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1-8 感覚共有

 現実世界の自分の心臓がバクバクいっているのが判る。モーションコントローラーの中の手にも、きっと汗をかいている事だろう。


「軍曹殿・・・これは・・・」


「うむ。感覚共有は問題ないみたいだな。これはone’s onlineのアバターが感じた感覚の一部を、HMDとモーションコントローラーのセンサーなどを介して、リアルワールドの体へとフィードバックしている仮想的な感覚に過ぎない。だから、自分の本体の感覚もちゃんと判るだろ?」


 たしかに、心臓がバクバクいっているのは、アバターではなく自分自身だ。


「フルダイブシステムは、リアル側の感覚をすべてシャットアウトして、こちら側の感覚を100%送り込まなければフルダイブということにはならないので、それは技術的に不可能と言われている。なぜなら、切り替えた瞬間リアル側の体は死亡するのだからな」



 ちょっと背中に冷たいものが流れ出した気がした。


「だから、もしフルダイブを安全に試みようとしても、脊髄の神経を1つ1つ調べて、切り替えて問題ない神経のみを選び出し、スイッチさせなければならないのだが。

 そんな事リアルタイムで出来ると思うか?しかも非接触型で」


「・・・・・いや、科学者じゃないから判らないけど、無理っぽいですね」


「理論上ではすべての神経にスイッチングハブを埋め込んで、そこに外部からの情報を繋げ、綿密で正確な切り替え作業をやれば出来と言われているが、そこまで行くと人ではない何かになってると思うがな。」


 たしかに可能なのだろう。でもそれはサイボーグとかそういったモノになるのだろうな。


「だから今、お前が感じているその感覚は、残念ながらフルダイブなどではなく、本体にただオーバーレイされた感覚に過ぎないわけだ。しかも100%ではなく3割ほどの感覚だがな。あと、痛みは接続されない仕様になっている。例え3割でも痛みが伝わると、肉体に少なからず影響が出て、最悪死亡するからな」


 怖っ!


「大丈夫なんですか?このゲーム・・・」

「なんだ、不安か?なら辞めてログアウトして、二度と来なくてもいいんだぞ」


「・・・・・いや、辞めません。こんなものすごいゲーム、ここで逃げたらゲーマーとして負けな気がしますので。それに安全なんですよね」


「たまにリアルワールドでゲームやり過ぎて死んでるやつがいるだろう?HMDが無い時代ですらもそんなヤツが出てるんだ。安全なゲームなんて無いのだよどこにも。要はゲーム側の問題ではなく、やる側の問題だ」


 なんか上手く丸めこまれた感じがしないでもないが、深く考えるのはやめよう。とにかく早くプレイしてみたくなってきた。


「わかりました。では軍曹殿、チュートリアルの続きをお願いします。」


「よし、では剣を構えてみろ。しっかり握っていろよ」


 片手剣である木剣を両手で握りしめて正眼に構えて、軍曹殿に向かい合った。剣道の経験や武術の経験は皆無なので、ゲームなどで得た知識だけで、それっぽい構えをしてみたけど、隙だらけなんだろうな。


 カツン と一瞬にして構えた剣の先に軍曹殿が打ち込んできた。


 早すぎてビビった。軍曹殿の西洋風の剣は、抜剣から打ち込みまであっという間すぎで、動き出したと思ったらもう音が鳴っていた。

 横から叩かれた剣は、しっかり握りしめていた柄から手首に、ダイレクトにその衝撃を伝えてくる。


「どうだ?痛くは無いが手首に衝撃を感じたんじゃないか?」


 たしかに、痛くは無い。ハズなのだが、手首が少し痛いと錯覚してしまうほどリアルな感覚が残っていた。痺れてすこし動きがぎこちなくなっているが、この程度ならすぐに治りそうだ。


「よし、問題なさそうだな。では2・3回適当に剣を振ってみろ。型なんかは気にしなくていい」


「はい」


 いかにも素人が剣を振っただけの素振りを3回ほど行った。手にはしっかりと握られた剣の柄の感触が伝わっている。

 アレ使ったらどうなるんだろう?ちょっと疑問を感じて試そうと思考を始めた瞬間、軍曹殿が

「HMDのスキルアシストはまだ使う・・・なよ・・・遅かったか」


 軍曹殿の忠告が聞こえてきた時には、スキルアシストを発動してしまっていた。スキルアシストとは、さまざまなゲームでHMDを介してアバターを動かすのに、ゲームによっては技やスキルの発動に複雑かつ決まった動きを要求されるものがある。そんな決まった行動をいちいち完璧に思考して脳波入力を行うのも大変なので、HMDに予め登録しておくことができるのだ。


 発動させた技は、一歩踏み出しものすごい速さでただ剣を振り下ろす技。別のゲームの初期スキルで、剣から射程が短い単発の真空波を繰り出す技を使ってみたのだが、真空波が出るどころか、ただ中途半端に早く剣を振り下ろし、その勢いを両手で殺しきれず剣を手放して、剣だけが虚しく前方の地面へと激突していた。

 あと地味に手首に、痛くは無いけど痺れを感じていた。


「よし。今のお前の筋力と経験ではその辺が限界だ。あとはひたすら修行して体作りをすれば、何年かすればワシのように剣を振れる日が来るかもしれない」


「年単位ですか・・・=リアル時間なので、マジで年単位なんですね。30才から鍛え直すとか、ハードモードすぎます」


「当たり前だ。楽して強くなる方法なんてあるわけないだろう。金つぎ込んでも装備の各が上がるだけで、本人が強くなるわけじゃないしな。ただの作業だけでレベル上げて無双したいなら他の世界に行ってこい」


「ごもっともです」


「あと、他の世界で使っていたHMDアシストは使わない方がいいぞ。その体はリアルに近いはずだから、人間離れした技なんか繰り出したら、五体ばらばらになっても知らんぞ」


 それは危険だな。今のうちに大丈夫なスキルとヤバそうなスキルを分けておこう。万が一の事態なんて起きてほしくは無いけど、現状一般人のこの体で戦う事になったら、唯一の切り札なわけだからな。



 「では次に、町での生活について説明するぞ。まずはこれを受け取れ。」


 軍曹殿は、腰に付けた小さなポーチのような革袋から、小さな包みを取ってこちらに放り投げてきた。

 慌ててなんとかキャッチすると、ジャッと小銭っぽい音がしたので、中身を確認してみる。


「お金ですか。これ頂けるんですか?」

「そうだ。さすがに金が無いと宿屋に泊ることも出来ないから、ログアウト中に死ぬぞ」


「ありがとうございます。では、遠慮なく頂きます。

ちなみに、銅貨と銀貨っぽいですが、だいたいの価値とか、あと単位とかってどうなっていますか?」


「うむ、そのあたりもまとめて説明する。

お金の価値も単位も呼び方も、国によって違う。今渡したお金も、チュートリアルが終わって町に転送されるときに、その国のものに入れ替わるから心配するな。そのあたりは現地で確認しろ。いきなりそこらを歩いている人を捕まえて、そんな常識的な事を聞いたら不信がられるから、注意しろよ」


 えぇぇぇぇ、その辺もリアルなのね。


「今のうちに考えておいた方がいいかもな」


 悪そうな笑みを浮かべた軍曹殿がこちらを見ていた。


 やばい、昔読んでいたライトノベルの、ベタな異世界転生モノの記憶を呼び起さなくては。第一村人発見時に怪しまれない会話の切り出し方はなんだっけ・・・町の入り口で門番に停められた時の上手い自己紹介の内容は何だっけ・・・


「はっはっはっ、冗談だ。転送される場所はほぼ間違いなく教会だ。そこで神父かシスターかは知らんが、そいつが最低限の、その町の知識を教えてくれる。」


 くっ、からかわれたのか、軍曹殿に。


「あと、お前たちの存在は異世界人や転移者ではなく、見た目も中身も、ただの人と同じだ。変な事を話してると、冗談ではなく今度は本当に不信がられるので注意しろよ」

「神父さんやシスターさんは大丈夫なんですか?」

「転送されて初めに話すヤツだけは確実に大丈夫だ。だが教会すべてがそうではない。転送先ではない町には、ヤバい信仰をしている教会もあると聞いたぞ。」


 それは勘弁だなぁ。気をつけよう。


「そんな世界だから、ログアウトには特に注意しろよ。宿屋もしっかりした場所を教会から紹介してもらえ。まぁ、教会にもお布施しとけば、簡易宿として部屋を貸してくれるとは思うけどな」


「長期間ログアウトする場合はどうなるんですか?」


「しらん。」


「え!?」


「お前は働いているのか? 学生か? その勤務先か学校に、長期間眠り続けるんですがどうなりますか? って聞いてみろ。」

「・・・・・」

「まぁその辺りは、頑張って何とか切り抜けろ」

「・・・はい」


 なんか、ものすごいハードモードの鬼畜ゲームをプレイするのだと思うようにしようと心に誓った。


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