5-4 遭遇回避
オレアリアと仲直りをしたレジアーネが面倒くさそうな不満声で尋ねてくる。
「で、どーすんの。街もどってまたまた作戦会議?」
「ここは俺たちで切り抜ける。それくらいできなきゃ、ALSを預けられた意味がない」
皆がバックアップをしてくれるのは、道を切り拓く力が俺たちには備わってると思ってくれているからだ。
対抗できる力を与えられながら引き返すようでは、力のなさを見せつけることになる。単に信頼の喪失という結果にとどまらない。ベルは俺に希望を背負えと言ったが、ただ生き残るだけじゃなく不可能を可能に変えていく力の象徴として生きろという意味なのだと思う。
それは皆を欺くロールプレイであり、絶対に剥がれてはいけない仮面でもある。
もしも、その仮面が剥がれ落ちたとき、人々の心の奥にしまわれていた出口のない凶暴な怒りが目を覚ますに違いない。
自力でクリアすることのできない憤り、脱出の望みを粉砕された悲嘆、それらの何の解決にもならない、理性の欠片もない鬱屈した感情が荒れ狂い、それでもなお希望を託そうとする者もきっと出てくる。
俺は顔を上げ、立ちふさがる岩の樹海を見つめた。この場を切り抜けるヒントはすでに掴んでいる。
β版と比べてあまりに強さが変わっていたため、誤魔化されていたが、変わったのは能力だけでMobの行動半径や出現エリアはほとんど変化してないことに気づいたのだ。
「やり方を変える。このエリアはいくつもの抜け道が組み合わさって、数え切れないほどのルートが存在する。おそらく、そのなかにはMobと遭遇しない正解ルートがあるはずだ」
「どうしてわかるんですか?」
今度はアヤカが尋ねる。彼女はβテスト経験者ではない。だから知らないのだろう。
「たぶん、ここも迷宮トラップエリアの一つなんだ」
SOのフィールド上に存在する一部の迷路系エリアには、抜け道のようにエンカウントの発生しないルートが意図的に仕組まれている。
救済措置ではない。正解のルートからわずかでも外れると、一気に敵が強くなり、その数も増えてたちまちPTが全滅するというトラップエリアだ。
むろん、増援が来ても問題なく倒せるくらいレベルを上げて挑めばルートを探さなくても最短距離でクリアが可能だ。
事実、βテストのときはほとんどのプレイヤーがその方法を選択した。序盤で無駄なルート探索に時間を費やすよりはレベル上げをして先に進んだほうが効率がいいと判断したのだ。
だが、ここへ来てその意味合いは変わってきた。正しいルートを見つけ出すことが生死を分ける。
「私も知ってる。最初にそれを発見したのは、ミナツというプレイヤーだ。そうだ、思い出した。βテストで知り合ったとき、彼女の仲間の一人と話したことがあるんだ。あるエリアの攻略中にミナツのPTが決壊して、たった一人残された彼女は偶然にも一度もエンカウントせずに生還したらしい」
ただし、遭遇率ゼロのルートは初見で見抜けるようなものではない。いくつものPTが互いに情報を交換しつつ、何十回、何百回と挑んでようやく見つけ出せるものだ。それは人間の手でゲームが作られていた頃の遊び心の名残だ。
簡単に見破られようものなら、ダンジョンの緊張感を削ぐし、そもそもアローンが舞台を操っている今もルートが残されている保証はない。
だが、プログラムはその宿命上、全く規則性が無く予測がつかない数字の並びというものを仮想することはできない。
ルートを見つけ出すには、隠された規則性を暴くことが鍵となる。ただし、命がけだ。
妖精視を持つルカは法則を見破れるが、それも完全無欠の能力ではない。初めのうちはパターンの炙り出しを行う必要があるため、必ず戦闘を行う必要がある。切り札である彼女をこんなところで危険に晒すわけにはいかなかった。俺がゲームマスターなら難易度の高いパズルはラストステージまでとっておく。ルカの出番があるとしたらその時だ。
敵からアビリティを盗めるようになって、今は対等に戦えているが、これから先はMobの強さも跳ね上がるだろうし、ダンジョンも複雑になっていく。まして、ルートを探り出せたとしても、その先に待ち受けているBOSSを回避することは出来ない。それでもこのゲームがクリアの可能性を残しているということは、疑いたくない。
「まるで知能テストみたいじゃないか?」
オレアリアが楽しげに言う。リラックスすることで思考の柔軟性を高めているのかもしれない。
独創的な思考能力は俺たちのたった一つのアドバンテージだ。
「作戦は決まったな。手がかりを発見したら教えてくれ」
俺たちはHPを回復させて準備を整えると、岩林エリアへのリトライを開始した。
ルカの妖精視も目に見えているものは俺たちと同じはずだ。
いくつも立ち並ぶ尖塔のような奇岩に目を凝らす。常人なら見落としてしまう情報でも、ルカは全て認識している。俺たちがパターンを見破れないのは認識能力に差があるからだ。感覚を研ぎ澄まし、認識の感度を上げればきっとなにか見つかる。
加速アビリティを利用すれば、周囲の光景がスローになり、蜂の動きさえも目で追って観察できる。むしろ俺たちにとっては、力押しの戦いではなく、こういう使い方のほうが適しているのだろう。
風のそよぎ、微かな匂い、淡い陽射し、光の反射によってたった一つの雲でさえ何色もの色で塗り分けられている。それらは全て自動プログラムによってデザインされたすべてがパターンを読み解くヒントになる。
音が聞こえた。蜂の羽音だ。俺たちは即座に足を止める。
蜂は視界の範囲外でポップし、石柱を反時計回りに迂回してやってきた。
キラービーが強さを発揮するのは群体でいるときだ。単独行動に見えても、その陰には仲間が潜んでいる。
最初にエンカウントするキラービーはプレイヤーを待ち伏せ地点へ誘導する囮だ。逆に考えれば、敵の出現位置の手がかりにもなっている。前回は囮に気を取られている間に囲まれた。たぶん、俺たちの周りには包囲網ができつつあるんだろう。とっさに石柱の配置を記憶し、蜂が追ってこないところまで後退する。
「規則性・・・柱の数・・・、いや、違う。群れをコントロールするなにか、信号?」
「レオン、わかりそうか?」
「まだだ。まだ、わからないが、鍵になっているのは『音』かもしれないと思ってる」
注意して聞いていないとわからないぐらいの違いだが、蜂の奏でる羽音は時折、変調する瞬間があるように思える。
「ルートの分岐でリズムが変化するってことですよね。高低差?」
この場所は斜面になっている。右のほうがわずかに傾斜が大きく、左は上り坂になっている。
だが、本当にその考えであっているだろうか。それだと場所の特性とあまり関係がないような気がする。
俺はもう一度、記憶した石柱の配置を思い返した。周りを取り囲むような石柱、吹いてくる風の音、羽音。
「音の意味はなんだ? 進行方向によって変わる?」
そのとき、脳裏にあるアイディアが浮かんだ。巨大なマス目のなかに描き込まれた1から4までの数字。それと爆弾のマーク。
「そうか、マインスイーパか!」
聞こえてくる羽音は音階が四段階に分かれている。それは近くに点在する湧出ポインの数を示し、音がもっとも低いときには一箇所だけ、つまり目の前にいる一匹だけが活動中であることを示している。
それは地雷撤去ゲームの応用だ。地形と照らし合わせれば、どの場所にいくつのポイントが潜んでいるかわかるようになっている。
俺は聞こえてくる音を頼りに慎重に道を進んだ。音が岩に反響し、よりゲームを複雑にしている。
感度を働かせることによって、今まで見えなかったものが鮮明に感じられる。より遠くの音が聞こえ、いち早く敵の接近に気がつく。解き方さえわかれば、あとは推論を働かせるだけだ。読み違えなければ正解のルートは必ず見つかる。
エンカウントは極端に少なくなり、考えが間違っていないことが証明される。
「ルカには遠く及ばないが、俺にも見えてきたぜ。次は・・・大丈夫だ。このまま進める」
湿り気を含んだ重い風、潮の香りが濃くなっている。
もうすぐ出口が近いことがわかる。なぜなら交易都市ブリュージュは海に面した湊町だからだ。
聞こえてくる音は右のルートが4、前が3、左が1。左後方に下がって危険エリアを迂回する。
目の前に現れたのは、遠くに海が望める岩だらけの平原だった。陽はすでに傾き、岩礁に打ち寄せる波の音が絶え間なく響いてくる。
「抜けたな、ようやく」
このまま海沿いの道を歩けば、ブリュージュは目前だ。俺はギルドに戦闘報告を送り、街を目指して歩き始めた。
今回で次の街に到着する予定でしたが、思った以上に長くなったので、一話分を分割することにしました。
惰性で長くなっただけなので、あまり重要な回ではないです。




