#67 23Fの探索
23Fの空気は、肌を刺すように冷たかった。
星脈の光脈が床面を走り、壁が低い音で脈動している。
21F以降の深層特有の空間——歪みが常態化し、遠近感が狂う。
通路の先が折れ曲がっているように見えるが、実際には直線だ。
感覚を信じると死ぬ。
「暗視じゃ距離が掴めない。星脈の光が干渉してる」
「水の感知で補うわ。左の通路から三体、接近中」
カイトは右手を下げた。
影が掌から滲み出す。
闇B級の力——気配遮断。
「闇+風。やるぞ」
風B級の気流を体表に纏い、闇の靄で覆う。
カイトの姿が虚空に溶けた。
足音が消え、体温の放射が途絶え、気配そのものが消失する。
星脈の化身が三体、通路の角を曲がってきた。
人型に近い姿。
胸部に星脈の核を宿し、周囲の空気を歪ませながら移動する。
化身たちはソフィアの水の波紋を感知し、前進した。
カイトの存在には気づかない。
背後に回り込んだ。
闇の靄を解放すると同時に、炎を右手に灯す。
影から赤い火柱が噴き出した。
「闇+炎——影炎」
闇の靄が炎を包み、可視光を遮断する。
目に見えない炎が化身の背中を焼いた。
バリアが張られる前に核を炙り、一体の動きを止める。
残り二体が振り返った。
だがカイトはもうそこにいない。
風で天井付近に跳び、闇で姿を消している。
「ソフィア、正面」
「わかってる」
ソフィアの水流が化身の足元を薙ぎ、バランスを崩す。
カイトが真上から降下し、地属性の拳で化身の核を砕いた。
三体目が星脈の光弾を放った。
カイトは闇の靄で光弾の軌道を逸らし、ソフィアが水壁で衝撃を受け止める。
光弾が散った隙に、カイトが間合いを詰めた。
短剣が化身の胸を貫く。
核が砕け、化身が光の粒子になって消えた。
「三体、二十秒か。闇が入ると楽だな」
「気配を完全に消せるのは反則よ。化身が索敵できてなかった」
カイトは右手を見た。
闇の靄が指先にまとわりついている。
制御訓練の成果で、戦闘中の暴走は起きなかった。
ただし油断はしない。
* * *
23Fを進むにつれ、魔物の密度は減った。
代わりに空間の歪みが増す。
壁面の星脈パターンが複雑化し、古代の紋様が浮かび上がっている。
五体目の化身を仕留めた後、カイトは通路の壁に背を預けた。
「ここの魔物の核紋、どう思う」
「弱くはないけど——あんたの器に入れる価値があるかは微妙ね」
「だよな。光A級を喰うために器を空けておきたい。中途半端なのを入れたら容量が足りなくなる」
「選別吸収の判断ね」
「喰わない判断が九割だ。残りの一割で——本当に必要な核紋だけを喰う」
ソフィアは水筒の水を口に含み、カイトにも差し出した。
「あんた、喰わない時の方が冷静よね」
「……否定はしない」
核紋を見送りながら奥へ進んだ。
六体目を倒した時、闇の衝動が一瞬だけ顔を出した。
化身の核紋が砕ける瞬間、手を伸ばしかけた。
カイトは拳を握り、衝動を押さえ込んだ。
「大丈夫?」
「問題ない。制御訓練の成果だ。三秒で抑えた」
「前は10秒かかってたわね。伸びてる」
23Fの星脈の化身は合計八体。
全てを撃破し、核紋は全て見送った。
* * *
七体目を倒した場所で、カイトは新しい技の精度を試した。
「影炎の問題点がある。闇で炎を隠すと、俺自身も着弾点が見えない」
「なら?」
「風で着弾音を拾う。闇+炎+風の3属性同時展開」
ソフィアが眉を上げた。
「3属性同時って、20Fのボス戦以来じゃない。あの時は5属性で倒れかけたでしょ」
「三つなら保つ。二属性の組み合わせを安定させてから、三つ目を足す。闇と風の同時展開は隠密で慣れた。そこに炎を乗せるだけだ」
右手に闇。
背中に風。
左手に炎。
三属性が同時に動いた。
核紋が軋む。
だが五属性の時のような悲鳴ではない。
結晶が脈動し、三つの流れを並行して制御する。
闇に包まれた炎を壁面に向けて撃ち出した。
風が音を拾い、着弾位置を教える。
壁面が赤く焼けた。
着弾点は目標の十センチ下。
「……まだ甘い。でも使える」
「実戦投入は8体目にしなさいよ。失敗しても生きてるうちに」
八体目の化身は23Fの最奥に近い場所で待ち構えていた。
他の個体より一回り大きい。
カイトは闇+風で姿を消し、化身の背後上方に回った。
三属性同時展開。
影炎を化身の核に向けて撃ち出し、風で軌道を微修正する。
闇に隠された炎弾が化身の背中に直撃した。
バリアを貫通し、核を焼く。
化身が崩れ始めた瞬間、カイトが降下して短剣で核を砕いた。
「着弾修正、誤差三センチ。合格だろ」
「自画自賛しないの」
だがソフィアの口元も緩んでいる。
六属性の組み合わせ技。
核紋喰いの戦闘スタイルが、一段階上に進化した瞬間だった。
* * *
23Fの最奥部。
通路が途切れ、小さな空間に出た。
洞窟というには整いすぎている。
壁面が平らに削られ、棚のような窪みがいくつもある。
「人工的な部屋だ。ダンジョンの中に」
「誰が作ったの。深層にこんな場所があるなんて」
カイトは壁面の紋様を見た。
星脈のパターンではない。
もっと古い——人の手で彫られた紋様だった。
棚の窪みに、布に包まれた束が置かれている。
数は七つ。
防腐の魔法陣が棚の底面に刻まれており、百年以上経過しているはずの布も紙も朽ちていない。
カイトは一つを手に取り、布を開いた。
羊皮紙の束。
文字は古い帝国公用語で、インクは褪せているが判読できる。
「百年以上前の文書だな。防腐処理がしっかりしてる」
「何が書いてあるの——」
「待て」
カイトは二つ目の束を手に取り、表紙を確認した。
手が止まった。
表紙の中央に紋章が押印されていた。
剣と三日月が交差した意匠。
カイトはソフィアの方を振り返った。
文書の表紙を、無言で差し出した。
ソフィアが紋章を見た。
顔から血の気が引いていく。
口が開き、声が出なかった。
数秒の沈黙の後、唇が震えながら言葉を絞り出した。
「これは——ヴァイスリッター家の——家紋」
剣と月の紋章。
没落した騎士家の、かつての誇り。
ソフィアの指が紋章に触れた。
指先が白くなるほど力が込められている。
カイトは入口の方に視線を向けた。
見張りの姿勢を取る。
「読め。時間はある」
ソフィアが羊皮紙の束を開いた。
部屋の中に、星脈の白い光だけが静かに揺れていた。




