リバクルーはタオルを握って笑った。
「BEEFが壊したと思う」
「なるほど」
そして、Hookの核が来る。
≫マイクが杖
≫ライムが剣
≫勇気ひとつで前へ行け
≫Quest, quest, quest
≫俺らの旅は続いてく
会場が、一気に明るくなった。
「マイクが杖!」
「ライムが剣!」
「勇気ひとつで前へ行け!」
「これ、子どもっぽいギリギリ手前で止まってるのがいい」
「今は経験値稼ぎなんだな」
「勝つ前に、旅してる」
赤ペンを持った客が、赤ペンを小さく掲げる。
「学び直しからQUEST、つながる!」
飯は感情タオルの女性が、泣き笑いになっている。
「今日、情緒忙しい……」
隣の人が言う。
「まだ二曲目です」
「分かってる……」
ステージは、mcRCのVerseへ入る。
照明が夜の街へ沈む。
街灯のちらつき。
裏路地の角。
冷えた床。
ポケットの奥で震えるスマホ。
mcRCが、歩くようにラップを始める。
≫街灯ちらつく夜の端
≫フード揺らして歩く裏路地
≫ポケットの奥で震える phone
≫でもステージ前なら I’m not alone
客席が、すっと景色に入った。
「夜の端!」
「フード揺れる裏路地、見える」
「スマホ震えてるの、現実戻るな」
「でもステージ前なら alone じゃない」
「新入社員から冒険者になったけど、ちゃんと街にいる」
このQUESTは、ファンタジーだけに逃げていない。
ダンジョンは街。
さっきまでのオフィスも、生活も、夜の裏路地も、全部つながっている。
mcRCは、杖を振るようにマイクを持つ。
≫マイク握れば staff に変わる
≫冷えた floor に spell をかける
≫one phrase, two step, mood gets better
≫曇った顔にも落とす glitter
「staffって杖か!」
「マイクが杖!」
「冷えたfloorにspell、いいな」
「one phrase, two step、軽く上げてくる!」
「glitter落とすって、RCっぽい!」
ステージの床に、細い光が散る。
金色ではない。
派手な紙吹雪でもない。
暗い床に、小さく反射する光。
本当に、曇った顔に落ちるglitterみたいだった。
renaは、アコギケースの横で指先を少し動かした。
mcRCの景色は、夜の街なのに暗くなりすぎない。
全部を照らすのではなく、小さな光を置いていく。
笑える場所まで連れていく。
その言葉が、次に来る。
≫魔法って言っても炎じゃない
≫言葉で空気を変える style
≫だるさの霧を slow に裂いて
≫笑える場所まで連れてく guide
会場が大きく反応した。
「炎じゃない!」
「言葉で空気を変える魔法!」
「だるさの霧、分かる」
「笑える場所まで連れてくguide、RCだ」
「魔法を大げさにしないのがいい」
mcRCは、ここで全部を救おうとはしない。
暗い世界を一撃で変える魔法ではない。
だるさの霧を少し裂く。
首だけ揺らせる場所まで連れていく。
笑えるところまで、少し案内する。
それが彼の魔法だった。
≫ほら hands up じゃなくてもいい
≫まず首だけ揺らせばいい
≫暗い世界に小さな light
≫mcRC, make the scene tonight
「hands upじゃなくていい!」
「首だけでいいって入口やさしい」
「これ、初見も入れるやつ」
「暗い世界に小さなlight、NEW ERAの白紙からちゃんと繋がってる」
「make the scene tonight!」
ReShiNa勢の男が、隣に小さく言う。
「この人、入口作るの上手いな」
隣が頷く。
「ReShiNaの時も、無理に押してこなかったの分かる気がする」
その言葉を、renaは聞いていない。
でも、彼女は同じようなことを感じていた。
Pre-Hook。
mcRCの声が少し明るくなる。
≫呪文は rhyme
≫杖なら mic
≫冷めた夜ほど光らせたい
≫Quest はまだ始まったばかり
「始まったばかり!」
「冷めた夜ほど光らせたい!」
「これ、今のリバクラ自身にも言ってるんよな」
「まだ始まったばかりって言えるの、いい」
BEEFが、ここでビートを少しだけ広げる。
音が開く。
Hookへ戻る。
≫Quest, quest, quest
≫まだ終わらない stage
≫Quest, quest, quest
≫この声が light the way
今度は、客席が少し早く反応した。
「Quest, quest, quest!」
「まだ終わらないstage!」
「light the way!」
ばらばらだった声が、少しだけまとまり始める。
完璧な大合唱ではない。
でも、入口ができた。
mcRCが魔法で空気を変えた。
次は、wataが剣を抜く。
BEEFが、Hookの終わりで短く音を切った。
ザッ。
スネアが鋭くなる。
低音が少し前へ出る。
wataが半歩前に出る。
足元の銀色のラインが、剣の刃みたいに伸びた。
≫beat の戦場 kick が号令
≫snare が鳴れば前線へ go way
≫chain mail rhyme, hard guard, no pain
≫blade flow 連打で切り裂く slow day
客席が沸いた。
「戦場!」
「kickが号令!」
「chain mail rhyme!」
「blade flow!」
「言葉の装備感すごい!」
BEEF勢の男が、首を振る。
「wata、こっちの方が武器見えるな」
隣が言う。
「NEW ERAで空けたあと、QUESTでまた畳んできた」
「でもさっきより怖くない」
「剣だからだろ。速いのが意味になってる」
wataは走る。
しかし、ただ速いだけではない。
剣を振るように、フレーズの切っ先が見える。
≫盾で受ける pressure, counter で返す
≫傷なら bars に変換して燃やす
≫守るだけじゃない 攻め切る stance
≫踏み込む一歩で変わってく chance
「pressureをcounter!」
「傷をbarsに変える!」
「守るだけじゃない!」
「踏み込む一歩でchance、いい!」
wataの中で、さっきの空白がまだ残っていた。
NEW ERAで空けた一拍。
BEEFが拾った。
だから今度は、詰められる。
ただし、詰めるしかできないわけではない。
詰めることを、自分で選べる。
それが少しだけ違った。
≫斬撃 内韻 電撃みたいに
≫点と線つなぎ連結 tight に
≫sword swing, word link, verse king
≫冷めた空気も断ち切る clean hit
会場の反応が速い。
「斬撃 内韻 電撃!」
「点と線つなぎ連結 tight!」
「sword swing, word link!」
「これ音が強い!」
「テクニックで世界観作ってる!」
赤ペンを持った客が、またペンを握る。
「これ採点したくなるな」
隣のリバクルーが笑う。
「ライブで採点すな」
「いや、韻の連結見事すぎて」
「赤ペン勢こわ」
wataのVerseは続く。
ここで、ただ敵を倒す話にはしない。
この曲の敵は、魔物ではない。
≫敵は魔物じゃない その無気力
≫「どうせ無理」って声の重力
≫なら rhyme で lift up, grip tight
≫仲間の背中に火をつける midnight
会場が、少し深くなる。
「敵は無気力」
「どうせ無理って声の重力、分かる」
「魔物じゃないのがいい」
「背中に火をつけるmidnight、次のIGNITE感もある」
「QUESTだけど火も残ってる!」
BEEFが、ここで低音を一段だけ沈める。
無気力の重さ。
どうせ無理という声の重力。
そこから、wataのrhymeが持ち上げる。
lift up。
grip tight。
音が上に跳ねる。
客席の身体も、少し上がった。
≫wata on the beat, combo goes wild
≫硬めの韻で上げてく vibe
≫戦士の剣は光る syllable
≫一撃ごとに増してく level
「combo goes wild!」
「硬めの韻!」
「syllableが剣!」
「一撃ごとにlevel上がる!」
「経験値稼ぎだ!」
その言葉に、リバクルーの一人が反応した。
「そう、今経験値稼ぎなんだよ!」
隣が頷く。
「勝つためだけじゃなくて、この先に続く道を作ってる」
「QUEST、今のリバクラに合いすぎてる」
BEEFは、その言葉を聞いたわけではない。
でも、客席の熱の変わり方は分かる。
熱が浅くない。
笑って、乗って、意味を拾っている。
壊して正解だった。
Pre-Hook。
wataの声が少し低くなる。
≫切るのは闇
≫守るのは party
≫跳ね返す痛みも全部 energy
≫Quest はまだ止まらない
「守るのはparty!」
「剣は攻撃だけじゃないんだ」
「痛みもenergy!」
「まだ止まらない!」
BEEFが、そこでスネアを一瞬だけ抜く。
客席の声が入る。
「Quest!」
その声を、すぐ次のHookに混ぜる。
≫Quest, quest, quest
≫まだ終わらない stage
≫Quest, quest, quest
≫この声が light the way
今度は、明らかに声が増えた。
「Quest, quest, quest!」
「light the way!」
「3MC, we raise your night!」
後攻の個性派ユニットのファンも、少し表情を変えていた。
リバクラは、分かりやすい熱だけでは来ていない。
癖を出している。
しかも、曲の流れとして繋げている。
それが分かったからだった。
EGUIが前へ出る。
照明が、赤すぎない暖色へ変わった。
勇者。
でも、強すぎる勇者ではない。
膝が震えることもある。
怖い日もある。
逃げたくなる日もある。
それでも前へ行く人間。
EGUIは、低く響かせる。
≫勇者ってほど強くはない
≫怖い日だって普通にある
≫でも止まったままじゃ変わらない
≫一歩出たやつだけ景色が変わる
会場が静かになる。
「勇者ってほど強くはない……」
「怖い日だって普通にある」
「一歩出たやつだけ景色が変わる、まっすぐだな」
「EGUI、こういうの似合う」
「勇気を大げさにしないのがいい」
shihoは、EGUIの声を聴いていた。
強く押してこない。
けれど、弱くもない。
低く、まっすぐ進む。
だから、言葉がこちらへ歩いてくる。
≫失敗した日も経験値
≫恥かいた夜も経験値
≫逃げたくなったその場面も
≫次のライブで声になる
客席の反応が深くなった。
「経験値!」
「恥かいた夜も経験値、救われる」
「逃げたくなった場面も声になるって、リバクラのことでもある」
「前回の負けも経験値にしてる」
「これ、今だから効く」
リバックラインの席で、Miwaがまた泣きそうになる。
Ninaがすぐ言う。
「まだ泣くの?」
Miwaは、タオルを握ったまま言う。
「経験値は泣くやつでしょ」
Saraが淡々とハンカチを確認する。
「残数二枚です」
Kateが笑う。
「管理しないで、今は」
Yuiが小さく言う。
「消費ペースは早い」
Ninaが吹き出しそうになる。
「Yuiちゃんも管理してるじゃん」
EGUIは続ける。
≫剣より強いものがある
≫それは進むって決めた心
≫魔法より効く言葉がある
≫「大丈夫、まだやれるぞ」
会場が、少しだけ前へ傾く。
「大丈夫、まだやれるぞ……」
「これ、EGUIに言われると来る」
「魔法より効く言葉、そういうのある」
「強い言葉じゃなくて、残る言葉だ」
shihoが、マスクの上で目を細めた。
言葉が強く切るのではなく、支えている。
彼の言葉は、そばに残る方が強い。
そう思った。
そして、次の四行。
≫魔王みたいな現実も
≫笑えない朝もあるけど
≫俺らは倒すためじゃなく
≫立ち上がるために歌ってる
会場が、静かに沸いた。
歓声ではなく、深い反応。
「倒すためじゃなく、立ち上がるため」
「QUESTなのに、敵を倒す話にしないんだ」
「リバクラっぽい」
「勝負の場なのに、倒すためじゃないって言うのか」
「でも逃げてるわけじゃない。立ち上がるためなんだ」
これが、EGUIだった。
勝負を否定していない。
相手を倒すだけの物語にもしない。
自分たちが立ち上がるために歌う。
だから、この大会にいる。
最後に、彼は声を少し前へ出した。
≫やってまえ その一歩でいい
≫完璧じゃなくて今でいい
≫EGUI straight, 胸張って言う
≫この旅は俺らで明るくする
会場が明るくなった。
「やってまえ!」
「その一歩でいい!」
「完璧じゃなくて今でいい!」
「この旅は俺らで明るくする!」
「EGUI、最後持ってった!」
wataが横で小さく頷いた。
予定外。
でも、もう予定外ではなくなっていた。
三人とも、QUESTの中に入っている。
BEEFは、その変化を見て、音を少しだけ広げた。
Bridge。
三人が並ぶ。
スクリーンに、三つの言葉が浮かぶ。
Magic.
Sword.
Brave.
でも、英語だけでは終わらない。
三人の声が重なる。
≫mcRC は magic
≫夜に light を描く
≫wata は sword
≫固い rhyme で守る
客席が反応する。
「役割紹介!」
「magic、sword!」
「wataの剣は守る剣!」
「固いrhymeで守る、いいな」
続く。
≫EGUI は brave
≫迷っても前へ
≫別々の道から
≫同じ火を持って
「brave!」
「迷っても前へ!」
「同じ火!」
「QUESTからIGNITEにも繋がる火だ」
BEEFが、ここで軽くフィルターをかける。
音が少し遠くなる。
まるで、別々の道が同じ場所へ集まってくるように。
そして、Bridgeの後半。
≫ダンジョンは街
≫ドラゴンは不安
≫宝箱なら
≫笑った瞬間
会場が笑った。
「ダンジョンは街!」
「ドラゴンは不安!」
「宝箱が笑った瞬間、いい!」
「冒険を日常に戻すのがリバクラだな」
「現実逃避じゃなくて、現実をゲームにしてる」
ReShiNa勢の男が、タオルを握って言う。
「これ、明るいのに変な説得力あるな」
隣が頷く。
「ファンタジーにしてるけど、逃げてないんだよな」
「ReShiNaと混ざった時とは別の、リバクラの明るさだ」
Bridgeは、最後へ向かう。
≫倒すだけじゃない
≫奪うだけじゃない
≫冷めた世界を
≫盛り上げに来た
会場が大きく揺れた。
「盛り上げに来た!」
「倒すだけじゃない!」
「勝負なのに奪うだけじゃない!」
「冷めた世界を盛り上げに来た、これリバクラだ!」
後攻チームのファンらしき客も、今度は笑って拍手していた。
自分たちのペースを持っている相手のファンだからこそ、分かる。
これは、ただ分かりやすく盛り上げる曲ではない。
こっちにも、ちゃんと癖がある。
Final Hook。
BEEFが一気に音を開く。
三人の声が、会場へ広がる。
≫Quest, quest, quest
≫まだ終わらない stage
≫Quest, quest, quest
≫この声が light the way
客席が返す。
「Quest, quest, quest!」
「まだ終わらないstage!」
声が増える。
≫Magic on the mic
≫Sword in the rhyme
≫Brave heart, step in the light
≫3MC, we raise your night
「Magic!」
「Sword!」
「Brave heart!」
「3MC!」
三万二千人の中で、ばらばらだった声が、少しずつ同じ遊び方を見つけていく。
大合唱ではない。
でも、同じゲームのルールを見つけたみたいに、反応が速くなる。
≫Quest, quest, quest
≫冷めた空気を break
≫Quest, quest, quest
≫世界ごと raise the flame
「break!」
「raise the flame!」
「冷めた空気、変わったぞ!」
「これ、BEEFの判断当たったんじゃない?」
「予定通りじゃない感じがライブだわ!」
BEEFは、最後のHookで少しだけ遊んだ。
Questの声を細かく刻む。
Quest.
Quest.
Quest.
まるで、ゲームの選択音みたいに。
けれど、やりすぎない。
三人の声を潰さない。
ラップを主役にしたまま、世界だけを変える。
≫マイクが杖
≫ライムが剣
≫勇気ひとつで前へ行け
≫Quest, quest, quest
≫俺らの旅は続いてく
会場が、強く拍手を入れた。
「マイクが杖!」
「ライムが剣!」
「勇気ひとつで前へ行け!」
「旅は続いてく!」
「経験値稼ぎだ!」
「これ、先に進む曲だ!」
Outro。
三人の声が、少しだけ落ち着く。
≫Quest, quest
≫地図はまだ白紙のまま
≫Quest, quest
≫でも足音なら鳴ってる
NEW ERAの白紙が、ここでまた戻ってきた。
白紙。
でも、足音は鳴っている。
だから、止まってはいない。
≫Magic, sword, brave heart
≫3MC, we start
≫次の扉を開けに行く
≫QUEST, we light it up
最後の「light it up」で、BEEFが短くスクラッチを入れた。
シャッ。
そして、扉が開くような電子音。
ピロン。
音が止まる。
一瞬、会場が静かになる。
そして、歓声が来た。
今度は、NEW ERAの時の拍手とは違う。
笑い混じり。
驚き混じり。
熱混じり。
「QUEST!」
「BEEFやりやがった!」
「曲変えたよな!?」
「これ予定だったのか!?」
「いや、リビルドだろ!」
「白紙からQUESTはうまい!」
「新入社員から冒険者になるの、意味分からんのに分かる!」
「経験値稼ぎ、今のリバクラすぎる!」
「相手の癖に対して、こっちも癖出してきた!」
リバックラインの席で、Ninaが目を見開いていた。
「……これ、予定でした?」
Saraが冷静に言う。
「少なくとも、私が見た流れとは違います」
Miwaが涙と笑いの間みたいな顔で言う。
「BEEFさん、また壊した……」
Kateは、サングラスの奥で笑った。
「でも、落ちてない」
Yuiがメモ帳を開いた。
今度はKateも止めなかった。
Yuiは、短く書いた。
QUEST:予定外。でも、白紙の地図から自然に開いた扉。
Saraがそれを見て、小さく頷く。
「それは書いていいです」
BEEFは、DJブースで表情を変えなかった。
ただ、指先だけがまだ少し動いている。
三人を見る。
客席を見る。
また三人へ返す。
合わせるだけではない。
壊すだけでもない。
場を見て、壊す場所を選ぶ。
壊したあと、三人が走れる道に組み直す。
それが、BEEFだった。
wataは、マイクを下げたままBEEFを見た。
腹立つ。
本当に腹立つ。
でも、今のは助かった。
いや、助かったというより、走らされた。
白紙の地図から、いきなりダンジョンに放り込まれた。
でも、走れた。
wataは、小さく息を吐いた。
「どんだけチャレンジさせんねん……」
声には出さなかった。
けれど、口元だけで分かった。
EGUIは、客席を見ていた。
立ち上がるために歌っている。
その言葉が、思ったより遠くまで届いた。
倒すためだけではない。
でも、勝負から逃げてもいない。
その線が、少しだけ見えた気がした。
mcRCは、会場の奥を見た。
NEW ERAで開いた扉の先に、QUESTがあった。
新入社員みたいな気持ちで入る、と言った。
なら、覚えることがある。
迷うことがある。
経験値を稼ぐ時間がある。
まだ地図は白紙。
でも足音は鳴っている。
それを、会場は笑って、乗って、受け取った。
renaは、アコギケースの横で両手を重ねたまま、少しだけ目を細めていた。
白紙の地図が、歌の中で道になっていく。
shihoは、静かに拍手していた。
音の厚みが変わった時、言葉の重心が崩れなかったことを聴いていた。
natsuは、フルートケースの上の指を、ほんの少しだけ動かした。
会場の空気が、さっきより流れている。
ステージ上で、BEEFが次の準備に入る。
三人も、それを見た。
もう、予定通りかどうかだけを気にしている顔ではない。
壊されても、行ける。
組み直されても、落ちない。
その手応えが、ほんの少しだけ生まれていた。
完全覚醒ではない。
まだ種だ。
でも、確かに芽の先が、土の中で向きを変えた。
NEW ERAで扉を開けた。
QUESTで、その先へ一歩入った。
次は、火をつける番だった。




