47曲目
「あ、そうだ。さっき稔ちゃんと結理ちゃんから訊いたんだけどさ。奏音も初代の時世代音芸部を継いだ二時世代音芸部の正式メンバーに選ばれて入ったんだって? 楽器の上手さと素直な謙虚さがいいって評判だったけど」
玄関から出て来たケンがそう尋ねると、奏音はおどおどしながら弱く頷く。
「うぅ……うん、そうなんです。でも私なんて無理ですし時世代音芸部の名を背負って演奏できる人じゃないですって言ったんだけど、私の楽器演奏を見た部長が入れって……」
奏音はそう弱弱しく呟いて、困った表情を浮かばせる。
奏音は実質天才でどんな楽器をプレイしてもできるのに、奥ゆかしい。
夜中に地面に座り込んでから慎ましいお尻を上げる四つん這いのカッコを平然としちまうほどの注意不足さだし、手に持った玄関のカギをうっかり滑らして落とすようなうかつな指先だが、その小さくて艶めかしい指先が1度どんな楽器でも手にすると、ジャンル関係なしに全ての楽器から言葉を失わせるほどの最高峰で最高潮に感情を高ぶらせる音の旋律を鳴らせてしまう。
はっきり言って、俺よりも数段上手いし嫉妬しちまう。
奏音がギターに限らず色んな楽器を弾いているとこを何度か見たが、俺には全てがメルヘンやファンタジーとかに出てくる魔法のように思えたし、なによりギターに関しては世界を股にかけて活動しているプロギタリストなんか目じゃないほどに魔法の演奏をしてくれる。
奏音が演奏する旋律だけで、この腐敗した世界を幸せに包み込む。
それほどまで言わせちまうほど、彼女は天才少女と言われる正体だ。
長年音楽に面と合わせて活動している俺なのに、一瞬にして追い抜いた。
天才的なテクニックとメロディーラインの仕上がりに、俺はひどく嫉妬する。
けれど実質、奏音の方が上手いし俺には手も足も出ないほどの実力差がある。
「奏音、お前は嫌がってるかもしれないが本当に天才なんだからさ。そんな弱気にならずにもっと胸を張って誇らしげにしろよ。女子軽音部の部員数はめちゃくちゃいて、並みいる先輩たちをお前の音楽センスでさしおいて晴れ晴れとする鐘撞学園文化祭で……しかも二時世代音芸部の正式メンバーとしてステージに立てるんだぞ?」
「でも陽太さん。他の部員さんだって上手いですし、私なんて……」
俺はなんどもこの言葉を訊いてきた。
音楽事務所での意地悪くて猫被った先輩に、今の正直な奏音からもそう。
そう、『私(俺)なんて……』というのが天才の人がよく言う言葉なんだ。
実質、奏音も謙虚さからか気弱な性格からかよくこの言葉を口にする。
俺はそれを訊いて苦笑してしまう。
もし俺に奏音ぐらいの天才的才能があったりしたら、こんな弱弱しく内気にはならずにもっと増長してそれこそその天才を鵜呑みにし天狗になってイヤで意地汚い人間に成り下がっているだろうに。
だが、奏音はやはり奏音で、知り合った当初子供の頃から変わりはしない。
それだから空高く広がる天から世界中を覗き見てる神様は、この内気で優しい少女に天賦の才を与えてそれを自分で認めることこそ試練として課せられたのかもしれないな、とも思う。
世の中は腐敗して変えなきゃいけないのに、そこはよくできているものだ。
「しかし、俺が最初こそ音楽の火種を出してから稔や結理にケンも影響して音楽を初めてさ。そんな俺たちが楽器を練習したり作詞作曲をしたりしてるのを指加えてうらやましそうに眺めていたヤツが、いつのまにかメキメキと腕を上げていたなんてな。正直、今度はこっちが指加えてうらやましそうに眺めちまいそうだよ。というか、もうケンよりも楽器上手いんじゃないか?」
「ふふっ……うん、それは間違いないだろうね」
隣で奏音を見てたケンが素直に笑う。
すると奏音の顔がみるみるうちに赤くなり、照れる。
まったく悔しそうじゃないのがケンらしいし、いい兄貴だなとも思う。
しかし"兄よりも妹の自分の方が上手い"と言われたからか。
照れていた奏音はまた曇り申し訳なさそうに黙ってしまった。
そういったことを気にしているのはケンじゃなく、奏音の方だった。
本当にこの子は謙虚で、人のことを思える優しさがあるんだな。
音楽歴も浅く、最初こそ俺やケンが始めた音楽と楽器を、すでに腕も実力も自分の兄より上手くなってしまったことを本当に申し訳なく思っているのだ。
「あっ! でもさ、そうなると、文化祭で立つステージでは男子軽音部と二時世代音芸部の演奏になるけど。それってつまり陽ちゃんと奏音が対決ってことになるのかな?」
ここでまさかの爆弾発言を出してくれた。
ケンはソレにまったく気にする様子もなく、今から二つの部が対バンする文化祭のステージを心躍らせ楽しみにしているような歓喜に満ち溢れた微笑を浮かべた。
「えっ!? お、お兄さん。私と陽太さんが対決だなんて、そんな……」
「あ、そうか! そういうことになるのか! うぉぉおおおおっ、俺は俄然燃えてきたぜ。何事も勝負となったら負けたくねぇし、こっちは一曲入魂っ! 一つ一つの楽曲に、たとえカバー曲だとしても俺の熱い魂を入れて演奏らねぇとな。うし、今度の文化祭でのステージは絶対に負けないからなっ!」
俺はスポ根漫画系のように目をギラギラと燃え上がらせる。
するとそれとは相対的に奏音がひどく慌てて怯えるようにする。
「よ、陽太さんってば……そ、そんなに本気にしないでくださいよぉ~! わ、私のギターでなんか、陽太さんのギターボーカルに勝てっこないんですからっ!」
勝利を我が手にと俺の熱血宣言を訊き慌てて否定をし困り果てる奏音だが、このどんな楽器でも最高の音を奏でられる程度の才能を持つ天才少女が女子軽音部に入ったことで、宿敵である二時世代音芸部バンドが一層恐ろしい強敵に変貌したのは間違いないところだ。
こりゃ、本気でもっと頑張らないと置いてかれるか……それはマズいな。
俺は彼女の謙虚さに見え隠れする音楽センスに焦り、本心からそう思った。
なんだか、心が熱く弾け尻の穴がムズムズする。
背中の産毛が総毛立っていくのと体のアドレナリンが分泌される感覚。
よし、俺の中に蠢く熱い魂にさらなる炎が灯って燃えてきたぜっ!
俺がまた夕焼け相乗効果で走り出そうとした、そのときだ。
「ああ……陽ちゃん、こんなところで立ち話もなんだし、家に上がってジュースでも飲んでけば? それに楽器だって置いてあるから練習もちょっとはできると思うよ? ほら、僕や奏音が楽器を始めてからお父さんが防音室を作っちゃったから夜中でも大丈夫だし」
「おお、本気か! そいつはありがてぇぜ。んじゃ遠慮なく上がるわ!」
「あ、じゃあ私、すぐにジュースと楽器を用意しますから」
俺は防音室と聞いて浮かれ気分になり、御言葉に甘えようとした。
しかしケンはまだいいが、妹であり文化祭の宿敵となる奏音を見て我に返る。
「……あー、いやそのよ。悪い、やっぱ今日は止めとくわ」
俺がそう言うと奏音は残念そうになり、ケンは俺の心情を察してくれた。
そして自分が言ったことは余計なお世話だったかと感じ、顔の前に手を出す。
その手は奏音にわからないように、俺に対して"ゴメン"という感じの手だ。
それにとてもジュースを飲んでいられるような気分じゃ断じてなかった。
早く家に帰ってギターを手に取って練習に励まなければ。
音作りもちゃんとしなきゃならんし、アンプを引っ張り出すか。
ああ、こりゃ今夜も親父と壮絶なる殴り合いになりそうだな……。
「そ、そんなぁ。せっかくですからジュースだけでも……」
奏音はヒドク残念そうな顔をして縋るように言ってくる。
けれど俺はその甘えには手を出せない、理由があるんだ。
俺は燻って澱んだ太陽なんかじゃない、燦々とした真の太陽なんだ。
「ああいや、その気持ちだけで十分嬉しいし、悪いけど今日は遠慮しておくよ。そんな悠長にしてたら、俺にとっては最大の強敵ともなり壁ともなる音楽界に現れた流星の天才少女には勝てないからな。練習に励んで少しでも手や足を出せるようにしないとさ」
「もう、そ、そんなことないですってば……って、ああもう、陽太さん。えっと、その呼び方は止めてくださいってば。私すっごくその呼び方を気にしてるんですからぁ」
「はっはっは、いやいや謙遜するな! じゃあな! 勝負だぜ天才少女! お前の流麗で色鮮やかなギターセンスか、それとも俺の熱血で太陽がギンギラギンに輝くようなギターボーカルか。どっちが上か対バンで決めようじゃねえか!」
「あ~っ、止めてくださいよ~、もぅ……」
ギターケースを担ぎ直し俺は2人に手を上げきびすを返し走り出す。
またもや固いねずみ色のアスファルトの上に乾いた足音が響き渡る。
ああ、今回の一件で俄然文化祭でのステージが楽しみになってきたぜ!
――絶対に、負けないからな!
ご愛読まことにありがとうございます!




