みにくい竜の子、孤独な子。
お久しぶりです。すみません。
バルはどうやら出張にいったらしい。ということが分かったのは、バルが振り返り振り返りお仕事へ行った次の日のことだった。昨日の夜、いつものようにうつらうつらとバルの帰りを待つわたしにデリウィルさんがなにやら微笑ましいような、痛ましいような、なんともいえない顔をしていて、朝いつもなら起こしに来てくれるはずのバルが来ないことに首を傾げながらもきゅもきゅクロワッサンを食べるわたしにメイドさんたちがなにやらいつも以上に話しかけてくれて、ようやく察した。どうやら「しゅっちょう」は出張のことだったらしい。
昨日、バルは出かける前にいつもの美しい顔をキッと真面目にして「今日から出張で屋敷をあけます」と告げたのだ。今日、おうち、あとはなんだって?とわたしの乏しい言語力ではなにやら分からなかったんだけど、あんまりバルが真面目な顔をするからわたしも真面目な顔でうむと頷くしかなかった。だって、だって、なんだって?って聞き返せる雰囲気じゃなかったんだもん!あんな綺麗な顔がキュッと真面目な顔をしてるとなんだか申し訳なくなっちゃって!
うむとまじめくさって頷いたわたしに、「困ったことがあったらデリウィルに言いなさい」「ヴィズーガが来ても相手にする必要はありません」「すぐに帰ってきますからね。大丈夫ですよ」となにやらたくさん話しかけてくるのもなにやら半分も分からなかったんだけど、バルがあまりに真剣な顔で、しかも大丈夫大丈夫と頭を撫でながら続けるので、「あい!だいじょうぶ!」といつもと同じよい子のお返事をするしかなかった。バルはそのお返事にきゅうと眉を寄せて、もう2度と会えないのではというくらいのハグをかまし、トドメとばかりに頰を撫でられ、なんだか今日はやけに大袈裟だなあとのほほんと見送ったんだけど、なるほど出張だったのか。
「大丈夫ですよ、リーシャ様。旦那様は明後日の遅くならないうちにお帰りになられますからね」
食後の紅茶をふーふーしながら飲みながら、空席のバルの席を眺めるわたしにデリウィルさんがそっと声をかけてくれる。
昨日から何度も大丈夫、大丈夫といろんな人が声をかけてくれるのはなんなのだ?そりゃあ、たしかに非力だし、言葉もわからないし、ちんちくりんだけど、バルがちょっとの間いないくらい全然平気だぞ!うちは両親とも働いていて、しかもひとりっ子だったから、お留守番も慣れっこだ。そもそもお屋敷にはデリウィルさんもメイドさんもいるのだから、お留守番なのかどうかも怪しい。
「バル、いつ?」
それはそうとバルはいつ帰ってくるって言っていたっけ?と尋ねると、質問の意味を正確に理解してくれたデリウィルさんが「明後日にはお戻りです」と答えてくれる。あさって。あさってとはいつのことだ。はて、と首を傾げたわたしに「あと2回寝たらお戻りですよ」と分かりやすいよう言い換えてくれる。そうか、と頷くとええ、と頷きが返される。
2日後ということは短い出張だということだ。お父さんは忙しい人だったから、1ヶ月くらい家をあけることもあった。この世界の交通網がどうなってるのかさっぱり分からないけど、3泊で帰ってくるってことはどこか近場へ出張なのかもしれない。
しかし出張もあるのかバルの職場は。一体どんなお仕事をしているんだろう。ここの職業がどんなものか分からないけど営業職とか?エンジニアとか?公務員的なお役所勤め?なんにせよ、あんな美形が同じ職場って部下も上司も大変そうだなあ。ていうか、バルが働いてるところ見てみたいなあ。目の保養だろうなあ。可愛いおねーさんとのめくるめくオフィスラブとかないのかなあ。
バルのめくるめくオフィスラブに思いを馳せながら冷めた紅茶をごくごく飲み干したわたしのティーカップを片付けて、デリウィルさんが穏やかに微笑んだ。
「リーシャ様、本日はどういたしますか?」
「ほんじつ?」
「ええ。午前中はいつものようにフェリが来ます。午後はどうしましょうか。本日は気持ちのいい天気ですからお庭へ出るのもよいかもしれませんね」
おにわ、すなわちお庭である。このお屋敷のお庭は見たことのない花がそりゃもうたくさん咲いていて、むちゃくちゃ素敵なのだ。お姫さま気分だった味わえちゃう。お花に囲まれてきゃっきゃうふふなんて、向こうにいたときにはやったこともないけれど、絵本を読む以外なんにもできないわたしにはそれくらいしかすることがないとも言える。
「あい。おにわ、いくする」
今日もお庭でメイドさんにお花の名前を聞くしかなかろう、と本日の予定を決めて頷いた。
置いていかれたわけではないんだよ、とみんなの心配をよそにマイペースな主人公。




