4-4-11 雪解けレゲルト
ReShiNaの配信画面は、まだ暗かった。
待機画面には、淡い水色の背景が置かれていた。
白に近い青。
そこに、少しだけ灰色が混ざっている。
冬の終わりの空みたいな色だった。
画面の中央には、細い文字。
雪解けレゲルト / ReShiNa
その文字の下で、コメントだけが先に動いていた。
――待機
――来た
――新曲?
――雪解けレゲルト
――タイトル綺麗
――レゲルトって何?
――まだ聞くな
――まず聴こう
――TSUBOMIから来ました
――リバクラ側から来ました
――ReShiNa勢です、ようこそ
――今日は見守る
――生暖かく見守る
――身を守る準備できてます
――身守り係です
待機画面の裏側で、三人は準備をしていた。
renaは、アコギを抱えていた。
何度か小さく弦を鳴らす。
強く鳴らさない。
確かめるように。
指先で、音の温度を探るように。
前より、弦に触れるまでの時間が短くなっていた。
迷いが消えたわけではない。
怖さがなくなったわけでもない。
でも、触りたい気持ちの方が、少しだけ先に来るようになっていた。
それが、自分でも少し不思議だった。
shihoは、譜面台の角度を直していた。
その横には、ピアノ。
足元には、バスクラリネットのケース。
いつものように静かな顔をしている。
でも、今日はほんの少しだけ、肩の力が抜けていた。
低い音に沈む準備ではない。
低い音で、誰かを受ける準備。
natsuは、ローホイッスルを両手で包むように持っていた。
フルートも横にある。
アイリッシュフルートもある。
けれど、最初に手に取ったのはローホイッスルだった。
低い風。
遠くから来る風。
雪の上ではなく、雪の下を通る風。
natsuは、ローホイッスルを見ながら言った。
「今日は、遠くから」
renaが顔を上げる。
「遠く?」
natsuは頷く。
「近くに来る前の風」
shihoが、譜面台から目を上げる。
「雪解けだから?」
natsuは少しだけ考えた。
「うん。まだ、春の手前」
renaは、その言葉を聞いて、小さく息を吸った。
春の手前。
それは、今のReShiNaにとても近かった。
もう冬ではない。
でも、満開の春でもない。
まだ冷たい。
でも、少しずつ水が動いている。
怖さも残っている。
でも、閉じたままではない。
renaは、アコギを抱え直した。
「始めよう」
shihoが頷く。
「うん」
natsuも、小さく言った。
「始めよう」
配信開始の表示が出る。
待機画面が消えた。
画面に、三人の部屋が映る。
派手な照明はない。
けれど、前よりも少し明るい。
小さなライトが、アコギの木目を柔らかく照らしている。
shihoの後ろには、譜面台とバスクラリネット。
natsuの横には、ローホイッスルとフルートが並んでいる。
renaが、最初に頭を下げた。
「こんばんは。ReShiNaのrenaです」
shihoが続く。
「shihoです」
natsuは、少しだけ間を置いて言った。
「natsuです」
コメント欄が一気に流れた。
――こんばんは!
――来た!
――三人いる!
――今日ちょっと明るい?
――部屋の空気やわらかい
――TSUBOMIから来ました
――新規です
――ようこそ
――身守り係、待機しています
renaは、コメントを見て、少しだけ笑った。
「身守り係、もういるんですね」
コメントが跳ねる。
――います
――任命前からいます
――勝手に待機してます
――生暖かく身を守ります
shihoが、少しだけ口元を緩めた。
「ありがとうございます」
natsuは、コメントを見て言った。
「ぬるめに、いますね」
――ぬるめw
――ぬるめにいます
――温度管理します
――身守り係、温度ぬるめ
renaは、笑いながら、少しだけ肩の力を抜いた。
前なら、この段階でもう緊張で息が固くなっていたかもしれない。
でも今日は、コメントの向こうにいる人たちの温度が、少し見えた。
怖いものだけではない。
そこにいてくれる人たちがいる。
それを、今は少しだけ信じられる。
renaは、アコギに手を置いた。
「今日は、新曲を聴いてもらいます」
コメントが流れる。
――新曲!
――雪解けレゲルト!
――待ってました
――タイトル好き
――レゲルトって何?
――まだ早い
――まず聴こう
shihoが静かに言った。
「説明は、あとにします」
natsuが頷く。
「先に、音」
renaも頷いた。
「はい。まず、聴いてください」
一拍。
renaは、画面を見た。
怖さはある。
でも、今日は逃げない。
「雪解けレゲルト」
少しだけ息を吸う。
「雪解けの歌です」
最初に鳴ったのは、natsuのローホイッスルだった。
遠い風。
低く、柔らかく、少しだけ冷たい。
雪の上を吹く風ではなく、雪の下で眠っている水を起こすような風。
その音に、コメント欄が一瞬静かになった。
言葉が減る。
聴く空気になる。
そこへ、renaのアコギがそっと入る。
ぽつり。
ぽつり。
雪解け水が、まだ細い流れを探しているような音。
shihoのピアノが、低く添えられる。
沈める音ではなく、受け止める音。
renaが、目を伏せて歌い始めた。
≫ 残雪が溶けて川となり
≫ 風がそっと芽吹きを呼ぶ
≫ 枯れ草の下に春が眠り
≫ 二つの季節が手を繋ぐ
コメント欄が、ゆっくり動き始める。
――最初から綺麗
――ローホイッスル低い
――雪の下って感じ
――二つの季節が手を繋ぐ、好き
――声やわらかい
――今日のrena、外に向いてる気がする
natsuのローホイッスルが、もう一度遠くで鳴る。
音は長く伸びない。
余韻だけを残して、すぐに消える。
雪の上に一瞬だけ足跡がついて、また白に戻るみたいだった。
renaは、アコギを弾きながら、少しだけ顔を上げた。
その目は、画面の向こうを真正面から見るほど強くはない。
でも、閉じてはいない。
≫ 去年の枯れ草が風に揺れ
≫ その隙間に若い芽が覗く
≫ 花はまだ目を覚まさずに
≫ 静かに時を待ってる
そこで、renaは歌ではなく、語るように声を置いた。
≫ 「ねえ、見てて。この小さな命が、私を立ち止まらせるよ」
コメントが少し跳ねた。
――語り入った
――見てて、がやばい
――小さな命
――立ち止まらせるよ、いい
――急がない曲だ
shihoの声が、低く入る。
その声は、春を急がせない。
冬を否定しない。
枯れたものを、静かに見つめる声だった。
≫ 枯れたものは終わりじゃなくて
≫ 次の季節を抱いている
≫ 見えない場所で息をして
≫ 春になる日を待っている
コメント欄に、少しずつ感想が増えていく。
――枯れたものは終わりじゃない
――これTSUBOMIのあとに聴くとくる
――終わりじゃなくて、抱いている
――shihoさんの声、低いのに優しい
――春になる日を待っている、ReShiNa自身にも聞こえる
renaとshihoが、声を重ねる。
≫ 移ろいゆく時の中で
≫ 心が何かを感じてる
shihoが続ける。
≫ 儚いものほど美しいって
≫ どうして気づけないのだろう
サビに入る。
renaの声が少し広がる。
shihoの低い声が、その下で支える。
natsuのローホイッスルが、遠くの風のまま寄り添う。
≫ 春の息吹よ、教えておくれ
≫ 雪解けの歌を響かせて
≫ 私たちは忘れてしまった
≫ 自然の美に心が鳴ることを
コメント欄が流れる。
――雪解けの歌
――これ自然の歌なんだけど、今のReShiNaの歌でもある
――私たちは忘れてしまった、が痛い
――自然の美に心が鳴ること
――ReShiNa戻ってきてる
――戻ったじゃなくて、鳴り始めてる
そこへ、Hookが入る。
renaとshihoの声が、少しだけ異国の響きを帯びる。
≫ Féach, mothaigh anois
≫ Sula n-imíonn sé
≫
≫ 見て、感じて、今
≫ それが消える前に
コメント欄が一気に反応した。
――アイルランド語?
――ケルト感きた
――見て、感じて、今
――それが消える前に
――ReShiNaだ
――これはReShiNaの核だ
natsuが、アイリッシュフルートに持ち替える。
空気が少し変わった。
さっきまで雪の下にいた風が、今度は枯れ草の上を通る。
若い芽を撫でるような音。
まだ明るすぎない。
でも、確かに春の方へ向かっている。
コメント欄がその変化を拾う。
――natsu持ち替えた?
――アイリッシュフルート?
――若い芽が出た感じ
――音が少し上がった
――低い風から草の上の風になった
shihoが二番を歌う。
≫ 枯れ草の海に光が差し
≫ 若い芽が天を仰ぐ
≫ 枯れ草と若い芽が共存して
≫ 雪の記憶と春が笑う
renaが、そっと語る。
≫ 「ねえ、聞いてて。この大地の鼓動に、私の想いが乗ってるよ」
コメント欄が、今度は少し温かく流れる。
――聞いてて、もいい
――大地の鼓動
――自然曲なのに、ちゃんと人に向いてる
――今、こっちに言ってくれてる感じした
――前より近い
――でも押してこない
shihoの声が続く。
≫ 古い季節が消えるたび
≫ 新しい命が顔を出す
≫ 変わることは失くすことじゃない
≫ 受け渡すことかもしれない
その一行で、コメント欄の速度が少し変わった。
――変わることは失くすことじゃない
――受け渡すこと
――これは今日のReShiNaだ
――過去を捨てるんじゃないんだ
――TSUBOMIから続いてる
――咲けなかったものも、次に渡せるのか
Pre-Chorusで、shihoが先に入る。
≫ 毎日の忙しさに目が眩み
≫ 人は足早に歩いてく
renaが続ける。
≫ Ach an rúndiamhair atá anseo
≫ もう一度だけ抱きしめたい
コメント欄が流れる。
――また異国語
――意味わからないのに綺麗
――もう一度だけ抱きしめたい
――この瞬間を?
――自然を?
――自分たちの感性を?
――全部じゃない?
サビが戻る。
今度は、最初より少しだけ強い。
でも、強く押さない。
雪解け水の流れが、ほんの少し太くなったくらいの強さ。
≫ 春の息吹よ、教えておくれ
≫ 雪解けの歌を響かせて
≫ 私たちは忘れてしまった
≫ 自然の美に心が鳴ることを
Hookが続く。
≫ Féach, mothaigh anois
≫ Sula n-imíonn sé
≫
≫ 見て、感じて、今
≫ それが消える前に
Bridgeに入る。
音が少し細くなる。
renaとshihoが、交互に言葉を置く。
≫ 時は流れて全てを変える
≫ だけどこの瞬間は永遠
≫ 枯れ草と芽が語り合い
≫ 花の夢をそっと抱く
renaが、ほとんど息のように言う。
≫ 「どうしてだろう、こんなにも心が惹かれるのは」
そこで、natsuのローホイッスルが戻る。
遠い鳥の声。
乾いた草を撫でる風。
冬と春の間で、まだ名前のない季節が息をしている。
コメント欄は、もうほとんど短い言葉になっていた。
――きれい
――泣く
――わかる
――心が惹かれる理由、言わないのいい
――自然の歌なのに人の歌
――ReShiNaだ
natsuのケルティックフルートが、そこから旋律を取る。
雪解け。
枯れ草。
若い芽。
まだ咲かない花。
それらが一本の細いメロディになって、部屋の中を流れた。
renaは、演奏中に少しだけ目を閉じた。
shihoも、低音を支えながら、ほんの少し口元を緩めた。
natsuは、フルートから目を離さない。
けれど、その音は外へ向いていた。
Refrainに入る。
renaとshihoの声が、まっすぐに重なる。
≫ 見て欲しい、感じて欲しい
≫ この瞬間が消える前に
≫ 見て欲しい、感じて欲しい
≫ 私たちは自然の一部だから
コメント欄が反応する。
――見て欲しい、って言った
――ReShiNaが見て欲しいって言ってる
――これ大きい
――感じて欲しい
――自然の一部だから
――自分たちも見てほしいって言ってる気がする
Final Chorus。
三人の音が、少しだけ明るくなる。
春が完全に来たわけではない。
でも、もう冬だけではない。
≫ 春の息吹よ、教えておくれ
≫ 雪解けの歌を響かせて
≫ 私たちは忘れてしまった
≫ 自然の美に心が鳴ることを
≫
≫ Féach, mothaigh anois
≫ Sula n-imíonn sé
≫
≫ 見て、感じて、今
≫ それが消える前に
Outro。
renaの声が、静かに落ちる。
≫ 雪は静かに姿を消し
≫ 枯れ草と若い芽が共存して
shihoが、低く受け取る。
≫ 移ろいゆく時の中で
≫ 次なる世代を紡いでいく
最後に残ったのは、natsuのローホイッスルとアイリッシュフルート。
renaのアコギ。
shihoの柔らかいピアノ。
そして、奥に深く沈むバスクラリネット。
音が少しずつ遠ざかる。
雪が消えていく。
でも、なくなるのではない。
川になって、次へ行く。
最後の音が、静かに止まった。
一瞬、コメント欄が止まった。
本当に、一瞬だけ。
そのあと、流れた。
――ありがとう
――泣いた
――雪解けの歌、よかった
――今のReShiNaそのものだった
――自然の歌なのに、私たちにも向いてた
――見て欲しいって言ってくれたの嬉しい
――常連、泣いてます
――新規だけど泣いてます
――TSUBOMIから来たけど、ReShiNa好きになりました
――自然の美に心が鳴ることを、っていい
――雪解けレゲルト、タイトルも好き
――音源ください
renaは、アコギを抱えたまま、しばらくコメントを見ていた。
見ていた。
ちゃんと。
怖くなって目を逸らすのではなく。
全部を受け止めようとして固まるのでもなく。
今の自分が受け取れる分だけ、少しずつ。
shihoは、バスクラリネットを膝の上に置いて、静かに息を吐いた。
natsuは、フルートをケースに戻さず、手の中に残していた。
風がまだ残っているように。
renaは、ようやく口を開いた。
「聴いてくれて、ありがとうございます」
コメント欄が流れる。
――こちらこそ
――ありがとう
――聴けてよかった
――戻ってきてくれてありがとう
renaは、少しだけ目元を押さえた。
泣くほどではない。
でも、確かに熱が来ていた。
shihoが、静かに言った。
「この曲は、TSUBOMIのあとにできました」
コメント欄がまた動く。
――やっぱり
――つながってる感じした
――TSUBOMIのあとなんだ
――だから雪解けなのか
shihoは続ける。
「詳しいことを全部話す曲ではありません。でも、私たちが、少しずつ外を見ようと思えた曲です」
natsuが言う。
「外も、音だった」
コメント欄が少しだけざわつく。
――外も音
――natsu語録
――また名言
――外も音だった、いい
renaは、コメントを見て、少し笑った。
「今まで、私たちは……こういうのが、少し苦手でした」
声は柔らかい。
でも、逃げてはいない。
「応援してもらうことも、心配してもらうことも、好きだと言ってもらうことも」
一度、言葉を止める。
「嬉しいのに、怖くなってしまうことがありました」
コメント欄の流れが、少しゆっくりになる。
――うん
――言ってくれてありがとう
――無理しないで
――でも聞けてよかった
shihoが続けた。
「善意で言ってくださっていた言葉まで、うまく受け取れない時期がありました」
natsuは、短く言った。
「見えてなかった」
renaは頷く。
「でも、TSUBOMIのあと、たくさんの言葉をもらって」
少しだけ、目を伏せる。
「今まで見えていなかったものが、少し見えました」
shihoが、静かに頭を下げた。
「いつも来てくださっている皆さん」
renaも頭を下げる。
natsuも、少し遅れて頭を下げた。
renaが言った。
「私たちを守ってくれて、ありがとうございました」
コメント欄が一気に流れた。
――やめて泣く
――守れてたならよかった
――こちらこそありがとう
――枠好きだからいただけだよ
――ありがとうって言われると泣く
shihoが続ける。
「枠を守ってくれて、ありがとう」
renaは、少しだけ声を震わせた。
「他の新しい方が来た時に、私たちが嫌がることをしないように、空気を作ってくれていたことも」
一度、息を吸う。
「今なら、前よりちゃんと見えます」
natsuが言う。
「遅くなったけど」
コメント欄は、やさしく流れた。
――遅くない
――見てくれてありがとう
――今でいい
――これからでいい
――雪解けだから
renaは、涙をこらえるように笑った。
「でも、これからは、それも含めての私たちだと思うので」
少しだけ、背筋を伸ばす。
「あたしたち、少しずつ強くなります」
shihoが頷く。
「全部を常連さんに守ってもらうのではなくて、自分たちでも、できるだけ外を見ます」
natsuが言う。
「でも、本当にだめな時は」
少しだけ考える。
「頼るかもしれない」
renaは、少し照れたように笑った。
「なので、その時は……生暖かく身を守ってください」
コメント欄が、一気に笑いと涙で流れた。
――生暖かく身を守るw
――任せろw
――身を守るのこっちなの好き
――過保護にしすぎないように見守る
――常連の新しい役職:生暖かく身を守る係
――係になります
――新規です、係の人の指示に従います
――枠守りつつ自分も守る、了解
shihoが、コメントを見て少し笑った。
「係ができましたね」
natsuが言う。
「身守り係」
renaが笑う。
「変な係」
natsuは、真面目に頷いた。
「でも、いる」
コメント欄がまた笑う。
――いるならやる
――身守り係、任命されました
――名札ください
――ReShiNa公式グッズ:身守り係バッジ
――買う
――買うなw
部屋の空気が、少しずつ明るくなっていった。
泣きながら。
笑いながら。
でも、ちゃんと前を向いている。
その時、コメント欄に、見慣れないようで、どこか見慣れた名前が流れた。
――景色の人:雪が川になるところ、見えました。すごく好きです。
コメント欄が、一瞬ざわついた。
――景色の人?
――ん?
――いや、言わないでおこう
――言わないのが礼儀
――でも分かる
renaは、そのコメントを見て、少しだけ目を丸くした。
shihoも、画面を見る。
natsuは、短く言った。
「景色の人」
誰も、名前は出さなかった。
コメント欄も、妙に空気を読んだ。
――景色の人、いいコメントしますね
――どこかで景色作ってそう
――知らんけど
――知らんけどね
続いて、別のコメントが流れる。
――音の人:ローホイッスルからフルートに変わるところ、めっちゃ気持ちよかったです。生暖かく身を守ります。
コメント欄がまたざわつく。
――音の人w
――あー
――これは言わないやつ
――言わない
――みんな黙れ
――黙れてないw
shihoは、口元を押さえて笑った。
renaも、少しだけ肩を震わせた。
natsuは、画面を見て言った。
「音の人、生暖かい」
さらに、コメントが流れる。
――言葉の人:枯れたものは終わりじゃなくて、次の季節を抱いている。そこが特に好きでした。今のReShiNaの言葉として届きました。
コメント欄は、もう完全に察していた。
でも、誰も名前を出さない。
――言葉の人、丁寧すぎる
――言葉の人っぽい
――いや、知らない人です
――そう、知らない人
――景色の人、音の人、言葉の人、たまたま来ただけ
――たまたまなら仕方ない
renaは、画面の向こうを見て、小さく笑った。
「来てくれてる」
shihoが、静かに頷く。
「うん」
natsuは、少しだけ首を傾げた。
「隠れてる」
コメント欄が反応する。
――隠れてるw
――隠れきれてないw
――でも言わない
――言わないのが優しさ
――生暖かく身を守る係、仕事してる
その空気が、あまりにもやさしくて、renaはまた少し泣きそうになった。
でも、今度は笑えた。
怖くないわけではない。
でも、怖さが笑いの中に混ざっていた。
それは、とても大きな変化だった。
ごめん、そこ。
差し替え開始は「綿毛聞きたいでーす!」からやね。ここから書き直し。
そこで、コメント欄に新しい言葉が流れた。
――景色の人:ところで、綿毛聞きたいでーす!
一瞬、部屋が止まった。
renaが瞬きをする。
shihoも、少しだけ固まる。
natsuは、コメントを読んでから、ぽつりと言った。
「オーダー」
renaが慌てて画面を見る。
「え?」
shihoも、少しだけ笑いながら言う。
「オーダー、入りました?」
コメント欄が一気に流れる。
――オーダー入りましたー!
――え?
――オーダーなの?
――ただのリクエストでは?
――景色の人、言い方w
――綿毛聞きたいでーす!かわいい
――リクエスト入りましたー!
renaは、少し慌てながら笑った。
「えっと」
shihoが、助けるように言った。
「ただのリクエストを受け付けました、という意味ですよね」
コメント欄が笑いで流れる。
――そうですw
――ただのリクエストですw
――オーダー文化になってるw
――怖くないオーダー
――綿毛お願いします
natsuは、ローホイッスルを膝に置いたまま言った。
「怖くないオーダー」
renaは、ほっとしたように笑った。
「じゃあ、リクエストとして、受け付けました」
shihoが、コメント欄を見ながら少しだけ目を細める。
「一曲だけで終わる配信でもないですしね」
renaは、少し驚いたようにshihoを見た。
「やる?」
shihoは静かに頷いた。
「うん。今日は、やってもいいと思う」
natsuも、ローホイッスルを持ち直した。
「綿毛なら、風いる」
コメント欄が一気に跳ねた。
――やるの!?
――綿毛きた!
――景色の人ありがとう!
――ナイスリクエスト!
――怖くないオーダー成功
――身守り係、静かに聴きます
renaは、アコギを抱え直した。
少しだけ照れたように笑う。
「じゃあ……リクエスト、ありがとうございます」
shihoはピアノの前に座り直した。
natsuは、ローホイッスルを口元に近づける。
renaがカメラの向こうを見て、息を吸おうとした。
その直前。
コメント欄に、もう一つ言葉が流れた。
――名無しの新規:あ、曲前に聞きたいでーす! 結局レゲルトってどういう意味なんですか?
renaの手が止まった。
shihoの指も、鍵盤の上で止まる。
natsuは、ローホイッスルを口元に近づけたまま、ゆっくり画面を見た。
コメント欄がざわつく。
――きた
――たしかに気になってた
――曲前に聞くの草
――レゲルトとは
――雪解けは分かる
――レゲルトが分からない
renaは、少しだけ照れたように笑った。
「えっと」
shihoも、画面を見る。
natsuも、真面目に待っている。
renaは、アコギを抱えたまま、少しだけ背筋を伸ばした。
「この前、一緒に曲を作らせてもらったReverse Crownさんたちの……」
そこで一度、言葉を探す。
「レゲエが、すごく響いたので」
コメント欄が、一瞬止まった。
本当に、一瞬だけ止まった。
renaは、その静けさに気づかず続ける。
「それと、私たちのケルトを合わせて……」
shihoも、普通に頷いていた。
natsuも、何か納得したようにローホイッスルを見ている。
renaは、少し恥ずかしそうに言った。
「レゲルト、です」
コメント欄が、ゆっくり動き出した。
――レゲエ
――ん?
――リバクラさんのレゲエ
――レゲエ?
――あれ?
――いや待て
――かわいい事故の気配
――もしかして三人とも分かってない?
renaが、コメント欄を見て、ようやく少し固まった。
「え?」
shihoも、画面を覗き込む。
「……何か違いました?」
natsuが、まっすぐコメント欄を見て言う。
「レゲエじゃないんです?」
コメント欄が爆発した。
――違うんです?www
――三人とも知らんかったwww
――かわいい事故
――レゲエじゃないなぁw
――リバクラはラップだねw
――ヒップホップ寄りだねw
――でもレゲエも広い意味では近い親戚ではある
――いやフォローが専門的w
――タイトルの由来が思ったより天然だった
renaの顔が、みるみる赤くなっていく。
shihoも、耳まで赤くなった。
natsuだけは、まだ真面目な顔でコメント欄を見ていた。
「ヒップホップ」
renaが、小さく復唱する。
「ヒップホップ……」
shihoも、恥ずかしそうに目を伏せた。
「……たしかに、ラップって言ってましたね」
renaは、アコギを抱えたまま、両手で顔を隠しかけた。
でも、アコギがあるので中途半端になった。
「今さらタイトル変えられない……」
コメント欄は、笑いとフォローで流れた。
――変えなくていいw
――雪解けレゲルトでいい
――響き好きだよ!
――造語だから勝ち
――意味はあとからついてくる
――レゲエ+ケルトだと思ってたのかわいい
――ヒップホップ+ケルトでもレゲルトでいい
――タイトル変えないで
――むしろ忘れられない
natsuは、コメントを見て頷いた。
「音の響きが好きだよ、って」
renaは、顔を赤くしたまま画面を見る。
「……ありがとうございます」
shihoも、少し笑いながら息を吐いた。
「勉強します」
natsuが言う。
「レゲエも」
shihoが小さく笑った。
「そこから?」
natsuは頷いた。
「そこから」
renaは、真っ赤なまま笑った。
「恥ずかしい……」
コメント欄がまた流れる。
――かわいい
――このままでいて
――いや学んでw
――でも知るのも雪解け
――うまいこと言うな
――外も音だからね
――外、知識もあるぞw
renaは、笑いながら、少しだけ涙を拭いた。
泣いていたのか、笑いすぎたのか、自分でもよく分からなかった。
でも、嫌ではなかった。
間違えた。
恥ずかしかった。
でも、みんなが笑ってくれている。
馬鹿にしているのではない。
一緒に笑ってくれている。
それもまた、外を見るということなのかもしれなかった。
少しだけ、空気がほどけた。
さっきまでの雪解けの余韻に、あたたかい笑いが混ざった。
renaは、アコギを抱え直す。
shihoはピアノの前に座り直す。
natsuは、ローホイッスルをもう一度口元へ近づけた。
renaは、カメラの向こうを見た。
怖さは、まだ少しある。
でも、その怖さの中に、今日の雪解けの水が通っている。
「では、聴いてください」
少しだけ息を吸う。
「綿毛」
その言葉のあと、部屋の空気がふっと軽くなった。
ローホイッスルのやわらかい風が入り、アコギが小さく揺れ、shihoのピアノがその下に静かな土を置いた。
コメント欄は、さっきより少しだけゆっくり流れた。
誰も急かさなかった。
誰も騒ぎすぎなかった。
ただ、ReShiNaがもう一曲、今この場で音を出してくれることを、画面の向こうで大事に受け取っていた。
綿毛は、雪解けレゲルトとは違う軽さで、部屋の中を漂った。
さっき溶けたばかりの水の上を、春の小さな白い種が飛んでいくようだった。
曲が終わると、コメント欄はまた静かに熱を帯びた。
――ありがとう
――綿毛、やっぱり好き
――今の流れで聴く綿毛やばい
――雪解けのあとに綿毛は反則
――景色の人、最高のリクエスト
――怖くないオーダー、成功
――ReShiNaありがとう
renaは、アコギを抱えたまま、小さく笑った。
shihoも、少しだけ肩の力を抜いていた。
natsuは、ローホイッスルを膝に置いて言った。
「飛んだ」
renaが見る。
「綿毛?」
natsuは頷いた。
「うん。ちゃんと飛んだ」
shihoが、静かに笑った。
「よかった」
renaも、画面を見ながら頷いた。
「うん。よかった」
配信は、だんだんReShiNaらしい温度になっていった。
ゆっくり。
静か。
でも、前よりも少し笑いが多い。
コメント欄も、それを分かっているようだった。
誰も急かさない。
誰も深掘りしすぎない。
でも、ちゃんと反応する。
まるで、雪の下に流れ始めた水と、その上を飛ぶ綿毛を、みんなで耳を澄まして見送っているみたいだった。




