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「駅前の公園な。じゃあまた、後で」
電話を切り、携帯を閉じる。
あいつが無理を言うのは珍しかった。たぶん、マイが悲しそうな顔でもしたのだろう。
小さな子が俺に会いたいと思ってくれているのは、悪い気はしない。おそらく涼介も俺に会いたかったんだろう。ああ見えて、人並みに他人の気持ちも汲めるし、当然だが感情もあるやつなのだ。
「特別な友人だったのかい。和田君?」
「失礼しました、課長。以前お話したこともあると思いますが、国家一種に受かったのに断ってホストをやっている馬鹿で、今日会えないかと」
一緒に出張だった、四十代後半の上司だ。
「そうか、親友と言っていたね。では君は便をずらすといい」本当はあまり感心はできないが、と付け足して言う。
「申し訳ありません」
「まぁ、君なら良い。仕事も優秀であることだし、明るくよく気もつくが、いつもそうだと疲れもたまるだろう。旧交でも温めてきなさい」
その代わりまた付き合うように、と麻雀牌を取る仕草をしながら笑ってくれた。いい上司だった。
「ありがとうございます。喜んで」
「うむ。では、私は先に空港に向かおう」
「お疲れ様でした。課長」
直角近くまで、腰をまげる。
課長が見えなくなって初めて、頭を上げた。ようやく肩の力を抜く。
大学在学中に馴れ親しんだこの街を上司と歩くのは、変に緊張した。
多くの人がそうだろうが、今までの人生で一番楽しかったのは、ここで過ごした大学時代だった。そのため、少し気を抜くと社会人の自分が崩れそうになるわ、偶然会った友人の中には、明らかに上司といるのに引き留めてまで話しをしようとするやつもいるわで、本気で困った。
何人もいやがった。野球部や学科の同期に先輩後輩、ホスト仲間や当時の客、一回飲み会で飲んだだけのやつまでいた。
友人という分母が多ければ、その分アホも多くなってしまう。だが、みんなの誘いを断ったくせに、涼介だけと会うと知ったら怒るだろうか。まぁ、納得はしてくれるだろう。
一流企業に就職でき、二年目としては荷が勝ちすぎるようなものまで任され、充実している。人間関係も円満。友人も会社の内外にできたし、ここにはない遊びも知った。
中学、高校と頑張っていた野球部で学んだ上の人間との付き合い方も、大学時代の合コンやイベント、ホストで学んだ間合いの測り方も、役に立っている。
社会人生活は楽しい。それでも涼介とは、会えるならば会っておきたい。
改札に背を向けて、少し足早に駅の出口へ向かう。