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スカボローフェア

穴があったら入りたい。

思い出しては悶絶し、思い出しては何も無いところですっ転ぶ。

色々な意味で周りが私を心配するのは致し方無い事ではあるが、弱々しい顔を向ければ皆己の中で上手く解釈して優しく対応してくれるのは大変助かっていた。

今までの私の人生ナイス。







眩しい陽射しを受けながら、読んでいた文庫本に栞を挟む。ベンチから腰を上げ、下に敷いていたハンカチを畳んだ。

風がそよぐ。ふわりと舞う自身の髪を耳にかけた。


校舎の窓から誰かの溜息が聞こえる。

さすが西園寺さいおんじさんは違うよな。あの本見たかよ、ライ麦畑だぞ、お前絶対読まないだろ。今日も麗しい、高嶺の花ってファンタジーじゃないんだなってつくづく思うわ。ああ、足で一度踏まれてみたいよな。それはお前だけな。

ひそひそと私を讃える話し声を聞きながら生徒会室への道のりを行く。

虫も殺せないような顔の下で、盛大にほくそ笑んだ。


「遅れてしまってごめんなさい」


生徒会室の扉を開け放ち、中にいた数人の生徒に声をかけた。

一人の女子生徒が小動物のように駆け寄ってきた。


「西園寺先輩っ、言ってくれれば迎えに行きましたのに!荷物持ちます!自分のデスクまで歩けますか?」

「ふふふ、大丈夫よ星野ほしのさん。それに久しぶりに中庭で読書したくなってしまったの。お日様が気持ちよかったわ」


にこりと微笑めば、彼女はその小さな体を真っ赤に染めた。落ちた。


「だからと言って無理する事は無い。まだ本調子ではないだろう」


心配の色を乗せた低い声は生徒会副会長の峯岸進みねぎしすすむである。鋭い眼差しの中に気遣う気配がある。

剣道部主将である彼は大きな体で私の隣に並ぶと、壊れ物を扱うように私の体を支えて歩かせてくれた。

真面目に服を着せたような彼は、絶滅危惧種である日本の武士であった。


「大丈夫なのよ?」

「そう言ってこの前壁に頭を打ち付けていただろう」


それはムッツリスケベな私が邪な事を考えていたからである。


「その前も、体の一部が痛むのか腕をさすっていたのを見たぞ。気づいていないと思っていたのか」


思ってました!

それに勘違いでなければそれは、あらぬ事を思い出して羞恥に悶絶していた時だ。

私を包むドドメ色のオーラは見えていなかったみたいで安堵した。


「退院してまだ日は浅い。リハビリだって継続中の筈だ。生徒会の事に関しては我々で何とかする」

「本当に無理なんてしてないの。それに事故で一年留年してしまっても皆がまた私に生徒会長を望んでくれたでしょ?嬉しかったわ。だから私はそれに応えたい」


一番奥にある大ぶりのデスク。〝生徒会長〟の文字が私を待っていた。

椅子に腰掛ける私を生徒会メンバーが見つめている。


「さて、早速今年度の文化祭について上がっている議題の話し合いをしたいのだけれど。その前に一つ私から提案があるの」

「……提案、ですか?」


書記が不思議そうに首を傾げた。


「ええ、今年は姉妹校である北條東高校との合同文化祭を考えているわ」







盛大に愛の告白をした私に天使のお迎えが来る事はなかった。

ベッドに横たわる私を安心した面持ちで覗き込む医者と親族の様子に、一番に思ったのは「しまった!」であった。

体感時間でついさっき、私は雄大に今世の別れを踏まえた、それはもう熱烈な愛を一方的に放り投げてきたのだ。

羞恥で人は死ねるのだと知った。恥ずかしさのあまり涙を流せば、都合よく解釈した面々が泣いて喜んでいた。


事故から丸半年近く眠っていたらしい。このまま目覚めないかもしれないと医師に言われた直後だったようで、私が意識を取り戻した時の感動は一入であった。

足に大きな傷を負った。リハビリを続け、一見傍目には分からないまでに回復した時には再び高校二年生を送らなければならない事が決定していた。

制服姿を思い出して、足の傷がスカートで隠れる事にホッとした。


退院後は前にも増して周りは過保護になった。

学校への行き来は必ず車での送迎が義務付けられた。少し外へ出るのでさえ護衛が一人付き、私が外出の必要無しと判断されれば用事は他の者が行っていた。

これを窮屈と言わんとして何とする。

今まで積み上げてきた私の人生が邪魔をして、これらを甘んじて受けるしかなかった。

心の中で、雄大に会いたいーっ!と叫んでも、それは1ミリも外へ出せないでいた。


雄大との生活を経て知らない自分を沢山知った。

様々な感情を体感して、私は以前の私ではいられなくなっていた。

私にとっては今の私の方が楽で好きだったが、周りには受け入れ難いものである事は私自身がよく分かっていた。


テレビでお笑い番組を付ければ、事故の傷の気を紛らわす姿となって皆の目に映った。おいたわしい、と涙を流された。

大声で笑えば使用人にビクリと震えられた。彼女は疲れて幻覚が見えるのだと言ってしばらく休暇を取る事となった。

朝食を囲む席で一世一代のギャグをかましてみた。そのまま病院送りになりそうだったので慌てて「……というのをこの間耳に挟んだのですが、これはどういう意味なのかしら?」と惚けてみたが、お堅い我が家では特に面白い解答は得られなかった。


そんなこんなで、学校生活が始まっても私は〝西園寺家の文武両道眉目秀麗なご令嬢〟として無駄にキラキラさせながら生活しなければならなかった。

今までの自分、本当に頑張ってたよ。感服だよ。


そんな日々の中、私が目まぐるしく考え込んでいたのは〝どうやったら雄大に会えるのか〟であった。

そしてとうとう、遺伝子のお陰でそれなりに優秀な私の頭脳は一つの計画を企てたのである。







「西園寺、体が辛くなったらすぐに言ってくれ」

「これでも引き際は分かっているつもりです。すすむは私に過保護すぎるわ。あなたはもう少し肩の力を抜いた方がいい気がする」


心配気な顔に同じく心配そうな顔で返してやった。心当たりがあり過ぎるようで、彼は言葉に詰まっているようであった。

若ハゲにならなきゃいいけど。


私たちは北條東高校へと下見の為に来ていた。

現状から分かるように、私は合同文化祭という提案の実現を勝ち取ったのである。


姉妹校と言えども、教育方針が違う我が白鷺学園と北條東高校は今まであまり干渉する事は無かった。白鷺学園は言わば名前がブランドの金持ち進学校であり、北條東高校はスポーツ推薦者が多く集まる武芸に突出した部活動の強豪校であった。

触れ合う事でお互いの足りない部分を刺激してくれるだとか、交流が今後の切磋琢磨に繋がるだとか、何かそれっぽいことをごちゃごちゃ言っていたらすんなり……とも言えないけれど、結果的にGOサインが出たのである。


それもこれも、愛しの雄大が通う学校がこの北條東高校であるからだ。

合同文化祭の名の下、無理なく自然に再会を果たそう計画である。んでもって、雄大と夢に見た青春ラブコメを満喫してやるのだ。

北なのか東なのかどっちなんだよ!と胸の内叫びながら、今は全神経のベクトルが向かう先である雄大の姿を横目でチラチラ探した。


「少し職員室へ行ってくる。校舎を案内してくれるそうだから、西園寺はここで待っていてくれ」

「ええ、ありがとう」


職員室へと消える姿を、少し離れた下駄箱の近くで見送った。

ちょうど朝のホームルームが終わった時間と重なったようで、自校の制服と違う制服姿の私を生徒たちが興味深気に見ていた。


「うわっ!白鷺の女の子がいると思ったら、めっちゃ可愛いじゃん!」


容姿を褒められる事は日常茶飯事であったが、こんなに明け透けなのは珍しい。

声の方を振り返れば、何ともチャラッとした体操服姿の男子生徒が此方を指差していた。その指にチョップをお見舞いしてもいいのだろうか。


「すっげー!睫毛ばっさばさ。よく見たら可愛いっていうより美人だね!こんにちはお嬢さん、迷子なの?」


んなわけあるか!このチャラ男!

ニコニコ軽薄そうに笑う男に、私は緩やかに微笑んだ。


「こんにちは、ヒヨコとりあたまさん。とても元気が宜しいのね」

「ヒヨコ?俺は木野智明きのともあき。みんなトモって呼ぶよ。お嬢さんは?」


ちょっとちょっとこの人、ほんとに鳥頭なんじゃなかろーかと逆に心配になる。

顔はイケメンなのに他は残念なタイプだ。まあ雄大の方がスーパーウルトラかっこいいけど。


「おいトモっ!お前何て人に気軽に声かけてんだよ!」


数人の男子生徒が様子に気づき、慌ててナンパ男をたしなめている。


「はあ?何だよ白鷺の美人さんだろー?」

「ばばばばばかトモ!この考え無し!」

「あんぽんたん!このすっとこどっこい!」

「だから万年補修組なんだよ!頭の中でお花畑手入れしてる暇あったらちょっとは周り見つめ直せ!」

「この方はなあ、あの白鷺学園の生徒会長・高嶺の花西園寺さんだぞ!」


罵りが全体の7割は占めていた気がする。

友人たちの中でどんな位置付けなの、この人。


「へー、高嶺の花かあ。確かにこんな美人じゃあ納得だわ」

「そこじゃないこのアホあき!」


まるで漫才を見ているようだ。

私が笑みを深くさせれば、彼らは顔を赤くさせたり青くさせたり大忙しである。


「おっ、あいつ今日は来てたんだ。おおーい!ゆうだーい!」


私の耳はその名を拾って、こうなっちゃいました!とデカくなった。

彼の友人たちといえば、顔面蒼白で私の後方を凝視した。


「ばかー!ほんとばかばかばかー!」

「いま、この、タイミングだよ!ねえ、このタイミングだよ?!」

「よりにもよってうちの問題児呼ぶー?!狂犬呼ぶー?!」


ぎゃーぎゃーと騒がしくチャラ男を罵る声をバックミュージックに、ドキドキうるさい胸を押さえながらゆっくりと振り返った。

相変わらずだらしのない制服姿。ズボンに手を突っ込み、よく見知った不機嫌な顔の彼が職員室から出てきた所であった。


「ちょっと無視すんなー!雄大雄大ゆうだーいっ!」

「ほほほほんとにやめて……アホ明様……」


もう、罵っているのか、懇願しているのか。涙目の男子生徒たちは一歩二歩と後ずさった。

そして、ビクリと体を震わせる。

殺人犯も真っ青な雄大の鋭利な視線がこちらをロックオンしたからである。


「お、雄大、ようやく聞こえたか!難聴になるには早いんじゃないか?」


少し遠目でも、彼の機嫌が底辺まで急降下しているのが分かる。

私でもあれはまずいと思うよ。一緒に逃げちゃおうかな。というか、殺人ビームを見て私のテンションも驚くほどただ下がりだよ。


「…………てめえ……ぶっ殺されてえのか」

「ちょっと雄大怖いよ!最近の雄大人一人殺してそうに怖いけど、今は視線だけで俺の息も絶え絶えだよ!」


ゆうらり、雄大がこちらに近づく。

激しく温度差のある2人の距離が縮まる中、私は何とも言えない気持ちになった。


「そんな雄大にほら、かわい子ちゃんだよ!オスとして生まれた定め、綺麗で可愛くて小っちゃい女の子は癒し……オアシスだよね!彼女で元気出してよ!」


こいつ、殴る。

鼻の両穴に練りからし突っ込んでグリグリしてやりたい。

令嬢然としたフェイスの下は小学生並みの罵りをチャラ男へとお見舞いしていた。


ふと、雄大の視線が私へと移る。

凶悪な顔は徐々に驚愕へ。見開いた目は理解し難いものを映しているようだった。


「……お、まえ」


絞り出すように吐き出された彼の言葉。

今まで何度も何度も、再会した時のシュミレーションを繰り返した。でもそんなものは実際何の役にも立たなかった。

その瞳に私が映っただけで、言葉にならないくらいの喜びが私を支配するのだ。


「雄大」


名前を呼べば、彼らしくもなく言葉を詰まらせている。

雄大は早急に私との距離を縮め、痛いほどに腕を掴んだ。


「……お前は……っ!」


どうしよう、学業を重んじる場で彼に抱きついてもいいですか!誰か教えて!


「ちょっとちょっと!雄大流石にそれは……」

「おい!何をしている!」


何か喋るチャラ男を無視し、場を貫いたのは進の声であった。早足でこちらへ近づくと、私の肩をグィッと自身の方へ引き寄せた。

あ、これ勘違いしてるパターンだわ。


「女性に言い寄るとは何事だ。節度も知らないのか」

「ちょっと、進、止めなさい」

「西園寺、一人にして悪かった。後ろに下がっていろ」

「いや、話を聞いて」

「君、名前を言いなさい。彼女に何をするつもりだった」


いくら雄大が極悪人顔だからってそりゃないよあんまりだよ!な状況である。

ほら見ろ、また般若が生まれつつあるよ。これでもビビってるんですよ、こちとら。

雄大の手から無理矢理離された私と、この場を生み出した元凶である進を、それはもう射殺さんばかりに見る雄大に私は内心滝のような冷汗を流している。


「……てめえこそ誰だ。いきなりしゃしゃり出てきて何好き勝手ぬかしてやがる」

「俺は峯岸と言う。白鷺学園の生徒会副会長をしている。彼女……西園寺生徒会長に何の用だ」


雄大に向けて、誰にも気づかれないくらい小さくヒラヒラと手を振った。

私の様子に気づいた彼は目を細める。


「それは俺の女だ」


場が静寂に包まれる。

ちょっと待って、耳の穴をかっぽじるからもう一度お願い致します。


「何と言った……?」


進が私の胸の内を代弁した。


「五月蝿え!何度も言わすな!それは俺の女だ!」


ななななななんとー!

ちょっと聞きました?!聞きました皆さん?!

私を足蹴にし、さんざ煩いと罵声を浴びせ、虫けらのように扱っていた私を、雄大は……!

ゴーンゴーン、と何処からともなく教会のベルが鳴り響く。

雄大の女とはここにいる私の事ですよー!


「何を、」


何を戯言を、と言いたげな進は私の様子に気づき言葉を失った。

はらりはらり、溢れた感情が涙となって頬を伝った。


「雄大、嬉しい……」


グズグズする涙顔を赤らめて言えば、雄大は盛大に羞恥に染まっていった。

何それ可愛い。







そんなこんなで私の中で大成功を収めた文化祭計画は、白鷺学園と北條東高校へと爆弾が投下された一部の人間には忘れられない出来事となる。

相変わらず私は模範的な優等生を演じているが、大好きな雄大の前では思うままであり続けた。

そこに彼からのゲンコツや罵声は度々ある訳であるが、幽霊の時のようにすり抜けず触れられる体温は偶に私を涙もろくさせた。

そんな時は決まって、慣れない優しさを総動員させて彼は私を包んでくれるのだ。


不器用で、がさつで、怒りっぽくて、でも優しくて強い眼差しを持つ彼は、うっかり幽霊になっても思わず会いに行ってしまうくらい大好きな人なのである。










これにて完結となります。

当初、雄大視点もありましたがひたすら暗い話になってしまったので投稿を断念しました。

また、最後は駆け足のように感じますがあくまでもその後の話を一話で簡潔にまとめたかった為この様な形となりました。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

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