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13話 いつかの場所

「杏子さん! 林檎が帰って来ないってどういう事だよ!?」

『分かんないから渉くんに電話したのよぉ……!』

 涙混じりの杏子さんの声が電話越しに聞こえてくる。


 現在、夜の九時を回ったところ。

 部活に入っていない林檎は、いつも四時過ぎには帰宅する。どこかへ寄るにしても、杏子さんには連絡を欠かした事はないはずだ。

 それが何の音沙汰もなくこの時刻を迎えたらしい。

 さすがにおかしいと思い、俺が何か知っているんじゃないかと電話をかけてきたそうだけど……。


 ――俺は何も知らない。


 教室で見たのが最後だ。当然、俺にも連絡はない。


 林檎のやつ、どこで何してるんだよ……!

 事故や事件に巻き込まれたという不安が、グルグルと頭の中を駆け巡る。

 いや、考えてる場合じゃない。とにかく探しに行かなければ。

「取り敢えず林檎が行きそうな場所を探してくるから!」

『うん、お願い……』

 杏子さんの震える返事を最後に、通話を終える。


 念の為、林檎に電話をかけてみたけれど、応じてくれたのは留守番電話サービスの無機質な声。

 違う、俺が聞きたいのはそんな落ち着き払った大人の声じゃない。

 ちょっと意地っ張りな可愛いらしい声だ……!

 頼むから出てくれと願うも、滔々と流れるガイダンスが耳朶を打つ。

「くそ!」

 電話を諦めてズボンのポケットに捻じ込み、自室から玄関へと走った。

「姉さん、出掛けてくる!」

「えっ、こんな時間にどこへ――」

「林檎を探しに!」

 リビングから顔を出した姉さんが待つように言ってくるのも聞き入れず、外へ駆け出す。

 今は一秒すら惜しい。


 休みの日ぐらいしか使わない自転車を引っ張り出し、いつもより周囲をよく見ながら懸命に漕いだ。

 もうすっかり日が落ちて辺りは真っ暗。それでも街灯と自転車のライトを頼りに探し続ける。

「俺が林檎を突き放すような事をしたからか……?」

 答えなんて得られもしないのに、後悔の念から漏れる言葉。

 奢りだと思う反面、事実だったらどうしようという思いがせめぎ合う。

 不安と後悔と自責の念をごちゃ混ぜにしたまま、林檎がよく行く書店や雑貨屋、手当たり次第に何軒も回った。

 でも、どこにも林檎の姿はない。

「どこだよ……!」


 林檎に再度電話をかけてみても、さっきと何も変わらない反応が返ってくる。

 杏子さんから林檎が帰ってきたという報告もない。


 こんな事になるなら、もっと林檎を気に掛けるべきだった。

 愛梨ちゃんとの昼食は間違ったつもりはないけれど、その後まで急に距離を置くべきじゃなかったのだ。

 今更どうにもならないタラレバばかりが頭を占める。

 出来るものなら放課後からやり直したいとさえ思う。

「……、やり直す……?」

 もしかして――!


 一つの可能性を閃いた俺は、再び全力で自転車を漕いだ。

 行き先は自宅のすぐ近く。

 五歳の俺が林檎にフラれたと勘違いした公園だ。





「林檎! いるのか!?」

 十何年振りに訪れた小さな公園。

 ポツンと頼りない外灯に照らされた園内に人の姿はなく、ブランコやジャングルジムなどの遊具がただ静かに存在している。

 一見、誰もいないように見えるけれど、俺は構わず歩を進めた。


 向かうのは、てんとう虫の配色で塗装されたドーム状の遊具。

 斑点部分が空洞になっていて、そこから中へ入れる仕様になっている。子どもの頃は秘密基地みたいだったものだ。

 この遊具の中こそが、あの時の場所――。


 酸素不足と緊張でうるさい心臓を無視して、スマホの画面の明かりを頼りに薄暗い中を覗き込む。

 照らされた狭い遊具内で目についたのは、膝を抱えるように座り込んだ制服姿の女の子。

 目が合い動揺する彼女は、紛れもなく捜し求めていた人物。

 林檎だ。


「わ、たる……」

「何してるんだよ! みんな心配してるんだぞ!」

「っ、私の事は放っておくことにしたんでしょ! なら構わないで!」

「バカ! 俺だって、どれだけ心配してると思ってるんだ!」

 思わず林檎の肩を掴み背けられた顔をこっちに向かせれば、遊具の穴から差し込む弱い光でも分かるぐらい涙が浮かんでいた。

「林檎……」

「こんな事しても迷惑なことぐらい分かってるのよ! 頭では分かってても、どうしようもなかったの……!」

 ボロボロと泣きながら訴えてくる林檎。

 あの強気な林檎がこんなに涙を見せるなんて、そうそうある事じゃない。

 どれだけ一人で思い詰めたのだろう。


「……林檎がここに来たのって、」

「そうよ。あの一年が現れてから、ずっと後悔してた。渉はいつまでも隣にいてくれるものだと思ってたのが、私の勝手な思い込みに過ぎないんだって気付き始めてから、ずっと。だから渉が『俺のだ』って言ってくれた日、素直に嬉しいって伝えればよかったって、あの時間に戻ってやり直したいって……」

 そう思ったらここに足が向いていた、と消え入りそうな声で打ち明けてくる。


 叱られた小さな子どもみたいに泣き続ける林檎に、こっちの胸まで苦しくなった。

 でも、これだけはちゃんと言わなくちゃならない。

「林檎」

「……何よ」

「俺も急に距離を開けたりしてごめん。反省してる」

「渉……」

「だけど黙っていなくなるとか、命の危険を感じさせるような事だけはするな。頼むから……」

 俺に毒を吐いても殴ってもいい。

 だけど自分の身を危険に晒すのはやめて欲しい。もっと大事にしてくれ。


「…………、ごめん」

 切実な願いが林檎にも届いたのか、素直に謝罪の言葉を返される。

 家に帰ればきっと杏子さんからも同じことを言われるだろう。

 その時は一緒に謝ろうと思う。

 俺にも非はあるから。


「取り敢えず、杏子さんに連絡するよ」

「……うん」

 スマホを操作し通話ボタンを押そうとした瞬間。

 近くでキィィィと車が急停止する音と、車内から数人が降りてくるドア音がした。

「渉ちゃん!」

 次いで姉さんが俺を呼ぶ声。うん?

「姉さん!?」

 聞き間違えるはずもない声に驚き遊具の外へ飛び出せば、ドンッと走る衝撃。

 姉さんが飛びついてきたせいだ。


「心配させないでよぉ!」

「な、なんでここだって分かったの……?」

「渉くんのスマートフォンにGPS追跡アプリを入れているそうだ。位置が動かなくなったから、捜し人を見つけたのではないかとここへ」

「紛れもなくストーキング級のシスコン……佐藤さん!?」

 姉さんの代わりに応えてくれたのは、大学で会った別格イケメン――佐藤さんだった。


「待って。さらに意味不明……」

「渉先輩のお姉様が、お兄様に捜索の協力を仰がれたんです」

「愛梨ちゃんまで!? ていうか、お兄様!?」

 突然のオールスター勢揃いと衝撃の事実に、軽くパニックた。

 姉さんが佐藤さんに頼んだ? しかも愛梨ちゃんと兄妹……?

 いや色々と気にはなるが、まずはお礼を言うべきだろう。


「あの、捜すのを手伝ってくれて、ありがとうございました」

「礼には及ばない。義弟となる君の為だ」

 佐藤さんは今日も相変わらずだった。

「どさくさに紛れて何言ってるの? 渉ちゃんの為に使えるものは使っただけだから。人伝に聞いたあんたの連絡先も履歴ごと消去したし」

「穂香は手厳しいな……」

「呼び捨てを許可した覚えはないわよ」

 ……これは『ケンカップル』というやつなんだろうか。


 事態も忘れて思わず傍観している間にも近くで車が次々に停止する音がし、ゾロゾロと人が公園に入ってくる。

 みんな闇に紛れるような黒スーツの、厳ついおっさんばかりだ。

 は!? と思っている間に先頭を歩くおっさんが佐藤さんに近付き、一礼した。

「将利様。お探しの方はご無事で?」

「ああ。渉くん、怪我をしているようには見えないが、不調はないか?」

「ないです、けど……」

「よかった。そっちの後ろにいるきみは?」

 佐藤さんは何事かと遊具から顔を出した林檎にも視線を向ける。

「……私もないわ」

 異常な雰囲気に、さすがの林檎も怪訝な顔をしながらではあるが素直に答えた。

 噛み付く元気が残っていないのも、あるかもしれない。


「だそうだ。お前たちは下がっていいぞ。ご苦労」

「「「「はっ」」」」

 佐藤さんの一声で撤退を始める黒スーツ軍団。

 うん。まじで誰すか。

「あの者たちはうちの使用人です。人数が多い方が見つけやすいかと思ったのですが、渉先輩の方が早かったですね」

 ポカンと見送る俺に教えてくれたのは愛梨ちゃんだ。

 しかもまるで何でもないように言ってくるから驚く。

「使用人って……。す、凄いね」

 え、カタギの人だよね? ヤの付く稼業とかじゃないよね?


「そんな事より渉先輩が無事でよかったです……っ! 渉先輩まで行方不明になったら、どうしようかと思いました……」

 悲痛な面持ちで愛梨ちゃんがギュッと手を握ってくる。

 佐藤さん経由で事情を聞いたらしく、同じ様に心配を掛けてしまったらしい。

「ごめんね。林檎も無事だし大丈夫だよ」

「……はい」

 愛梨ちゃんは俺からそっと離れると、林檎の元へ向かって行く。

 何をするのかと思ったら、怒りの滲む強い口調でキッパリと告げた。


「林檎先輩が無事でよかったです。でも自ら起こした行動ですよね? 詳しい事情は知りませんが、こんな事して渉先輩の気を引くなんて最低です。見損ないました」

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