9曲目
俺がその場から一歩も踏み出せずに自分を毛嫌いしているそのとき、マナーモードにしてあった手に持つスマホが、ブルルと震え出した。
見るとメールも入っており、しかもラインにも連絡が入っている。
あの時言葉を返さず切ったから稔からかと思ったが違う。
メールとラインの内容をどっちも確認すると送り主は"ケン"だった。
『陽ちゃん、先輩のライブどうだった?』
二つの内容を確認すると、書かれていたのはそれだけの短い文面。
しかもラインの方には心配そうにするキャラのスタンプも送られていた。
そういえば、田所先輩のバンドが出るライブを見終わった後、ケンにはその事を伝えるのとこれから音楽活動する時の話も含めて電話をする約束をしていたんだっけ。
俺は、すぐさまスマホでケンジのページを開きPushボタンを押す。
"Prrrrrrrr"という無機質に伝えるCall音が耳元で聞こえ、出るのを待つ。
『もしもし、陽ちゃん?』
しばらく電話に耳を当てて無機質なリズムを鳴らす音を聞いて数十秒後。
電話越しにはやたらとのんびりとして眠たげな声が耳元に聞こえてきた。
それがまるで、俺とは違う異世界に住んでる生物みたいと思え気力を奪われる。
ケンは俺の幼馴染と言えるポジションを持っているヤツだ。
今みたいなのんびりと眠たげな声とマッチしてるみたく見た目ものんびり屋だ。
俺たちは見た目も性格も趣味も思考も何から何までまるで違うのに、なぜか妙にウマが合い俺にとって大好きな音楽を話せる数少ない友人なんだ。
『お疲れ様。【THE:ONHAND】のライブ、どうだった?』
「おお、いやどうもこうもねーよケン。聞いてくれよ……」
電話越しからいつもと変わらないのんびりとした声でそう訊ねるケンに、俺は今起こったことを思い出しながら説明した。
説明が終わるまで一言も言葉を発さずにケンは黙って聞いていた。
俺はあんな求めてもいないことを強要されたことに赤裸々に語る。
『うわぁ、それはまた……陽ちゃんはバンドのことや音楽のことで話に行ったのに。ずいぶん、アダルトチックなことがあったんだねぇ。R&BやLAメタルのPVみたいだ。確かそういうのってポストロックや陽ちゃんの好きなパンクロックのジャンルでもそういったのあった気がするんだけど……。とはいえ、そんなことがあったんなら僕も今日のライブ行けばよかったかな……なんて』
お前はそういうの良いのかよ、と思わず心中考えてしまう。
俺とは正反対に育ちがいいケンは、そのことを聞いて驚いても、全く驚きを感じさせないのほほんとのどかな口調だ。
いつもながら、こちらとしてはもどかしい気持ちにさせられる。
良いも悪いもいつもどおりのケンからの言葉を聞き俺は真っ赤な頭を掻く。
「なぁケン。正直、俺はあんなもんだとは全然思えないんだ」
『うん。……うん?』
今の言葉の意図がよくわからないだろうに、ケンは黙って先をうながす。
ヤバい、自分でも、今の言葉を言ってからなにがいいたいのかよくわからない。
けど、これは歌詞とかに書かれた言葉とかでは言い表せないんだ。
ただ、ドロドロとグツグツとしたこの世に存在するどんなモノよりも熱いなにかが俺の体の奥底に溜まってて、血と言う原動力を滾らせるそいつが出口を追い求めて暴れ狂っている。
「悪い。お前も俺にもきっとよくわかんねーんだけど、でも言える。あんなもんじゃないんだ! あんなありきたりで面白みを感じさせずにつまらないもんが欲しいんじゃない! 俺はもっと、ギラギラと照らしつけてくれる太陽みたいな未来が欲しいんだ。わかんないけどそう!」
俺はあぐらをかいていた固いアスファルトで彩られた地面から立ち上がり、暗闇に包み込まれて月から魅力的な光を照らすはずのそいつも今では雲に隠れてしまった夜空を見上げた。
5月の、霞んでてもそれでいて絵になる夜空が、頭上に雄々しく広がっている。
そこは月もなく、星だってろくに見えず、面白くない色で塗りつぶされていた。
他のヤツはソレを見て"夜空"だとか思ってなんにも感じはしないだろう。
けれど、俺の両目にはハッキリとそいつの存在が見えるし感じ取れる。
目をすがめて、深淵に彩られて真っ暗な夜空に向けて手を伸ばす。
絶対に届くはずもない"ソレ"に伸ばし、手を広げ、確実に掴む。
……いる。
俺にとってかけがえもなく、それでいて力になってくれるヤツがいる。
今こうして腕を前に突き出し手を広げ、掴んだ手の中、ソイツは笑ってくれる。
「俺、これからはソロ活動は控えてバンドをはじめようって決めてんだ」
『うん、知ってるよ』
「ああ? おいケン、お前本当にわかってるのか?」
『当たり前だよ。だって陽ちゃんから何度も聞いてるんだからね』
電話越しでのんびり口調は変わらず、苦笑するケン。
どこまでわかっているか読み取れなく、俺は奮起する。
「いいや、ケン、お前は全然わかっちゃいないぜ。だからもう一度言ってやる。いや、これは俺自身が言いたいんだろうな。うん、よくわからないがきっとそうだ。俺が言うんだから間違いない、だから言うぞ!」
「うん、それじゃどうぞっ」
電話越しからはなぜか楽しそうに笑い声が混じった口調に伝わるケンの声を聞きながら、俺は熱気が収まらない体を無理やり落ち着かせソッと両目を閉じて、息を吐き切ってから大きく吸い込む深呼吸をした。
少しだけ気が楽になり両目を開いて、そして再び空を見上げる。
そこには先ほどと変わらず真っ暗な空が広がっていた。
本当なら、今こそ熱い魂に更なる熱気を施してくれる太陽がギラギラと輝きを照らし出して欲しい絶好のタイミングだったが、残念ながら今は大概の生物が寝てしまう夜。
そこには控えめにたたずんで光を放つ星々しかいなく、月光すらない。
だが、熱い魂を全身に留めている俺にはハッキリと、真夜中の空を切り裂き燦々と熱気が込められた炎で光り輝く太陽を幻視した。
あるはずもない、俺にとってが最高の相棒になってくれる太陽を。
「小学高学年だった頃の俺は一度、シンガーソングライターの夢を引き裂かれどん底まで落ちぶれちまった。けどもう一度音楽と向き合ってバンドでやっていきたいのは、こんな惨めでつまらない平凡なことじゃないんだっ。こんな泥みたく井戸底に溜まる雨水みたいにドロドロネットリしてる、情けなくて落ちぶれたことじゃないんだよっ! もっと、あーなんていうかさ、クヨクヨせずカラッとしてて、こう、極寒につつまれて居たたまれなくてたまらない真冬の空のど真ん中でも周りにあるモノ全てを燦然と輝いてて……俺は」
『"太陽"みたいになりたい、でしょ?』
「ああそうさ、全てを照らしてくれる太陽みたいに……」
俺は何度も何度も心の中で"太陽"という言葉がリフレインする。
音楽とロックに打ち込んで先のことを考えないバカな俺だからこそ、絶対に見えない真夜中の太陽に向けてもう一度手を伸ばし、そいつをグッと確実に握りしめて熱い思いが湧き上がる。
「ああ、ギラギラと光って力強く……この腐敗した世界を爆音で塗り潰すぜっ!」
ご愛読まことにありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。




