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第六章:十七話 腕が迫る

「な――――っ」


 何だあれは。宗兵衛は眼下で起きた光景に目を剥いた。安達が驚異的な再生を果たしたことにも少なからず驚いたが、次に起きたことは予想外だ。森の中から巨大な腕が生えてくるなどと。


 が次の行動は非常に速かった。驚きのままに思考を巡らすのではなく、右掌を天に向ける。瞬時に生まれたのは巨大な魔力球だ。咄嗟の事態でも、森を燃やす可能性のある火球を作らないところは宗兵衛らしい。


 宗兵衛は一般家屋程度のサイズにまで作り上げた魔力球を、奥歯を噛みしめて地面に投げつけた。


 安達を食った腕もまた、掌の口を大きく開ける。魔力球を食うつもりなのか、それとも単に悲鳴を上げようとしただけなのか。


 轟音と爆発が広がった。濛々と巻き起こる砂煙によって視界は遮られている。宗兵衛は視界を生命感知に切り替えた。意識的に切り替えるのではなく、今ではもう無意識化で可能となった技能である。


 直撃を受けた巨大腕は確かに燃え尽きていた。


「ひっ捕らえるべきだった、ですかね」


 生命感知の視界には、崩れ落ちていく巨大腕が見えている。ボロボロになり、いくつもの破片になり、その破片すらが砕けていく。


「腕型の魔物……それとも本当に腕、なのですかね、あれは?」


 宗兵衛の感覚的には、あれはハエトリソウだ。獲物となる虫が感覚毛に触れると葉が閉じ、獲物を閉じ込め、押し潰して消化する。


 サイズが規格外の、極めてグロテスクなハエトリソウ。しかもハエトリソウと違って獲物を待つのではなく、あろうことか積極的に狩りを行う。地球のハエトリソウなら獲物を時間をかけて消化するのに対し、こちらは即座に咀嚼し、嚥下もする。


「腕だけの魔物というのは、ゲームで見たことはありますが……あれもその類でしょうか」

《警告。あれは極めて危険です》

「はえ?」


 リディルが警告を発することは珍しい。宗兵衛の戦闘力は高く、遠距離戦を採るだけの選択肢も多く持っているからだ。


 具体的にどう危険なのか。リディルに確認しようと眼下から意識を逸らしたのは失敗だった。木々を、土砂を吹き飛ばして腕が口を開いて迫ってくる。


「もう一本!?」


 宗兵衛の驚きは間違いだった。ハエトリソウと想像したのがまずかった。腕と捉えていれば、左右一本ずつで収まったろうに、植物を連想した影響からか、一度に六本の巨大腕が地面を突き破って出現したのだ。


 待ち伏せをするハエトリソウではなく、もはや群れで狩りを行う肉食獣だ。


 どこにも頭部が見当たらないのに、六本の巨大腕は呆れるばかりの精度で連携を見せてくる。宗兵衛が空中戦に慣れていないことを差し引いても、巧みに追い込まれていく。


「手数が違うのなら」


 答えは単純。自分の手を増やせばいい。宗兵衛は瞬時に四本の腕を作り出した。これで顔が三つあれば、阿修羅像の骸骨の出来上がりだ。


 左右から迫ってきた巨大腕に向かって魔力球を叩きつける。巨大な口から叫び声が溢れ、叫びが切れる前に怒りの唸りへと変わっていた。


 厄介な。口の中で呟いて、宗兵衛は飛行速度を上げ、九十度の角度で急上昇する。上昇中も六本の骨腕から迎撃の魔力球を撃ち続ける。


 最初の十分に魔力の込められた一発とは違う。相手の攻撃を避けながら、ときに迎撃しながら、高速飛行状態を維持する。この状態で放てる魔力球の威力では、四、五発を直撃させても巨大腕を沈めるには至らない。


 導き出した答えは単純であっても、決して正答というわけではなかったようだ。


「……どうにも成績が上がっていませんね」

「不甲斐ないわね」


 上空で繰り広げられる空中戦への評価は、一致して厳しいものだった。


『射撃もそうですけど、飛行自体が拙いですねー』


 常に空中を移動するラビニアの視点は幼女二人とは異なっているが、評価が厳しいという点においては変わりがない。


 宗兵衛は魔力球を何十発と撃っておきながら、命中率は芳しくない。


 さもありなん。元々は二本腕で生きてきたのだ。補助的に骨腕を作ったことはあっても、実生活の中で使うことなどほとんどなかった。


 新しく追加で生やした四本の腕は大雑把に振るうことはできても、高速移動しながらの精密射撃にはまるで適していない。これが地上を走りながらの、そして二本の腕を使うだけの射撃ならもう少し成績が上がっていたかもしれない。


 地面が揺れる。上空の戦いの余波ではない。土の中から、はっきりとした敵意を抱いて揺れる。


「……ルージュ、わたくしから離れないように」

「わかった。でもなんで?」


 言いながらもルージュの首の向きは変わらない。上空の戦いに魅せられたままだ。表情にも緊迫感はない。自身に戦闘力がないことを自覚し、同時に『五剣』が護衛に就いていることの意味を熟知しているからこそ。


「……もしかすると危ないかもしれませんので」


 アーニャは具体的になにが危ないとか、なにを斬るとかは口にしなかった。


 代わりに、というわけではないが、アーニャの口元には小さな笑みが浮かんでいる。


 宗兵衛と約束している骨刀作成。斬れば斬るほどにデータが蓄積されていく。魔の森に生息している魔物も、『剣鬼』としての任務でもかなりの数の魔物を斬ってきた。


 巨大な掌に巨大な口がある魔物は初めてだ。


「……やることは変わりませんけど」


 相手が誰であれ、何であれ、アーニャの剣は悉くを叩っ切る。相手によって戦術を変える必要性がないのは心強いのか、あるいは戦術の幅を狭めているのか。アーニャとしては、単純な斬撃で決着がつかない相手を心待ちにしている一面もあった。


 ただし今回は、アーニャの期待に応えるものではなかった。


 静かな所作で、とんでもない威力の斬撃が放たれる。斜めに走った斬撃は分厚い大地をバターのように斬り裂き、大地の奥からアーニャたちを狙っていた巨大腕が斬り飛ばされてきた。


『ギャゴオオォォォオオォォッ!?』

「ちょ、うるさいわよ」

「……同感です」

『あれを目の当たりにして、感想がそれですかー?』


 アーニャは抜刀したままの骨刀を振るう。埒外の高速剣だ。振るう腕すら見えず、傍目にはその場に立ったままのようにしか見えない。


 何回、いや何百回振ったかもわからない斬撃を受け、巨大腕は音もたてずに塵となってサラサラと崩れていった。


 宗兵衛が手古摺っている巨大腕がまるで問題にならない。ルージュは相変わらず上空を見たまま。アーニャを見ていたラビニアは「うわー」といった顔だ。


「ねえ、ラビニア、もう少し近付きたいわ。飛ばしてくれるかしら?」

『アーニャを説得できたらいいですよー』


 魔物に要求を出す教皇というのもおかしいが、特に拒否することのない魔物もおかしなものだ。話を振られたアーニャもどこか呆れ気味である。


「……別に構いませんけど、ルージュ、そういうのはまずわたくしに言うようにして下さい」


 アーニャは再び骨刀を振るう。アーニャを中心に半径三メートルほどの円形に閃光が走った。アーニャが納刀した柄で地面を軽くコン、と叩くや否や円錐形に斬り抜かれた地面が上空に浮かび上が、いや、打ち上げられた。


「わお! いい景色ね」

「……見えないからわかりません」

『わたくしは普段から見ている景色ですしねー』

「なによ、もう。つまんないわね」


 無邪気に喜んでいたのに、周囲からの冷たい反応を受けてルージュが頬を膨らませた。それも一瞬だ。上空に打ち上げられた大地は、空中戦を繰り広げる宗兵衛を見下ろすところにまで上昇していた。


「何ですとぉ!?」


 突如として現れたVIP用観覧席に宗兵衛は驚く他なく、宗兵衛を驚かせたことに仕掛けた当人は、悪戯が成功したときの子供のように満足気だった。


 宗兵衛の近くに群がる巨大腕は表情がないので、困惑したかどうかはわからない。だが味方ではないと判断したのは間違いなかった。


 宗兵衛に向かっていた腕の内、二本がアーニャたちを襲おうと向きを変える。掌の巨大な口が開――こうとしたタイミングで、二本とも斬り飛ばされた。


 相手がなにかをしようとした瞬間を狙う、神業の如き斬撃。放ったアーニャは事も無げに表情も変えず、空中に浮かぶ骸骨の顎は外れそうになっていた。

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