第4章 仲間集め 1
たいていの場合、酒場にはいつでも客がいる。
フィールドにも出られず、食事の楽しみもなければ、やることはほとんどない。
味のない擬似アルコールに酔うか、孤独や退屈を紛らわすために人と話すかだ。
だから、自然と酒場には人が集まる。
しかし数日ぶりに訪れてみると、客の数はまた一段と少なくなっていた。
初期の頃を思い出してみると、店はどこも超満員で路上にまで人が溢れかえっていた記憶がある。
今では街全体を通してみても人気の絶えた通りや、一人も客が入らない店も少なくない。
たぶんプレイヤーの数は半分近くにまで減ってしまっている。
無論、ログアウトに成功した者は一人もいない。残されたプレイヤーの数はおよそ7000人弱。
考えてみれば、短期間にこれだけの人の命が失われるなど、平和な現代にあって到底想像もつかない。
だが、この世界は平和な日本とはかけ離れた場所だ。近くて遠い、特別な倫理が支配する魂の戦場。
生きるためにも、ここを出るためにも、まずは戦わなければいけない。
剣が与えられ、相手も同様に戦う力を持ち、そして現実は姿の見えない相手に命を握られている。
法的にもグレーゾーンだとわかっているのだろう。
いくつかの条件が揃えば、人は簡単に殺し合うものなのかもしれない。俺たちはまるで死刑装置付きの迷路に閉じ込められた実験用マウスみたいなものだ。
出口はたったひとつ、何人が生き残れるだろう?
グラスが空になっていたせいで、つい楽しくもないことを考えてしまった。
俺は新しくグラスに酒を注ぎ、一気にあおる。
その時、俺の耳に華やかな女の声が聞こえてきた。
「レオンいたー。な~にしてんのっ、こんなとこで」
振り返れば、そこには金髪をドリル風ツインテールにし、ロリータファッションに身を包んだ女がいた。
知らない女だったが、格好からすれば治癒術士だろう。
向こうが名前を知っていても面識ある相手とは限らない。女性プレイヤーや女性アバターを使っているプレイヤーは誰かに守ってもらおうと必死だ。
高レベルプレイヤーに対して、媚びた態度で近づき話しかけてくる。
男たちのほうも欲に突き動かされて、PKでのし上がろうとしているらしい。
女たちを囲いハーレムを作ったはいいが、目立ちすぎて逆に命と女を奪われたプレイヤーなんぞもいるらしい。
不安や恐怖のほかに嫉妬まで渦巻いている。
俺も高レベルプレイヤーとして名が知られ、「死神」だの「ギルド殺し」だの、いつの間にやら二つ名まで付けられている。
有名になるのは得策とはいえないが、今のところ恐れをなして俺にPKを仕掛けてくる奴はいない。反対に女だけはこうしてすぐに寄ってくる。
「悪いな、連れがいるんだ」
カウンター席の左側を指し示してやると、そこには無様に酔いつぶれたベルの姿がある。
女はベルを一瞥すると、相手にする価値もないと思ったのかはにかむように笑った。
「酔ってるみたいだし、放っておいてあげようよ。アタシと遊ぼう? ね?」
女は甘えるように腕を絡め、上目遣いに見上げてくるが、俺はやんわりと腕をほどいた。名残惜しいがハーレム結成はまたの機会にとっておこう。
女はなおもしつこく俺に誘いをかけてきたが、最後にはベルを思い切り睨みつけて去っていった。
隣でうるさくされたせいか、ようやく目を覚ましたベルが、自分のグラスに酒を継ぎ足しながら言った。
「今日はこれで何度目? 意外とモテるのね、レオンって」
「まあな。今日が二月十四日じゃないのが残念だ」
「せいぜい毒には気をつけてね」
ベルと会話を交わしながらも、俺の記憶は二日前に遡っていた。
【カサンドラ・エクス】を壊滅させ、【血盟工廠】との密談を終えた朝、ベルが泊まっている宿に戻ると、彼女はすでに目を覚ましていた。
HPを失ったリーゼの身体はすでに時間経過によって消えていて、目の見えないベルは部屋に自分一人が取り残されている状況に戸惑っているようだった。
俺はリーゼのことを尋ねてきたベルに嘘で答えた。それがリーゼの遺志でもあるし、無駄に争わなくて済む方法だ。
リーゼは一人で東の森へ行き、命懸けで必要なアイテムを採ってきたが、俺が駆けつけた時には毒ダメージが回りきった後だったと伝えると、ベルは大声で泣き喚き、見えてもいないくせに俺に向かって手当たりしだいに物を投げつけた。
そして、泣き疲れて息が落ち着く頃、彼女はぼそりと呟いた。「嘘つき」と。
ベルは俺がリーゼを殺したことを知らない。
強制スリープによって、よほどの衝撃がない限り目覚めない深い眠りに陥っていたからだ。
ベルが俺を嘘つきと罵ったのは、自分はどうなってもいいから仲間だけは守って欲しいと言った、いつかの約束を俺が叶えられなかったからだ。
俺はベルの言葉になにも言い返せなかった。
それ以来、ベルはこうして飲んだくれ、俺は暇も手伝って仕方なしにそれに付き合ってやっている。
彼女の眼が元通り見えるようになったのは不幸中の幸いだった。
サバイバル・オンラインの本格始動に伴ういくつかの悪魔的仕様変更によって、失明も完全には回復しないのではないかと懸念していたのだが、俺の心配は杞憂に終わった。
目薬を使った途端、みるみるうちに回復し、今ではなんの不自由もないらしい。
「とにかく目が治ったのは・・・まあ悪いことじゃない。状態異常はPKにとっちゃ格好の標的だからな。でも、油断はするなよ。一人でいる間はあまり出歩かないことだ」
「・・・一人ってどういうこと?」
「俺は攻略を続ける。こいつを飲み終わったら、俺は仲間集めに行くよ」
そう告げてから残った酒を一気に飲み干し、空になったグラスをテーブルに置いて腰を上げた。
すると、横から伸びてきた手に身体が引っ張られ、危うくバランスを崩しそうになる。
見れば、テーブルカウンターに突っ伏した姿勢のまま、ベルが俺の腕を放すまいと強く握り締めていた。
「置いてかないでよ、嘘つき男」
リーゼのことを言っているわけではないと、頭ではわかっていても、その言葉は強く胸に刺さった。
重荷になるならいっそのこと殺してしまうべきか、という思いが頭をかすめるが俺はすぐにそれを打ち消した。
攻略のためにPKをするのと、邪魔になったから殺すのとでは違う。
思いつくままに殺していれば仲間なんて一生作れない。
重そうに頭を持ち上げたベルは、悪酔いしているかのように前後に身体をゆらゆらとさせている。まともな話ができるのかさえ怪しいが、俺はベルに言い聞かせた。
「お前にはこの先の戦いは無理だ。今度は本当に死ぬぞ」
「そんなの、街に、いたって・・・変わんないじゃない」
「チッ、仕方ないな。来るなら来い。ゴブリン攻略の経験者として話は通してやる」
俺はベルに腕を掴まれたまま立ち上がって、一人で歩き出した。
ベルも覚束無い足取りでふらふらと壁にぶつかりながら後をついてくる。
まず一人目の仲間はギルド【クリムゾン・クロイツ】に在籍している治癒術士で、経験豊富なプレイヤーを紹介してもらうことになっている。
【クリムゾン・クロイツ】はもともとは攻略を目指す少数精鋭の集まった小ギルドだったが、SOが始動してからはほかのメンバーを貪欲に取り込み始め、今ではこの街で三本の指に入るほどの大手ギルドに成長していた。
構成メンバーの多くは治癒術師だ。そのことからも敵を倒すことより、命を大事にするという戦略を基礎としていることがうかがえる。
彼らのギルドハウスが【カサンドラ・エクス】などに比べてだいぶ見劣りするのは、小ギルドにだったときの名残だ。
そんなギルドハウスの古くて小さい扉を開けると、なかからいきなり人の声が飛び込んできた。
「団長! そんなPK野郎のパーティーにれんれんを預けるなんて正気ですか!」
「連翹くんが自分から志願したことだよ。それに高レベルのプレイヤーに守られていれば、逆に安全だと言えるんじゃないか?」
「れんれんは俺が守ります。だから団長、俺にれんれんをください!」
「私には君のほうが危険人物に思えるんだが」
ホール中央でミニコントを繰り広げている二人のうち、一人は顔見知りだった。
【クリムゾン・クロイツ】のギルドマスター、オレアリアだ。
彼女はまるで玉座のようにホール中央に設けられた革張りのソファに深く腰を埋めたまま、足元で懇願する男をジト目で見下ろしている。
「久しぶりだな、オレアリア。話はまとまってると聞いたんだが、俺の聞き間違いだったか?」
「いや、私と当人とでは話が決まってるよ。ただ、今朝になってそこの彼が横やりを入れてきてね」
オレアリアの視線の先には、土下座せんばかりに平伏している男の姿がある。どうでもいいが、かなりきわどい位置関係にいるように見える。
男は話の内容から俺が件のPK野郎だとわかったらしく、犬歯をむき出しにして睨みつけてくる。
「やめたまえ、ボルゾイ。彼は私の客人だ。それより、さっさと連翹を呼んで来い」
「いやです!」
ボルゾイと呼ばれた男は彼女の指示に頑として拒否する姿勢を見せた。途端に、オレアリアが剣呑に目を光らせる。
「ほう、私に逆らうか。私をその辺の治癒術師だと思って甘く見るなよ」
「ケンカは後回しにしてくれないか、オレアリア。仲間を紹介してくれるんだろ」
「む、そうだったな。今呼ぶからちょっと待て」
オレアリアは手に持ったフレイルを床に降ろすと、虚空で指を弾き、フレンドリストを呼び出した。
「連翹、例の客人が来た。さっさと降りて来い」
短く一方的に告げると彼女はすぐにコールを終わらせた。ボルゾイはなにか言いたげな目をしていたが、まるで取り合う気がなさそうだ。
コールから程なくして、一人の少年が一階に降りてくる。彼が連翹なのだろう。中性的な顔立ちで背は低く、人の良さそうな笑顔を浮かべている。。
「初めまして、あなたがレオンさんですね。僕は連翹っていいます。MMO歴は二年になります」
「よろしく。もう準備はできてるのか?」
「はい、お話を窺ったときから、もう覚悟は決めてましたから。ところで、こちらの方は?」
「ベルーナよ。私も同じパーティーメンバーだから。これからよろしくね」
酔いを醒ましたベルが、愛想よく手を差し出す。ギルドハウスで一休みしているうちに、顔色も順調に回復したようだ。
「まてまてまて! なに勝手に話を進めてるんだ。れんれんは渡さんと言ってるだろうが!」
和やかに互いの紹介を進めていたところに、ボルゾイが喚きながら話に割って入ってきた。
「貴様は知らんだろうが、れんれんはリアルでも可愛いんだぞ。女なんかとは訳が違う。それになぁ、それに、れんれんはイイ匂いがするんだ」
ボルゾイはうっとりするような表情で虚空を見つめ震えだした。
ここまでの変態はリアルでは滅多にお目にかかれない。ベルもオレアリアもドン引きしている。
そんななか、ボルゾイがとんでもないことを言い出した。
「そうだ! どうしてもれんれんを連れて行くというなら俺も連れて行け。れんれんのことは俺が守る。モンスターにも貴様らにも指一本触れさせん!」
「それじゃ僕がPTに入ってもなにもできないよ」
見たところ、ボルゾイはハンターだが、あいにくハンターならば間に合っている。先日のギルド襲撃でレベルアップを遂げたハンターが何人かいるからだ。
治癒術師も戦闘貢献でレベルアップした者はいたが、基本的に前線に出ることのないヒーラーの場合、大事なのはレベルよりもプレイヤーとしての素質だ。
「悪いがLv2以下のハンターはお断りだ。欲しいのは毒攻撃スキルだからな」
「なんだとっ、くそ、俺にまでPKを強要するのか・・・!」
「お願いだから、そんな理由でPKなんかしないでね。夢見が悪すぎるよ」
さっきからボルゾイが引っ掻き回しているせいで、まともに話が進まない。
いい加減、痺れを切らしたかのようにオレアリアが立ち上がった。
「もういい。連翹、やはり君はサブマスターとしてここに残れ。レオンのパーティーには私が入る」
「ギルドは放っておくのか? お前なら仲間としても頼りになるが」
「今のところギルマスにできることなんて、そう多くないさ。攻略を進めていけば自然と情報も入る。そもそも私は偉そうに椅子にふんぞり返っているなんて性に合わん」
その割には尊大な仕草がずいぶん様になっている気がしたが、余計なことは口にしないほうがいいだろう。せっかく頼りになるメンバーが増えたんだ。
「俺に異存はない。よろしく頼む」
「うむ、こちらこそだ。それじゃ、連翹、ボルゾイ、後は任せたぞ」
オレアリアはまるで肩の荷が下りたとばかりに片手を挙げて別れを告げ、さっさとギルドハウスを後にしてしまう。あまりに颯爽とした退場の仕方に、残された【クロイツ】メンバーの二人は呆気にとられたまま、引き留めることもできずにポカンと見送るだけだった。




