旧神の使者。その三
私みたいに魔界に単身で足を運ぶような人間だ。『白』に反応出来たことに驚きはない。
直感を信じるのならこの男は私と同格、傑物と呼ばれる次元の戦士。
格下を相手に研鑽を見世物として戦っているとか、甘い考えは持ってはいけない。
フォリオムの周囲を『白』で囲むと、彼は後方へとゆっくりと下がった。
一度見せただけで『白』の着弾間隔までしっかりと把握されちゃっているか。
「なら――」
国で名を上げている傑物級だからと、気に掛けている余裕はない。
あの男も私と同じ、自分にとって邪魔な存在なら友人でも殺せる類の怪物だ。
使える手段は使う。『黒』で――
「んなもん受け入れるかよ」
捉えた瞬間に『黒』の軌跡が砕かれ消える。
ダメかなって思っていたけど、やっぱりショック。これ一応剣の極致の一つなのに。
これまでにこの技を破った相手は『黒』の概念を理解したうえで無力化していた。
それに対しフォリオムは感覚でその域に近づき、膂力と組み合わせて破っている。
「楽に終わらせてあげたかったのに」
「望まねぇ結末を押し付けてくんじゃねぇよ」
「そのままそっくり返すわよ。『我が剣技は万象の理を黙殺し、己が剣の軌跡のみを結末と示す。ならばこの剣もまた我が意志、我が軌跡を体現する刃となろう』」
詠唱と共に剣に『黒』を重ねる。相手の武器は強力な魔力強化が施されているけど、ただの槍。
殺せればそれでよし、防がれても槍を破壊して武器を奪える。
「剣を防御するのは禁止か。いいぜ、ルールありきの戦いには慣れてる」
「別に禁止にはしてないわよ?自己責任ってだけ」
「なるほど、押し付けてるのはルールじゃなくて不条理ね」
「気をつけろイミュリエール!その男は神技『時遁れ』と同等の魔力強化を扱うぞ!」
「みたいね。なら、こっちも……神技『時遁れ』ッ!」
「……ッ!?」
フォリオムの眼に真剣さが宿る。流石にその辺の闘技者で『時遁れ』を使ってくる相手はいないでしょ。
距離を詰めて剣を振るう。フォリオムは私の剣を紙一重で回避し続けながら反撃のタイミングを伺っているようだけれど、隙間なんて作るつもりはない。
フォリオムの表情から余裕が削れていく。けれどその先に浮かび上がるのは笑みだ。
「おいおい……っ!ここまでやれるのに守人じゃねぇのかよ!」
「なにそれ。美味しいの?」
「不味くはあるな。いや、まさかこんなところで掘り出し物に会えるたぁな」
「埋もれたことはないのだけれど」
「……期待して良いんだな?」
フォリオムを包む魔力が広がっていく。
放出とは違う。広範囲に魔力を広げ、それが霧散しないように留めている。
全身を覆う程度から層が厚くなり、私が剣を届かせるには彼の魔力に全身を投げ込まなければならないほどに。
さらに異常なのが、私の魔力と触れ合っても空気と変わらないように溶け込んでくること。
けれど魔法といった類ではない。そういうものならば肌に触れた瞬間に解る。
なら関係ない。このまま攻撃を――
「……っ!?」
遠い。どういうわけかそう感じてしまった。
当然ながらフォリオムは私の剣が届く間合い、眼前にいる。
なのにあの男から感じるあらゆる情報が遠く、薄くなっていく。
まるで自身の魔力の中に溶け込むかのように。
ダメだ。身構えろ。この遠さを信じるな。攻撃はすぐに来る。
「流石だな」
「グッ!?」
フォリオムの放った蹴りが刺さる。咄嗟に剣を盾にすることで直撃は避けたけれど、その衝撃は私の体を軽々と吹き飛ばしてくれた。
着地はできたけれど膝が崩れ倒れかける。剣を支えに倒れることはなかったけれど、かなり効いた。
それよりも今の蹴り、当たるまで気付かなかった。
なんとなく剣で防ぐ動作に切り替えたところに、思い切り刺さった形。そう――
「……無拍子。それも肉体だけの技じゃない。自身の魔力に貴方の起こりを潜ませたのね」
「いいね、初見で見抜いたのはお前で三人目だ」
「割といるのね」
「絶技、『我領必握』。本気でやる時の狼煙のようなもんだからな」
この位置から同じ蹴りが放たれていれば、余裕で反応できた。
でもフォリオムの魔力の内部にいると、どういうわけか彼の動作の起こりを感じられなくなっている。
魔力から感じる圧力を調整して、誤認識を引き起こしている?
なんにせよ厄介。剣を届かせるにはあの魔力の中に飛び込まなきゃならないし、飛び込めば相手の動きの起こりが見えなくなる。
魔力の中に潜伏し、獲物が飛び込んでくるのを狙う。
ルーダフィン達が話していた旧神の使者の話題、その中の単語の一つが脳裏に浮かび上がってくる。
「槍の潜伏者……お似合いの二つ名ね」
「それなんだが、誰が名付けたんだ?俺はこれを使ったことはほとんどないんだよな。見抜いた二人は今でも協力関係だし、使った相手にはちゃんとトドメを刺している」
「それは……ああ、そういうこと」
直感だけど、多分正しい。
あの子がどこまで考えているかは知らないけれど、この男が起因していたのね。
そうなるとあの子とこの男は少なからず面識がある。
でもまあ斬るけど。もしもあの子の友人とかなら私が魔界にいることを伝えているし、戦いを避けるように忠告している。
最初の判断で間違ってはいない。私を殺そうとできる時点で、あの子の味方じゃない。
「おいおい、なに勝手に一人で納得してんだ」
「説明面倒だもの。魔界に知り合いはいないんでしょ?」
考えることはあの技にどう挑むか。
あの魔力、物理的な干渉はできない。魔力同士なら干渉はいけるかもだけど……私の魔力を水に例えるのなら、フォリオムの魔力は網を重ねた層。
揺らすことはできても、私の魔力がすり抜けてしまうから一気に吹き飛ばすことはちょっと難しい。
剣に纏わせたり密度を高めたりすればいけないこともないけど、再展開されるだろうし繰り返せば私の魔力が先に枯渇する。
あーダメね。こんなに考えているのにイケるって確信が持てない時点であの魔力を排除する方向はナシ。私が思いつく方法には全部対策ありと考えなきゃ。
「いるわけないだろ」
「つまり貴方は敵。それだけよ」
ならやるべきは攻撃あるのみ。相手の起こりが見えないのなら、そもそも反撃させなきゃ良い。
互いの間合いまで飛び込み攻撃を仕掛ける。うわ、気味悪っ。
紙一重で回避しているはずなのにその起こりが見えない。
フォリオムが避ける前と避けた後の姿しか認識できていない。
攻撃したら眼前にいないとかなら幼いころに経験したことあるけど、目の前で避けられているはずなのにその動きが見えないってのは新感覚。
ま、見て覚えて予測してこ、予測の間違いや、予期せぬ反撃がくるのならきっと私の直感が反応してくれる。
「勘頼りか。悪くはねぇんだがな」
「あら、頭脳戦が好み?」
「馬鹿は相手を見て言え、馬鹿だぞ俺は」
「じゃあ言って良いでしょ」
「確かに……いや、ダメだろ」
これだけ斬りつけているのに、フォリオムは回避に専念するばかりで返ってくるのは言葉だけ。
普通なら相手の呼吸や動作からその癖やリズム、状態や気分だって見ることができるのに。
只々剣をがむしゃらに振り回しているような気分。
いざとなれば『鏡星』も使うつもりだけど、相手から得られる要素がこうも絞られていると精度が落ちかねない。
精度を上げるためにもせめてもう少し何かを引き出さなきゃならないわね。
「小細工するのなんて何年振りかしら」
剣術を切り替える。過去に『見』で学んだ剣術は二十八……マリュアから学んだリリノール騎士団の剣術も入れるなら二十九。
フォリオムほどの実力者なら、既に見せている剣術には適応し始めているはず。
通用せずとも別の剣術に対する反応を集めることで、フォリオムという戦士の外郭を浮かび上がらせる。
「多彩なもんだ。お、それ見たことあるぜ。この前倒したテニグラーンの奴に似てるな」
「闘技場王者なだけあって、他流との試合は数をこなしているのね」
肌で感じられるものは何もない。目で捉えられるものも何もない。それでも異なる剣の軌跡に対して回避を行ったフォリオムの動きの結果だけは確かにそこにある。
この調子で――
「あー……ダメだな。期待しといてアレな言い草なんだが、お前じゃ満たせねぇ」
「本当に酷い言い草ね」
「だってお前の剣、鈍ってるだろ。満たされて」
「――っ」
敵と認識した相手からの言葉で怒りを募らせることはあっても、動揺することはないと思っていた。
けれど側頭を強打され、地面に転がるまでの間完全に思考が止まってしまっていた。
「あ……ぐ……」
「自覚なかったのか?いや、自覚があったからこそ納得できちまったか。お前は強い。守人を除けば、今まであった誰よりも強いかもしれねえ。でもお前はとっくに満たされちまってる。心の飢えを、生きる為の渇望を、刃を研ぎ澄ます執念が失われている」
「そんなこと……私にだって戦う理由は――」
「あるだろうな。だが友人の為に戦うことがお前の根幹か?違うだろ、お前を満たしてくれた奴の為、それがお前の根幹だ。正直言うとお前が満たされていることは純粋にめでたいと思ってる。それだけの強さ、そこに至るだけの飢えがようやく満たされたんだろう?羨ましくはあるが、僻むつもりもない。けどな……そんな満足で鈍った刃じゃ俺は満たされねぇんだ」
否定できない。私は今までアークァスの為に己の剣技を磨き続けていた。
あの子の想いに負けないため。自らを捧げることを厭わないあの子を守る為。
けれどアークァスとの再戦で私は安堵を手に入れてしまった。
互いを想い合う気持ちは確かなのだと知り、私が守らなければならないほど弱い弟ではなかったと。
背負っていた責任感が無くなったのと同時に、剣に纏わりついていた執念が無くなっていた。
どうしてそこまで私の心情を、と思いながらも気付く。
フォリオムの絶技は自らの起こりを隠すだけじゃなく、狩人として獲物の情報を汲み取る『見』としての役割も併せ持っている。
実力に大きな差はない。けれど戦いに懸ける熱量の差は明白。
友人を助けたい想いが弱いのではなく、今この時の戦いに全てを懸けられるフォリオムの飢えが強いという話。
「熱意の差が戦いを止める理由に……っ!」
揺らめく視界を無理やり戻し、『時渡り』で一気に距離を詰めながらの斬撃を放つ。
相手の魔力領域の外からの斬撃なら、飛び込んでから斬るよりも幾分かマシなはず。
同格同士なら気迫の差は勝敗に大きく影響を及ぼしかねないけれど、それが友達を見捨てる言い訳になるわけがないでしょ!
「止めろなんて言ってないだろ。お前じゃ無理だって言ったんだ」
「な……ッ!?」
手に伝わってくる暖かな血の感触。
こともあろうか、フォリオムは私の剣を掌で受けていた。
剣の刃には『黒』の因果を纏わせ、あらゆるものを斬れる状態。
そんな刃を掌で、剣の先端から根元まで滑らせながら私の手を掴んでいた。
私が放ったのは突きじゃない、斬撃なのに。
少しでも軌跡や速度を読み違えれば指や手を失うことになるのに、この男――
「今全てが終わっても良い奴が、片手程度気にするわけねぇだろうが」
胸元に鋭い激痛、動きを封じられたところに槍の一閃が突き刺さる。
躊躇いのない心臓狙い、その威力から生まれる衝撃は本人が掴んでいた私の手が滑り抜けるほど。
私の体はフォリオムの領域から弾き飛ばされ、地面へと転がる。
「イミュリエールッ!」
「……かふっ」
「骨……じゃねぇな。何か仕込んでやがるな」
死を覚悟した瞬間、私の本能が聖剣を解放しようとした。
おかげで心臓を貫かれる前に聖剣でフォリオムの槍は防御できた。
とはいえ体内の中であの男の槍の衝撃をまともに受けたのだから、内臓への衝撃は相当なものだった。臓器の一つくらいは破裂したかもしれない。
「……っ、く……の……っ!」
「まだやれるのか?なら返すぞ」
元の状態に戻った剣を顔色一つ変えずに掌から抜き、私の方へと投げる。
当然それは私の頭部を狙った殺意の籠った一投、咄嗟に頭を逸らし直撃を避けるも剣は私の肩を貫通する。
この程度も掴めないほどに効いちゃってるかぁ、流石に不味いか。
「っつぅ……。刃物を渡すときは刃を向けるなって教わらなかった?」
「教わりはしなかったが、学びはしたぞ」
「なら活かしなさいよ」
「生かす相手には活かすさ」
迫る死の気配。恐怖はなくとも、本能が死への忌避に蝕まれているのを感じる。
このまま『鏡星』を使用したとして、これ以上生還ありきの勝利は望めない。
ルーダフィン達を見捨てて逃げるか、差し違えるつもりで最後の枷を取り払うか。
以前までの私なら多分前者を選んでいたけれど、それをしてしまえば私はもうあの子の隣に並べなくなる。
誰よりも私がそれを許せなくなる。
「鍵は既に――」
「友の為の覚悟は立派だけど、友のことを忘れてどうするのよ」
「――ッ!?」
視界が赤く染まる。見上げた視線の先、フォリオムに目掛け巨大な火球を拳に纏ったレッサエンカの姿があった。
フォリオムが即座に後方に離れるも、レッサエンカの拳は地面に着弾し広範囲を焼き払う。
本来なら私も巻き込まれる範囲の爆炎。
けれど私の方には熱すら届かず、むしろひんやりとした空気が私の体を包んでいる。
見上げている間に私を囲うように氷の壁が作られ、熱から守ってくれていた。
そしてすぐそばには壁を作った人物が私に不満そうな眼を向けていた。
「クアリスィ……」
「私とレッサのこと完全に忘れてたでしょ。あとで一時間説教ね」
「ひぃ……」
人間サイド、精神論が顕著である。
フォリオムの絶技についてはまた後程。
別作品の単行本や新装版での作業、果てはメディア化等で更新遅れておりますがコツコツやっていきますとも。気長にお待ちください。




