囚われの輪舞
第4話も、かなり長くなりそうなので、
いったんここまでで投稿させていただきます。
完結し次第、また投稿し直します。
「きれーい……」
赤に青、黄色、緑、紫。
展示箱の中には、色とりどりの宝石が展示されている。
それらの輝きを、紅く美しい瞳に映しながら、リラはうっとりと声を漏らした。
「おいおいリラ、ベンガムにきた目的は『純魔石』を探すためなんだぞ。ちゃんと探さないと」
そんな彼女に、ルークは苦笑しながら声をかけた。
すると、とたんにリラは頬を膨らませる。
「わかってますよーだ! えっと、透明な石……なんだっけ。こんなにたくさん宝石があるのに、本当に見つかるのかなあ」
「透明なだけじゃなくて、内側に七色の輝きを宿しているらしい。本で読んだだけだから、本当なのかどうかわからないけど」
触れた者の願いをひとつだけ叶えてくれる石、『純魔石』。
母の病気を治すため、奇跡の石を探して旅に出たルークが龍族のリラと出会ってから、3ヶ月が過ぎようとしていた。
ふたりで色々なところに訪れたが、いっこうに『純魔石』は見つからない。
ルークは、故郷に残してきた母を想い、ため息をついた。
彼が家を留守にしている間、病に臥せった母親の看病は、近所に住む叔母に任せている。
しかし、夫を亡くし、たったひとりの息子を溺愛していたルークの母は、今頃寂しがっていることだろう。
(はやく『純魔石』を見つけて、モークルの町に帰らないと……。母さんは心配性だからなあ)
不安定な精神は、時に病状にも影響を与える。
母の病気を治すために旅に出たのに、病状が悪化してしまっては本末転倒というものである。
なにか良さそうな薬を買って、配送してもらおうか……とルークが頭を悩ませていると、ふと視線を移した先に、長い行列をなしている店を見つけた。
よくよく見ると、その店が出している看板には、『万病に効果てきめん!』との文字が書かれている。
どうやら、あらゆる病の症状を軽くする効果のある石を販売しているらしい。
(母さんの病気にも、効果があるのかな……)
看板を見たところ、その石を使っても、病を完全に治癒することはできないようだ。だが、症状が軽くなるに越したことはないだろう。
安価とは言えないが、効力が強いわりには、手の出しやすい値段だ。
ルークは、その石を買うべく、長い行列に向かっていった。
「なになに、並ぶの? あれに」
うへえ、とでも言いたそうな顔で、後ろからリラが話しかけてくる。
ルークは振り返ると、両手を合わせて謝罪の意を表した。
「ごめん。ちょっと待たせるかもしれないから、他のお店でも見て待ってて」
彼はそう言うと、まっすぐ行列に向かって歩いて行く。
残されたリラは、ふう、とため息をついた。
さて、これからどうしようか。
この辺りの店はあらかた見たし、見慣れない町をむやみに歩き回ってはルークとはぐれてしまうかもしれない。
このベンガムの町は、今まで彼と訪れてきたどの町よりも、はるかに大きいのだ。
どこか時間を潰せる場所はないものか、と辺りを見渡したリラは、大通りの外れに、ぽつんと長椅子が置いてあるのを見つけた。
少し奥まったところにあるせいか、それを利用している人は見当たらない。
(朝から歩き回って疲れちゃったし、あそこで休もうっと)
人の波をかきわけながらその長椅子に近づくと、どかっと腰を下ろした。
「んんーっ、疲れたぁ」
そして、思いっきり伸びをする。
身体中の筋肉がじんわりと強張り、やがて弛緩する。
その脱力感に顔を緩ませながら、リラは荷物袋から、一冊の本を取り出した。
表紙が革でできたその本は、ルークと旅を始めたばかりの頃、彼に買ってもらったものだ。
頁をぱらぱらとめくると、美麗な絵と表現豊かな物語が、目に飛び込んでくる。
幼い頃から憧れ続けた、人間の世界。
しかし、見慣れた森をくぐり抜け、ふたつの目に映った世界は、想像していたものとはずいぶんと違っていた。
(……あたしは、どうして『純魔石』を探しているんだろう)
リラは、ページをめくる手を止める。
人間になるためだ、ということは、自分でもわかっている。
では、人間になったら。
本当に人間になったら、自分は何がしたいのだろうか。
(絵本の中の世界は、ぜんぶぜんぶ、おとぎ話だった。それなら、あたしがこうして旅をしてることに……意味はあるのかな)
『旅をやめたいか』と聞かれたら、リラはもちろん、首を横に振る。
しかし、その理由を問われると、彼女の唇は真一文字に結ばれたまま、動かないだろう。
と、そのとき、背後から一対の腕が迫る。
まるまると肥え太った腕は、音もなく静かに、少女に忍び寄った。
「!!」
身に迫る危険を察したときには、彼女の口は塞がれていた。ご丁寧に、薬品を染み込ませた布切れを添えて。
甘い香りとともに、脳が隅々まで麻痺していくようだった。
声をあげることもできず、リラの視界が闇に呑まれていく。
必死に抵抗する細い腕が、虚空を舞い、やがて力を失った。
ルークは、先ほど買った薬石の配送を店員に頼むと、店を出た。
これで、母の病気も少しは良くなるだろう。
長い間待たせてしまったリラのもとへ向かうべく、早足で歩き出す。
しかし、ふと視界の端をかすめた輝きに、心を奪われてしまった。
「これは……」
首飾りだった。
銀色の、繊細な縁取りの中心に、硬貨ほどの大きさの石が嵌め込まれている。
菫色のその石は、光の加減によって、深い藍色から無色透明まで、様々に色彩を変化させ、美しく輝く。
華奢な彼女の首筋に、新雪のような透き通る肌に、よく映えそうだ。
ルークは迷わず店員を呼び、代金を支払う。
彼女は、喜んでくれるだろうか。
柔らかな布の袋に首飾りを包んでもらうと、思わず口の端を綻ばせた。
「……う」
重い瞼を開くと、先ほど盛られた薬の影響か、視界が霞んでいた。
だが、意識が覚醒していくにつれ、瞳も光を取り戻す。
「ここは……」
そう呟いたところで、両腕と上半身、足首に違和感を感じた。
縛られている。
後ろで手を組むように固定された両腕と、胸から腹にかけての身体が、一本の長い縄で拘束されていた。
さらに、ふたつの足首を、もう一本の縄が縛り上げている。
まるで身動きが取れなかった。
リラの胸の中を、冷たい不安と恐怖が支配する。
(なによ……なんなのよ、これ)
自分はたしか、ベンガムの街にいたはずだ。
薬石を買いに行ったルークを待って、長椅子に座って本を読んで……
「あ」
そこまで記憶を辿って、リラはようやく思い出した。
辺りを見回し、できる限り状況の把握に努める。
まず両の瞳が捉えたのは、茶色の木材で作られた扉だ。
よく見ると、扉だけではなく、床や壁、天井など、全てが同じ木材で作られていた。どうやら、ここは小屋のような建物らしい。
壁に取り付けられた小さい窓から、僅かではあるが光が差し込んでいる。
ふと、後ろを確認しようとして振り返ったリラは、瞳に飛び込んできた光景に背筋を凍らせた。
「ひっ……」
虚空を見つめる、何対もの目。
そこには、おびただしい数の人形が、一糸纒わぬ姿で乱雑に転がっていた。
艶のない頬や生気のない瞳、蜘蛛の巣のように絡まった髪が、太陽の光で悲しげに照らされている。
(なんだか、気味が悪い……)
人形など見たことのなかった龍族の少女は、思わず身震いをしてしまう。
彼女は、それらが命をもたないものだと確信すると、そそくさと目を逸らした。
「……ったく、今日の収穫はこれっぽっちかよ。おいシーズ、本当にこの国に、『命の石』とやらはあるのか?」
突如、ドスのきいた野太い声が響き渡る。
「そ、そんなこと言われてもよぉ、ドリス兄貴ぃ。俺だって、ちゃんと下調べはしてあるんだぜぇ?」
それに、高く弱々しい声が答えた。間延びした口調が、リラの神経を逆立てる。
「で、でもよぉ兄貴ぃ。今日は、とびっきりの獲物がいるじゃないかぁ!」
「おっと、そうだったな。こんなお宝は、世界中駆けずり回ったって他に見つからねぇだろう。こりゃ、ひょっとすると、ひょっとするかもしれねぇな」
もし『命の石』じゃなかったとしても、高く売れそうだしなぁ。シーズと呼ばれた男は声高にそう言い、続いてふたりの笑い声が聞こえた。
(……命の、石?)
聞いたこともない単語が、リラを混乱させる。
自分が囚われているのは、その『命の石』とやらが関係しているのだろうか。
突然、大きな音とともに、部屋の扉が開かれた。
錆びついた蝶番の音が、リラの小さな悲鳴に覆い被さる。
筋骨隆々の体躯が、狭い部屋に差し込もうとした光を遮った。
ドリスは、リラが目を覚ましているのを見ると、小さな瞳孔で彼女を睨んだ。
「女ぁ、騒ぐんじゃねえぞ」
粗末な衣を纏った大男は、ズンズンとリラに歩み寄る。
そのまま彼女と目線を合わせるように身を屈めると、短剣を取り出す。
銀色の鋭い切っ先が、ふたつの紅玉に映り込んだ。
「でけぇ声あげてみろ。その喉ごと、掻っ捌いてやるからな」
地の底から響くような低い声に、リラの背筋は氷を纏う。
からからに乾いた白い喉に、ドリスの鋭い視線が突きつけられた。
こうなってしまうと、いくら強気なリラでも身動きがとれない。
小さな少女はただ、早鐘を打つ心臓に身を任せるしかなかった。
リラが抵抗しないと知ると、ドリスは短剣を下ろした。
そして、傍らに突っ立っている男に目配せをする。
細身で頼りなさそうな男、シーズは頷くと、リラに歩み寄る。
思わず身構えたリラだが、彼はそのまま部屋の奥へと進み、木箱を抱えて戻っていった。
「いひひひひぃ。ようやく、こいつに命を吹き込むときがきたんだぜぇ、兄貴ぃ!」
彼が木箱から取り出したのは、ひとりの少女。
そう錯覚するほど、精巧に作られた人形だった。
「これでようやく、こんな生活ともおさらばだ。今夜は宴だ!」
ドリスは、シーズの手からその人形を取り上げると、幼児をあやすように高く掲げた。
「……い、『命を吹き込む』って、どういう、こと。そのために、どうしてあたしが必要なの」
乾いた喉から、絞り出すような声が紡がれる。
リラが声を発したのを聞くと、ドリスは再び、彼女に鋭い視線を向けた。
「まあまあ兄貴ぃ、どうせ殺すんだし、教えてやってもいいんじゃねえですかぁ? 理由も教えずに殺すと、こいつの幽霊に恨まれちまいそうだしぃ」
シーズの言葉に、そうだな、とドリスは笑う。決して好意的ではなく、いやらしい笑顔で。
「おい女、耳の穴かっぽじってよーく聞けよ。お前なあ、身体ん中に埋まってんだぜ。キレイな、キレーイな宝石がよ」