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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第2部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第5章 勝負の世界の「白と黒」
82/106

2-82、四強出揃う! 実力伯仲の女子個人形!

「うーん。残念だったね。おしかったおしかったー。・・・・・・あれ? 松島君、森畑さんは?」

「あー、ちょっと、トイレ寄ってから戻ってくるってさ。いやぁ、いけたと思ったんだがなぁ」


 新井と松島がとても残念そうな表情で話している。森畑はもし勝てばインターハイベスト8の実績が取れたのだ。


「・・・・・・恭子。アタシ、トイレ行ってくるから、試合、見てて!」

「え? あ、はい!」


   タタタタタタタタタタッ  タタン  タタン  タタン・・・・・・


 川田は思い立ったように席を離れ、走って階段を降りていってしまった。


「・・・・・・。・・・・・・前原、ちぃっと便所いかねーかぁ?」

「え? あ、いいけど? ちょっと、田村君。待ってってば!」


 前原はわけもわからず、田村を追いかけて下に降りていった。


   タタン・・・・・・  とてとて  とてとて  とてとて


「ここか・・・・・・」


   とてとて  とてとて


「(ぐす。くすん・・・・・・。悔しい・・・・・・。こんなところで負けて・・・・・・)」


 前原と田村は入れない場所だが、女子トイレの個室から、すすり泣く声が。


「・・・・・・菜美? ・・・・・・アタシだよ。菜美ー」

「(? ・・・・・・真波っ・・・・・・)」

「お疲れさま! ・・・・・・アタシ、菜美が勝ってたと信じてたよ最後まで。・・・・・・惜しかったね」

「・・・・・・うん・・・・・・。でも、あんなに稽古したのに・・・・・・。負けた・・・・・・」

「そうだね。菜美は全力でやりきったよ。・・・・・・アタシね、この光景、デジャヴなんだ」

「ぐすっ・・・・・・。わかるよ。私らが一年の時でしょ? ・・・・・・鷲頭先輩の・・・・・・」

「そう。あの時と今が、ものすごく被ってる。・・・・・・菜美もアタシもさ、三年生だから、高体連の試合はこれが最後だもんね・・・・・・。まったく敵うはずもない相手に敗れるならまだしも、勝てたかもしれない相手に敗れる方が、悔しいよね・・・・・・」

「そう・・・・・・。勝てる自信は、あった・・・・・・。勝ったと思った。・・・・・・でも、あとひとつ。あとひとつ旗がこっちにあがったら、って・・・・・・。それが、ものすごく悔しくて悔しくて」

「だよねぇー・・・・・・。ほんと、悔しいよね、あれ。ましてこんな、インターハイで賞状が取れるかどうかのラウンドでさ。・・・・・・菜美は、まだ、その涙が流れるんだから、だいじだよ」

「・・・・・・ごめんね。もう少しで落ち着くからさ・・・・・・。美鈴ちゃんも、小笹も、勝ち上がったのに・・・・・・私はここで脱落だ・・・・・・」

「気にしないで、って言う方が無理か。美鈴ちゃんや小笹は二年生で、かえって怖いものなしで挑めるんかもね。アタシらは、三年生で最後だから、何が何でも負けたくない。勝たなきゃ終わっちゃうってのも、少なからず背負ってるからね・・・・・・」

「・・・・・・そうだね。そうだよね・・・・・・」

「あの子たちは、まだ来年があるんだもの。・・・・・・菜美の涙は、それも入ってのことでしょ?」

「・・・・・・さすが真波だ・・・・・・。お見通しだね・・・・・・」

「よかった。大丈夫そうだ。・・・・・・アタシ、ロビーにいるから、落ち着いたら、出てきてね」


 ドア越しにそう告げて、川田はトイレから出てきた。


「ん! 田村に前原! なにしてんの?」

「・・・・・・だいじそうだったか?」

「あぁ、菜美? だーいじだって! 菜美はそんなに弱くないでしょ? でもさすがに、ちょっと堪えたみたい。まだ、そっとしといてあげてー・・・・・・。ロビーで待とうよ」

「え? あ、そういうこと! なんだ田村君! そうならそうと、言ってよー」

「空気で察せよぉ、前原。俺だって、全員をまとめる主将なんだぞぉ。前原だって副将なんだから、そーゆーアンテナ高くしなきゃねぇー」

「ご、ごめん田村君。僕、そういうのに疎くて・・・・・・」

「なぁにしょげてんのよ前原! あんたはあんたの良さがあるでしょう! 田村と同じだったら、あんたは田村悠樹だよ? そうじゃないから、前原悠樹なんでしょ!」

「川田・・・・・・何が何だかよくわかんねー諭し方だけど、妙に変な説得力があんなぁ」


 川田たちは、ロビーのソファシートに座り、森畑が出てくるのを待っていた。田村は喉が渇いたらしく、見たこともないジュースを買ってきた。「マンゴー塩レモンサイダー」ってやつだが、前原は「おいしいのかなそれ?」と首を傾げている。


   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ  パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 こうしている間にも、形の試合が進んでいる。今進行中なのは準々決勝あたりか。

 それからいったい、何分経っただろうか。時計も見ずに川田たちは、ソファシートに三人で背中合わせに座っていた。


「あーぁ。・・・・・・まさか、菜美が敗れるなんてなぁー・・・・・・」

「しゃあんめ? 勝負だもん。相手が勝てばこっちが負ける。こっちが勝てば相手は負けるんだかんねぇー。そういう中に、俺たちはいるんだよ・・・・・・」

「どっちも勝って、みんないい・・・・・・なんてことないもんね。僕も昨日、瀬田谷学堂に負けたときは、本当に悔しかったなぁ」

「前原さ。俺は今年が、柏沼高校空手道部の歴史上でも、かなり実績上げてるんじゃないかと思うんだよねぇー。・・・・・・強い先輩はいっぱいいたはず。上手い先輩もいっぱいいたはず。でも、その先輩らですら、ここにたどり着けなかった人が大多数。だからさ、運もあるのかもしれないけど、俺は今、けっこうこれを深く受け止めてるんだよねぇ・・・・・・」

「田村君・・・・・・。そうだね。僕たちもその歴史の一部に、なってるのか・・・・・・」

「あ! 菜美! 菜美ーっ!」


 川田が立ち上がって手を振る先には、目を腫らしているが笑顔でどこかすっきりした表情の森畑が立っていた。


「ごっめぇんね、真波・・・・・・って、田村と前原も? ・・・・・・そっか。ありがとね!」

「別に、ちげぇよぉ。ちっとだけ、喉が渇いちゃったからねぇー。・・・・・・森畑、お疲れ!」

「・・・・・・おわっちゃったぁ! 私の高体連最後の試合! お世話になりましたっ!」

「ちょっとちょっと、森畑さぁん。そんな、会社辞めるOLみたいなこと言わないでよ」

「あっはっはっは! そうだね。でも、なんかすっきりした! 試合、どうなってる?」


 元気を戻した森畑。その顔を見た川田と前原はちょっと安心したようだ。田村も笑顔で頷いている。

 でもその時、試合場ではさらなる波乱が続いていた。


   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ  ザワザワザワザワザワザワザワザワ

   ザワザワザワザワザワザワザワザワ  がやがやがやがやがやがやがやがや


「よ、陽二。み、見たかよ今の形! ・・・・・・俺、あの形、初めて見たぜ!」

「ああ。ものすごいキレと、技の威力だ! あれでは、さすがの朝香舞子も・・・・・・」

「指定形は剛道流だったが、自由形で本領発揮というワケか! す、すごいな!」

「阿部先輩、今の形って、何流の形なんですか?」

「ご、ごめん紗代! わかんない! でも、剛道、糸恩、松楓館、和合の四大流派のものではないってのは、わかるけど・・・・・・」


   ザワザワザワザワザワザワザワザワ  ザワザワザワザワザワザワザワザワ


「(やりました、嘉手本先生! 地元沖縄の意地です。ここでぶつけてみました!)」

「(な、なんてやつや。まさか、ここであんな選択をしてくるなんてなぁ・・・・・・。驚いたわ)」


 川田たちが席に戻ってくる途中で、Eコートでは準々決勝戦が終わっていた。

 ここからは指定形ではなく、自由形の演武となる。それぞれの選手が、形リストの中から自分の流派で磨き上げた形を選び、ぶつけ合うことができる。ただし、同じ形は二度と使えない。

 なんと舞子を、新城が劉景流の「パイクー」という形で3対2の接戦を制し、破った。

 これで、新城が準決勝へと進むこととなる。


「「「「「 やったなぁーーっ! みなみーーーーーっ! 」」」」」

「「「「「 新城主将ーーーーっ! さすがですーーーーーっ! 」」」」」


   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ!  パチパチパチパチパチパチパチパチ!

   タタタタタタタタタタッ


「なんだぁ、このどよめきは! ・・・・・・え! 森畑! 朝香舞子がベスト8で消えたってよ!」

「えぇ? 新城さんが破ったのか! ・・・・・・パイクー? 本流である劉景流の形を、いよいよ使ってきたってことなのね・・・・・・」

「パイクーって、アタシは昔、武道館で見た全日本選手権で一回見たくらいかなぁ。さすが、世界の嘉手本の直弟子・・・・・・。このどよめきで、どれほどの形を演武したのかわかるね・・・・・・」

「白虎って書くんだっけ? ベスト4入りかぁ、新城さん! あ、みんな、Hコートで末永さんが始まるよ!」


 新城は、舞子さんとお互いに一礼し、沖縄陣営にも一礼。

 川田たちが栃木陣営に戻ってきたとき、会場は大歓声と大きな拍手に包まれていた。


   パチパチパチパチ  ワアアアアアアアアアアーッ!


 場面変わって、Hコート。小笹が青側となり、山梨県代表 山梨航空学舎高校の雨宮選手と対戦。お互いに一礼し、小笹は後攻のため、一度コート脇に下がって控えた。


「(くすっ。Eコート見てたよぉッ! ・・・・・・パイクーなんて、やるじゃんっ、新城サン!)」

「小笹、余裕だなぁ。別なコートの方見て笑ってるよ。あの子、ほんとに図太い神経だわ」

「アタシでもさすがに、インターハイのベスト8戦では、もし演武するとしたらそこそこの緊張感はあるんだけどなぁ。・・・・・・小笹のあの図太さは、羨ましいよね」


 コートに入る相手は佇まいからして、ものすごい実力者だという雰囲気が既に醸し出されている。

 いったい、小笹にどんな形をぶつけてくるのか。


   ・・・・・・スッ  スッ  すっ


「コウソウクン・・・・・・ダイィーーーーッ!」


   スウウゥゥ  サアアアァァァーッ  パアッ   タアンッ・・・・・・


 相手は糸恩流の公相君大コウソウクンダイを選び、小笹にぶつけてきた。

 気迫の乗った発声、大きく優雅な構え。松楓館流ではカンクウダイ、和合流ではクーシャンクー、そして糸恩流ではコウソウクンダイ。どれも元は同じ形だが、流派ごとに立ち方や形名、技の動きに微妙な違いがあるのが面白い。


「小笹の相手、山梨の雨宮かぁ!」

「菜美、知ってるの? あの選手、糸恩流?」

「うん。糸恩流の全国選手権で去年、準優勝してる人だよ。インターハイでも上がって来たか、やっぱり・・・・・・」


   ・・・・・・シュバッ  シュパパッ  ダァン!  シュバッ  シュパパッ  ダァン!


 相手はやはり、流派の全国トップレベル。一点のブレもない見事に調和の取れた技の数々。同系統の形である川田のカンクウダイより、明らかにキレがある。

 見ている小笹は、何も感じていないような顔でいるままだが。


   ・・・・・・ザシュッ  クルン  タンタアンッ  パァンッ!  グッ バッ バババッ

   シュバッ  ダダァンッ! あああぁぁーーいっ! スウゥ  サアッ・・・・・・


「「「「「 きまったぁーーーーーーっ!  勝ってくりょぉー雨宮先輩ーーーっ! 」」」」」


   パチパチパチパチ!  パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 山梨陣営から拍手が雨あられのようにHコートへ降り注ぐ。自信を持った目をして、相手はコートから一旦下がった。そして、交替して、小笹の番となる。


「(くすくすっ。糸恩流の公相君大、か。・・・・・・じゃあ、ワタシは何やろーかなぁッ?)」


   ひた  ひた  ひた  ひた   すっ・・・・・・


 小笹が入場。会場全体が、再び彼女へ注目する。


「・・・・・・ヘイクゥーーーーーーッ!」

「「「「「 な! ヘ、ヘイクーだってぇっ? 」」」」」

「「「「「 なんで栃木の選手が、ヘイクーなんか知っとんのぉ! 」」」」」


   ザワザワザワザワザワザワザワザワ  ザワザワザワザワザワザワザワザワ


「(くすっ。みんな、驚いてる驚いてる! これが気持ちいいのよねぇーッ!)」


 なんと、先程Eコートで新城が演武したパイクーに対し、小笹は劉景流のヘイクーを演武。

 これには新城も沖縄陣営も、驚きの目で見ている。赤側で控える相手選手の表情も、一瞬で驚愕のものに変わった。


   スゥ ススッ ググウーッ・・・・・・  スラアァァッ シュルシュルウゥゥッ・・・・・・

   スラアッ シュバアッ!  スラアッ シュバアッ!  ギュバッ!

   スラアッ  ダダンッ! シャッ シュババッ! スラアッ  ダダンッ!

   シャッ シュババッ!  サアアァァー  ヒュバッ!


 沖縄では夫婦手(メオトーディ)と呼ばれる、左右の手をそれぞれ独立させて同時に使う技法。

 片手で受けると同時に片手で突く。掛け手、肘当て、上段横受け、複雑に盛り込まれた技を軽くこなす小笹。


「小笹、まさか、ヘイクーまで使えたなんて。もっとも、インターハイ予選すら、決勝は劉景流のアーナンだったからなぁ。嘉手本さんにかつて習ってたんだね、きっと」

「そうなんだろうね。でも、なんだろう。さっき新城さんが白虎のパイクーを演武して、今度は末永さんが黒虎のヘイクーなんて! なんか、強い意志を感じるよ。ね、川田さん・・・・・・」

「先輩! わたし、さっき新城さんのパイクーって形、見てましたけど・・・・・・。末永ちゃんのこの形、それ以上です! すごいなぁ、末永ちゃん! がんばれーっ」


 前原も川田も、驚きを隠せない。小笹のヘイクーはまさに、劉景流の本流である新城が演武したものを凌ぐ。

 川田は黙ってその形を見ながら「どこまで器用なんだろう、末永小笹という選手は」と思った。


   スラアアァァァー・・・・・・  シャアッ  ドンッ!  ヒュバッ  パアンッ!

   シャアッ  ドンッ!  ヒュバッ  パアンッ!  タンッ  ササッ  ドンッ

   ババッ  ダアンッ!  つああああぁーいっ!  タンッ  ササッ  ドンッ


 片足立ちから掌底をゆっくり突き出したかと思えば、左右に裏突き、前蹴り、上段掌底突きなどの連続攻撃。舞いのような動きから、四股立ちで一気に重心を落として下段拳槌打ち。

 前原や川田たちが習得している形の動きには出てこない、中国拳法のような動きがたくさん盛り込まれている難しい形だ。


   バッバババッ!  フワアーッ  バッ ダァン! シュババババッ!  ススウッ

   パアンッ! つあああぁーいっ!  サササァーーーッ タンッ!

   スゥ ススッ ググウーッ・・・・・・  スラアァァッ シュルシュルウゥゥッ・・・・・・


 アーナンと同じく、こめかみから頭上にかけて掌を柔らかく回し、右脇に構える、独特の構え。

 演武を終えた時、小笹は口元をくいっと上げて笑みを浮かべながら、ゆっくり一礼。


「「「「「 (海月女学院の選手すごい! あの実力なら確かに諸岡里央も下せるかも) 」」」」」

「「「「「 (いったい何流なの! いろんな形やってるよね、あの子?) 」」」」」


   ザワザワザワザワザワザワザワザワ  どよどよどよどよどよどよ


「(くすっ。驚いたでしょぉー? あははっ! ワタシも、沖縄空手のバックボーンがあるんですからねぇーッ!)」


 もはや、相手の公相君大を覚えている者はいなかった。小笹の演武は、それほどまでに人を惹きつける形だったのだ。


「判定っ!」


   ピィーーッ!  ピッ!

   ババッ!  ババッ!  ババッ!  バッ!  ババッ!


「赤、1! 青、4!  青の、勝ち!」


   ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!


 三審のみが赤旗をあげたが、文句なしの快勝。小笹もこれで、ベスト4入りとなった。


「もぉーっ! だからぁ、なんで完勝にならないのよぉッ! ま、勝てたから、いいかー」


 ちょこっと不満そうな小笹だったが、相手としっかり握手をして、一礼。

 コートから出ると、末永と掌をタッチして、無邪気に喜んでいる。


   ワアアアアアアアアアアアアアーッ!  ワアアアアアアアアアアアアアーッ!

   ザワザワザワザワザワザワザワザワ  パチパチパチパチパチパチパチパチ!


「(あっはははは! まさか、ヘイクーなんてぇ! 勝ち上がってきたね、小笹!)」


 その頃、同時にFコートでは美鈴が兵庫県代表 凪川学院高校の君原選手を3対2で破り、同じく準決勝へとコマを進めていた。これでベスト4には、地元沖縄県勢が二人入った。

 次の準決勝戦は、コートの組み替えがあり、AとBコートが男子、CとDコートが女子となる。

 選手はコートを移動し、すぐに準決勝戦の準備。

 女子個人形準決勝戦のCコートは、沖縄県代表 首里琉球学院高校 新城巳波 対 沖縄県代表 うるま金城高校 東恩納美鈴。

 そしてDコートは、京都府代表 花蝶薫風女子高校 香山みのり 対 栃木県代表 海月女学院高校 末永小笹。

 空手道競技の花、女子個人形。この四人の、いったい誰が頂点に立つのだろうか。


「・・・・・・高校空手道競技の全国一か。・・・・・・私が仮にここに出ていたとしても、勝てる保証はまったくないな。去年よりも今年は、レベルというか、形の質がものすごい」

「そうだな。特に、地元沖縄の強い闘志を感じる。そして、同じ栃木県選手団ではあるが、あの末永小笹も沖縄空手の栃木支店みたいなものだ。今年のインターハイ、これはまったく予想が付かないぞ。まず、朝香舞子や清水希乃が敗れるとは思わなかった!」


 昨年このトーナメントを制した諸岡も、崎岡も、女子個人形は誰が優勝するか予想つかないようだ。


   ~~~ ただ今より、個人形準決勝戦を行います! 各コート、選手、整列! ~~~


   ♪ ダダッダン ♪ ダダッダン ♪ シャンシャンシャンシャン バーンッ ♪

   ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ  ワアアアアアアアアアアアアアアアーッ


 それぞれのコートで向かい合う赤と青の選手。みんな、しっかりと年季の入った黒帯を締め、赤と青の帯紐をその上から強く、きゅっと巻いた。


「うわぁ、壮観! せんぱい、早くわたしたちも、黒帯になりたいですー。ねっ、さよ!」

「紗代も真衣も、来月の審査会で三級になれば、まず茶帯だね。わたしたち二年生も、しっかり稽古して、初段とれれば黒帯だぁ! 黒帯取るまで、いろいろ覚えなきゃなぁ」

「恭子。黒帯で終わりじゃないんだからね? 空手は、真新しい黒帯を締めてからは、基本的にずっとその帯と一緒なんだよ。だから、あの準決勝に残ったメンバー見てみな。きっとみんな、小さい頃から空手を始めて、黒帯とってからも十年近く稽古を積んでるはず。そうすると少しずつ、黒が色褪せて、ところどころ糸も解れて、白い部分も見えてくるんだ」

「だから、すごく年季の入ったような、渋い感じの帯をみんな締めてるんですね? 森畑先輩や川田先輩たちの帯も、男子の先輩方のも、そうですもんねー」

「アタシも、今後お太りにならない限りは、ずっとこの帯だよ。昨日演武してた大師範の先生方なんて、もう、ボロボロの白帯みたいな黒帯だったでしょ? あそこまで稽古を積んでボロボロになっても、そのまま使い続けるのが武道の味ってモンでしょ!」

「そういえば、うちやまとわたしが春季大会を見てたとき、たしか、栃木商工だかの選手は、新品の黒帯してましたけど、黒帯っぽい空手じゃなかったんですよねー」

「紗代、あれは競技でたまに見かける『なんちゃって黒帯』よ。いちいち段位なんて確認しないからね、試合中は。だから、いるのよたまに。白帯のくせに見栄張って黒帯で出るやつが」

「アタシは、なんちゃって黒帯、嫌いだね。ちゃんと地道に稽古して、きちんと段位が認められてこそ、黒帯って価値があるんだよ。髪の毛と同じで、空手人生の最後の頃には黒帯も白や灰色になるんだろうけど。競技だけのニセ黒帯なんて、恥ずかしいことよ、本来はね」

「わたしたちはまだ、白帯ですもんね・・・・・・。やっぱり、黒帯は、かっこいいしなぁー」

「白帯だからこそ、白帯の時しかできないことや、感じられないことってのもあるよ。白帯はね、確かに、柔道でも空手でも少林寺拳法でも、真っ白な心と真っ新な技量の色。それがだんだんと積み上げて、心も技も強くなって、色が濃くなるの。アタシらぐらいになっちゃうとさ、紗代や真衣のような感覚、忘れがちなんだよね。でも、アタシら有段者もね、あんたらみたく白帯の人がいるから、振り返って空手を見つめなおせるんだー」

「真っ白な心と、真っ新な技量、かぁ・・・・・・」


 内山や大南は、前原たちの横で森畑や川田たちに、真剣な話をされて感動している。


「がんばれ、一年生。何事も勉強になる時期だよね白帯の頃って。僕の白帯時代も、懐かしいなー」

「悠樹は白帯のころ、姉弟子の人らによーく泣きついてたもんなー」

「前原せんぱいって、そうだったんですか?」 

「ちょっと、井上君! それはここで話さないでよー」

「だって本当じゃんかー! 道場のねーちゃん先輩らに、慰められててさー・・・・・・」


   ワアアアアアアアアアアアアアアアー  ワアアアアアアアアアアアアアアアー


「「 赤、沖縄県!/京都府! 首里琉球学院/花蝶薫風女子 高校、新城/香山 選手! 」」

「「 はいぃーっ!/おーすっ! 」」

「「 青、沖縄県!/栃木県! 県立うるま金城/海月女学院 高校、東恩納/末永 選手! 」」

「「 はあぃーっ!/はぁーいっ! 」」


 CコートもDコートも、同時一斉に試合開始。これが、全国の高校女子空手界で紛れもない形競技のトップ選手だ。


「「「「「 ちばりよぉーーーっ! 東恩納美鈴ーーーっ! 」」」」」

「「「「 新城主将ーっ! うるま金城には絶対負けんさぁーーっ! 」」」」」

「「「「「 末永小笹、ファイトーーーーーっ! がんばれーっ! 」」」」」

「「「「「 香山せんぱぁーーーーいっ! 必勝やぁーーーーーっ! 」」」」」


 ものすごい声量の沖縄陣営。

 Cコートの沖縄対決はどっちに軍配が上がるのか。男子個人形については、沖縄県勢はベスト8で敗れてしまったらしい。よって、女子個人形に声援が集中している。


「(ここで、新城巳波主将ねッ! あたしも、本気でやるさぁーッ!)」

「(東恩納キヨ師範の孫、東恩納美鈴! ここは、剛道流ではなく劉景流がいただくよ!)」


   バチン   バチッ  バチン  バチバチ


「(くすっ。花蝶薫風女子なんて、ちょうちょの燻製みたいな名前に負けるモンですかーッ!)」

「(等星の諸岡以上と噂されるやつや。なら、ウチがここは、勝たせてもらいますえーっ!)」


 頂点まであと少し。四人の火花が散り、準決勝は同時にものすごい気迫で形と形がぶつかる。

 まずは先攻の赤側の選手からの演武だ。


「「 パーチュゥーーーーーッ! / チャタンヤラ・・・・・・クーサンクゥーッ! 」」


   ワアアアアアアアアアアアアーッ!  ワアアアアアアアアアアアアアーッ!

   スゥ ススッ ググウーッ・・・・・・ ギュウゥ ダァンッ! ギュッバァッ!

   サァァァァーッ・・・・・・  シュバアッ パパァンッ パパパパァンッ! ・・・・・・


 Cコートでは新城が劉景流のパーチュー、Dコートは香山選手がチャタンヤラクーサンクーを演武。

 どちらも空気を切り裂き、裂帛の気合いで空間を弾けさせる勢いの、見事な演武だ。

 続いて、後攻の青側の選手が演武に入る。


「「 シソォーーーーーーチンッ! / アァーーーナンーーーーーーーーッ! 」」


   コオォ・・・・・・ シュウンッ シュバシイッ! シュウンッ シュバシイッ! 

   シュシュッ シャッ シャシャッ パァン! つあぁぁーーーいっ! ・・・・・・


 どちらのコートも実力伯仲の女子個人形準決勝戦。

 Cコートで美鈴は剛道流のシソーチン、Dコートは小笹が劉景流のアーナンを演武。

 果たして、この勝負の行方はどうなるのか。

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