暖かい夜にしよう
蛇口に手を差し出して、おや、と気付いた。
水が、痛い。
いや、正解に言うと冷たいんだろうが、水が触れた瞬間にびりっと、冷たさと痛みがないまぜになったような不快感が手首から背筋まで走り抜ける。
続いて、ぞわぞわと首すじに流れ込む寒気。
あー、これは、アレだ。
悪寒とか、関節痛ってやつ。
急に気温が下がったせいか、流行り病が蔓延し始めたとさっきのニュースで言っていた。
病は気からというが、気付いてしまったらあちこち連動して不調な気がしてくるから不思議だ。
喉もぴりぴりしみる感覚がするし、心なしか目も潤んできた。
指先は冷たくなっていて、発熱の前兆を思わせる。
これは、まずい。
咄嗟に、当直のスケジュールを脳裏に浮かべる。
明後日。
それまでに、何とか持ち直さなくては。
マスクを二重に掛け直し、そそくさと定時退勤する。
向かうは道すがらのドラッグストア。
しかし、薬は買わない。
こだわりとかポリシーとかそういうわけではなく、単に薬を使おうという発想がないだけだ。そして早く帰りたい。
生姜。スポーツドリンク。インスタントのカフェオレ。
それと、ダークラムの瓶を。
湯船で茹で上がってもすぐに冷めてしまう季節。
ぴりぴりと痛む喉に、しゅわしゅわの冷たいビールでもサワーでもなく、常温のスポーツドリンクが心地よく染み渡る。
夕食には生姜をたんまり入れて温めよう。
こぶし程のサイズの生姜を無心ですりおろしていく。
鍋か、いやここは肉うどんだな。
細切れの牛肉とごぼうを甘辛く炒め、そこにも生姜を。
冬には温か薬味として。夏には爽やか薬味として。
いやまじで、生姜の万能さよ。
出汁でぐつぐつ煮込んだうどんに、見えなくなる程の肉を盛る。
そしてさらに追い生姜、七味…いや、ここは一味唐辛子を。
酒飲みならここで、日本酒熱燗とか焼酎お湯割りとか言いそうなものだが、あえて食事時に飲まないのがこだわりといえばこだわりだ。お酒が入ると食事のペースが落ちるから。
熱々の食事を熱々のうちに食べきり、体が熱いうちに片付けを済ませる。
よし。
何故かうさぎの耳がついている毛布を着込み、汗をかく準備も。寝支度が整ったところで。
始めましょう本日の晩酌。
98℃で保温したポットのお湯で作るカフェオレに、さらに砂糖を足して甘くする。
そこに、ダークラムをとぽとぽ注ぐと…湯気とともにふわあっと、ラムの香りが立ちのぼっていく。
湯気さえもったいないとばかりに、その香りを一気に吸い込む。
鼻腔に流れ込むアルコールに、すうっと息がしやすくなるのを感じる。
そのままひと息に飲み干し、ふうと息をつく。
学生の頃初めて作ったカクテル。
当時はカクテルなどとは考えもせず、実家の棚にたまたまあった製菓用のラムを夜食のカフェオレに入れてみたのがきっかけだった。
深夜の勉強終わりにこれを飲んで寝るのが習慣になっていたな。
この飲み方がラムコーヒーというカクテルだということ、本当はブラックコーヒーにゴールドラムを入れることなどを後出しで知った。
けれど、本当は…なんてどうだっていい。
これが美味しいんだから。温まるんだから。好きなんだから。
風邪の時にはもはや、これが定番なんだから。
胃からじわあっと熱が拡がっていき、頬に熱が灯ってきたのを感じる。
「うん、大丈夫」
マグを置き、満たされた気持ちで布団に潜り込む。
明朝はすっきり起きられそうだと、何故かそう思えるのだった。




