第1話 おっさん教師、実力を隠す
――早朝。
ヴィルシーナ冒険者学校。
校門をくぐり、冒険者を志す生徒たちが次々と登校する。
生徒たちは、歩きながら中庭の草むらを見てクスクスと笑っていた。
その視線の先には、行き倒れるようにして寝ている男がいた。
ボサボサの髪にヨレヨレのスーツ。
この冴えない40歳のおっさん教師こそが俺――ダリア・ヴェインだった。
「……はぁ、またかこのクズ教師は」
寝ている俺を見つけた初老の男性教師、クラインはため息を吐きながら俺の頭を靴で踏みつける。
「――ダリア先生、起きて下さい」
「……う~ん、あれ。ここは一体?」
「どうしてまた、こんな所で寝ているんですか?」
クラインは言葉遣いこそは丁寧だが、不法投棄されたゴミを見る時と同じような瞳で俺を見据える。
「すみません。あまり覚えていなくて……」
「また行き倒れていたんですか」
俺が起き上がると、クラインは俺を睨みつける。
「ちゃんとしてください。非常勤とはいえ、一応貴方もこのヴィルシーナ冒険者学校の教師なんですから……」
「す、すみません……あはは」
道行く生徒たちに笑われながら俺はクラインの説教を受ける。
そんな中、赤髪の女生徒が俺を見つけて真っ先にとんできた。
「ダリア先生! おはようございます!」
クラインを押しのけるようにしてキラキラとした笑顔を見せる彼女はアルカ・カーディア。
宝石のような美しい赤髪が特徴的な美少女。
――そして魔法学"首席"の優秀な生徒である。
そんな彼女は、かいがいしく俺の服や頭の汚れを払って心配そうな瞳を向ける。
「また、行き倒れていたんですか? 全く、倒れるくらいなら寮の私の部屋に来るように言ったじゃないですか。先生なら喜んで泊めて差し上げますのに」
一発で目が覚める衝撃発言。
コーヒーは飲むよりもこぼした方が目が覚めるというが、俺は今顔面にぶちまけられたような気分だった。
俺は冷や汗をかきながらクラインに弁明する。
「違います、クライン先生。これは彼女が勝手に言っているだけで……俺は一度もそんなことは――」
「大丈夫ですよ、ダリア先生。アルカさんが風変わりな生徒だということは存じておりますので。……貴方と同じようにね」
「そんな、『お似合いの2人だ』なんて照れます……」
「誰も言ってないよね、そんなこと」
俺のツッコミなんか聞く耳を持たずにアルカは頬を両手で抑えてクネクネと身体を悶えさせている。
「そうだ! ダリア先生、実は魔法学で教えて欲しい所があるんです!」
アルカの言葉を聞いて、クラインは眉をひそめる。
「アルカさん、魔法学の専門は私ですよ? 非正規教師のダリア先生に貴方のような優秀な生徒の相手は荷が重いでしょう。私がお教えいたします」
「――いえ、私はダリア先生に教わりますので大丈夫です!」
アルカ、即答しないであげて。
ほら、クライン先生凄く不機嫌な表情してるから。
アルカの瞳は俺の顔から一切動かそうとしないから気がついていないだろうけど……。
「ク、クライン先生は大変お忙しい身ですから非常勤で手が空いている俺が彼女にお教えしますよ」
「……まぁ、良いでしょう。それではアルカさん、くれぐれも授業には遅れないように」
俺が何とか体裁の良い言い訳をすると、クラインは納得してくれた。
背を向けて校舎へと向かうクラインの背中にアルカはあっかんべをしてから俺に深々と頭を下げる。
「すみません、ダリア先生の方がアイツの百億倍お忙しいのに」
「アルカ、苦手だからと言ってあんなに露骨に邪険にしなくても……」
アルカは腕を組んで、ため息を吐く。
「だってあの教師、私を晒してクラスの笑い物にしてたんですよ? 『こんな落ちこぼれにならないように』だなんて言って」
「それは確かに酷い話だけど……でも、見返してやったろ? アルカは今や魔法学の首席生徒だ」
「それは、ダリア先生がそんな私に手を差し伸べて教え導いてくれたからです。先生が居なかったら今頃私は……」
「全部アルカの努力の賜物だよ。俺は少し手伝っただけ」
「まったく、先生は無自覚なんですね。私にとっては人生の恩人なのに」
アルカは俺の様子に少し呆れたような表情で俺のスーツのシワを伸ばし始める。
「そんな事よりも先生、こんな所に倒れるなんて、また寝ずに鍛錬されていたんですか?」
「研究に夢中になっちゃってね。研究書類は……良かった、カバンに入ってる。まぁ、別に盗られて困る物じゃないんだけど」
「少し、拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、アルカは勉強熱心だね」
俺がカバンの中から書類を手渡すと、アルカは熱心に読み始める。
「先生……コレって『合成魔法』の理論ですか!? 凄い、机上の空論だと言われているのに……。こんなの発表したら魔術協会がひっくり返りますよ!?」
「アルカはまだ学生だからそう感じるだけだよ。コレはあくまで俺の趣味……いや、未練かな」
「未練……ですか?」
「俺は落ちこぼれだからさ、今でもこそこそと無様に努力をし続けているんだ。だから、40歳になってもまだ非常勤教師なんてやってる」
「ご自身の研鑽の為ですよね。私は努力を怠らない先生のことが大好きですよ?」
簡単に「大好き」だとか言えてしまうアルカに少し危機感を覚える。
いつか勘違いした男に言い寄られないか心配だ。
まぁ、アルカは強いから返り討ちにできるだろうけど。
「ありがとう。でも、俺はいつもあと一歩のところで失敗するんだ」
「では、この素晴らしい研究も失敗なのですか……?」
「そうなんだ、理論を"一般化"出来てない。俺は『合成魔法』を使えるけど、これじゃあ他の冒険者たちは使えないんだ。冒険者じゃない俺なんかが使えたって意味がない」
「い、いえ! 先生が使えるのであれば十分ですよ!」
生徒に慰められながら、俺は何の役にも立たないアドバイスをする。
「落ちこぼれだった俺は冒険者になれなかった。でもアルカは優秀なんだから、俺みたいな情けない大人にならないようにね」
「な、何を言っているんですか! 先生は私にとって運命の――」
「ダリアせんせーい!」
アルカの話を遮る快活な声と共に、俺の目の前が暗闇に覆われた。
そのまま再び眠りにつきたくなるような柔らかい感触に顔面が包まれる。
「――先生から離れなさい、ルマイラ」
「おー、アルカもおはようっ! 何でそんなに怖い顔してるんだー?」
殺意を込められたようなアルカの声で、俺の視界が開ける。
目の前には黒髪の少女が元気な笑顔を見せていた。
彼女はルマイラ・コルセット、この学園の剣術における"首席"生徒である。
また俺の顔面に跳びついて抱きしめたのだろう、彼女の悪癖だ。
「二度と貴方のその醜悪な物体を先生に近づけないで」
ルマイラの豊満な胸を見て、額に青筋を浮かべるアルカ。
大丈夫、アルカも十分魅力的だよ。
「しゅ……あく? 難しいこと言ってないで、先生! 僕と手合わせお願い!」
ルマイラを俺から引き剥がしながら、アルカはため息を吐く。
「ダメよ、先生はお疲れなの」
「いや、別に構わないよ。まだ始業までは時間があるし、可愛い生徒の頼みだ。断れない」
「やったー! 早く早く!」
「もー! 先生は生徒に甘すぎます!」
ルマイラに手を引かれ、頬を膨らますアルカと一緒に歩く。
――そして、闘技場に着くとルマイラと共に木剣を握って向かい合った。
「じゃあ、先生! お願いします!」
「開始の合図はアルカにお願いするね」
「承知いたしました。では……始め!」
アルカが挙げた手を振り下ろすと、ルマイラは木剣を構えて俺に向かって疾走してきた。
「先生、いっくよー!」
ルマイラは自慢の脚を活かして疾走しながら剣を上から振り下ろす。
(まともに受けたら木剣が折れるな……学校の備品を壊して怒られたくない……!)
――カンッ
俺は剣先でルマイラの木剣を受け流しながら後退する。
「とりゃ! とりゃ! とりゃー!」
ルマイラは手を休めることなく打ち込み続けた。
「良いぞ、ルマイラ。ちゃんと斬り返しが難しい所に打ち込めてる」
「先生に教えてもらったからね! 僕が『守りが苦手だ』って言ったら、攻撃で相手の動きを封じる方法を教えてくれたんだ!」
相手の攻撃が始まるより先に、相手の仕掛けの初動を捉えて攻撃する。
『先の先』という攻防一体の技術だ。
教えたからといって簡単に習得できる技術ではないのだが、ルマイラは努力で見事にモノにしていた。
「だけど、このまま俺が受け流し続ければ先に動けなくなるのはルマイラだ。どうする?」
当然、打ち込んでいるルマイラの方が体力の消耗が激しい。
一方の俺は最小の動きで剣をいなしているだけだ。
体力の差はあれど、流石にルマイラの方が先に音を上げるだろう。
(さて、どうくる? 剣を持っていない左腕を使うか、あるいは脚を崩しにくるか……)
ルマイラは打ち込みながら俺との距離を詰める。
そして――
「とりゃ!」
木剣を斬り上げた瞬間、ルマイラはあろうことか俺の腹部に頭突きをしてきた。
(流石にそれは予想外――!)
俺は左手でルマイラの頭を受け止める。
すると、ルマイラは身体の中心を軸にして回転しながら木剣で俺の右肩を狙った。
「くっ……!」
俺は身体を逸らしてルマイラの木剣の切っ先を右肩に受けながら、木剣を背面で左手に持ち替えてルマイラの首に寸止めをした。
「――そこまで! 先生の勝ちです!」
アルカが俺の勝利を宣言すると、ルマイラはとび跳ねて喜んだ。
「やったぁ!」
「ルマイラ、私は『貴方の負けだ』って言ってるんだけど?」
「でも、先生から1本取れたんだもん! 先に右肩、当たってたよね!」
「剣先が肩に当たっただけじゃない」
俺は木剣を下げると、ルマイラに拍手を送る。
「いや、真剣だったら十分有効な一撃だ。ルマイラ、成長したね」
「えへへ! 先生のお陰だ!」
「真剣だったら、貴方は先生に首を落とされてたわ。少し先生に褒められたからって調子に乗らないことね」
「こら、アルカ。ちゃんとルマイラの努力を認めてあげて」
手合わせ中も、剣を振るうたびに揺れるルマイラの胸を親の仇のように睨みつけていたアルカに俺は注意する。
俺に叱られたアルカは慌てて謝りながら頭を下げた。
「それに、まさか斬り合いの最中に頭突きをしてくるとは予想外だった。虚を突かれたよ」
頭突きをするなんてリスクの塊のような行動だ。
頭はそもそも急所だし、何より視界が狭まってしまう。
しかし、だからこそ俺の頭の中の選択肢からは消えて、腕や脚ばかりに注意が向いていた俺の意表を突くことができた。
「先生が教えてくれただろ? 戦いは『頭を使え』って! だから、使ってみたんだ!」
満面の笑みでそんなことを言うルマイラに俺とアルカは絶句する。
「……ルマイラ、もしかして《《言葉通りの意味》》で頭を使ったの?」
「……? うん、だから頭使ったろ?」
「ア、アホ過ぎるわ貴方……本当に剣術首席なのかしら? それに、先生は貴方の頭が怪我をしないように左手で受けたのよ? 貴方の実力じゃ先生の足元にも――」
「ま、まぁまぁ! 結果オーライ! それに、ちゃんと俺が剣を握っている方の肩に当てたしね」
剣士にとって利き腕をやられることはそのまま戦闘不能を意味することもある。
ルマイラだって、ちゃんと考えているんだ。
隣で「先生、ルマイラの頭なんか守ってあげる価値もありませんでしたよ」みたいな顔をしているアルカにアピールして、ルマイラの名誉の回復を図る。
そんな心理戦など知るよしもないルマイラはケラケラと笑った。
「まぁ、先生は両利きだから意味ないけどなー!」
「俺の場合はそうだね」
「も、もしかしてそれも先生は努力で……?」
「努力ってほどじゃないけど……両利きになるメリットは沢山あるんだ。利き腕をやられても逆の腕で変わらぬ強さを発揮できるし。ペンも両手で持てるから執筆の速度が2倍になる、研究に役立つんだ」
「ペンを両手で持てても、普通は同時に書けないと思うのですが……」
「逆の手で同じくらい剣が振れるようになるのもおかしいよなっ!」
「2人もやればできるようになるよ」
俺がそう言っても、2人は困惑した表情で頬をかくだけだった。
そして、アルカは何やら鼻息を荒くして俺に期待するような瞳を向ける。
「さて、これでルマイラとの約束は終わりですね。先生、放課後こそは私と2人きりでしっぽりと魔法学を――」
「そうだ、アルカ。魔法学について教えるのはまた今度でも良い? 今日の夜は予定があって……」
俺がそう言うと、アルカは狼狽える。
「せ、先生にご予定が!? いつもお一人で研究や鍛錬しかしていないのにっ!?」
「た、ただの同窓会だよ、俺も一応このヴィルシーナ冒険者学校の卒業生だからさ。20年ぶりに同級生たちに会うんだ」
「同窓会……ってことは女性もいますよね?」
「まぁ、そりゃ居ると思うけど……アルカ? 何だか目が怖いよ?」
「先生、そんな集まりなんかに行く必要はありませんよ」
「……でも、俺みたいな学校の落ちこぼれも誘ってくれた気持ちは嬉しいんだ。せっかくだから、行ってみるよ」
「そ、そうですか……」
「そろそろ、始業時間だ。2人も遅れないようにね」
職員室は少し遠いので、俺は2人と別れて駆け足で校舎へと向かった。
「……ルマイラ。今日の同窓会、先生のあとをつけますよ」
「えぇ!? 良いのかそんなことして!」
「でしたら、私一人で行きます。ルマイラは良いんですね? 先生が他の女のモノになっても」
「や、やっぱり一緒に行く……!」
背後でそんな会話が繰り広げられていることなんて知らずに。
◇◇◇
「酒場、『リザード亭』……ここか」
仕事を終えた俺は同窓会の会場に到着した。
残業で少し遅れてしまったので、すでに始まっているらしい。
店の外まで大勢の豪快な笑い声が響いている。
「こんばんは、遅れてすまない」
俺が店の入り口を開くと、店内に居た同級生たちが俺に目を向けた。
そして、一斉にゲラゲラと笑い出す。
「おい、みんな! 来たぜ、俺たちの世代で唯一冒険者になれなかった落ちこぼれのダリアがよぉー!」
「ギャハハハ! マジで来たのかよー!」
「良く来れるな、普通なら惨め過ぎて来れねぇぜー?」
「学生の頃は散々イジメてやったっけなー」
そして、優秀な冒険者として名をはせている同級生たちから、落ちこぼれの俺は熱烈な歓迎を受けることになった……。




