60 安心
母親は死んだ。父親は刑務所にぶち込まれた。親戚などはいない。
俺は孤児院に行くことになった。
「今日から新しく入る事になりました。さ、自己紹介して。」
人の好さそうな女性が俺に自己紹介を促す。
驚くことにこの女性は昔ボランティアで会ったことのある優ちゃんだった。
ちなみにこの孤児院は正人君と一緒に経営しているらしい。二人は結婚していたのだ。
それはともかく、俺は今ここにいる子供たちに怯えることはない。
いつもなら震えていたはずだが、ここの子供たちも同じか、それ以上に不幸な境遇だと思うと、古江は来なかった。
「椎名です。よろしく。」
「えーと、苗字は?お父さんまだ生きているんでしょう?」
優ちゃん…、今は先生か。優先生は少し戸惑ったように言う。
「…繭澄。繭澄椎名。」
「…それはこの孤児院の名前で、あなたの苗字ではないのよ?」
優先生は少し悲しそうに言う。
「あんな男の苗字なんか名乗りたくない。」
俺はきっぱりそう言い切った。
そう、高遠の苗字は父方のものだ。まあ婿養子でもない限り母方の姓を名乗ることにはならないだろうが。
俺が言った一言に、場の空気は凍り付く。
それだけで理解したのだ。俺がどんな目にあってここに来たのか。
「君は…。」
誰も声を出せない。
しかし一人の十四、五歳の女の子が近づいてきた。
「あなたはもう苦しまずに済む。」
彼女はそう言って俺を抱きしめた。
その言葉に俺はなぜか安心感を抱く。
こんなのは初めてだ。
ただ言葉をかけられて、ただ抱きしめられる。
それだけでこんなに安心したのは初めてだ。
「うう、ああああああ!」
俺はその日、転生して初めて泣いた。




