11曲目
俺とケンは自販機から缶コーヒーを買ってベンチに座り、飲みながら話をする。
コーヒーのカフェインのおかげかはたまたコイツの聞き上手のおかげかだろうか、さっきまでは血が滾り体中に湧き上がる熱気で彩られた怒りで、はらわたが煮えくりかえるようにグツグツとしていた気持ちが、コイツと何気ない会話をしていたらいつのまにか鎮まっていた。
本当にケンと話しているといつもこうだ、魔術でも習ってんのかと言いたい。
どんなヤツがイライラしてても鎮火できる、とんだ癒し系男子なんだコイツは。
俺から怒りと憎悪を根こそぎ奪い空になったとこに希望と目的を与えてくれる。
もしかしたら本当は、異世界から迷い込んだ転生者で天敵なのかもしれない。
「そう? ボクは陽ちゃんとこうして話をしていると、元気を貰えるんだけどね」
俺とは正反対にさらっと眩しい笑顔でそんなふうに応えるケン。
なるほどな、育ちのいい天然と癒し系を身にまとうコイツがどこかメチャクチャ可愛い女の子をこの罪も罰も感じさせない笑顔でコロッと落とすのも、やっぱりそう遠くはない未来で訪れるに違いないだろう。
そんな心配と考えを一気に飲み込んで、一息ついてから、俺はもう一度今夜起こった悲劇なる出来事について深刻に考える。
とはいえ自分自身の中に留めて考えても答えが出ないので、聞いてみよう。
「なあ、ケン。今日ライブを見に行ってそのままラブホテルに女共と俺を連れて行った時に、田所先輩は、【I:Love:リカー&ドラッグ&ロマンティックラバーセッ〇ス=ロックンロール】だとか笑いながら大層偉ぶって言ってやがったんだ」
「うんうん……うん?」
「ロックやバンドにとって一番大事な信条を聞いたらそんなありきたりで、そのどこにでもありそうなありきたりさと面白みもない下らなさにも俺は心底腹が立ったんだが、けどさ、俺はそんな道端に転がってそうなありきたりなものすら、認めて自分の中に飲み込む度胸も度量がないってことなんだろうか? ああいうドロドロとジメジメとダラダラとしたモノを自分自身で認めて受け入れないと、真のロック系シンガーソングライター兼バンドマンにはなれないのか?」
ケンは俺から出て来る意味不明に近い言葉をキョトンとした顔で聞く。
まだ中身の残っている缶コーヒーを口に運んで、一口飲み聞く態勢に入る。
俺の摩訶不思議で奇天烈な結論で翻訳しているに違いないから、話を続ける。
「俺が心の底から願って望んでいるモノは、ああいうドロドロとジメジメとダラダラとしたものの先にあるんだろうか? そんなに簡単に得られるもので満足していいのか? 太陽みたいに輝いてロックで、ソルズロックで世界中の人間にとって"熱魂の象徴"になりたいのなら極限の飢えを耐え抜いた、心も体も意識も乾ききった自分でしか得られないものではないんだろうか?」
ケンの言うように、俺は思っているよりもきれいすぎるんだろうか?
もっともっと地の底みたく澱んで翳んで汚れないと、俺が心の底から望んで願っているなにかには、手が届かないというような気もしなくはないのだ。
けれどそんなことをしてしまっては、太陽みたく燦々と輝けない。
俺はそんなのは御免被るし、なにより自分の流儀に反してイヤだ。
俺の問いに、隣のベンチに座っているケンはウ~ンと唸って考え込む。
考察中に首を振るその仕草は、だがあまり深刻そうには俺には全く見えない。
「ロッカーとかそのバンドにとって大事な信条ってのはやっぱりボクにはわからないけど、でも、陽ちゃんがしたこともやろうとしている行動も間違っちゃいないって思えるんだよね」
ケンはまるでボーカルマイクを持って唄うように流麗に話す。
ケンのそんなところが、案外俺はとても気に入っているのかもしれない。
生来の音楽的才能って言うんですか~? 『音の調和』って言うんですか~?
たとえるならデリック・ウィブリーとテレキャスターのデュエット!
そんな感じがビンビンに伝わってきてまるでケンがなんだか、音楽にとって一番近い存在であり音楽の女神に愛された生き物のような感じもするんだよな。
「う~ん。やっぱボクは思うんだけど、陽ちゃんには、そういうドロドロとジメジメとダラダラしたものは似合わないよ。もしそれがロックにとって必要だって言うんならその信条そのモノを塗り替えて、自分の色に染めちゃってさ。この広い世界に浮かぶ空へと飛び立てばいいと思うんだよね~っ」
まるで一つの歌詞を唄うようにケンはバッサリとそう言い切る。
そんなつまらないことで必死に悩んでいる自分がマヌケに思えるぐらい。
これがきっと、コイツから醸し出す音楽の魔力って言うのかもしれない。
「えっマジ、そうなのか? けど、幼馴染みで音楽が好きなお前だから包み隠さず言うけど、そういうロックにとって大事なドロドロとジメジメとダラダラしたものに恋い焦がれ憧れるもう一人の俺っていうのも確かに心の中にいるんだぜ」
「うん、それは僕にもわかるよ。陽ちゃんの曲を聴くとそういう感情伝わるもん」
「それ本当かよ? そうだったらお前は心理学者かエスパーかなにかかよ」
「だから、陽ちゃんが手掛けたオリジナルを聴けば僕じゃなくても一発だよ」
なにそれ、超ヤベーじゃん。
そんなケンこそ、そういうドロドロとジメジメとダラダラしたものとは対極の存在で育ちのいいコイツはものすごく毛嫌いすると思えるのだが。
もしや俺の話がつまらなくて、適当に相づちを打っているだけかもしれない。
「ともかく、俺は本当のロックという音楽に太陽のような輝きを得るためには……なんつーか、そういう世の中のありとあらゆる汚いものも割り切って体に入れて経験を積まないと、真っ当に物事は言えないんじゃないかっていうか……酒とかライブとかもそうだし、ましてやセッ〇スだって、経験や体験をしなきゃいいも悪いもわからないし言えないだろうしさ」
「うん、陽ちゃんの言う通り、確かもそうかもしれないね。でも、経験を積むことも大事だけどさ。シンガーソングライターでもある陽ちゃんにはわかることだけど、人には想像力だってあるじゃない? 所詮、そういった汚いことをすべて経験することなんて、誰にでもできることじゃないんだからさ」
「うっ……そ、そりゃそうだけどさ」
的を射た、もっともだとは思うが俺はどうも納得がいかない。
確かにこの広い世界中にある万物の汚いことを経験するのは、至難の業だ。
俺だってこの身一つでどこまで経験できるかもわかんないし、先も読めない。
けどなんだか、慰められているみたいで面白くない理屈と理論でモヤモヤする。
「あ……っ。言っておくけど、別に慰めてなんかいないからね?」
俺が今考えていたことや気持ちすらも察して、ケンが先回りして言う。
隣に座って缶コーヒーを飲んでいた俺は思わず吹き出しそうになった。
おいおい、知っていたことだけどコイツは空気を的確に読み過ぎる。
俺がコイツの良さを頭の中で考えていると、唐突にケンはブランコに向かう。
そしてブランコの椅子に座って鎖を手に取り、おもむろに漕ぎ出す。
「ほらほらっ、陽ちゃんもこっち来なよ」
ケンはまるで子供の様に嬉しそうに言う。
俺は手に持っていた缶コーヒーをベンチに置いてケンのもとへと向かう。
そして俺も隣にあるブランコへと乗って同じ様に力を入れて漕ぎ出す。
いきなり童心に戻って遊具で遊びましょってか? と俺は心の中で思う。
けれど、俺が軽く考えていた思考よりも、ケンの考えの方がすごい。
そう思い知らされることを、数秒前の俺は気づくはずもなかったのだ……。
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