番外編:小鳥の娘も歌が好き
「れーもいく!いっしょ、いくのー!」
響き渡る幼子の声に、採取かごを背負ったサントスが困ったように眉をひそめた。
「今日は僕一人で森に入るから、レイラを連れていけないんだよ」
薬師を目指すものにとって、薬草を見分ける事も、自身で採取できることも大切な技能だった。
薬師見習として弟子入りしたばかりのサントスにとって、森に入り、薬草を採取するのも大切な勉強の場だった。
「や~! シャーにいといくの~」
しかし、師匠の身内にあたる幼児に駄々をこねられては、無下に振り払う事もできず、サントスは困惑して、救いを求めるように周囲を見渡した。
「連れて行ったらいいじゃないか。今日は森の奥まで行く予定はなかっただろう?」
ヒシッと足にしがみつかれて動けなくなっているサントスの窮状を見たババ様が、おかしそうに笑いながら声をかける。
それはまさに鶴の一声だった。
師匠にそう言われてしまえば、弟子のサントスが拒否することは難しい。
そもそも、サントス自身も笑顔で懐くレイラが可愛くてしょうがないのだ。
(見つけられなかったら、後でこっそりもう一回採取に行けばいいか)
こっそりと考えながら、サントスは足元にしがみつく幼児をヒョイと抱き上げた。
「らえりゅのはっぱ、ぎじゃぎじゃはっぱ。てんたいりゅーはちゅるちゅるはっぱ~」
調子っぱずれの歌を歌いながら、ご機嫌なレイラがてくてくと歩いていく。
その後を追いかけながら、サントスは耐え切れず噴き出した。
突然背後から上がった笑い声に、レイラがきょとんとした顔で振り返る。
「その歌、なんだい?」
「はっぱのうちゃ~」
いつの間にか手に持っていた葉っぱを見せながら、レイラが答える。
「ラーエルとテンタイルじゃないか!」
それは前回ババ様と採取に来た時に教わった薬草だった。
「すごいな、レイラ。そういえば、一緒に話を聞いてたけどちゃんと覚えていたんだ」
自分の横に並んで、ふんふんと真面目な顔で頷いていたのを思い出し、サントスは目を丸くした。
「れーしゅごい?」
「うん!レイラは賢いね」
頭を撫でられ、レイラがどや顔で胸を張る。
「ちゃちゃちゅはちくちくほしょながい~」
それから、手に持った葉っぱをぶんぶんと振り回して歩き出しながら、再びご機嫌に歌いだした。
「そっか。薬草の特徴を歌ってるんだ」
でたらめに歌っていると思っていた歌に耳を澄まして気がついたサントスは、ふと幼い頃の事を思い出した。
「あの人も、なんでも歌にしてたな」
弟子入りするよりずっとまえ。父親に連れられてババ様を訪ねた時、竈の前で鍋をクルクル混ぜながら、楽しそうに歌っていた姿。窓から刺した陽光に、金色の長い髪がキラキラと光っていた。
「……シチューの歌って言ってたっけ」
向けられたこちらの気持ちまで明るくなるような、不思議な魅力がある笑顔を浮かべる人で、気がつくとなんでも歌にしているから、みんなから小鳥さんと呼ばれていた。
なぜか耳に心地よいその歌を聞きたくて、幼いサントスは、今のレイラのように、後を追いかけていたものだ。
歌と踊りの名手で、みんなに愛されていたその少女は、レイラの母親だった。
「……まあ、レイラの歌はかなり調子っぱずれだけどね」
楽しそうな歌声は同じだけだけど、音はめちゃくちゃだ。
「まだ小さいし、こんなものかな?……ん?」
視線の先でレイラがなにか見つけたのかしゃがみ込み、手を伸ばそうとしたもののすでに両手がふさがっているため、どうしようかと困っている。
その様子が可愛くて、サントスは思わず吹き出しながらも、助けるために歩み寄った。
「おやおや。やっぱり眠っちまったんだね」
はしゃぎ疲れてぐずるレイラを、薬草と一緒に採取かごに放り込んで戻ってきたサントスに、ババ様が笑って籠の中を覗き込んだ。
小分けにされた薬草の束にうもれるように、レイラがすやすやと眠っていた。
「分かっているなら、止めてくださいよ。いくらレイラが小さくても、流石に山から背負って帰るのは重いです」
肩に食い込んだ採取かごの紐にため息をつきながら、サントスは眠っているレイラを起こさないようにそっと背中から籠を降ろした。
「なに言ってるんだい。旅を始めたら、運ぶ荷物はこんな重さじゃすまないんだから、これも訓練のうちさ」
クツクツと笑いながら、ババ様が薬草の束を籠から取り出していく。
「おや、残念ながらテンタイルの束は駄目になっちまったね」
眠っているレイラの腕にぎゅっと抱きしめられた束は、熱と圧力でしなびていた。
「あぁ……。よりによってテンタイルかぁ」
採取に適した時期にはまだ少し早いため、見つけるのが大変な薬草を駄目にされて、サントスはガックリと肩を落とした。
(今回はレイラがいつの間にか見つけていたからラッキーと思っていたのに)
一つの株から採れる量は限られているから、再び見つけ直し確定である。
「大事なものは避けておくことだ。一つ勉強になったね。レイラが寝ている間に、サッサともう一回行っておいで」
無情にもババ様にシッシッと手を振られ、サントスは肩を落としながらも再び森の中へと入っていくのだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
出版記念に戻ってまいりました。
気づいてくれる読者様、いらっしゃるでしょうか?
ちなみに、書籍化にあたりおまけで書いた短編のボツ原稿です。
千文字指定だったのに長くなり過ぎました。
箪笥の肥やしになる前に成仏させなければ(笑)
小さい子を書くの、大好きです。
舌足らずのお喋りって、聞いているだけでなんだか幸せな気持ちになりますよね。
そして、サントスの初恋はレイラの母親でした。
気持ちを告げるには幼すぎて、ただ側にいるだけで幸せな淡い思いでした。




