2-84、サソリ女王 ミランダ野沢シーナ
ざわざわざわざわ がやがやがやがや
「(朝香、以前にも増してスピードとキレに磨きがかかってる。速さを超えた迅さだ。あの迅さにアタシ、ついて行けるのかな? ・・・・・・いや、食らいついてでも、超えなきゃ!)」
試合を眺める川田は間近で見ているからこそ、朝香のスピードが意味する恐ろしさを目の当たりにしていた。
「(トモコ・アサガ! どうした? 来ないのォん? ならば・・・・・・ワタクシから攻めさせてもらいますわよぉん!)」
トォーーーーンッ・・・・・・ すっ・・・・・・ ふわあっ・・・・・・
ミランダは一度、大きくその場で跳ねた。膝の力を抜いたまま、足首のバネがショックを受け止め、まるで重さを感じさせない着地。そして、そこからノーモーションで動き出した。
ふわん・・・・・・ シュゴオオォォッ!
「キイイイェェェーーーーッ!」
ゴオオオオッ! ゴオオォォォォーッ!
甲高い気合いとともに、見た目と相反した強烈な剛拳が二発、うなりを上げて朝香の顔面へ飛んでいく。踏み込むスピードも、全ての力が上がっている。とにかく、速い。
「(・・・・・・。)」
ゴオオオォォ・・・・・・ ダァンッ! ゴオオオォォ・・・・・・ ドォンッ!
冷静に、朝香は腰を落としてそれぞれ右掌と左掌でその剛拳を受け止め、がちっと握った。
「(ホーッホッホ。・・・・・・油断大敵ですよ、トモコ・アサガーっ!)」
・・・・・・ジャッ! ガコォォォォッ!
「「「「「 あああぁぁーーーーっ! 」」」」」
「止め! 青、上段蹴り、一本!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
オオオオオオオオオオオオオオッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
どよどよどよどよどよ どよどよどよどよどよどよ どよどよどよどよどよどよ
何が起きたのだろうか。一瞬で朝香の頭が上に撥ね上がった。観客席にいる誰もが、何が起きたのか速すぎてわからなかった。
「け、蹴りだ。おれには見えた!」
「ああ。陽ちゃんだけじゃなく、俺にも見えた! 朝香朋子、上段蹴りをくらっちまった!」
「な! 陽二も道太郎も見えたんか!? あ、朝香朋子に、上段蹴りぃ!? なんだ? 何をしたんだあいつ! 俺、見えなかったぞ」
「井上。蹴上げだ! ・・・・・・あの密着した位置から、一瞬で顎を蹴り上げやがったんだ!」
冷や汗を垂らし、腕組みをしたまま試合を見つめる中村の言葉に、井上と森畑が驚いている。
「空手の蹴りでも、テコンドーの蹴り方でもない。あれが例の、サバットってやつ?」
「わっかんねぇよ菜美。でも、朝香朋子に蹴りをぶっこんだのは事実らしい」
「まさか、あの朝香が上段蹴りをもらうなんて・・・・・・。私ですら、真波が中段蹴り入れたのまでしか見たことなかったのに」
「お、おい! 等星メンバーは、こんな事態見たことあんのか? 俺らはぶったまげてっけどよぉー」
焦る井上に、崎岡と諸岡は「あまりないな」という表情を見せ、朝香へ声を飛ばす。
「朋子、気にしないで! いつもの通りいきな! 朋子は朋子の組手をすればいいんだ!」
「朋子! 油断するな! そいつは団体戦で私を破った強敵だ! 変則的な足技に注意するんだ!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「「「「「 朝香先輩ーーっ! 相手まぐれでーす! ファイトです! 」」」」」
撥ね上がった首をゆっくりとまっすぐ戻し、朝香は何事もなかったかのように開始線へ戻った。
ミランダは口元にうっすら犬歯を光らせて、獲物を食い殺しにかかるかのような佇まいだ。それは、女王というより、夜叉のごとき表情だ。
「続けて、始め!」
「キイイイェェェーーーーッ!」
シュゴォッ! ゴオオオォォ! ゴオオオォォッ!
身体の周りに空気が渦を巻くほどの勢いで、ミランダは朝香にかかっていく。
再び、剛拳が左右から顔面へ向かって放たれる。
「(・・・・・・。)」
スウッ・・・・・・ バキイッ! バキイイッ!
握った拳で、飛んでくる剛拳を内側から裏拳打ちで左右に打ち飛ばした朝香。
・・・・・・キイイイィィィィーーンッ!
両腕が弾き飛ばされ、一瞬だけ正中線がガラ空きになったミランダへ、朝香が光速のような中段突きを放つ。
「(ホーッホホホホ! ・・・・・・来るとわかってましたよ、トモコ・アサガ!)」
ドガッ! グイッ
「(・・・・・・!)」
突きが届く瞬間、ミランダは朝香の前足の付け根へ、足底で押さえ込むような蹴りを放って動きを止めた。蹴りで相手の出鼻を抑えるこれは、サバットで使われる技術なのだろうか。
「(味わいなさい! ワタクシの華麗なる足技を!)」
スッ クイッ ・・・・・・ギュンッ!
ミランダは朝香の動きを止め、突きをすぐに掛け手で引っ掛けるようにして引き込んだ。
朝香は一瞬で前のめりに体勢を崩され、ミランダの左斜め横近くまでバランスを崩してしまった。
「キイイイェェェーーーーッ!」
スルウウゥッ ふわあんっ スパアアアァァンッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアア ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
「止め! 青、上段蹴り、一本!」
「「「「「 あああぁぁーっ・・・ 朝香先輩ーーーーっ! 」」」」」
がやがやがやがや ざわざわざわざわ どよどよどよどよ
「な、なんだぁ今の蹴り! あんな蹴り、見たことねーぞ! おい悠樹、お前あんな技知ってっか!?」
「まるで、フィギュアスケートのビールマンスピンのフォームみたいな・・・・・・。自分の背中側を抜けて、右足が左に後ろから飛ぶなんて! 僕も見たことない蹴りだよ井上君!」
「な、なんだ今のは! 軽く引き込んだだけで、朝香があんなに姿勢を崩すほどとは! おれは今、何を見たんだ神長!?」
「わ、わからん。俺もわかんないんだ陽ちゃん。森ちゃんは今の、どう思う!?」
「小笹が教えてくれた和合流の『流す』や『往なす』に似てるかも! ミランダ野沢シーナも、もともと和合流らしいし! 私が小笹の部屋で見た雑誌に書いてあったんだよね」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「「「「「 (朝香朋子相手に、連続で上段蹴り決めたぞ、あの金髪の子!) 」」」」」
「「「「「 (どっちの蹴りも、あまり見ない技だよ! 何者、あの金髪!) 」」」」」
会場内も、あちこちどよめく。
朝香に上段蹴りを連続で入れたこともすごいが、驚くべきはその足技。小笹の足技よりも、遙かに変則的で恐ろしく驚異的。さすがの朝香も、今の変則的な蹴りには驚いた表情を隠せない。
「(どぉかしら? ワタクシの、サソリ蹴りのお味はぁ? 初体験かしらぁ?)」
「(・・・・・・背中から、まるで別な人の足のように、水平に足底が飛んできた!)」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「今のは・・・・・・サソリ蹴りだ!」
「何それ? ちょっと、崎岡。どういうこと? 私、聞いたことない技だな」
「森畑たちは国際試合や外国人との試合経験がないだろうから、わからないのも無理はないが、後ろ回し蹴りの変化技と言ってもいいのかな?」
「後ろ回しの・・・・・・変化?」
「ああ。普通、後ろ回し蹴りは身体ごと回転してクルッと蹴るが、サソリ蹴りは身体はそのまま前向きで、蹴り足だけが背中側から回り込んで相手の頭部を捉える。まさに、サソリの尻尾にある毒針のようにな。ヨーロッパ選手が奇襲で使ったのを見たことが一度あるが・・・・・・」
「ええっ! 何よその蹴り方! さすがの朝香も、不意を突かれたってことか・・・・・・」
「朋子すら、実際に目の当たりにするのは初めてだ。しかも、あの蹴りは、とんでもないバランス感覚、間合いを一瞬で計る当て勘、そして異常なまでの柔軟性が揃わなきゃ、そう簡単には実戦で使うことなどできないはずだ! ・・・・・・ミランダ野沢シーナ、サソリ蹴りはどうやら、数を相当こなしていると見たが・・・・・・」
崎岡が冷や汗を垂らし、眉間にシワを寄せながら技の説明をしている。聞いている森畑たちは、それでも理解しがたい技だった。
レベルが高すぎるミランダの技に、森畑は驚きっぱなし。もちろん、男子メンバーも。そして、コートの外で見ている川田も。
「(なんだぁ、朝香に入れたミランダの今の蹴りは!? アタシも初めて見る技だった! てか、6対4であっという間に朝香を逆転なんて、悔しいけど、すごい。・・・・・・ん? 朝香?)」
朝香は、ミランダの奥で座る川田をちらっと見て、目を伏せた。
すううぅぅ・・・・・・ はぁぁぁーっ・・・・・・ くわっ!
「(ホーッホッホホホ! やっとお目覚めねェ、絶対女王、トモコ・アサガ!)」
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・ ビリビリビリビリ ズオオオオオオオォォ・・・・・・
細く切れ長の目がかっと見開かれ、小さく綴じていた口元は奥歯にぐっと力が入り、強さの増した顔になった朝香。
いよいよ、絶対女王たる朝香朋子の本気モードだ。周囲のコートで待機する選手まで巻き込むかのような、凄まじい殺気と闘気が炎のように広がっている。
「(何! すごい殺気! 誰? 朝香朋子?)」
「(Eコート、朝香朋子が四回戦で本気を? 何が起きてるの?)」
FコートやGコートで待機している選手たちも、朝香の放つ異様な気配を察知してEコートの方へ振り向く。
「ふふっ。お姉がそこまでなるとはぁ。ミランダ野沢シーナはん、もう、どうなってもあんた、知らんでぇ? ・・・・・・あれこそ、お姉やわぁ。朝香家の闘気やね、お姉っ・・・・・・」
どよどよどよどよどよどよ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「(・・・・・・ホホホ! いい闘気ねぇー。いい殺気ねぇー。スペインの牛のように、アナタはワタクシが刺して仕留めてあげるわよ! 絶対女王は、世界にワタクシ一人で十分!)」
「(・・・・・・あなたがその気なら・・・・・・私も、拳で応えてあげる! ・・・・・・覚悟してね!)」
朝香から、まるで稲妻が発せられているかのような、ビリビリした闘気が出ている。
ミランダにこの後、どう仕掛けていくのか。高次元の試合は、いよいよ終盤へと向かう。
ザワザワザワザワザワザワザワザワ どよどよどよどよどよどよ
「(朝香が本気だ。ミランダ野沢シーナめ、朝香を本気にさせるなんて、やっぱ実力は本物なのか!)」
川田は、やや悔しそうな微妙な表情を浮かべ、座りながらじっくりと二人の戦いを見つめている。
「「「「「 朝香先輩ーーーーっ! 必勝ーーーーっ! 普通にいけますよーっ! 」」」」」
「「「「「 朝香先輩ーーーーっ! ファイトーーーーーっ! 」」」」」
「朋子ーっ! 油断はするな! じっくり手堅く取り返せ!」
等星メンバーからも、一段と声量を上げた応援が朝香へ飛んでゆく。
あの朝香が2ポイントもリードされている。たった二発の変則的な上段蹴りで逆転という、誰も見たことがない展開には息を呑むばかりなのだろう。
「続けて、始め!」
スウゥ・・・・・・ ユラアァァ・・・・・・
ズシャッ・・・・・・ ザシャッ・・・・・・
凄まじい圧力と闘気を揺らめかせながら、構えずに開始線からゆっくりと一歩、また一歩と足を進める朝香は、ミランダに視線をロックオンし、瞬きすらせずに目を見開き、さらに歩み寄ってゆく。
「(ホーホホホホッ! トモコ・アサガ、このワタクシに、やっと本気とは。今までずいぶんと余裕がおありのようでしたが・・・・・・もう、遅いですよぉ!)」
・・・・・・シュゴオッ! ゴオオオォォ! ゴオオオォォッ!
ミランダは、歩み寄る朝香に対し、ノーモーションで剛拳のワンツーを放つ。
「(・・・・・・。)」
・・・・・・フオォンッ! キイイイィィィィーーン・・・・・・ッ カカッ!
「(え・・・・・・っ! な、何ですの、今の?)」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「止め! 赤、上段突き、技有り!」
「「「「「 ・・・・・・朝香先輩ナイス上段でーーすっ! 等星ーっ! 必勝ーっ! 」」」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
それはまるで、稲光かフラッシュの閃光。
うなりをあげて飛んでくるミランダの剛拳の隙間を、朝香の「光速ワンツー」が打ち抜いていた。
ミランダの突きも相当なスピードだが、それすら遅く見えるほど尋常じゃない速さのワンツー。朝香のとんでもない身体能力があってこそのものだろう。
「い、今の朝香のワンツー、見えたか? あのミランダ野沢シーナのワンツーも高速だが、そのワンとツーの間に、二発叩き込んだのか! なんてぇスピードだ、朝香朋子!」
「技有りだから・・・・・・そうだね。でも、眼のいい井上君ですら見えにくいなんて!」
「以前よりもますますスピードが上がってるぞ! あいつ、高校生でありながら、あのスピードと強さなら、全日本選手権や世界選手権まで獲れるんじゃないか?」
「・・・・・・川田さん、今回の朝香さんともし当たったら、どんな試合する気なんだろ・・・・・・」
「前ちゃん、それよりもまずは、この試合だ。朝香が勝つか、ミランダが勝つか、今でやっと同点のイーブンだから、わからんぞ?」
「だが神長、ミランダ野沢シーナも恐ろしい強さだが、朝香朋子はおれが見たところ、それをさらに上回ってやがる。その証拠に、今のワンツー、ミランダには見えていない感じだ」
「確かにそう見ると、陽ちゃんの言う通りかもしれんなぁ。しっかし、女子のレベルはとんでもないなぁ、全国ってのは」
「続けて、始め!」
「(・・・・・・。・・・・・・私の人生の邪魔をしないで頂戴。立ちはだかるなら、壊すのみ)」
「(おのれえッ、トモコ・アサガ! この女王、ミランダ野沢シーナをコケにするおつもり? アナタは、ワタクシに、倒されるべきなんだぁッ! 絶対女王は、このワタクシだぁ!)」
シュラン シュララッ シュゴオオォッ! ズバッ ゴオオオォォッ!
不規則で変則的なステップから、ミランダは回し蹴りとも前蹴りとも読めない軌道の蹴りを放った。この蹴りは、前原たちには見覚えがよくある軌道だった。
「み、三日月蹴りか! ミランダの蹴り、あれは、前蹴りでも回し蹴りでもないぞ!」
「井上君。朝香さんはまったく無反応というか・・・・・・動かないけど。・・・・・・いったい・・・・・・」
「・・・・・・賑やかすぎるぞ柏沼男子。まぁ、見てろ。朋子の恐ろしさが、これでもっとわかるぞ」
諸岡が冷静に、ぽそっと呟いた。
そうこうしているうちにも、ミランダの三日月蹴りが朝香に飛んでゆく。それは、中段に刺さるのか、上段へ撥ね上がるのかも読めないフォームだ。
シュゴオオォーッ! ・・・・・・クルンッ! フアアアッ!
「「「「「 じょ、上段に! 」」」」」
メンホーの死角を突くように、ミランダは三日月蹴りを中段の手前で一気に顎下を狙って上段へ切り返した。朝香はまったく下に意識を向けていない。
「(ホーッホッホホホホ! さぁ、食らいなさい。これを決めてやりますわよぉ!)」
スッ ・・・・・・フウウゥゥゥオォォンッ!
ガッ ドッシャアアァァッ!
「(・・・・・・つうっ! な・・・・・・)」
ミランダの放った右上段三日月蹴りは、朝香の影をふわっと抜くだけだった。
朝香の耳元をものすごい風が音を立てて渦巻き、抜けてゆく。
その刹那、ミランダの蹴り足の真横を抜くように一歩、朝香は前に踏み出していた。抜けていった蹴り足と身体との差は、数ミリに満たない距離。
ミランダが蹴りを外したと気づいたときには、朝香は右掌でミランダの顎先を掴み、そのまま重心を真下に落とした。風車のように身体が浮き上がり、床に叩きつけられるように頭から落とされたミランダ。
朝香が仕掛けたそれは、まるで合気道のような、無駄のない神秘的な崩し方だった。
・・・・・・キイイイィィィィーーンッ チュドン チュドッ チュバアァーーーンッ!
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
「止め! 赤、上段突き、一本!」
蹴りを抜き流し、床に落とした刹那、光速の突きがミランダの顔面に三発降り注いだ。
鼻先、顎先、そして、上唇と鼻の間にある「人中」と呼ばれる危険なツボに向け、朝香は容赦なく突きを放っていた。床に転がって沈黙するミランダに対し、残心を取り仁王立ちで睨み降ろす朝香。その雰囲気は、鬼を征伐し踏み殺した明王を思わせる威圧感だった。
「「「「「 (あ、朝香朋子、倒れた相手に三発も突きを浴びせかけた・・・・・・) 」」」」」
「「「「「 (あれ、メンホーなかったらやばいんちゃう? 突いた場所も急所ばかりやったで!!) 」」」」」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
どよどよどよどよどよどよ どよどよどよどよどよどよ
「(・・・・・・ワタクシは、ヨーロッパで無敗だったのよ! こんな大会で、負けてなるものか)」
「(無理だ、ミランダ野沢シーナ。朝香は、止められないよ! ・・・・・・アタシ、これほどの選手を今まで相手にしてきてたのか・・・・・・。お、恐ろしい突きだったな、今のは・・・・・・)」
奥歯を鳴らして般若のような形相でよろよろと立ち上がったミランダ。
川田は、その様子をコート外から冷静な顔で見つめていた。
「続けて、始め!」
「キイイイェェェーーーーッ! キエエエェェッ!」
シュゴオオォッ! ゴオオオォォッ ゴオオオォォッ ドドドォォンッ!
「(・・・・・・。・・・・・・邪魔!)」
・・・・・・キイイイィィィィーーンッ! カアンッ!
「止め! 赤、上段蹴り、一本!」
「「「「「 朝香先輩ナイス上段でーーーーーすっ! 一気にいきましょぉーーっ! 」」」」」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!
ミランダが動いた時には既に、朝香の前足はその出鼻を打ち抜いていた。
日本刀を斬り上げたかのような足刀蹴りは、高速の攻撃の僅かな隙間を正確に捉える。もはやミランダに、朝香を上回る術は何も残されていなかった。
「ミランダぁ! 落ち着けって。あの技なら、朝香朋子も対応できねぇべさ! いけーっ!」
「6ポイント差も、ミランダの蹴りなら追いつけるべ! 焦らずにいくんだぁー」
北海道陣営からも大きな声が飛ぶ。ミランダは、目を光らせて朝香を睨みつけている。
「(ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・。絶対女王は、このミランダ野沢シーナよ。技の華麗さも、空手の華々しさも、トモコ・アサガ、アナタより・・・・・・ワタクシが上なのよぉーっ!)」
「続けて、始め!」
「キイイイェェェーーーーッ!」
・・・・・・ダシュッ! シュゴオオォッ! タンッ クルン・・・・・・
ミランダは真っ正面から行くと見せかけ、途中で横に踏み込む。そして朝香に向け、斜め横向きに身体を倒し、後ろ足を浮かせた。朝香の視線は、斜め下に姿勢を傾けたミランダの目と合わせていた。
「(ホーッホッホ! コチラに目をむけたわね、トモコ・アサガ! ・・・・・・もらった!)」
・・・・・・ヒュウウゥンッ・・・・・・ シュバアアアアァァァッ!
「朋子! フェイントだ! 本命の狙いはサソリ蹴りだ!」
「朝香! それ食らうと試合の流れ、変えられちゃうよーっ!」
崎岡と森畑が同時に叫んだ。朝香には、ミランダのサソリ蹴りがまったく見えていない感じだ。
・・・・・・シュバアアアアーー・・・・・・ バチイッ!
「(・・・・・・なァっ!?)」
「(・・・・・・。・・・・・・。小賢しいわね・・・・・・)」
朝香は、後ろから首へ突き刺さるように飛んできたサソリ蹴りを、見ることもなくそのまま手刀で打ち払った。これでミランダは、完全に朝香へ背中を向けた無防備状態になった。
「(あ・・・・・・。そ、そんな。ワタクシの技を・・・・・・。か、軽く! ・・・・・・も、もう・・・・・・)」
「(・・・・・・絶対女王なんて私は望んでない。でも、あなたごときにこの座を譲る気は・・・・・・無い!)」
かっと見開いた菱形の眼の中に、点のように小さくなった黒目をさらに鋭く光らせ、朝香はミランダを眼力のみで居竦ませた。
キイイイィィンッ! ドバアァーーンッ! ドパパパパパパァァーーンッ!
ダンッ ドッパパパパァン! ズババババババーーーーァッ! ドバアーーーンッ!
ダンッ ドッパアァーーーンッ! ズババババババーーーーァッ!
ごろんごろんごろん・・・・・・ どしゃ!
「(な、なんですのォーーーーっ! うわーー・・・・・・。か、怪物! ワタクシには、この怪物は倒せない・・・・・・。恐ろしいわぁーーーーーーーん・・・・・・)」
猛烈な暴風雨のような連撃だった。
朝香はミランダの背中、脇腹、後頭部へ、光速の打撃を次々と叩き込んでいった。そして、その突きの威力で吹き飛ばされ、姿勢が浮いたミランダへ、また踏み込んで突きを三発、四発、五発と叩き込む。さらに身体を浮かせ、どうにもできなくなった「死に体」のミランダへ、もう一歩踏み込み、六発、七発、八発、九発、十発。
もはや心折られ、戦意がなくなったミランダは、蜂の巣にされるかのように打ち抜かれ、吹っ飛ばされて場外まで転がっていった。
ザワザワザワザワザワザワザワザワ ザワザワザワザワザワザワザワザワ
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「「「「「 朝香先輩ーーーーっ! 常勝ーーーーーーっ! 必勝ーーーーっ! 」」」」」
「止め! 赤、中段突き、技有り! ・・・・・・赤の、勝ち!」
よろよろと開始線まで何とか戻ったミランダに対し、メンホーをはずした朝香は、すっと軽い一礼をして無言でコートから出ていった。まるで何事もなかったかのように、颯爽と、凜とした風格を漂わせて。
14対6。終わってみれば、8ポイント差の圧勝だが、それでも変化技で朝香からリードを奪っていたミランダもかなりの強豪選手として観衆の印象に深く焼きついたことだろう。
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
「・・・・・・ツアアアァーーーイッ!」
シュンッ ドドオンッッ! ドオンッ!
「止め! 赤、上段突き、有効!」
「・・・・・・エアアアァーーーッ!」
キュンッ チュドドッ! バシイイッ!
「止め! 青、中段蹴り、技有り!」
ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ
~~~ ピー ピピーッ ~~~
「・・・・・・8対6。赤の、勝ち!」
「「「 やったやった! 末永ちゃん、ナイスファイトーーっ! 」」」
朝香とミランダの試合が終わった直後、Hコートでは小笹が2ポイント差で勝利。
これで小笹は、形に続いて組手もベスト8入賞以上が確定となった。
「ふうっ・・・・・・。しつっこい相手だったぁッ! くすっ。でも、やったよーッ!」
そしてAコート、Dコート、Eコートではまた、三者同時に試合が始まる。田村、二斗、川田が同時に出陣だ。
田村の相手は福岡天満学園高校の主将、須藤光則。
九州の王者相手に、田村は果たして巻き起こせるか。柏沼旋風、栃木旋風を。