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要の悩み3

〈2016/8/31〜〉拍手お礼ページ掲載。


本編『60』読了推奨。

 ──婚約者だからって恋人ってことにはならないと思います。





 周りに気を遣って声は控えめだが、強い口調で言った桜の言葉に、要はピシャーンっと雷が落ちたような衝撃を受けた。



 婚約者だからって恋人ではない?

 つまりどういうことだ?

 自分たちは恋人ではなかったということか?






「あ……いえ、すみません。変なことを言って……」



 要が予想以上にショックを受けているのを見て、桜は慌ててフォローを入れた。

 椅子に座り直した桜は、居住まいを整えて更に続けた。


「お2人が想い合っていることは見てて分かるんですけど」

「想い合ってる……本当にか?」

「え?」





 要の心にもやもやとした不安が広がっていく。

 一緒に過ごすことが多いが、それは要がくっついているだけ。

 手を繋ぐことはあるが、行動の遅い祀莉を要が引っ張っているだけ。

 登下校の送迎も要が勝手にやっていることだ。




(それに……)


 もうひとつ、要が気になっていたこと。

 祀莉の目線の先にはある人物がいることが多い。


 楽しそうだったり、不安そうだったり、睨むように見ている姿を目撃している。

 その先が女なら気にならなかった。

 男。

 そう、男なのだ。

 要のよく知るクラスメイト。


 ──秋堂貴矢。





「祀莉は……貴矢が好きなんじゃないだろうか……」



 認めたくないその思いを桜にそっと打ち明けた。




「へ? え……貴矢? 北条君? なに言ってるんですか?」


 要の口から出てきた突拍子もない言葉に、桜は調子の外れた声を漏らした。

 桜から見て祀莉と貴矢は特に親しいようには見えない。

 むしろ祀莉の方は避けているようにも見える。

 グループを組む時はいつも同じメンバーになるが、それはクラスの暗黙の了解のようなものだ。




 しかし要にはそう思えなかったらしい。


「授業中、貴矢を見ていることが多い」

「そ、そうですか……?」

「校外学習のときだって貴矢と抱き合って……」

「あれは祀莉ちゃんが転びそうになったのを助けただけですよ」

「倉庫で見つけた時、貴矢を探していた」

「え?」

「保健室でお前とイチャついているのを見て睨んでいた」

「イチャついてません!! ……て、えぇっ!? 祀莉ちゃんが?」



 桜は目をパチクリさせた。

 要が挙げた祀莉の行動について考えながら、うーん……と首をひねる。

 これまでのことを思い出して、祀莉が貴矢に対して恋心を抱いているようには見えない。

 婚約者となるといろいろ気になってしまうのだろうか……と桜は考えた。




「北条君の思い込み……とかじゃないですか?」

「いや……」

「私から見たらお2人はラブラブなんですけどねぇ……あ、でも織部さんも言ってたなぁ。祀莉ちゃんがよく貴矢を眺めてるって」

「なっ! やっぱり……!」

「あ、でもそれは貴矢が珍しい人種だからって言ってましたよ」

「珍しい……人種?」

「祀莉ちゃんって女子中学だったんですよね? だから男子生徒の行動は珍しいんじゃないんですか? 特に貴矢はアレですし……」


 “アレ”とは貴矢と、彼が侍らせている女子生徒たちことだ。

 気がつくと貴矢の席の周りは他のクラスや学年の女子生徒が陣取っている。


 昼休みの貴矢の周りの様子は桜からしても珍しい……というより異様な光景だ。

 女子特有の高い声が気になって落ち着いて予習もできない。

 だからこうして昼食は教室から移動して、適当な場所で食べていると言う桜の表情はうんざりしたものだった。




「……な、なるほど。そうか……。お前も大変だな……」

「いえ。まだ我慢できます。……まだ」


 好き勝手している貴矢の隣の席である桜を労いながら、要の内心はほっとしていた。

 ずっと不安に思っていたことを桜が否定してくれた。

 要が抱いていた不安は杞憂だったのかもしれない。


「変なことを言って悪かったな……」

「いえ。私も変なことを質問してすみません。あの……」

「なんだ?」



 そろそろ予鈴が鳴る時間だ。

 談笑していた生徒たちも時計を気にしながら席を立っている。

 食べ終わった食器は食堂の人間が回収してくれるので、コップに残った水を飲み干して要も席を立とうとした。


 しかし桜はまだ席に座ったまま、要を真っ直ぐに見据えていた。






「祀莉ちゃんに告白はしないんですか?」




***






 ──告白。

 自分の想いを……好きだという感情を口にするなんて、考えたことがなかった。

 伝わっているものだと思っていたから。

 同じ気持ちだと思っていたから。



 要が祀莉を好きだと自覚しはじめた頃に婚約の打診があった。

 両親は「イヤなら断っても良い」と言っていた。

 だから祀莉も同じように言われていたに違いない。


 イヤなら断っても良い──つまり要のことが嫌いなら祀莉は承諾しなかったはずだ。

 今、祀莉が要の婚約者だということは、両想いだということ。

 そう思って今まで過ごしていた。




(やっぱり言うべきなんだろうか……)



 自分が祀莉に抱いている気持ちを、いざ言葉を口にしようというのには勇気が必要だった。

 さんざん言われてきた言葉だが、自分から言うのとなると尻込みしてしまう。


 もしかして、今まで自分に告白してきた女子生徒たちはこんな気持ちだったのだろうかなどと、自分がその立場になって初めて気づいた。

 中等部での3年間、名前や顔すらも知らない女子生徒に、好きだのつき合ってだのと言われたことがあっが、ただ迷惑なだけだった。



(──迷惑な気持ち?)


 要が自分の気持ちを打ち明けたとして、祀莉はどう感じるのだろうか。

 迷惑と思うことがあるのだろうか。





 ──なぁ祀莉。俺たちって…………恋人だよな?



 言おうとしていた言葉。

 返ってくる言葉が望んでいたものと違ったら?とふいに頭をよぎって誤摩化してしまった。




 ベッドの上で静かに小説を読みふけっている祀莉を見た。

 久々に諒華と話せて嬉しかったのか、機嫌が良いようにも見えた。

 要のことなどお構いになしに、自分の世界へと飛び立っていった祀莉をじっと見つめる。


 自分たちはうまくやっている、そう思っていた。



(ならどうして、こんなに不安なんだ……)



 しばし小説に集中する祀莉の横顔を見つめていた要は、ゆっくりと口を開いた。







「祀莉……俺たちって恋人だよな?」



 先ほど口にしかけた言葉。

 小くそっと呟いた声は、小説に夢中になっている祀莉は聞こえていない。





 そう思っていたはずが、祀莉の視線は手元の本から要へと移動した。




(──聞こえていたのか!?)


 目が合った瞬間、ドクンと心臓が跳ねる。


 祀莉は要の質問に対してなんと答えるのか。

 柄にもなく緊張している自分がいる。



「──え? 要……」


 要を見上げた祀莉は驚いたように目を見開いていた。















「──まだわたくしの部屋にいたんですか?」


もちろん、聞こえていない。

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