かつての英雄
10年前、英雄と呼ばれる男がいた。
彼が率いるパーティは世界に存在する13個のダンジョンを全て制覇し、人々はついに魔物の恐怖から解放されることに安堵し、世界中で祝祭が行われた。
しかし、人々の喜びはすぐに消え去った。
祖国に帰り、民衆に改めて世界のダンジョンの完全制覇を報告をする場面で彼は言った。
「私たちはダンジョンを攻略するべきではなかった。」
いったい彼は何を言っているのだろうか。魔物の脅威は去り、何にも怯えることなく暮らしていける、我々の悲願だったではないか。
人々は彼の言っている意味がわからなかった。
1ヶ月後、世界に衝撃が走った。
英雄だった彼が仲間を殺し、ダンジョンを活性化させたということを彼自身が世界に知らせたからだ。
「この瞬間より、私は魔王と成った。今から15年後、私は世界を滅ぼす。死にたくなければ私を殺してみせよ。」
彼は優しく、正義感が強かった。誰もが彼を尊敬し、憧れていたのだ。そんな人が突然、世界の敵に回ってしまったのだ。
人々は悲しみと怒りに包まれ、すぐに討伐隊を結成して彼のいるダンジョンに向かった。
相手はたった一人、それに対して討伐隊は100を超える人数で全員が最低でもAランクの冒険者。負けるはずなどなかった。しかし彼の強さは異常だった。彼は一人で全ての冒険者を倒してしまった。世界でもトップの冒険者たちを失い、持って帰れた情報は少なかった。しかしその中に彼を殺せる可能性のある情報があった。
【ダンジョンの制覇報酬を彼は失っている】
ダンジョンを攻略すると魔法とは異なる特別な力を得ることができる。それは世界に一人しか持つことのできない力であり、所有者が死ぬと次の制覇者に与えられる。彼は13個の力を持っていたはずだがどういうわけか失っていた。
この事が分かるとこれまで以上に冒険者に対する支援が行われ、冒険者はダンジョン制覇を目指すようになった。
全てかつての英雄を殺し、世界に平和を取り戻すために。
魔王が誕生してから10年後、王都の冒険者ギルドに一人の少年がやってきた。
辺りをきょろきょろ見てこれから冒険者になろうとしているのが一目瞭然である。彼は受付嬢のうちセミロングのブラウンの髪をしたお姉さんのところへスタスタ歩いて
「冒険者登録をしに来ました!」
「かしこまりました。ではこちらの書類に必要事項を記入してください。」
目の前の黒髪の少年はあまり字を書かないのだろう。慣れない手つきで書類を書く姿をネムはほんの少し母性を感じながら見ていた。
「書き終わりました。これで大丈夫ですか?」
「確認いたしますね」
書類に不備がないか確認を進めていき、名前の欄を見た時、彼女は一瞬目を見開いたが何事もなかったかのように確認を進めていった。
「どこか変なところがありましたか?」
少年は少し不思議そうな感じで聞いてきた。
「いえ、問題はありませんでした。これにて登録は完了です。」
優しそうに微笑みながら登録の完了を伝えたネムを見て少年は少し緊張が解け、ついに冒険者になったことを実感した。
「ありがとうございました!早速ダンジョンに行ってみます!」
そう言って少年は嬉しそうにギルドを出て行き、姿が見えなくなると、ネムは受付の仕事を再開し始めながら少年のことを考えていた。
(あの子の名前、見間違えかと思ったけれどやっぱり魔王と同じ苗字だった...偶然?それとも同じなだけかしら?まぁなんにせよ、自分の担当する子なんだから、死なずに頑張ってほしいわ)
少年の名前はノア・アストロス
そしてかつて英雄だった者の名は
アレス・アストロス
(あんなに優しかった父さんが理由もなく敵になるわけない。必ず何かあったんだ。絶対に真実を見つけて、僕が父さんを助けてにいくんだ)
これは父が魔王になった真実を探す一人の少年の物語




