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みにくい竜の子を心配する男とその部下。

新章ってほどのものでもありませんが、新章開始です。






「ヴァルネルさん、お時間です」


「今行きます」



 部下である鼠のウェストンの声にヴァルネルは短く返事を返す。行きたくはないが仕方がない。これも早くリーシャの元へ帰るため、と心持早足で扉の外で待つであろう部下の元へ向かった。


 ヴァルネルは現在、自宅のある王都を遠く離れ、国で一番金が動くと言われる商業の町、オーハンに来ていた。なにも来たくて来たわけではなく、逆らえぬ上司命令――つまりは出張である。


 ヴァルネルは、世界でもそれなりに高い位にいる竜人の中でも更に身分の高い、爵号を持つ家の次男坊だ。しかし彼が学院を出て、就職先に選んだのは都庁であった。

 王都を管理する役所であるからエリートではあるが、誰もがその優秀な頭と爵号から城仕えすると思っていた。しかし、本人は家は兄が継ぐのだからとこともなげに都庁を就職先へ選んだ。


 美貌の竜人が国の管理下にある一役所に就職すると聞いて慌てたのは周囲だった。ほとんど放任主義な実家はともかく、学院の教師や同級生までもが考え直せとヴァルネルを諭したが竜人としては少し変わったところを持つヴァルネルは耳を貸さなかった。家柄重視の城で仕えるより、都庁で自分の力を試したい。変わり者の竜人はそんな理由で今の職場に新人として就職し、一時都庁を混乱に陥れたりもした。


 今回の出張はリーシャを拾う一月も前から決まっていたことで、ヴァルネルに任されたのは治安に関する会議に王都代表として参加するということだった。本来なら王都で行われる会議なのだが、他国との貿易も盛んなこの町の視察の意味も込めて、今回は出張と言う形がとられたのだ。



「……ヴァルネルさん、機嫌悪いっすか」



 優秀すぎる竜人の元につけられた憐れな部下であるウェストンは最初のうちこそびくびくしていたものの、この崩れぬ美貌に慣れてきたらしい。どうやらいらいらしているらしい上司を見上げ、白に近い薄青の瞳を瞬かせた。


 今回の出張に仕事を覚えるため、という名目で連れてこられた入社6か月のこの青年は鼠というだけあってリーシャよりほんの少し大きい程度の、この世界では小さな種族だ。必然的に見上げることになる長身の上司にもようやく慣れ、初めての会議に少しそわそわしていたのだが、上司の不機嫌にそれも吹っ飛んだ。


 俺、なにかしたっけか。


 自分の行動を見返してみるが、特に何もしていない、はずだ。いや、もしかすると何もしていない、というのが問題だったのか。いやしかし、まだ宿に着いたばかり、必要以上に丁寧な対応を嫌う上司に一体何をすればよかったのだ。


 自分の胸辺りくらいまでしかない小さな部下がキョロキョロと視線を彷徨わせるのを見下ろしながら、ヴァルネルはいいえと首を振る。



「悪くないですよ。少しイライラはしていますが」


「……あー、そうっすか」



 それを機嫌が悪いと言うんじゃ、というツッコミを賢明な部下は飲み込む。余計なことは言わないに限る。それは同じ課で、ヴァルネルを補佐する立場にあるヴィズーガを見て学んだことだ。


 2人の正反対な上司を持ち、同じ課の部下たちは胃をキリキリさせているが、それは他でもない少し遠慮だとか配慮だとかそういう言葉が足りないヴィズーガといろいろと容赦のないヴァルネルの応酬のせいだ。2人の下に配属された部下たちは仕事を覚えるより先にヴァルネルを怒らせてはいけないことを学んだ。あの美貌が凍てつく笑みを浮かべるのはとにかく恐ろしい。


ウェストンはちらりと隣を歩く上司の様子を伺う。ウェストンもほかの同僚と同じく、仕事よりも先に上司を怒らせてはいけないことを学んだ。直属の部下だから、他よりも早くそれを悟り、他よりも多くその怒りを目の当たりにしている。しかし、今の上司は怒っているというより、まさしくいらいらしているといった様子で美しい眉は寄せられているが、いつものように冷気を発して周りを威嚇している訳ではない。


 どうやら機嫌が悪いことには悪いが、この様子を見る限り自分のせいではないらしい。少しほっとするが、この町に来て未だ数時間。会議も始まっていないというのに、一体何がこの完璧超人な上司をいらだたせているのか。


 考えてみれば、来る途中の馬車の中でもなにやら機嫌が悪そうだった。3泊4日を予定する今回の出張は今までのものに比べれば決して長いものではないし、何か問題が起きたわけでもない。やけにニヤニヤしたヴィズーガが見送りにきていたが、そのせいだろうか。たしかに冷血人間と噂される上司だが(それもいい!という女子社員の言葉はよくわからないが)意味もなくイラつくことがないことは知っている。



「あ、今日の会議は夕方までっすよね。終わったら、買い物してもいいっすか」


「買い物?」


「はい。あねき、……あー、姉にお土産頼まれちゃって。ヴァルネルさん、知ってます?最近このあたりで有名なお菓子があるらしいんすよ」


「……おみやげ」



 ぽつりとつぶやき何やら考えはじめた上司に、びくりと肩をすくめる。やはりお土産だなんてふざけていただろうか。仕事人間と揶揄される上司にしてみれば、仕事できた先でおみやげを買うというのは許し難いことかもしれない。



「いいですね。行きましょう」


「え、あ、はい?」



 やはり姉には買えなかったと報告しようかと殴られる覚悟を決めたウェストンは、予想とは違う反応に目を白黒させた。


 この恐ろしいほどの美貌の持ち主は何を言ったのだ。行く?え、一緒にお菓子を買いに行くと言っているのか。


 甘いお菓子とどうやっても結びつかない上司は、しかしなにやらずいぶん上機嫌に頷いている。……どうしよう、この人不機嫌のあまりおかしくなってしまったのだろうか。



「そのお菓子とやらが売っているお店は知っているのですか?」


「ええ、あ、はい。知ってますけど……」


「そうと決まれば、とっとと会議を終わらせましょう。どうせあのボンクラどもは渋るだけ渋って最後には承諾するんです。できるだけ無駄を省くとしましょう」


「はあ」



 何やら、一緒に買い物に行くことまで決定し。


 先ほどまでとは一転やけにやる気に満ち溢れた上司を、鼠特有の丸い瞳でウェストンはきょとんと見上げた。








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