◇14
こっちの世界の交通機関については、私も全てを把握しているわけではない。そもそも召喚されてこのかた、あまり遠出する機会もなかったので、この世界の住人が、長距離移動にどういった手段を用いているのか、ほぼ知らなかったと言っていい。
でもまあ何となく、馬車とか、それに準じた乗り物に乗って行くのかなあと思っていたわけだ。
「何ですか、あれ」
出発当日。来いといわれていた魔道研究所の中庭。
そのど真ん中に、どどーんと体長15メートルほどの羽根つき爬虫類が2体、鎮座ましましていた。でかい。
思わず眼前の生物を指差し、私の隣の人物に問うてしまったのは、当然の反応だと思う。
「ジャクリーンちゃんとマデリーンちゃんよ」
私の隣に立つ美女イリアさん――私がゴネて、今回の同行者になってもらった――は、当然だと言わんばかりに落ち着いて返答をよこす。
「ははあ、名前から察するに女の子ですか。ってそんな事はどうでもいい! 龍ですよねあれ!? なんで龍!?」
「なんでって言われると困っちゃうんだけど。とっても大人しいし、賢い子たちだから大丈夫よ。あたくしたちを現地まで運んでくれるの」
二匹の龍の間に設置された、大きな箱らしきものが目に入り、まさかと思いつつも、それが確信に変わっていく。安定感悪そうなのだが、あれに乗るってか。
「いやそういう意味じゃなくて! まさか、今回の旅って空路……?」
「そのまさかだ。何か問題があるか」
返事はイリアさんからではなく、背後からかえってきた。
「陸路だと三日で往復するのは無理だぞ。一人なら移送方陣で飛ぶんだが、あれは多人数を運べないからな……これは方陣よりも時間はかかるが、まあ移動手段としては早い方だ」
振り返ると、何やら大荷物を抱えたアーディンが立っていた。……なんというか、美形と大荷物ってシュールだな。
にしても、宿泊用の荷物にしては大きすぎないか、それ。
「何、それ全部持っていくの?」
「爺さんへの土産だ。資料やら文献やら、田舎じゃ手に入らないものを持ってこい、と毎回指定される」
そう言うアーディンは、遠くを見ながら達観したような表情をしていた。うへえ、毎回こんな荷物を運搬してるのか。孫使いが荒いな、ハロルドさん。
「それはそうと、こんな大きい龍、どこからつれて来たのよ。研究所にはいなかったよね」
「当たり前だ、こんな巨大な生物を飼育できる設備はここにはない。国有の運搬用飛龍を借りて来た」
「国有……そんなの私用で使うの!?」
「一般人はまず乗れないのよ、ラッキーだわ~。ミヤちゃんにくっついて行くおかげで得しちゃった!」
思わず顔がひきつる。
つまりあれか。この龍は、VIP御用達セスナ機みたいなものか。
「元は爺さんが召喚した龍だからな。特別に、魔道研究所には無償で貸し出される事になっている」
「はあ!?」
ハロルドさん、何呼び出してるんだ!
すでにこのサイズの生物を呼び出していたとか……今回召喚をたくらんでる代物がどんだけのものなのか、もう想像するのも恐ろしい。
「質疑応答は移動しながらできるだろう、そろそろ行くぞ。乗れ」
「え、やっぱりあの箱に乗るんだ……酔いそう」
背中を押され、恐る恐る近づく。龍たちは静かにうずくまっていたが、巨大だというその一点だけで、どうしようもなく恐怖感を煽られる。ちょっと撫でられただけでこっちは潰されそうだし。
「あら、ミヤちゃん緊張してる? だーいじょうぶよぉ、さあ乗って乗って!」
「うおわ、引っ張らないで下さいよ!」
うきうきと楽しそうなイリアさんに、ぐいと手をひかれて箱の中に入る。
外から見た時は小さな箱だと思ったが、こうやって中に入ってみるとそうでもない。ああ、比較対象物の龍がでかすぎて小さく見えてただけなのか。
ぐるりと見渡すと、六畳ぐらいのスペースに、5、6人は座れそうな作りつけの座席。そしてぐるりと四方の壁にぶち抜かれた窓。足元はフカフカした絨毯が敷かれ、まさにVIP用! といったところか。
「あれ、アーディンは?」
続けて乗り込んでくるかと思ったら、来ない。
どうしたのかと窓から外を見てみると、二頭の龍の顔のところまで行って、何かを話しかけていた。
「……何してるんだろう、あれ。コミュニケーション?」
「ああ、行く先の説明をしてるんだと思うわ。ほら、地図見せてる」
げ、本当だ。
新聞紙ほどの大きさの地図を広げ、指さすアーディンを龍たちが覗きこみ、こくこくと頷いている。意思の疎通ができているのか。
「……龍、頭いいんですね」
「知能的にはあたくしたちとあまり変わらないわよ。喉の構造上、言葉は話せないみたいだけれど」
「マジですか。龍の前で変なこと言わなくてよかった」
「うふふ、そうね。機嫌損ねたら、振り落とされちゃうかも」
面白そうにさらっと怖いこと言わないでください。
「待たせた。出発しよう」
程なくして、荷物と共にアーディンが箱に入ってきた。と同時に、今まで静かにうずくまっていた龍たちが、よいしょと腰を上げる。
「ミヤちゃん、座ってないと転がっちゃうかも」
「え」
言われてあわてて腰を下ろしかけたタイミングで、ぶわさと巨大な羽音がして、地面がぐらりと傾いだ。
「のわあ!」
そう言う事はもうちょっと早めに言ってもらえると有難かったよイリアさん。
危うく床をゴロゴロと転がりかけた私の腕を、間一髪でアーディンが掴んだ。
「ミヤ、あぶない」
「うおおびっくりした……ごめん、ありがとう」
そのまま座席に引き上げられ、座らされる。……のはいいが、なんでこんなにぴったりくっついた位置に座る必要が。落ちつかないにもほどがある。とにかく距離をとろう。
私は座ったまま、ズリズリとアーディンとの間をあけた。
するとすかさず私の腰にアーディンの手が回り、有無を言わさぬ勢いで引き寄せ直される。
「ちょ、何すんのよ、近い! アーディン、手つきがオヤジくさい!」
「オヤ……っ、そうじゃない、誤解するな! まだしばらく揺れるからじっとしてろと言うんだ!」
「信用できないから! 揺れるってんなら椅子の背にかじりついとく、この手をはなせ!」
ぺいっとアーディンの手を払いのけ、寄ってこないように威嚇する。
ふと気づくと、向い側に腰かけているイリアさんが頬杖を突き、生暖かい視線でこっちをガン見していた。ひいい、その目はやめて!
「うふふ、微笑ましいったら。ミヤちゃんこっちいらっしゃいな、あたくしが抱っこしてあげる!」
「いや、抱っこも勘弁して下さい……でもそっち行きます」
揺れる足もとに注意を払いつつ、反対側の座席に移動、着席。両手を広げて待ち構えていたイリアさんに抱きつかれたが、まあこれは振りほどくほどのことでもないか、とそのまま甘んじて受ける。
視界の向こう側になったアーディンは、苦虫をかみつぶしたような顔で憮然としていた。
「差別だ。……俺がちょっと抱えただけで怒るくせに、イリアならいいのか」
「いや、だってイリアさんは女性だし。根本的なとこで違うでしょうが」
「うふふふー、いいでしょう所長。触り放題、頬ずりし放題。女性同士の特権よね~」
「うお、イリアさんやめて下さいよ! あ、でもいい匂いする。香水ですか」
「そうなの。お出かけするから奮発していい香水もってきたのよ。あとでミヤちゃんにもつけてあげる!」
「いや、私はいらないんで」
「ええー、そう言わずに~」
ここぞとばかりにキャアキャアとはしゃぐイリアさんと、それにもみくちゃにされる私。それを恨めしそうに見ていたアーディンは、聞こえるか聞こえないかの声でボソリと呟いた。
「………………そうか、女に生まれてれば」
「アーディン、それ血迷いすぎだから」
「所長、さすがにキモいです」
何が悲しくて、空の上でこんな阿呆らしいやりとりを繰り広げねばならんのか。
私たちを運ぶ龍は、カンドを目指しその後半日ほど空路を進んでいった。