3:作戦会議
PTが壊滅したあの日から、ずっと路地裏をさまよっていた。
誰とも顔を会わす気になれず、謙信が探し出してくれるまで俺はずっと乞食のように路地裏で膝を抱え込んで過ごしていたのだ。
始まりの街ヴァネサリアは巨大な街で、1万人以上のプレイヤーを抱え込んでいるにも関わらず、俺が今いるような狭い裏通りまでくれば、滅多に人に会うことはない。
表通りはフィールドに出られないプレイヤーで溢れかえっていて、口論が絶えないが街中でのPK行為は禁止されているため、現実のように流血沙汰まで発展しないことだけが幸いだった。
宿代はかからないが、常に満室らしく、俺のような路上生活者も多くいた。それでも、石畳の質感までは再現しきれないらしく路上でもベッドの上でも寝心地は大差ないらしい。
俺は迷路のように複雑な通りを目的地に向けて歩いていた。
謙信が立ち上げたギルド【garden of eden】の作戦会議に参加するためだ。
彼とはBテストのときを除けば、直接会って話すのはこれが二度目になる。
謙信は路地裏で無気力に時間を持て余していた俺を見て、叱りつけたのだ。
「仇を討ちたくないのか」と。
実際、言葉を交わしてみてわかったことだが、彼は本気でクリアを目指している数少ないプレイヤーの一人だった。そして俺も必ずこのゲームをクリアして、ここから脱出しなければならない。その後にやることはただ一つ。このデスゲームを仕組んだ者への報復だ。仲間を殺した償いは絶対に受けさせる。
謙信は初日にモブ狩りに失敗して、命からがらで帰ってきた俺を見ていたのだろう。
そして俺から情報を聞き出すために何日も街を歩いて俺の姿を探していたらしい。
謙信は最古参のMMOプレイヤーの一人だ。
真っ先にギルドを立ち上げ、数の力を生かした情報戦略を用いて堅実かつ迅速に攻略を進めていく。
一時期は彼を勝手にライバル視し、ほかのMMOで攻略を競ったりしていたが、俺も彼のように慎重だったら、仲間は死ななくて済んだはずだ。
そう思うと彼と顔を会わせるのが辛かったが、謙信のほうから何度も誘いをかけてきたのだ。心の支えを失って投げやりになっていた俺を再び目的に向かわせてくれたことに今では感謝している。
俺は切妻屋根を並べた古めかしい石造りの建物の前で足を止めた。
ここがギルド【garden of eden】の本部だ。
建物の内部へ入ると早速、謙信が両手を広げて迎え入れてくれた。
「鉄血、本当によく来てくれた。皆に紹介しよう。聞いてくれ、彼がトッププレイヤーの一人、鉄血だ。Bテストから参加していて、このゲームのことは誰よりも詳しい」
謙信の説明を俺は慌てて遮った。
「やめてくれ、俺はそんなんじゃない」
俺は自分のパーティーを守ることさえできなかった。βテストで得た知識も現状とは食い違っているし、トッププレイヤーと呼んでもらう資格は俺にはない。
「パーティーが潰れたのはお前のせいじゃない。それにお前が生きて街に戻ってきたおかげで、大勢のプレイヤーが助かったんだ。お前が情報を伝えてくれなかったら、もっと多くのパーティーが犠牲になっていた」
「そんなことより会議を始めてくれ。俺は慰めが欲しくてここに来たんじゃない」
謙信はまだなにか言い足りなそうだったが、俺が促すと重々しく頷いて、集まったメンバーに向き直った。
ギルドの建物のなかにはざっと見渡しただけでも20人近い人々がいる。
座る場所はどこにもなく、皆で謙信を取り囲むように立っている。
「よし、会議をはじめよう。今回集まってもらったのは、前もって伝えたとおり、みんなにMOB討伐に参加してもらうためだ」
「狩りに行くとは聞いているが、どうやってモブを倒す?」
ハンターの格好をした男が口を挟む。
参加者の多くは魔術師の装備を身にまとっているが、ハンターも三分の一近くいる。
「方法はある」
謙信の言葉にわずかに場がどよめく。ついに攻略の糸口が掴めたのかと、皆が期待に目を輝かせる。
「作戦はシンプルだ。ボス攻略と同じように、今集まっている全員で大規模パーティーを組む」
MMOではボスを攻略するために複数のパーティーが協力し合うのは、よくある戦術の一つだ。
今まで誰もその方法を試そうとしなかったのは、命懸けの戦いに参加させられるだけのリーダーシップを発揮できるやつがいなかったのと、ドロップのいいボスならともかく、初級フィールドのMOBを相手に大規模パーティーを組んでも経験値が入らないからだ。もともと3EXPしかないMOBを倒したところで、経験値を18分割したら小数点以下切り捨てになってしまう。
しかも共闘ペナルティが入るせいで、パーティー人数が6人を超えてしまうと一人加わるごとにドロップ品のランクや獲得できるマネー、EXPがどんどん下がってしまう。
どう考えても実りのない戦いだが、かといって何もしなければ、いつこのゲームから脱出できるのかわからない。
まずはMOBが倒せる相手なのかどうかを確かめるのが今回の作戦の目的だろう。不死設定にでもされていたら、どうあがいても勝てないのだから。
「どのモブを狙うんだ。やっぱゴーレムか」
後ろの方から質問の声があがる。
最新の情報では、もっともパーティーの生還率が高いのはゴーレムとやりあったときだという。
ゴーレムが繰り出してくる攻撃スキル「怒りの一撃」の発動条件が明らかになったからだ。
「怒りの一撃」は防御貫通の特性を持つ、まさに騎士殺しの攻撃スキルだ。
実際、俺の仲間を殺したのも、この一撃によるものだ。
しかし、こちらからの攻撃があるまで、ゴーレムはスキル攻撃を行わないし、予備動作も大きいためAGIの高いハンターならギリギリで回避できるらしい。
この質問に対し、謙信は首を振って答えた。
「あくまでMOBを倒すための作戦だ。ゴーレムが相手では3時間粘ったって1%も削れないだろう」
「すると、蜂だな」
「そうだ。もちらん単体でいるところを狙う。編成はハンターが6人、騎士が1人、残りの11人は魔術師だ」
「治癒術士はいないのか」
「 回復は切る。蜂の攻撃は即死効果がついてるから、 運が悪ければ一発だ。だったら火力を優先したい」
謙信は説明を省いたが、治癒術士がいなくてもポーションを使えば回復は可能だ。
今回、討伐メンバーのほかに、有志からの資金援助も受けているため、武器もワンランク上のものが買えるし、ポーションも揃えられる。
期待を寄せている人も多いのだろう。
「蜂が相手だと先制攻撃を喰らうんじゃないですか」
今度はハンターの少年が質問の手を挙げた。
ハンターと魔術師の組み合わせなら、当然ながら前衛を務めるのはハンターの役目だ。
エンカウント直後にキラービーの即死攻撃で一発昇天、というのは避けたいところだろう。
「先手をとられるのは仕方がない。初撃は騎士のオートガードで防いでもらう」
謙信が俺の方に向き直る。
「鉄血、貴方には盾になっていただきたい。こちらの攻撃準備が整うまでの間、一人で蜂の攻撃を受け止めてくれる人が必要だ」
唐突に、謙信が俺に対する呼称まで変えて、祈るように頼み込んだ。
全員の視線が一気に俺の方へ向いた。
騎士の初期スキル、オートガードは敵の一発目を自動的に防ぐ常時発動型のスキルだ。
こちらのターンが回ってくるまで、一方的に攻撃を受け続けることになるだろう。一発や二発では済まないかもしれない。
攻撃を受ける回数が多ければ多いほど、即死する可能性も高くなる。
今回、騎士は明らかに地雷職だ。ほかの騎士たちでは誰もこんな作戦に参加しないだろう。
事実、騎士たちは街に引きこもっていて、フィールドに出ようとする奴は一人もいない。
やれる人間は俺しかいない。
「即死はどうやって回避するの?」
今まで発言に消極的だった魔術師のなかから、ようやく声があがる。
長い黒髪を高い位置で束ねている女の魔術師だ。
凛とした顔立ちは魔法職というより、侍のような雰囲気を発している。
「それについては運が頼りだ。防ぐ方法はない」
「そんな! 死ぬかもしれないのに」
「じゃあ、どうやって防ぐ?」
「それは・・・だって・・・」
女の言葉は尻すぼみになって消えた。俺の身を案じてくれたのだろうが、方法がないことは俺が一番わかっている。
普通のRPGなら敵が即死攻撃を出してくるのは、中盤あたりからだ。その頃には即死耐性のあるアクセサリや蘇生アイテムがあるため、喰らってもどうにかなるものだが、こんな序盤ではどうすることもできない。
謙信は俺に参加を呼びかけたとき、作戦の内容を事前に教えてくれた。
そして、死ぬ覚悟ができたら連絡をくれと言って帰っていった。
覚悟はすでに出来ている。




