表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/40

40話 この夜が明けるまで

 



 美しい星空の下。

 短い下草が生える丘の地面に、腰を下ろしたノルンへと、狼がするりと寄りそって、その巨体を伏せる。


 狼の腹部のぬくもりに背中をあずけ、両手で握った手鏡の神物をのぞき込むノルンへと、夜の瞳を注いだアトアが問いかけた。


「旅は楽しいですか?」


 父の問いかけに、ノルンは素直にコクリとうなずく。


「はい、とっても楽しいです。

 それに、他の解読者や神学者の人たちと、一緒に神託迷宮を探索することも、とっても楽しいです」

「それは好かったです。

 ……私も、旅は友としたほうが楽しかったから」


 夜の瞳を細め、そう返したアトアの言葉に、ノルンはサラリと黒髪を揺らし、小首をかしげる。


「父さんも、旅をしたことがあるのですか?」

「えぇ――遠き、かつてに」


 懐かしむように、あるいは遠き日の思い出に浸るように。

 そっとひと時、瞼を伏せる星の神の美しい顔を、神の子はただ静かに銀の瞳に映す。


 束の間、静けさが満たした時間は、そう長く続くことはなく。

 すぐに瞳を開いたアトアが話を戻したことで、再び会話と言う音をその場に取り戻した。


「解読者も、楽しめているようですね」

「そう言えば……想像以上に、楽しんでいます」


 父の言葉にうなずきを返し、言葉通り自身が思っていた以上に、解読者としての活動を楽しんでいたのだと自覚したノルンは、しかしとかすかに眉を下げる。


「ただ、まだ過去の姿が浮かぶほど、明らかな過去のなごりは……見つけることが出来ていないのです」


 少しだけ揺れた銀の瞳は、未来への小さな不安を灯す。


 果たしてこの先――続く旅路の中で、自らの過去を見つけていくことが、出来るのだろうか、と。


 ノルンの小さな不安を感じ取り、父神アトアはその夜の瞳を一度またたく間に、我が子へと伝える言葉を決めた。


 頬を滑る美しい純白の長髪を、綺麗な指先で耳へとかける少しの間を置いて、アトアは口を開く。


「あなたははじめから、()()でした。

 私や、今までの私の子供と同じように」


 夜の瞳で、澄んだ銀の瞳を見つめ、星の神は一つの真実を告げる。


「混沌の神ノアの愛し子として、あなたもまた。

 ――異なる世界の知識を、魂に宿した存在でしたから」


 それは明確な、ノルンの〝過去〟を示す、言の葉。


 刹那、ハッと銀の瞳を見開いたノルンの頭の中に、チュートリアルや古代ローマ、ロマンといった言葉が、次々と浮かぶ。


 それらの言葉を頭の中で並べた瞬間、ノルンは閃きに、銀の瞳をまたたいた。


(あの知識こそが、異なる世界の知識だったのか!)


 気づきは同時に、父が今この真実を語ったことへの、理解にも繋がる。


 すなわち――この特殊な知識を持っていることそのものが、今のノルンに残された、かつて人間だった過去のなごりの、その一部なのだと。


 ぱちぱちと、銀の瞳をまたたいて驚くノルンへ、アトアが静かに告げる。


「……あなたの過去について、今私から伝えることが出来る情報は、これだけです」


 父の言葉に、驚きの真実について考える中で、自然と下がっていた視線を上げたノルンは、ふるりと首を横に振った。


「十分です、父さん。

 ありがとうございます。

 いろいろと……納得できました」


 神と人間とでは、知ることが出来る内容も、伝えるための手段も、違うように。

 神と神の子(ティア・ル)でも、知り得ること、伝えられることは、必ずしも同じではない。


 その上で、星の神アトアは伝えることの出来る言の葉を、我が子へと伝えた。

 神の子であるノルンは、密やかにそのことを感じ取り、胸の内で呟く。


(父さんはきっと、不安を感じていた私のために、一つの答えを教えてくれたんだ)


 そう思い、いつもあたたかな父の優しさに、ノルンは小さく微笑みを咲かせる。


 次いで、ふと今まで旅をしてきた中で感じたことを思い出し、以前から考えていたある思いを、言葉にした。


「そう言えば、旅の中で感じたことから、これは過去のなごりかもしれない、と思ったことがあります」


 ノルンの言葉に、アトアは小さくうなずいて、そっと先をうながす。

 鏡面に映る父を見つめ、ノルンは言葉を選びながら、そこから導き出した結果を伝えた。


「その……たぶん、ですが。

 かつての、人間だった頃の私も――解読者をしていたのだと、思います」


 鏡越しに見えるアトアの夜の瞳が、かすかに細められる仕草に、ノルンは自らが考えた解釈はおそらく正しいのだろうと察して、一つうなずく。


 思い出したのは、とある違和感にも似た、感覚だった。


 古い朽ちた遺跡の神託迷宮で感じた、既視感。

 そして大迷宮の神託迷宮の最奥で、混沌の影との戦闘時に感じた、既視感。


 この二つの既視感こそが、かつてノルンとして目覚める前、人間だった頃の自身のなごりではないかと、ノルンはそれとなく解釈していた。


 そして今回、父神アトアと向き合って語ることで、この解釈は間違っていないようだと、確信にまで至り――また、はたと気づく。


「……思っていたより、過去のなごりを見つけていたようです」


 ぽつりと呟いたノルンに、鏡の中でアトアがふわりと微笑んだ。


 父神が明確に伝えた、異なる世界の知識を持つ存在だったと言う、真実だけではなく。

 ノルンは確かに自らの旅路の中で、過去にも解読者をしていたのだと言う事実を、見つけていた。


 それに気づいたことで、ようやく。

 ノルンは、何も不安に思うことなどなかったのだと、ほっと吐息を零した。


 丘の上を吹き抜ける夜風が、艶やかな黒の長髪をさらって、サラサラと揺らす。

 ほっそりとした手で髪を整えながら、ノルンは続けて考えた。


(けれど、過去のなごりは……もっと、見つかるはず。

 それなら――)


 ノルンは鏡越しにまっすぐ、父アトアを見つめ、たった今決意した思いを、はっきりと告げる。


「もう少し、解読者(ルーンティカ)として生きてみます」


 凛とした声音で紡がれた決意を聴き、澄んだ銀の瞳を見つめ返したアトアは、優しげに微笑んだ。


「ノルンがそう、望むなら」


 ――望むように、生きて好い。


 夜空を彩る光の名を持つ神は、愛しい我が子の進む道を、愛おしげに祝福する。


 それこそが、神の子の軌跡(ティア・ル・ルーン)になるのだと、伝えるように。


 星の神アトアと、神の子ノルンが語り合う声は、長く続いていく。

 ゆっくりと、穏やかに――この夜が明けるまで。




第一部にあたる、40話のご愛読、ありがとうございます!


今後は、41話からの第二部に向けて、執筆作業を進めてまいります。

第二部の準備が整い次第、更新を再開する予定ですので、しばしノルンが歩んだこれまでの旅路を振り返りつつ、お待ち頂けますと幸いです。


そして再開時はぜひとも、引き続き神の子の軌跡をお楽しみください!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんばんは。 今夜の話はストーリーの骨子のひとつなのでしょうか。 こうして語られる物語を僕は作者さまの想像以上に楽しんでいます。 第二部からのストーリーが楽しみです。 それまでに過去のストーリーをなる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ