80 入学式
俺は今、ヘルスーナ魔法学院の体育館にいる。この体育館には今、数多くの子供たちと、その保護者の大人たちがいる。
まあ、所詮入学式という物だ。
あの後、少ししたら合格の通知が来た。俺はそんなに気にしなかっただ、雪姉はすごく喜んで、お祝いをしてくれた。
今、体育館のステージの上では、いかにも学園長と言った感じの老人が挨拶を行っている。
『この学園に入学したと言うことは、諸君たちは魔術師として、ここにいると言うことだ。それをゆめゆめ忘れるでないぞ。』
学園長はそう言って挨拶を締めくくる。ステージを下りるときに、俺のほうを見た気がしたが、気のせいだろう。
『続いて、新入生代表。三条一馬。三条流次期党首からの新入生の言葉。』
これは咲に聞いた話なのだが、この世界では、皆〇〇流と呼ばれる魔術の流派に入っており、その魔術の流派には上下関係もあると言う。
ちなみに、三条家はかなり上の流派で、日本国内だけではなく、海外でも大きな権力を持つ。
俺の場合、個の流派はない。しいて言うなら、咲夜や先に魔法を教えてもらったため、『神流』と言ったところだ。
とりあえず、新入生の挨拶は入試の時に俺にケンカを売ってきたあの男だった。
俺はちょっとあいつの言動にイラついたため、悪戯することにした。
『これで新入生代表の挨拶を終わります。』
一馬は挨拶を終え、ステージを下りようとする。
「風弾。」
俺は風のオリジナル魔法、風弾を発動させ、一馬の足に当てる。
「うわ!」
その結果、一馬は盛大にこけた。
一馬は何が起きたのかわからないのか、今日ろきょろ辺りを見渡す。
俺はくすくすと笑う。
一馬はそんな俺の声が聞こえたのか、こちらをにらみつける。
「くそ!」
一馬は立ち上がると、自分の席に戻っていった。
この学校には、五つのクラスになる。
一組は、三条流など、名門の流派の子供が入るクラスで、どの子供もかなりの力を持っている。
二組と三組は、名門ではない、普通の流派の子供たちが入るクラスだ。
四組は少し特殊で、魔力に圧倒的に秀でたものや、その逆で座学に秀でたものが入るクラスだ。
そして最後に俺が在籍する五組だが、このクラスは魔術師と、そうでないものの間にできた子供が入るクラスだ。
魔術師ではない人間は、魔術師の間では『出来損ない』と呼ばれ、差別の対象になっている。
俺のように親がどちらも魔術師でない子供は、かなり珍しく、百年に一回、あるかどうかだと言う。
そんなわけで、俺は五組の教室に入る。
教室には、すでに二十人ほどの生徒がいた。彼らは皆、どこか暗い顔をしていた。
「お、もう揃ってるな。じゃ、席に就け!自己紹介を始めるぞ!」
俺が教室の入り口で立ち止まっていると、もう一つあった入り口から、教師が入ってきた。
その教師は、若い教師で、正義感が強うそうな印象を受ける。
「俺の名前は、越後冬也。流派はこの学校でも教えてる、言霊流だ。」
言霊流とは、詠唱を使うことで魔法を使う流派で、一番オーソドックスな流派だ。
この言霊流は、全ての流派のもとと言われており、三条流も言霊流の流れをくみ取っている。
その後、自己紹介が続いていく。
驚いたことに、ここにいる生徒のほとんどが高い魔力を有していたということだ。
やはり、このクラスの人間は、魔術師と一般人の間で生まれたからか、一番オーソドックスな言霊流が多い。
そして自己紹介は続き、最後に俺の番となった。
「俺の名前は繭澄椎名。流派は特にない。強いて言うなら、『神流』と言ったところか。」
俺が自己紹介をすると、教師は目を少し細め、俺のことを見据える。
「そうか、君が。」
教師は、俺のほうを向いて何かを呟いたが、それは誰の耳にも届かなかった。
「よし、自己紹介は終わったな。お前らはこれから演習場に行き、魔術で戦ってもらう。チームを組むのはありだが、大人数で行けば、範囲魔法の的になるから、よく考えろよ。では、十分後に演習場に集合だ。」
教師はそう言って、教室を出ていった。
これが、クラスの人間たちが暗くなっていた理由だ。
『生徒総当たり、学年別サバイバルゲーム』。通称『格差ゲーム』。
これは、この学校で毎年行われる行事で、入学早々に生徒同士で戦わせ、組ごとの格差を確認させるためのものだ。
勝つのは大体一組の生徒で、たまに四組の生徒が残るらしい。
二、三、五組の生徒は、一、四組の生徒に対し、チームを組んだり、奇襲したりするが、どれも意味をなさず、すぐに敗れるらしい。
それでも安全には配慮しており、演習場には『無傷の結界』が張られている。この結界は、物理ダメージが精神ダメージになる結界で、たとえ致命傷となる攻撃を受けても、死には至らない。
とりあえず、この行事はただの蹂躙となるものだった。
そのため、この組の生徒たちは、皆顔に影を落としていたのだ。
俺たちは演習場にやってきた。
俺たちは今、体操服のようなものを着ている。その体操服は、上下ともに黒で、左胸の心臓の位置に、組の番号が書かれている。
俺の体操服には、勿論五と書いてある。
俺が五組の中でここに来るのが一番早かったらしく、他のクラスメイトはまだ誰も来ていない。
「おい!そこをどけ!五組のカスが!」
俺が手近なベンチに座ると、横から声がかかった。
そちらを見ると、胸に一と書かれた体操服を着ている男子生徒がいた。
「無理。」
俺はそれだけ言うと、体重をベンチに預け、空を見る。
「貴様!五組のくせに俺に逆らうのか!?」
そんな俺の態度が気に食わなかったのか、男子生徒は魔力を高める。
「火よ!全てを燃やし尽くす、偉大なる火よ!我が魔力を糧として、わが敵を貫き給へ!炎槍!」
男子生徒の詠唱が終わると、二つの炎の槍が現れる。
「今、俺に対して土下座で謝罪して、ここを去るなら殺しはしない。」
男子生徒は、ニヤリと笑うと、生み出した炎の槍を俺の頭上に滞空させる。
「あいつ、あの年で二重詠唱が使えるのか!?」
「あれが一組か。」
「あんなのにケンカ売るとか、あの五組の野郎バカすぎだろ。」
周りにいた生徒たちは、男子生徒がやったことに驚いている。
「断る。座りたいなら地面に座れ。」
俺は顔色一つ変えずにそう言う。
「そんなに死にたいなら、今すぐに殺してやる!」
男子生徒は、俺に向けて炎の槍を放つ。
槍はものすごい速さで俺に直進してくるが、日常的に弾丸を切っている俺にとってはその速度は遅すぎる。
俺は愛用していた大鎌を取り出す。この大鎌は、前に任務で使っていたやつで、銘を『デス・サイズ』と言う。そのまんまだが、前にも言ったとおり、効果は抜群だ。
俺はデス・サイズで槍を叩き落とし、男子生徒の後ろに一瞬で回り込むと大鎌の刃を男子生徒の首に当てる。
「動くな。」
俺は男子生徒の耳元で、静かにそう告げる。
「な!?」
男子生徒は、いつの間にか後ろにいた俺に驚き、振り返ろうとするが、刃を少し食い込ませると、小さい悲鳴を上げて口を閉じる。
「おまえ、自分が特別だと思ってないか?」
俺の問いかけに、男子生徒は何も答えない。恐怖で、何も発言できないのだ。
「大した魔力もない。詠唱も魔力にむらがある。何もかもが三流。いや、四流だ。」
俺の言葉を聞いて、周りで見ていた生徒たちが驚愕する。
先程の男子生徒の魔法は、彼らから見たら詠唱中に使う魔力も、その操作でさえ、完璧と言ってよかった。
「雑魚のくせに、粋がるなよ。」
俺はそう言って、鎌を収納に戻し、歩き出す。
「くそが!炎よ!全てを焼き尽くす、偉大なる炎よ!わが敵に炎の嵐を吹かせ給へ!炎嵐!」
男子生徒は、俺の拘束を抜けると、もう一度俺に魔法を放つ。男子生徒が放った魔法は、炎の竜巻となって、俺を包む。
「はは、ははははは!座間あみろ!俺に逆らったからそうやって死んだんだ!」
「誰が?」
その時響いた声に、その場が凍り付く。
炎嵐は、かなり強力な魔法で、食らえば最悪即死する魔法だ。そんな魔法を直に食らったため、その場にいたもののすべてが俺の死を疑わなかった。
しかし、そこに響いた声はまさしく、俺の声だった。
「あ、ありえない。」
誰かがそう呟く。
「俺は一回警告したからな。」
俺はそう言って、収納から布都御魂を取り出す。
「仏の顔は三度までと言うが、俺の場合は二度までだ。」
俺はそう言って、男子生徒に向けて布都御魂を振り下ろす。
「待て!」
そこに、声がかかった。
俺は、その声を聴き、振り下ろそうとしていた刀を男子生徒のに当たるギリギリのところで止める。
「これはどういう状況だ!?」
あたりで傍観していた人間の間から出てきたのは、俺の担任の教師だった。
「こいつが俺の忠告を無視して、俺の魔法を放ってきたので、殺そうとしました。」
俺は布都御魂を下し、何ら悪びれることなくそういう。
「何?それは本当か?」
教師は、男子生徒に問いかける。
「違う!こいつが俺の言うことを聞かなかったから、魔法を放ったんだ!全部こいつが悪い!」
男子生徒は本気でそう思っているらしく、教師にそうまくしたてる。
「椎名。確かに、こいつが魔法を放ってきたのは事実のようだ。だが、だからって殺そうとするのはやりすぎだ。」
「じゃあ、なんでもっと早く来なかったんですか?」
「何?」
「あんた、ずっとおれの事みてたよな?」
教師はバツの悪そうな顔をすると、口を開く。
「気が付いていたのか。」
「まあな。」
教師が何かを言おうと口を開こうとすると、また声が上がる。
「これは何事だ!?」
次に出てきたのは、三条一馬だった。
「三条さん!」
男子生徒は、勢いよく起き上がると三条に事のあらましを告げる。
「はぁ~。君は身の程を分かっていないようだね。」
三条は大きくため息をつくと、俺を指を刺し、宣言した。
「君をこの模擬戦で叩きのめしてやろう!」
三条の宣言を聞いて、周りで見ていた生徒たちが「あいつ、終わったな。」などと言っているが、いくら三条流が強かろうが俺には関係ない。
「頑張れ。」
俺はそう言い残し、その場を後にする。
「新入生は、演習場に入場してください!」
ちょうど一人の教師が演習場の門を開け、生徒へ入場を促していたため、俺はそこから演習場に入る。
「好きなところに陣取ってください!」
係りの教師は、そう言い残して、門を閉めた。
このサバイバルゲーム、少し楽しくなりそうだな。




