1-10 エクストラハードモード
11月3日(水)祝日
「今日が仕事休みで良かった」
あれから何度か剣を振って練習して、気付けば夜中の0時にセットしてたアラームがヘッドホンスピーカーから鳴り響いたので、慌てて小屋の中のベッドに寝転がってログアウトした。
次の日、ちょうど祭日だったこともあり、朝からログインして剣の練習でもしたら、昼頃にはさっさと転移しようかと考えていた。
リアルとの時差も12時間にしようと決めている。やはり平日仕事がある身は辛い。
その場合、転移した先の時間は深夜0時なので、迷惑掛けてしまわないか心配でもあるのだが、早くone’s onlineの世界を楽しみたくて、待っていられないのだ。
「装備も整えてリュックも背負った。水も汲んだし携帯食料の乾パンもまだある。剣とナイフも腰に差しているし、忘れ物はないかな」
ふと周りを見回すと練習用の木剣が入れらてある木箱が目にとまった。
一緒に転移出来るか判らないけど、何本か借りていこうかなと、箱の中身をのぞくと、背負うタイプのロングソードや全部木でできたオノっぽい形のものまで、いろいろと入っていた。
そんな武器たちに隠れて一番下に、盾のようなものがあるのを発見してしまった。
「ラッキーだ。木製だからちょっと不安だけど、軍曹殿、お借りします」
練習で使った木剣と盾を拝借して構えてみた。リュック背負ってるし実剣は腰に差してるので変な格好だが、転移した先で何もないとは限らない。
いや、逆に夜中に武装したおっさんが急に現れたら、それはそれで不味いのかな。
あーでもないこーでもないと悩んでいるうちに、もう11時になっていた。
「仕方ない、現れる場所は教会のはずだし、武装するのは不味いね」
盾と木剣はリュックに縛り付けていくことにした。
現実との時差は12時間。では、ハードモードの世界を楽しもうか。
「転移!」
高らかに叫ぶと、不意にブラックアウトしていく。そして再び視界が蘇ってきたのだが、暗い部屋の中のような感じだった。かすかに扉から光が漏れ出ていて、目を凝らせば部屋の様子がうかがい知れる。
が、無人の部屋をじっくり観察している余裕はなさそうな物音が、というより騒音と叫び声が扉の向こうから聞こえてくる。
不安で仕方ないがここに逃げ場が無いため出ていくしかない。
いきなりイベント始まるとかそんな設定聞いてないんだが。ここは教会のはず、安全なログアウトポイントを死守するためには、自分も出ていくしかないと覚悟をきめてリュックをおろして扉を明け放った。
その目に飛び込んできた、あまりにゲーム的かつ衝撃的な光景に、そしていきなり無人だったはずの部屋から扉を開け放って現れた人に、登場人物の全員が一瞬固まった。
田舎の教会らしい小さめの聖堂の奥に倒れる女の子とそれを守るように立つ中学生くらいの男の子。そしてその前には身を呈して彼らを庇おうとこちらに向いた神父の姿。そしてその神父の胸に刺さった剣先。
それを見た瞬間に叫んでいた。
「神父さん!」
「あ、に、逃げ・・・」
刺した男の肩越しに目があった神父の口がそう動いた気がした瞬間、神父が力なく倒れた。
教会の入り口には、どうみても仲間だろう悪漢が2人が、剣を持ってこっちを見ている。
まずいまずいまずいまずいまずい、今倒れた神父って間違いなくアレだよね。
話聞く前に死んじゃうとか、なにその設定、そんなイベント要らないよ。
てかイベントとかって無いんじゃなかったのこの世界!
何がハードモードだ! いきなりエクストラハードモードじゃねぇかよ!
「てめぇハンターか! 親分、気をつけてくだせぇ、ハンターだ!」
入口の悪漢の一人が叫ぶと、神父を刺した男がこちらに振り返って
「俺が見張ってる間におまえらはガキどもをさっさと捕まえろ!」
親分と呼ばれた男は剣先をこちらに向けて、いつでも斬りかかれるような体制になっていたが、教会の椅子が間にあるのですぐには飛びかかれない。子分2人はさっそく子供を捕らえようと逆の壁側を小走りに回って、子供たちの方へ移動を開始する。
どう見ても、武器も無い中学生くらいの男の子では勝てないだろう悪漢二人が近寄ってくることで、半泣きになりながらも必死に女の子を庇おうと前に出る姿を見たら、覚悟を決める。
「やめろ! とまれー!」
わざとらしいくらい大声で叫んで、自分の声を印象付ける。
まずは2人の男たちの足を止めなければならない。バトルは恐らく、スキルアシストがあれば一人づつなら勝てるはずだ。
神父がヤバそうなので、せめて男の子を助けてこっちの世界の事を聞かなきゃいけない。
こっちもログアウト中の命かかってんだ、回りにプレーヤーが居ないと信じて羞恥心を捨てる!
30才独身おっさんゲーマーの自分へのご褒美をなめるなぁ!
発声システムチェンジ、オプションボイス選択!
『魔王』
&スキル 『中二病』 解放!
「愚かな人間風情が、誰に剣を向けるか」
とても自分の口から発せられたとは想像もできない音が聖堂の隅々に響き渡ると、2人の男たちも足を止めざるを得ない。
このオプションボイスだけは特別なのだ。すべての音域に声の振動を乗せ、人には聞き取れない周波数にまでデータ上は声が発せられていることになっているこのオプションボイスは、ラスボスの魔王の部屋で聞けるようなイメージにピッタリの、体の底から恐怖を電波出来そうな声なのだ。
しかも通常の声よりボリュームが大きすぎて、よく聞こえるのであるが、うるさすぎて使い道は無い。
じゃべりながら、親分と呼ばれたヤツとの間に椅子が無くなる位置まで自然に移動すると、声を聞いた親分は、目を皿のようにして驚いた顔をしたのを見て、
スキルアシスト 『瞬歩』
一気に親分とやらに近付くと
スキルアシスト 『抜剣』
居合抜きの要領で左腰から右手に持った剣を引き抜いて親分の持つ剣を左から右へと弾くと、手首への負担も無視して、自分の剣は根性で親分に向けられた位置で止める。
わずかに反応が遅れた親分の剣先が自分から逸れたのが確認できた瞬間に、
スキルアシスト 『瞬歩』
そのまま親分に向けた剣先の狙いを首にロックオンして前に出ると、自動的に串刺し親分が出来上がる。
声を発する暇を与えないように、立ち止まって間抜けな驚愕の顔を並べる二人の男の、子供寄りのヤツの喉に向けて
スキルアシスト 『投擲』
剣を手放してナイフを右手でつかんだら、狙った喉元に全力投擲していた。
投げたナイフが刺さるのとほぼ同時に、串刺し親分が倒れる音がした。
さっさと串刺し親分から剣を抜いて、シュッと剣に付いた血を残った子分に飛ばすように剣を振ると
「ヒッ」
と、いかにもブルってます声が返ってきたので作戦成功である。
だが最後の詰めを誤るわけにはいかない。実はもうスキルアシストが使えるほど五体満足な状態でもないのだ。はっきり言って、力が入らないし全身が若干痺れている。特に右手首がひどい。なので、非常に残念だが、自発的に逃げてもらえないかと、やさしく話しかけてみる事にする。こいつ、一言も話してなかったし、一番下っ端っぽかったしね。
「問おう、死ぬか、失せるか、選べ人間よ」
「ひぃーっ」
スキルアシストで使った『瞬歩』よりも速いんじゃないかというスピードで逃げだして行ったのを見送ったら、念のため入口まで行くと、月明かりに照らされた平原の道を、町っぽい建物がある方とは逆へと走っていく男の影がうっすら見えたので、扉を閉めへ聖堂へと引き返してきた。
聖堂の奥に鎮座する女神さまっぽい像が慈愛のほほえみを向けてくれるのを見た途端、張りつめた糸が切れた。
すると一気に疲れと全身の痺れた感覚が襲ってので、立っていられなくなり、近くの椅子に深々と腰掛ける。
そして、オプションボイスを元に戻して、まだ半泣きの男の子を視界に入れながら、バクバクいってるリアルの方の心臓を落ち着かせるために、何度も深く深呼吸する。
この心拍数の上昇の3割は緊張から、6割は解放した中二病への羞恥心から、最後の1割はただの動悸息切れだろう。
書き貯めていた分がここまでだったので、次から更新が不定期になります。




