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肥後の侍、江戸詰め候  作者: 水前寺鯉太郎


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【大団円】さようなら江戸、こんにちは熊本。私たちの新しい道。

投稿者:肥後の侍


 品川の宿。


 振り返れば、朝日に照らされた江戸の街が、遥か向こうに霞んで見える。


 私の隣には、旅装束に身を包んだお糸殿。そして、なぜか不貞腐れたような顔をしながらも、真新しい小袖を着た半次郎殿が立っていた。


 「……全く。侍、お前というやつは、どこまでお節介なんだ。俺のような、刀を捨てかけた浪人を、わざわざ肥後まで引っ張っていきおって。細川藩の飯が不味かったら、承知しねえからな」


 半次郎殿が、大きな荷物を担ぎ直しながら悪態をつく。


 私は、笑いを堪えきれなかった。


 家老の松田様に、お糸殿の件を許された直後。私はもう一度、お城へ駆け込んだのだ。


 『家老様! もう一人、我が藩に不可欠な男がおります! 剣術の腕は超一流、江戸の裏も表も知り尽くした、半次郎という浪人にござる! 彼を、我が藩の剣術指南、あるいは隠密の頭領として召し抱えていただきたい!』


 松田様は呆れ果てていたが、私の熱意(と、半次郎殿の腕前の噂)を認め、ついに特別に許可を下さったのだ。


 「さあ、半次郎さん。そんなに文句ばかり言わずに、これでも食べてくださいな」


 お糸殿が、道中のために握ってくれた「おにぎり」を差し出した。


 竹皮を開けると、ふっくらとしたおにぎりが三つ。中身は、江戸の塩鮭と、熊本の甘い梅干し。まさに、私たちの「これから」を象徴するような握り飯だ。


 三つの影が、東海道を西へと歩き出す。


 道中、おにぎりを頬張りながら、私たちはこれからの夢を語り合った。熊本の城下町に、江戸の粋と熊本の情が通い合う、新しい店を開こう。半次郎殿には、道場を開いてもらおう。


 ――そして。


 長い、長い旅路の果て。私たちはついに、我が故郷・熊本の土を踏んだ。


 お城の見える武家屋敷。


 そこには、真新しい白無垢を着たお糸殿の、この世で一番美しい姿があった。


 厳かな空気の中、私たちは三三九度の盃を交わす。


 江戸の辛口の酒ではなく、熊本の芳醇な赤酒あかざけが、盃を満たしている。


 「……綺麗でござるな、お糸殿」


 「はい。……旦那様」


 はにかむ彼女の手を、私は力強く握りしめた。


 振り返れば、長屋の仲間たちと食べた麦飯、あのキザな旗本との塩むすび、そしてお糸殿が焼いてくれた卵焼き。すべての「食」が、私をこの場所へと導いてくれた。


 熊本のみんな。私は今日、江戸の最高の土産話を携えて、帰ってまいりました。


 ……そして、私の人生の、本当の「美味しい物語」は、今ここから始まるのです。


【本日の出費】 〇文(祝言の、一生に一度の贅沢なり)。


【今日の一句】 春風や 江戸の土産と 愛を連れ


【今日のひとこと】 武士たるもの、美味い飯と、愛する友、そして妻を生涯守り抜くべし。……お糸、半次郎殿。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

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