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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
sound session編

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149/186

5-2-6 相対評価



三曲目の最後のキックが落ちた。


BEEFが余韻を引きずらず、きれいに音を切る。


ドン、と床に残った低音。

その上に、一万一千人の拍手が重なっていく。


最初は前方から。

次に中段。

遅れて後方。

さらに、スマホを持ったまま片手だけで叩く音。


ばらばらだった拍手が、少しずつ大きな波になっていった。


mcRCは、肩で息をしながら客席を見た。


一曲目で名前を置いた。

二曲目で役割を呼んだ。

三曲目で身体を軽く動かした。


深いところまでは、まだ踏み込んでいない。


未承認の価値を見つけにいくのは、まだ先でいい。

今は、見てもらう段階だった。

名前を覚えてもらう段階だった。

怖くないと思ってもらう段階だった。


wataがマイクを下げたまま、小さく言った。


「……動いたな」


EGUIが短く頷く。


「動いた」


mcRCも頷いた。


「入口はできた」


BEEFが後ろで機材を見たまま言う。


「まだ入口だ」


wataが振り向く。


「そこは気持ちよく褒めろや」


「勝ってからだ」


「まだ勝ったかわからんやろ」


「だから言ってる」


「腹立つなあ」


EGUIが前を向いたまま言う。


「でも、浮かれる前にちょうどいい」


wataはEGUIを見た。


「正論の置き場所が正確すぎる」


mcRCは笑いそうになったが、すぐ前を向いた。


ステージ脇から司会者が戻ってくる。


黒いジャケット。

手元のカード。

声は明るいが、さっきまでのライブの熱を壊さないよう、少しだけ落ち着いたトーンだった。


「一回戦第一試合、両チームのパフォーマンスが終了しました!」


大きな拍手が起きる。


先攻チームにも。

Reverse Crownにも。

BEEFにも。


同じステージに立った全員へ、拍手が向けられた。


司会者は、すぐに結果へは入らなかった。


「結果発表の前に、ここで改めて採点について説明します」


スクリーンに、Sound Sessionの評価枠が映る。


審査員評価 5点

観客評価 5点

変化・チャレンジ評価 2点


合計十二点。


司会者の声が、会場に通る。


「この大会の採点は、絶対評価ではありません」


会場が少し静まる。


「本戦に残っている時点で、どのチームも非常に高いレベルにあります。極端に言えば、全員が九点台、十点台の戦いです。ですので、“よかったから満点”“少し劣ったから低得点”という単純な評価ではありません」


mcRCは、その説明を聞きながら、先攻チームの方を見た。


彼らは強かった。


本当に強かった。


一曲目で入口を作り、二曲目で背景を見せ、三曲目で会場を上げ切った。

完成度は高かった。

隙も少なかった。


だからこそ、ここでリバクラが勝ったとしても、それは相手が弱いという意味ではない。


司会者は続ける。


「審査員評価では、技術完成度、構成力、表現力、独自性、ステージ支配力を見ます」


スクリーンに説明が流れる。


「観客評価では、拍手、歓声、フック返し、会場の熱、初見客の巻き込み、一体感を見ます」


さらに次の枠。


「変化・チャレンジ評価では、前回と違う見せ方、新しい挑戦、その日の相手や会場に合わせた変化を見ます」


wataが、小さく息を吐いた。


「そこ、見られてたな」


EGUIが返す。


「そら見られる」


BEEFは無言だった。


ただ、ターンテーブルに置いた指が、ほんの少し止まった。


司会者はカードをめくる。


「先攻チームは、審査員評価で非常に高い評価です。三曲全体の完成度、安定感、構成の美しさ。第一試合の先攻として、会場を見事に温めました」


先攻チームへ拍手が起きた。


リバクラの三人も、まっすぐ手を叩いた。


BEEFも、ほんの小さく顎を引いた。


「一方、Reverse Crownは、観客評価と変化・チャレンジ評価で伸ばしました。一曲目で自分たちの名前と姿勢を立て、二曲目で役割を呼び、三曲目で会場の身体を動かした。特に、会場の状態を見て入り方を変えたこと、DJ BEEFを含めてライブの流れを再構築したことが評価されています」


BEEFの名前が出た瞬間、客席の一角が少し沸いた。


黒いキャップが並ぶ一帯。


「BEEF入った」


「評価対象になってる」


「そらそうだろ」


「便利DJじゃねぇってことよ」


「お前が一番嬉しそう」


「うるさい」


BEEFは聞こえていないふりをした。


完全に聞こえている顔だった。


wataが横目で見る。


「評価されてるやん」


BEEFは機材を見たまま言う。


「お前もな」


wataが一瞬止まる。


「……今、俺も褒められた?」


EGUIが短く言う。


「たぶん」


BEEFは返さない。


wataは少しだけ笑った。


「分かりにくいなあ」


司会者が声を整える。


「それでは、発表します」


会場の熱が、一気に締まった。


一万一千人の身体が、同じ方向に寄る。


スクリーンに、先攻チームとReverse Crownの名前が並ぶ。


まず、審査員評価。


先攻チーム 4.7 / 5.0

Reverse Crown 4.5 / 5.0


会場が「おお」と揺れた。


先攻チームが上。


それは納得だった。


完成度では、先攻がわずかに上だった。


wataは、素直に頷いた。


「そこはそうやな」


EGUIも頷く。


「高かった」


mcRCは、先攻チームの方を見て拍手した。


次に、観客評価。


先攻チーム 4.4 / 5.0

Reverse Crown 4.7 / 5.0


会場が大きく反応した。


リバクラの方が上。


フック返し。

名前の反応。

三曲目の動き。

初見の巻き込み。


あの変化が、数字になっていた。


wataが小さく言う。


「……入ったな」


mcRCは頷く。


「うん」


次に、変化・チャレンジ評価。


先攻チーム 1.5 / 2.0

Reverse Crown 1.9 / 2.0


BEEF勢の一角が、今度ははっきり沸いた。


「そこだろ!」


「変えたもんな」


「一曲目から変えたやつだ」


「BEEFが壊した」


「リバクラが受けた」


「そこ評価されるのはでかい」


BEEFは顔を動かさない。


だが、wataは見逃さなかった。


BEEFの指が、ミキサーの上で一回だけ止まっていた。


wataが小さく言う。


「照れてる」


BEEFが即座に返す。


「違う」


「早い」


EGUIが静かに言う。


「早い時はだいたい図星」


BEEFがEGUIを見る。


「お前まで言うな」


mcRCは前を向きながら、少しだけ笑った。


スクリーンに合計点が出る。


先攻チーム 10.6 / 12.0

Reverse Crown 11.1 / 12.0


一瞬、会場が止まった。


司会者が、はっきり読み上げる。


「勝者――Reverse Crown!」


声援が爆発した。


前方のリバクルーが立ち上がる。

中段からも手が上がる。

後方からも歓声が返る。


「リバクラ!」


「初戦取った!」


「おめでとう!」


「BEEFもやったぞ!」


その中に、明らかに高い声が混ざった。


黄色い声だった。


しかも、かなり通る。


「きゃあああああ!」


「勝ったああああ!」


「mcRCさあああん!」


「wataくーん!」


「EGUIさーん!」


「BEEFさーん!」


wataがステージ上で少し肩を震わせた。


「……今の黄色い声、すごない?」


EGUIが客席を見る。


「通ったな」


mcRCも笑いを噛み殺す。


「声量あるな」


BEEFがぼそっと言う。


「耳に来る」


wataがすぐ振り向く。


「お前、そこ拾うな」


「拾える」


「一万一千人の歓声の中で?」


「拾える」


「耳よすぎて性格悪いな」


「関係ない」


その声の方向に、五人の女性がいた。


全員、サングラスをしている。


なぜか全員。


隠れているつもりらしい。


しかし、隠れ方としてはかなり弱い。


いや、むしろ目立っている。


一人は、口元を押さえている。

一人は、タオルを握りしめている。

一人は、スマホを持ったまま固まっている。

一人は、サングラスの奥でたぶん泣いている。

一人は、冷静そうに見えるのに、手だけが小刻みに震えている。


五人そろってサングラス。


しかも声がでかい。


隠れる気があるのか、ないのか、かなり微妙だった。


ステージ上のmcRCは、その一角を見つけてしまった。


そして、すぐに目を逸らした。


見なかったことにした。


wataも見た。


明らかに笑いそうになった。


EGUIが低く言う。


「見るな」


wataが小声で返す。


「見えるやろ、あれは」


「見るな」


「サングラス五人組やぞ」


mcRCが小さく言う。


「触れるな」


BEEFが後ろでぼそっと言う。


「声がでかい」


wataが吹き出しかける。


「お前が一番触れてるやん」


EGUIが言う。


「礼をしろ」


wataは慌てて前を向いた。


その少し離れた席に、楽器を持った三人の女性がいた。


アコギケース。

バスクラリネットのケース。

フルートケースと、細長いもう一本のケース。


三人とも、会場の大音量に少し耳をやられていた。


アコギケースの女性が、片耳を押さえながら言う。


「……今の声、聞こえた?」


バスクラのケースを持つ女性が、目を細める。


「聞こえた。すごく通った」


フルートケースの女性は、耳を押さえながら少し首を傾げた。


「大音量なのに、そこだけ抜けてきた」


アコギケースの女性が、サングラス五人組を見る。


「……あれ」


バスクラの女性も見る。


サングラス。


五人。


妙に姿勢がいい。


隠れているつもりなのに、声が隠れていない。


フルートケースの女性が、ぽつりと言った。


「リバックラインだわ」


三人の間に、妙な沈黙が落ちた。


アコギケースの女性が、小さく吹き出す。


「隠れる気あるの?」


バスクラの女性が真顔で言う。


「顔は隠れてる」


フルートケースの女性が言う。


「声が隠れてない」


三人とも、少し笑った。


耳は痛い。


会場はうるさい。


でも、音をやっている人間の耳は、変なところを拾ってしまう。


声の高さ。

抜け方。

息の混ざり方。

感情で少し震えた発声。


ただの歓声ではない。


知っている誰かが、我慢できずに出した声。


アコギケースの女性は、もう一度サングラス五人組を見た。


「すごいね。裏で支えてるのに、客席では普通にファンなんだ」


バスクラの女性が頷く。


「そこがいいんだと思う」


フルートケースの女性は、細長いケースを抱え直す。


「でも、あのサングラスは目立つ」


「それはそう」


「五人でサングラスは、逆に目立つ」


「正しい隠れ方ではない」


また三人が笑う。


そのころ、サングラス五人組の一人が、自分たちの声量に気づいたらしい。


口元を押さえて、周囲を見る。


もう遅い。


何人かがそちらを見ている。


しかし、嫌な顔はしていない。


むしろ、少し笑っている。


「なんか、あの五人すごくない?」


「関係者?」


「サングラスで隠してるけど、めっちゃ声出てる」


「顔隠して声隠さず」


「一番バレるやつ」


五人はさらに固まった。


たぶん、本人たちだけが「まだ大丈夫」と思っている。


ステージでは、司会者が続ける。


「なお、この勝利により、Reverse Crownにはリーグ勝利ポイント三点が入ります」


スクリーンに表示される。


Reverse Crown:勝利ポイント 3


会場がまた拍手する。


ただし、司会者はすぐに付け加えた。


「繰り返しますが、これは絶対的な上下を決めるものではありません。今日のこの一試合、この三曲、この会場、この相手との比較において、Reverse Crownが上回ったという結果です。先攻チームにも、改めて大きな拍手をお願いします!」


会場全体が拍手した。


リバクラの三人も、先攻チームへ向き直る。


mcRCが深く頭を下げた。


wataも続く。


EGUIも、まっすぐ礼をする。


BEEFは後ろで小さく顎を引いた。


先攻チームのリーダーらしい男が、マイクを通さない声で言った。


「強かった」


mcRCは、少しだけ驚いた。


そして、すぐに返す。


「そちらこそ」


本当に、そうだった。


先攻が弱かったから勝ったのではない。


先攻が強かったからこそ、リバクラは同じ土俵に乗らない判断をした。

名前を置いた。

役割を呼んだ。

身体を動かした。


その選択が、この一試合では勝った。


ステージを降りる直前、wataが小さく言う。


「初戦、取ったな」


EGUIが頷く。


「取った」


mcRCは客席をもう一度見た。


一万一千人の中に、熱が残っている。


見てもらえた。

名前を呼んでもらえた。

動いてもらえた。

そして、勝った。


でも、ここからだった。


BEEFが後ろから言う。


「浮かれるな」


wataが振り向く。


「今くらい浮かれさせろや」


「次、見られるぞ」


EGUIが頷く。


「勝った後の方が見られる」


mcRCは息を吐いた。


「分かってる」


wataは顔をしかめる。


「正論の多いチームやな」


BEEFが言う。


「遅い」


「またそれ」


それでも、wataは笑っていた。


勝ったからではない。


このチームで勝ったからだ。


BEEFを含めて。

三人の役割を含めて。

相手を下げずに。

自分たちを見せて。

会場を見て、形を変えて。


Reverse Crownは、第一試合を取った。


その拍手の中で、五人のサングラスはまだ目立っていた。


楽器ケースの三人は、まだそれを見ていた。


アコギケースの女性が、耳を押さえながら言う。


「……あれ、次からサングラス変えた方がいいよね」


バスクラの女性が頷く。


「全員同じ方向を見るから、余計に分かる」


フルートケースの女性が、ぽつりと言った。


「あと、声」


三人はまた笑った。


会場はまだ、うるさい。


耳は少し痛い。


でも、悪くない痛さだった。

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