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第六章:十五話 演出は大事

 魔物というものは総じて魔力を全身から吹き上がらせている。相手を騙し討ちにすることを好む個体は、魔力の気配を消したり、実際より少なく見せたりといった芸当を持つが、多くの魔物は己の実力を誇示するかのように魔力を隠すことを選ばない。洞窟を崩した妖精ペットのように、暴力的な魔力を撒き散らすタイプが中心だ。


 空中に姿を見せたリッチ――宗兵衛も強大な魔力を外に向けて放っている。周囲を押し潰すような、圧迫するような、ただそこにいるだけで広大な世界が狭くなったかと錯覚させるほどに強大な魔力。


 常の宗兵衛ならまず採らない行動だ。魔力の気配を薄くする技術には自信を抱いている安達同様、宗兵衛も魔力を誇示することを好まない。そんなものは集落の長である常盤平一騎の役目であり、もしくは彼の隣にいるエストの役目だと思っている。


 今回、魔力を見せつけているのははっきり言って、単なる演出だ。


 しかも宗兵衛が意図したものではなく、背後には別の演出家がいる。


 しかも複数。遥か上空を見上げる地上の森の中、プロデューサーたちは満足そうに笑いながら、互いに頷き合っていた。


『うんうん、うまくいきましたねー』


 腰に手を当てて胸を張っているのは、黒い魔力の泥を内側から突き破って登場する、ことを演出したラビニアである。彼女は空を染め上げるほどに巨大な魔力の天蓋を見て、自分の教育は正しかったと勝手に納得し、実に嬉しそうである。


「……高い位置から見下ろすことは重要」


 超越者たるもの、すべてを睥睨すべし。これは一応仮にも、力なき人々を守る役目に就いているアーニャの演出だ。日本にいるときはカーストなんてものとは縁を持たずに過ごしてきた宗兵衛には荷が重く、かなり嫌がっていたことを記しておく。


《魔力の圧の操作も評価すべき対象です》


 威圧目的の魔力放出はリディルの提案である。ただし宗兵衛は魔力を効率よく操作する方向の努力を積み上げていたため、単に外に向けて放出し続けることは苦手であった。このちょっと予想外の事実を受け、魔力の操作はリディルが結構、頑張ってくれていた。


「なに言ってんの。あの法衣がすべてじゃない」


 宗兵衛が身に纏う豪華絢爛な法衣はルージュのデザインだ。過去の聖騎士の正装をベースに、ルージュが「これは付けるべき」と考えたアレコレがあしらわれている。教皇衣も参考にされていて、頭蓋骨に輝く王冠がそれだ。どうにも衣装に着られている感が拭えない。


『まさかソウベエさんにあそこまで演出力が欠如していたとは』

「……予想外も甚だしい。イッキを演出するのは面白がるくせに、自分のことになるダメダメなんだから」

《常盤平一騎に押し付けてきた弊害です。これを機に慣れてもらうのも一つの手かと》

「あたしの聖騎士に、しょぼい格好はさせられないしね」

『聖騎士がどうのというのはルージュさんが勝手に言ってるだけですよねー?』

「あら? 必要な書類はもう書いたわよ」


 ルージュとラビニアの間で視線の火花が散る。


 地上で起きている些細な衝突など知る由もない宗兵衛は、上空で大物感を漂わせながら、心拍が急激に上昇する感覚を覚えていた。スケルトンに心臓などないのだから、完全に気のせいでしかない。


 宗兵衛は衣服へのこだわりに欠けるところがある。日本にいるときなど、極端な話、学生服とジャージがあれば別に構わない、などと宣うほどであった。


 思春期男子としてそれはどうなんだと危惧した親に連れられて衣料品店に行ったときも、選んだのは甚兵衛と作務衣だ。挙句これが結構、似合っていたものだから、宗兵衛の私服=ジャージ+作務衣になってしまう体たらく。


 異世界転生からはアンデッド故に汗や皮膚の落屑などがないことをいいことに、学生服から発展しなかった。さすがにヨレヨレはみっともないので、皴はないように手入れをしていたが、それだけだ。


 スケルトンなんだから衣類なんかなくてもいいんじゃないか、とも密かに考えたこともあった。


 ゲームや漫画に登場するスケルトンの多くは全裸なのだから、自分自身が全裸でもさしたる問題はあるまい、と。最悪、嫉妬仮面以下の変態にカテゴライズされる懸念があったので、考えるだけで終わったのが幸いだ。


 その宗兵衛が他者のプロデュースによるものにせよ、ここまで着飾るなど、間違いなく生涯初体験。安達を踏み潰すかのように見下ろし、上空において微動だにしない様は、魔王や死の王と表現されてもおかしくない。しかしてその実態はというと、動きを失ってオロオロしているだけであった。


『動き、固まっていますねー』

「……大物感だけ漂ってる」

「張りぼての威圧感は凄いんだけど」

《演出の重要性を認識できたことは幸いです》


 高級な法衣の内側、皮膚のない背中には冷や汗と脂汗が混ぜられている。


 眼窩で揺らめく炎というのも、眼球が派手に泳いでいるのを隠す効果が大きい。


 口から吐かれる瘴気も、実のところは過呼吸になっていないか微妙なところ。


 全身から噴き出す魔力など精一杯の虚勢、外敵に襲われた小鳥が羽を広げて威嚇しているようなものだ。


 ただしこれでもかなりマシなほうなのである。宗兵衛が、ではなく演出が、であるが。特に宗兵衛の記憶や知識を垣間見ることのできるリディルからの提案は、演出家たちを色めき立たせた。


 リディルのお気に入りは、五人組の戦隊ものだ。たった一人の怪人を赤・青・黒・黄・ピンクの五人で袋叩きにして正義を吹聴する。敵対する怪人は最終的に爆散して跡形も残らない。


 リディルからすると、これこそ魔物の指導者としては正しい姿だという。敵に対しては強大な戦力で圧倒し、完全に粉砕するからだ。


 興味を示していたラビニアたちが途中から、物理で殴り合う魔法少女や、月に導かれたセーラー服戦士に夢中になっていったのは愛嬌というべきか、日本人として誇りに思うべきか。


 宗兵衛としては、集落の長代行としての格好が、際どすぎるミニスカートなどにならなくて喜ばしい限りである。若い女の子の太腿が覗いているのならまだしも、肉付き皆無の骨が伸びているだけでは誰も得しないではないか。


 決して今の演出が決して気に入っているわけではない。生来が小市民の宗兵衛とっては、過剰演出の重圧で背骨あたりがポッキリと折れそうである。


 圧し掛かってくる過剰演出の重さに抗いながら、骨の右手が持ち上げられた。ゴポリ。そんな音が聞こえてきそうなほどに濃密な黒い塊が右手に生まれ、どす黒い巨大な斧が引き抜かれた。


 別に特別な武器でもなんでもない、いつも通りに骨で作った斧である。演出家たち曰く、魔王には仰々しさも必要、であるからだ。


 骨刀や骨杖を作り出したときと同様、骨斧も体から直接生み出すことが可能。別に黒く着色した魔力の塊を作る必要性はまったくない。骨刀の色が真っ白であるように、骨斧の本来の色も白だ。黒くなっているのは当然、演出である。


 宗兵衛としては、黒い中に純白が生まれるのはそれはそれで恐怖を与えるのではないかと主張し、それは衣装でする、とあっさり返されてしまう。


 宗兵衛の眼下では鳥の魔物が圧倒されていて、施された演出は確かな効果を発揮している。おかげで今後も演出家たちの意欲が高まりそうだと、宗兵衛は危機感を抱いた――決して露わにすることはしない――のであった。


「実に小賢しく、不愉快だ。貴様のような虫が、余の手を煩わせるなど」


 宗兵衛の左第二指が安達を指し示す。指先から魔力や魔法が放たれたわけでもないが、安達は気圧される。


「ぅ、ゥわ、ぁぁア、ぁ……」

「呻くくらいなら、喉を突いて自害せよ。それこそが貴様ら弱者唯一の礼儀であろうが」


 尚、この尊大な口調も振る舞いも演出の結果である。より正確には、演出指示を必死にこなした努力の結果だ。魔王らしい動きや口調を指導したのはルージュで、ルージュを推薦したのはアーニャである。偉そうな言行は息をするようにできる、とのことだ。


「自害すらできぬ腑抜けめが。いつまで我が眼前を汚す気か。疾く消え失せよ」


 黒い骨斧が地上に向けて投擲された。

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