ピキとエナン・ワルカ
ギンナを部屋の中へ案内し、唯一ある机を挟んでそれぞれ座る。
机の上には乳鉢と香炉。トウスとクンロウがそれぞれの上に座っている。
「何から話せばいいのかな。セテガンは私達の成り立ちを知っていますか?」
私達と、トウスとクンロウに視線を向けてギンナは言う。ギンナがトウスとクンロウを同族と扱うのに違和感があった。
ギンナの身長はセテガンと同じぐらいだ。手のひらに乗せられるトウス達とは見た目からして全然違う。 トウスやクンロウはその衣服の模様や色がそれぞれの道具と一緒になっているのに、ギンナは薄い灰色の服を纏っている。
何よりも雰囲気が違いすぎる。セテガンがギンナから受ける印象は穏やかさだった。それと同時に敵対でもしたら自分は動くことすら出来ないだろうなと納得してしまう強さも感じた。
トウス達に覚える親近感とはまるで違う。彼女達は最初に会ったその時瞬間から安心出来たのだから。
「大切にされた物に宿る命だと本には書いてあった」
問われたことに知識として答える。セテガンはそれが事実だとは思っていない。それが正しかったのならトウスやクンロウはここに居ない。セテガンが乳鉢や香炉を大切に扱えるのはトウスやクンロウが自分自身だと言うからだ。彼女達に会う前に大切に扱っていた覚えはない。だからきっと違うのだろう。
そんな気持ちで答えた言葉は正しく伝わったのだろう。
「正確には実体になれるほどの強い想いを向けられることですね。別に憎しみでも恨みでも構わないんですよ」
ただ憎しみとかだと壊してしまって終わりになることが多いんです。
ほとんどの者が知らないだろう真実は、感情を含ませない軽さで告げられた。
「壊されて悲しいの?」
「いいえ。ピキは向けられた感情で性質が決まりますから。負の感情から生まれるのはきっと不幸です」
セテガンの問いにギンナはすぐに否定をした。それも嘘ではないのだろうけど、生まれなかったピキ達に何も思わないわけでもなさそうだ。
どこか昔を思い出しているような、哀愁を漂わせる視線をしている。
「では、エナン・ワルカは何がピキと違うと思いますか?」
悲しみを含んだ瞳はそのまま、声だけは穏やかに軽くギンナは問いを重ねる。
「分からない。エナン・ワルカの存在自体が物語だと思っていたし」
ギンナの心境にかける言葉も思いつかなく、踏み込む気にもなれなくて、セテガンはただ問いに答えるしか出来ない。
歴史書の中でもエナン・ワルカの名は何度も出てくる。時に人を助け、時に人を罰する存在として。その在り方は神のようだ。
実際にエナン・ワルカを信仰している人も多い。
「それこそが答えですよ。ピキは基本的に依代に向けられた感情から成ります。感情を向ける者が居なくなればピキも消える。エナン・ワルカには依代がありません。それこそ『エナン・ワルカの物語』が依代と言ってもいいかもしれませんね。多くの者にそんな存在だと思われる。そういう感情を向けられる。だからこそエナン・ワルカは特殊で特別なんです」
自然災害もエナン・ワルカが起こしていると言われることがある。そんな存在だと思われている、それにはどんな感情が含まれているのだろうか。
セテガンはエナン・ワルカについて考えることがなかったから想像も出来ないが、先程の悲しみを含んだ瞳はギンナ自身の在り方を見つめていたのかもと思った。
「それで、私にそれを説明しているのはなぜ?」
ギンナは最初にセテガンに英雄にならないかと聞いてきたのだ。その説明がしたいと今こうして向かいあっている。
ピキとエナン・ワルカの説明が英雄とどう繋がるのかが分からない。
「最近各所でピキに異変がおこっています。エナン・ワルカはその対処に動くことにしました。ですが、ただ動くことは出来ない。力の行使を担う者が必要なんです。私達はそれぞれ誰か一人を選ぶと決めました」
「それが私ってこと?それに私達って?」
「エナン・ワルカはそれぞれ風、火、水、土、木、金を司る6人からなってるんですよ。私は風のギンナと名乗ったでしょう?」
そして私はセテガン、貴方を選びました。
「貴方もピキと共に生きているのだから無関係ではないでしょう。セテガン、一緒に異変を解決し英雄になりませんか?」
再度の勧誘。異変について詳しく説明する気はないのだろう。ただ諾か否かを聞いている口調。部屋の空気は少し冷えた気がした。
異変が気にならないわけじゃない。トウスやクンロウに何かあったらと思うと息が詰まる。
「ごめんなさい。無理」
それでもセテガンは迷いもせずに断った。断るから気になっても異変の詳細を聞きはしない。
すぐに断ればよかったと、ギンナに無駄な手間をかけてしまったと申し訳なく思う。
突然のことで動揺していた。落ち着けばもう何故わざわざ説明を聞こうとしたのか疑問にさえ思う。
セテガンは英雄になんてなれない。
だって、この場所から動く自分を想像さえ出来ないのだから。




