2:変えられた世界
盾は思った以上に高価だった。そこで1枚だけ良いのを買い、残り2枚はモブを狩ってから手に入れることにした。
初期装備の盾が防御力8なのに対して、新しく買ったウッドシールドは倍の防御力がある。
とりあえずリーダーの俺が装備させてもらい、その代わり積極的に敵のターゲットを引き受ける。
始まりの街ヴァネサリアから街道をまっすぐ進んでいくと、林の向こうに土塊の巨人が歩いているのが見えた。
「ゴーレムか。2,3発ぶちかませば余裕で倒せるな」
ビスマルクが得意げに自前の杖を掲げる。
「う~ん、なんか変な感じしない?」
マリーナが首を傾げて、前方を見上げる。言われてみれば、周辺の景色がどことなく変わっているようにも感じられるが、Bテストからさらに改良が加えられたのだろう。些細なことを気にしていても始まらない。
ゴーレムは物理防御力こそ高いが、魔法攻撃にはそれほど耐性がない初級モンスターだ。
Bテストでの経験の蓄積があるから何も恐れる必要はない。
ゴーレムも俺たちに気がついたか、向きを変え鈍重な動きでこちらににじり寄ってくる。
やがて、戦闘に適した距離まで近づくと、違和感の正体がはっきりした。
「こいつ、こんなデカかったか?」
明らかにBテストのときよりもサイズが一回り以上違っている。以前は2メートル程度だった背丈が、倍の4メートルほどに膨れ上がり、横幅もそれに応じてガッシリとしていた。巨大ゴーレムを前にすると、人間が小人サイズに見える。
PTメンバーが気圧されてしまったかのように一言も発しないまま、ゴーレムを見上げている。
「ビビってても仕方がない。行くぞ!」
激を飛ばし、まずは俺が正面から切り込む。ゴーレムは動きが遅い。必ず先手を取れる。振り下ろした俺の剣は甲高い音を響かせて宙空に弾かれた。
「な・・・」
「来るぞ、攻撃!」
呆然としている余裕はなかった。弾き飛ばされた剣は追わず、まずは相手の攻撃を盾で受け止める。騎士のスキル【オートガード】が発動する。瞬間、とてつもない圧力が背骨から突き抜けた。
「くはっ」
完璧に盾で受け止めたはずの拳。だが、HPの半分近くまでが削られてしまっている。その上、攻撃を防いでいる今もじりじりとHPが削られている。
基本ジョブ中、もっとも防御力の高い騎士ですら、一発食い止めるのがやっとだ。ほかの職業なら確実に一撃で沈む。
俺が盾で受け止めている間にビスマルクが溜めていた魔法を放つ。狙いは逸れることなくゴーレムの胸元に深々と氷の槍が突き刺さる・・・はずだった。
バリン、と音を立てて、無情にも氷槍が砕け散る。
ゴーレムは全くの無傷、1ドットもHPを減らしてはいない。
物理攻撃も魔法と同様、俺の剣をあっさり弾き返したように、騎士二人がかりの攻撃もまるでダメージを与えられない。
「ちくしょうっ。なんだよ、このゲームっ。本気で俺たちを殺す気じゃねえか」
雷光が吠える。その剣は相手に傷一つ付けられないまま刃こぼれし、いつ砕けてもおかしくないほどの深い亀裂が入っている。
こんなはずはなかった。ゴーレムなんてソロでも倒せるはずだ。
思考が止まりかけていた。なにが起こっているのか、助かる方法より先に、そんな意味のない疑問が俺を捕らえていた。
「ねえ、逃げよう、殺されちゃうよ!」
回復魔法の光が俺の体を包む。俺のHPは盾の上から削られたため、0になる寸前だった。
一秒でも回復が遅れていたら死んでいた。
かないそうもない敵や、戦闘が連続して不利な状況に追い込まれたとき、撤退のタイミングを見極めるのは、パーティーのHP回復を担うマリーナの役目だった。
だが、彼女の叫びは戦況を判断したのではなく、本能的な恐怖が上げさせたものだ。
俺は我に返って、撤退の指示を出す。
「撤退! こいつはおかしい。てんこ、雷光、一発だけ防いだらすぐに交代してくれ、マリーナ、回復すぐだ!」
声を枯らすように叫んだ、次の瞬間、咆哮を上げたゴーレムの一撃が全てを叩き潰した。
メキメキと大木をなぎ倒すような音を響かせて前衛の二人が潰れる。水風船が割れるようにあっけなく血飛沫が弾け飛んだ。
呆然とする俺に向かってゴーレムの腕が振り上げられる。
「鉄血、ガード!」
ビスマルクの叫び声と同時に俺の身に緑色のエフェクトがかかる。
シールド強化の支援魔法。ビスマルクだ。
それでも受け止めた攻撃は容赦なく俺のHPを削っていく。ダメだ。
騎士は足が遅い。
魔法も詠唱している間は足が止まる。逃げることができなければ死ぬしかない。
唯一、逃げれるはずのビスマルクも魔法発動後の硬直時間で動きが止まっている。
戦意を喪失した俺に再び回復魔法がかけられるがなんの意味もない。俺はすでに敵のターゲットをとることすらできなかった。
俺の脇を通り抜けていったゴーレムに仲間が潰されていく。ぐちゃっ、という音が三つ。振り返れば俺はフィールドにたった一人で取り残されていた。
ゴーレムがゆっくりと振り返る。もう終わりだ。
俺は泣いていた。全身が萎縮して歯の根が合わない。ゴーレムが重い足をじりじりと引きながら迫ってくる。
逃げろ! 逃げろ!
本能が警告を発する。
「うわあぁあああーーーーーーーーーーーーー」
剣も、盾も、とっくに放り投げていた。必死に街に逃げ込む。俺はただひたすらにモンスターと出くわさないことだけを祈っていた。
始まりの街ヴァネサリア。
その門をくぐり抜けた直後、俺は意識を失って倒れていた。
近くで様子を窺っていたプレイヤーが俺を介抱してくれたらしい。
目が覚めるとすぐに周りをプレイヤー達に囲まれ、質問攻めにされた。
「全滅だった。盾で防いでも上から持ってかれる。倒せるわけない」
「そんな、」
「ちくしょう、なんだよそれよぉ! おかしいじゃねえか・・・」
怒りの声すら尻すぼみに消えていく。絶望が俺たちの行く末を照らしていた。
「ログアウトできないどころか、この街から出ることもできねえのかよ。クリアなんて無理じゃねえか」
それから約ひと月。
街はずいぶん様変わりしていた。外から出られなければ人は街中に溜まるしかない。
人が多くなればなるほど諍いも増え、あちこちでトラブルが起きた。
手がかりを求めて決死の覚悟で街の外へ出る奴もいたが、生還率はごくわずかだ。
運営のやっていることは犯罪であることに間違いはないのだ。遅かれ早かれ、救出されるに違いない。
無理にクリアに向かう必要はないのだと皆、諦めかけている。
NPCのリリムだけが俺たちに救出の望みはないのだと告げてくる。
聞こえてくる情報もひどい話ばっかりだ。
盾職である騎士は初めのうちこそ、あちこちのPTから誘いを受けたが、フィールド上で戦闘が始まると敵の強さに絶望した後衛たちが真っ先に逃げ出してしまい、足の遅い騎士たちは敵の真正面に取り残された。
騎士の死亡率はダントツだ。足がない分、同じ戦士系のハンターや魔剣士と比べても、生還率は桁違いだ。
騎士の連中はもう誰も信用しなくなっている。
掲示板にはわずかずつだが、モブの情報が蓄積しつつある。
俺が戦ったゴーレムはウッドシールド装備か、黒魔法のシールド強化で一撃死を防げる。ただしガード不可の特殊攻撃がある。
その他に即死攻撃を持つキラービー。AGIが高いため、ほとんどの攻撃を躱す。
キラービーは現状、もっとも倒せそうなモブだが、すぐに仲間を呼ぶ習性があるため、囲まれたら全滅は必至だ。
ゴブリンは必ず群れで行動する。ダメージは通るが再生能力が半端ない。範囲攻撃のブレスを食らうと麻痺、猛毒、失明、沈黙、混乱の状態異常になる。
HPの弱い敵から攻撃していく習性があるため治癒術士が殺られまくっている。
集まっている情報はこれだけだ。なにしろ生還率が低すぎる。
情報のほとんどは別のPTを偵察していたか、仲間を置き去りにして逃げた奴が持ち帰ったもので言ってみれば汚れた戦果だ。
掲示板には名前が出るが、街では見かけたことのない名前ばかりで、おそらくサブキャラクターの名前で書き込みしているのだろう。
この一ヶ月の間に俺は何度フレンドリストを見返しただろう。
戦死者の名前は灰色で薄く表示され、真ん中に赤線が一本引かれている。ひと月たった今では半数近くの名前が赤で消されている。
つまりBテストで知り合った古参のメンバーが次々命を落としているということだ。右も左も分からない初心者を残して。
そうしたなか、俺はひとつの迷いを抱えていた。
ライバルギルドのリーダーだった謙信からの誘いがあったのだ。一緒にギルドを組まないかと。
謙信は、全ジョブ中最速のAGIを持っているハンター達に呼びかけ、偵察隊を組織してモブ情報を集めていた。ハンターはキラービーにさえ追われなければ情報を収集し、逃げ帰って来れる。
確かに今できるなかで、もっとも有効な対策なのかもしれない。
俺は謙信にコールしてみることにした。すると、すぐに返事が返ってくる。
「謙信か。例のモブ討伐の件なんだけど」
謙信の提案はボス攻略と同じ方法でモブを倒そうというものだった。3PT、18人のメンバーで一匹のモブを攻略すれば倒せるかもしれない。
これはそういうゲームなのではないか、と謙信は考えているらしかった。
『覚悟は決まったか』
「ああ、やろう」
仲間が全滅した割にドライな主人公ですが、ウジウジしてると話が進まないので、とりあえずこのままいきます。