エピローグ 誰にも懐かない飛び級天才幼女が、『女の子』になった時――
俺はどうやら、ひめに『お兄ちゃん』とは認識されていないらしい。
「陽平くんは、陽平くんです」
「まぁ、それはそうか……」
俺は、俺だということだろうか。
納得できるような、少しモヤモヤするような……?
そんなニュアンスを俺から感じたのかもしれない。
ひめは補足するように、もう一言付け足した。
「陽平くんは――男の子ですから。とても、素敵な男の子です」
……あ。
そういう、意味か。
その一言で、すべて理解した。
ひめが俺に対してどんな感情を抱いているのかも……すぐに、分かった。
同時に、俺が彼女の『お兄ちゃん』になれなかった理由も、把握した。
いや、なれなかったわけじゃない。ひめは俺が『お兄ちゃん』であることを、望まなかったのである。
最初からずっと、この子は俺のことを『素敵な男の子』だと見ていたのだろう。
年上とか、立場とか、能力とか、そういうことは関係なく……ただただ単純に、一人の異性として高く評価してくれていた、というわけだ。
(……本人は、自覚しているのか?)
あまりにも無邪気な返答に、なんだかこっちが動揺しそうになった。
だってその言葉は――まるで『告白』みたいだったから。
(い、いや。たぶん、無自覚だよな……?)
まだ、恋愛という意味はよく分かっていないように感じる。
でも、彼女が最初から俺のことをそうやって意識していたのだとしたら……今、手を繋いでいる行動の意味も、分かりやすいものだった。
たぶん、この子なりの愛情表現なのだろう。
それを拒むつもりはもちろんない。
むしろ、その気持ちは嬉しい。
でも、俺がこうやって気付かないふりをできるのは……もしかしたら、あまり長く持たないかもしれないと、少し緊張した。
近い未来にはもう、覚悟を決めないといけないかもしれない。
もう少し長く、ひめとこの穏やかな関係のまま過ごせると思っていたが……その時間は、想像していたよりも短い気がする。
何せ、子供の成長は早いのだから。
「えへへ。今日は肌寒かったのですが、陽平くんの手が温かいので、なんだかぽかぽかしてきました」
そう言いながら、顔を赤くするひめ。
愛らしい表情だった。無邪気で、純粋で……だからこそ、強く愛しいと思えるような、そんな笑顔である。
こんなに、分かりやすい言動で示してくれているのだ。
俺が、臆する必要はないか。
(――その時が来たら、覚悟を決めればいいだけだな)
そう決意すると同時に、緊張が一気に緩んだ。
握る手のぬくもりを感じつつ、俺も笑いかけて……ゆっくりと、学校に向かって歩みを進める。
この小さな幸せを、今はしっかりと噛みしめよう。
焦らず、ひめが子供でいてくれる内は、その愛らしさを目に焼き付けておこう。
きっとすぐに、彼女は大きくなる。
いつまでも子供扱いはできない。そのことは、もう覚悟が決まった。
いつか、その時が来たら。
ひめが子供から『女の子』に成長した時には、きっと。
俺から、思いを伝えよう。
そんなことを、強く思うのだった。
――これからも、誰にも懐かなかった飛び級天才幼女との日常は、しばらく続く。
少なくとも、あと数年……いや、もしかしたら一年か二年くらいだろうか。
とにかく、彼女が女の子として成長するまでは、甘えてもらって、たくさん甘やかしてあげよう。
いつものようにお菓子を食べさせてあげて、膝の上に座らせてあげて、だっこして……そうやって、俺なりにたくさん愛情を与えよう。
そして、その後はまた……飛び級天才幼女という括りを卒業した彼女――『星宮ひめ』という少女との物語が、始まるのかもしれない。
その物語を幸せにすることを、心の中で誓いつつ。
俺は、ひめと一緒に通学路を歩くのだった――。
【完】




