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禊矢の弓士  作者: さきみやめぐ
第三章

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参拝に来た美少年 後編

 宮司を先頭に鳥居をくぐり、神門の奥へ進んでいくと——。異様な存在感を放つ御神滝に、裕成はそのまま立ち尽くしていた。


(これが……御神滝。御神木はよく聞くが、滝は初めて見た……)


 滝壺へ落ちる轟音と共に、水飛沫を勢いよく上げる。裕成は興味本位で宮司に尋ねた。


「あの滝は何ていう滝だ?」

「真青滝(まさおだき)といいます。昔から霊力があると言われ、むやみに入ってはいけないとされています。もちろん滝行も禁じています」


 宮司が言うように、滝の前には太い注連縄(しめなわ)が敷かれ、何枚もの白い紙垂(しで)が静かに揺れていた。


「修行であってもか?」

「左様です。最悪の場合、命にかかわるからです」


 一緒に話を聞いていた壮琉も、これには息を飲んだ。


(俺……本当に危なかったんだ……)


 真青滝の危険性に薄ら寒さを覚えた裕成は「そうか」とだけ返し、本殿の方へ体を向ける。


「参拝はこっちか?」

「はい」


 裕成が足を進めたとき、壮琉は「あっ! 裕成さん!」と突然声を上げる。その声に驚いた裕成は、思わず肩をビクッとさせた。


「俺、まだ今日のお参りしてなくて! 一緒にしましょう!」

「は?」


 足が動かせるようになってから、壮琉は毎朝お参りをしていた。だが、今朝は弓術の練習に夢中だったことと、絹江に頼まれた奥宮の掃除もあり、本殿への挨拶をまだしてなかった。


(神社にいる人間がお参りしてないって……コイツ、どんな神経しているんだ?)


 そんな事情を知らない裕成は、壮琉の飄々とした態度を不快に思い、眉間に皺を寄せていた。すると、壮琉は「そうだ!」と言って、胸元からあるものを取り出す。


「お賽銭は俺が出しますから!」


 裕成の前に小銭を出した壮琉。小銭は雅臣が神社を出発する前、気前よくお小遣いとしてくれたものだった。小銭を見た瞬間、裕成は一つ大事なことを思い出した。


(油断した……今はこんなところで金を出してる場合ではなかった)


 長い旅路を歩いていたため、裕成の所持金は底を尽きそうだったのだ。


「あぁ……それなら頼む」


 今にも消え入りそうな声で裕成が言った後、二人は本殿の前へ向かった。


 壮琉が小銭を投げると、賽銭箱に落ちる音が鳴る。その直後、裕成は深々と二礼。壮琉も裕成に合わせようと、横目で二礼する。


パン! パン!


 二人の二拍手が、社全体へ響き渡った。そして、両手を重ねて目を瞑ると——突然、大きな風が吹き荒れる。


(……痛っ。目に何か入った……)


 風の勢いで目に違和感を覚えた裕成は、右目を擦ろうとする。そのとき、裕成を遠くからじっと見つめていたのは——。


(白い狼……!?)


 動物が苦手な裕成は、逃げるように後退りをするが、白狼は追いかけず、ただただ裕成から目を離さなかった。


『鎮まれよ……鎮まれ……』


 裕成の他に人は見当たらないが、どこからか誰かの声が聞こえてきた。幻聴だと錯覚し、裕成はより恐怖心に苛まれる。


「!?」


 すると、白狼の背後から、大きく蠢く一体の動物が裕成の目に映る。眩い輝きを放つ龍——赤色の配色が多く、黄金の目と髭、黒色の手足をした、不思議な龍だった。


(どういうことだ……龍は普通実在しないだろう。これは夢だ! さっさと目を覚ませ!)

「はっ!」


 己を叱咤し、見ている光景から離れさせようとする。気がつくと、元々いた本殿の景色に戻った。


「裕成さん? どうかしましたか?」


 壮琉は一足先に参拝が終わったところだった。


「いや、何でも……」

(今のは何だったんだ……)


 背中にじんわりと汗をかきながらも、裕成も後から本殿に一礼する。


「た、壮琉さん」


 向こうの社務所から、絹江の小さい声が聞こえてきた。


「絹江! あ、裕成さんこちらへ」


 裕成にも声をかけ、二人で社務所のほうへ歩いていく。


「奥宮のお掃除、ありがとうございました。あの、場所は分かりましたか?」

「うん、大丈夫だったよ!」

「それなら、良かったです。と、ところで……お隣の方は……」


 珍しくやって来た参拝客を紹介しようと、絹江に裕成のことを紹介する。


「さっき奥宮で会った大芦裕成さん! この辺を旅していたらしくて、僕と同じ年なんだ!」

「……どうも」


 隣にいる裕成の顔を見ると、絹江に目を合わせず、無愛想な態度で挨拶をしていた。


(もうちょっと笑ってくれないと……絹江が緊張しちゃうんだけどな……)


 絹江のことが気がかりに思い、ふと絹江の様子を伺うと——。なぜか絹江は、目線を下に向けて張りつめた表情をしていた。


「血……」

「えっ?」


 絹江が何か言葉を発したと思いきや、社務所の中へ戻り、またすぐ壮琉たちの前に姿を現す。


「絹江?」


 手に持っていたのは塗り薬と包帯。草履を履かずに地面へ降り、裕成の腕を突然引っ張る。幸い、場所が日陰だったため、絹江の体には問題なかった。


「なっ、何をする!?」


 絹江の突拍子のない行動に、裕成は大声を出す。これには壮琉も驚きを隠せず、絹江の名前を再び呼ぶが、


「お怪我、されてます!」


 普段の絹江とは違い、毅然とした態度で返事をする。意外な回答を聞き、壮琉も「え?」と声が漏れる。一目見ても、裕成の怪我はどこだか分からないからだ。


「足元、失礼します」

「あ、ちょっ……」


 されるがまま縁側に座らせられた裕成は、なぜか頬が赤かった。着物の裾をめくると、裕成の脚は切り傷だらけで、中には出血もみられた。


「……神域での血は、穢れ……ですから」


 絹江は塗り薬を手に取り、裕成の脚にそっと塗り込む。


(絹江……よく怪我のことが分かったな……)


 壮琉は静かに絹江の手当てを見守っていた。


「薬ぐらい……自分で……」


 絹江を見ないように顔を伏せ、恥ずかしそうに言った裕成。しかし、薬はすぐに塗り終わり、いつの間にか脚に包帯を巻く作業に入っていた。


「……明日には傷口が塞がりますので……」

「え、結構な怪我だったけど……?」

(もしくはそれだけ良い薬ってこと?)


 出血もしていた怪我が「一日で塞がる」と耳にし、壮琉は咄嗟に聞き返す。


「真青滝の水を混ぜて作った薬なので……それなりの効果が、あるんです」

「そうなんだ! あ、だから俺の怪我も治りが早かったってことか!」

「そう、かもしれませんね……」


 壮琉と絹江の会話を黙って聞いていた裕成は、一人疑問を抱えていた。


(命にかかわるほど危険な滝の水だが、傷薬にも使われるのか……妙な話だ)

 

 首を傾げていると、宮司が三人のところにやって来た。


「絹江、壮琉。夕方以降は外へ出ないほうがいい。 じきに酷い雨が降る」

「え? 今、こんなに晴れてるのにですか?」


 季節は秋だが、夏のような晴天で、とても雨が降るようには思えなかった。


「向こう側の雲が怪しいのと……やたら湿っぽい臭いがするんだ」

「宮司様が仰るなら……ほぼ確実です……」

「そうなの!? すごい宮司様!」


 壮琉は宮司へ羨望の眼差しを向けていた。


「大芦様」

「!」


 突然宮司に呼ばれ、やや反応が遅れる裕成。


「よろしければ大事をとって、神社で一泊されてはどうですか」

「え?」

「あぁ! それはいいですね!」


 名案だとばかりに、壮琉は宮司の提案に明るく反応する。


「いや。お参りもできて傷の手当てもしてもらった。 これ以上世話になっては……」


グゥーギュルギュルー


 腹の虫が鳴いたのは、裕成のところからだった。先ほどよりも赤面する裕成と、絹江と目があってニコニコと笑う壮琉。


「粗末なものになりますが、お食事も用意しますので。こちらへ」

「……失礼する」


 宮司は表情を崩さず、裕成を中へ通した。こうして一人の参拝客が、神社で過ごすことになったのだった。

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