第二百六十話 愛情の重み
リレーの時のことを思い出す。
アンカーの門田と聖さんが競っている最中。ゴールラインまであとわずかという位置で、ひめが声援をあげた。
その瞬間、門田は加速したが……聖さんは、ほんの少しだけ減速した――気がする。
たぶん、そうだと思う。確証が未だに持てず、自信を持って明言できない理由は、その変化が本当に小さいものだったからである。
なんとなく、速度が緩んだと感じているが。
もしかしたら、そうではないかもしれない……それくらいのわずかな変化だったのだ。
だから、知りたかった。
あの場面での真意を。
「え? なんのこと?」
……その反応に、どう返答することが正解なのか。
もしかして、俺の思い違いか? 聖さんは、俺が何を言っているのか分からないと言わんばかりにキョトンとしている。この反応を見ていると、俺の方が間違えている気がしてきて、自信が持てない。
だから、言葉に詰まった。
何も言えないまま数秒ほどの時が流れる。もういいかげんに「ごめん。なんでもない」と言って、話題を流すべきか……と思ったところで、聖さんがイタズラっぽく笑った。
「うふふ。この調子なら、ごまかせそうだね~」
「……ごまかす、とは?」
「リレーの件。最後の場面、本当は一位になれそうな気がしていたけど、なんか急に力がふにゃっと抜けて負けちゃったことを、よーへーにバレずにすみそうだなって」
「全部言ってるから」
「はわわ~。つい言っちゃったよぉ」
と、わざとらしい反応を見せる聖さん。
天然ドジっこキャラを信じるには、さすがに付き合いが深すぎる。
「仕方ないなぁ。まったく、よーへーは鋭いくせに追及が弱いのがダメだね。もうちょっと強く迫ってくれてもいいのに」
それは、うん。その通りだ。
今、聖さんがその気になったら、しらを切られていたと思う。曖昧にされても俺は信じていただろう。
だが、聖さんはそうしなかった。
むしろ、彼女自身もあの時の心情を吐き出したかったのかもしれない。自分から、素直に教えてくれたのである。
「よーへーのお察しの通りだよ。わざと……のつもりはないけど、勝てたところで負けたのは事実――なのかな? ねぇ、あなたはどう思う? 良かったらコメント欄で教えてね?」
「そんな動画のエンドカードみたいなこと言われても……」
露骨なインプレッション稼ぎはやめてほしいところだが。
それはさておき。
変にとぼけている様子を見るあたり、聖さんも落ち着かないのかもしれない。
自分のやったことなのに、自分自身が一番混乱しているように見えた。
「私は、別に負けるつもりなんてなかったの……だって、手を抜く方がひめちゃんは怒るでしょ? ああ見えて私にはすごく対抗心があるから、手を抜かれたらきっとひめちゃんのプライドがズタズタになって夜は一緒に眠ってくれなくなりそう――うぅ、そんなこと考えたら寒気がしてきたっ」
シスコンめ。
まぁ、ひめのかわいさはよく分かるので、あんな妹がいたらシスコンになるのも当然だと思うが。
とにかく、彼女の本意はよく分かった。
「手を抜くつもりはないのに、体の力が勝手に抜けた――ということか」
「そうそう。ひめちゃんの応援が聞こえて、ふとそっちを見たらよーへーに抱っこされてて……その瞬間――走馬灯みたいに、ひめちゃんの幼少期から今までの人生が一気に頭の中で駆け巡ったの」
「え。なにそれ……怖い」
「うん。私も『あれ? ここで死んじゃうの?』って思った次の瞬間には、もう負けてた」
勝負はその一瞬で決着したらしい。
わざとではない。だが、力が抜けたことは事実。
だとするなら……俺の予想は、当たっていたということか。
「なるほど。聖さんがひめを愛するあまり、ついつい力が抜けちゃったってことだ」
「そんな感じなのかなぁ~。よく分からないけど、たぶんそうだと思う」
愛情の重みが、聖さんの重りとなったのかもしれない。
つまり、妹への愛情の大きさが敗北の理由みたいだ――。




