色を聴くリリシズム
音つながりってことで。なんか、自然の音や街なかの音って、まるで、人ならざる者が紡ぎ出す音楽のようでは有りませぬか?─────いや、厳しいとおもいますが。更に言えば、音楽でさえなく、謳っているのは、『歌』ですから。だから、前回、短歌の説明みたいなちょっと恥ずかしい詩とか書いたわけでしょ?──────これわ、罫線では、有りませぬか?ーーーーーーとは、違いますね、す、素晴らしい。
いや、もうええけど。あんたも私やし。
でわ、言い訳はこのへんで。本編、めっちゃ短いさかい、見逃したら、あきまへんえ。
くれ染めの茜色を聴く
走り去るトラックの
テールライトの赤色を聴く
この街の吹き溜まり
飲み屋通りの小さなスナックの
『来夢来人』という赤と黄色のネオンを聴く
深夜
酔客の吐き散らかした
汚物がシミになった
アスファルトに横たわる黒色を聴く
星空
のなかに照り返す太陽の光を
反射させているのを気づかせない
のっぺりと輝く月の白色を聴く
いっしょに見上げる君の瞳の哀しい涙色を聴く
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色を聴くっていう表現は、決してわたしのオリジナルな比喩ではなく、どこかできいたことのある、いわゆる記憶の中にある既出です。念の為、悪しからず。
駄「まえがき」からお目汚しで、こころくるしい次第であります。
これにこりずに、またのご来店を楽しみにお待ちしております。
でわ。




