第六章:十一話 ダメな子ほど、とは言うけれど
まったく隠れていないとはいえ、裏に潜んでいるのは転生者もしくは勇者であり、曲がりなりにも策を弄してくるタイプのようだ。
こんな、宗兵衛が訪れたタイミングを見計らって、わかりやすく仕掛けてくるとは思わなかったのだ。考えが足りないのか、自分のスケジュールを動かすことを嫌ったのか。
「……ソウベエ、頭痛が酷くなってる?」
「頭が締め付けられている感じです。今なら緊箍児にも耐えられるかもしれません」
「……知らない言葉ですが」
「別に重要な言葉でもありませんよ。これは黒幕を引きずり出す好機だと考えましょう。行ってきますので、皆さんはここで待っていてください」
両肩にずっしりと圧し掛かってくる疲労感を追い払うように、宗兵衛は肩をぐるりと回す。
気合を入れた宗兵衛の言動は正しくは実行されなかった。ルージュとのじゃんけんに勝ったアーニャが同行――つまり宗兵衛は首だけになって――することになったのだ。
木々をかき分けてこちらに向かってくる魔物の影は、確かに十数体のゴブリンに見える。
一般的なゴブリンよりも装備の質が良く、集落のゴブリンの武器よりも品質がいいと思われる武器を装備している個体もいる。そのゴブリンは磨かれた鉄剣を携え、鉄の兜と鉄の鎧と鉄の盾を装備している。
見るからにリーダー格で、従う他のゴブリンたちも斧やナイフ、鉄製の弓矢を持っていて、果たしてどこから調達したのやら。
「おらぁ! ゴブリンナイト様のお通りだ。魚共、大人しく降伏しやがれ!」
鉄剣を持つゴブリンが大声を張り上げながら腕を振り回す。どこか破れかぶれを思わせる態度で、リーダー格の態度が態度だからか、他のゴブリンたちもぶつくさと呟いている。
「くぅ、頭身が全違うから歩きにくい」
「こんなことしてないで、さっさと叩き潰しちまえばいいんだ」
「アホ、どんだけの兵が必要になると思ってんだよ」
「火を放つのはどうだ? 魔の森なんか焼いても惜しくないだろ」
「森中の魔物が外に溢れるぞ……と、誰か出てき、女の子?」
襲撃してくるといった風ではなく、文句を言いながら仕事をこなす社畜のような雰囲気だ。話している内容も、普通のゴブリンのものとはかけ離れている。
覇気や意欲といったものは感じ取れないゴブリン(?)たちだったが、木々の向こう側から現れた少女の姿だけは完全に予想外だったようだ。
アーニャを見て呆気にとられる。それはそうだろう。魔の森と人間の少女という組み合わせは全くかみ合わない。少女の服装や身に着けている少しの装飾品も品が良く、しかも肌や衣類は汚れていないときている。
「お、おい、なんでこんなところに女の子が?」
「知るかよ。保護すんのか」
「て、おい、あれ、骨を持ってないか」
ざわめくゴブリン(?)たちに、アーニャは抱える頭蓋骨に向けて話しかけた。
「……明らかに普通のゴブリンとは様子が違いますね。身のこなしから訓練を積んでいるのはわかりますけど」
「話を聞きたいところですね。素直に応じてくれると嬉しいのですが」
「骨が喋っただと? アンデッドか!」
「あー、はいはい。アンデッドですよ。何の変哲もない一般的で常識的で、ヒエラルキーで下のほうのスケルトンです」
「……聖騎士を名乗るべきでは?」
《不死の魔法使いを推奨》
肩書がなんであれ、集落内での宗兵衛の地位が補強されるわけではない。むしろ、「また仕事を増やして」と呆れられるだけだ。とりあえずは目の前の仕事を片付けることを優先しよう。
「さて、そこのゴブリンたち、君たちの正体について話してもらいましょうか」
「ああん!? しょしょ正体たぁ、何のことだ!」
「こっちは紛れもなくゴブリンだ。ギルマンみてえな魚野郎は斬り裂いて刺身? とやらにしてやるぜ!」
「いや、あのですね、刺身という言葉を知っている時点でおかしいと思いなさいよ」
この世界のすべてを知っているわけではない宗兵衛でも、アーニャたちを含む人間たちの話しを聞くに、魔の森周辺の地域では生魚を食べる習慣がないことくらいはわかっている。
アーニャの腕の中で、ギロリ、と宗兵衛の眼窩の青白い輝きが揺らめく。
アンデッドの生命感知というのは便利なもので、生命力の強さや瑞々しさといったことを読み取ることができる他、大雑把であるが種族の判別までできる。
生者に引き付けられる性質のアンデッドが、同じ生者でも魔物ではなく人間を優先的に襲う理由は、アンデッドにとって好ましい生命力であると把握できるからだ。宗兵衛の生命感知で判明した情報は、
「全員、人間ですね。変身魔法というやつですか」
ゲームやラノベでよくある「鑑定」風に言うと、名前:ゴブリンナイト、種族:人間、スキル:王国剣術、といったところか。他の連中はゴブリン一般兵あたりだろう。集落では変身魔法はかなりレアで、宗兵衛も使えない。使用できるのは、よりにもよってあの嫉妬仮面だけである。
「う、嘘を吐くな! 俺たちはゴブリンだ!」
「ゴブリンとギルマンの双方に扮して潰し合わせるように仕向けたのでしょう。露呈した以上は隠そうとしても無意味ですよ。背後にいるのは誰なのか、さっさと教えてもらえますか?」
「聞かれたからって素直に教えるわけないだろう!」
「その言動は、黒幕がいる、と自白しているのと一緒でしょうが」
「やっかましいわ!」
次から次へとボロボロと情報を提供してくれる。尋問のためにアーニャの幻術を当てにしていた考えは、投げ捨てて大丈夫そうだ。
「隊長、どうしますか?」
「どうするもこうするも、口封じするしかないだろ! やっちまえ!」
「え? でも女の子が」
「んなもん、ちょっと怖い目に遭わせてこっちで保護すればいいんだろうが。少しは頭を使え!」
「は、はい! よぉし、皆、本物っぽく見せるために訓練を積んだゴブリン剣術の冴えを見せてやれ!」
『『『おー!』』』
「何の努力を積んでいるのですか……」
そもそもゴブリンたちにゴブリン剣術などという技術体系があるなどと、誰が聞いてもガセネタではないか。
宗兵衛の眼前に火球が生まれ、槍のように尖ったかと思いきや、すぐに元の球体に戻って問答無用で撃ちだされた。野球ボール大の火球は、せっかくやる気を出しているゴブリンナイトに直撃する。
「ぴぎゃぁ!?」
『『『たたた隊長ぉぉおっ!?』』』
「……? 殺さないの?」
「どうにも殺意が萎えてきまして」
「おのれ、よくも隊長を!」
「不意打ちとは卑怯千万!」
「怯むな! 我らの正義を見せつけてやれ!」
「どうせ化けるのなら、もう少しクオリティの部分にこだわってくれませんかねぇ!」
「……珍しい。ソウベエがキレた」
《むしろよく我慢したほうかと》
狼狽えるゴブリン(?)たちを尻目に、宗兵衛は次々に火球を発射。威力を調整しているおかげで、ゴブリン(?)たちは派手に吹き飛びはするものの死んではいない。せっかく握りしめている武器も、満足に振るうことすらできずに宙を舞い、地に落ちる。
「君らの正義は一向に届かないですね。もしかして手加減でもしてくれているのですか?」
「魔物相手に手加減などするか! これが我らの実力だ!」
宗兵衛の顎が外れた。既にスケルトンの身で外れた顎は、重力に捕まって地面に落ちそうになる。イメージとしては入れ歯を落とした場面に近い。
「あ、危ない。まさか顎が外れ落おぉお!?」
次の瞬間、宗兵衛はゴブリン(?)たちの背後に回っていた。アーニャが動いたのだ。
宗兵衛ですらなにが起きたのかわからなかったのだから、ゴブリン(?)たちは尚のこと。当て身を受けたと認識することなく、彼らの意識はあっさりと奪い取られていた。
「アーニャさん?」
「……いえ、脱力のあまり、動けなくなることを危惧しまして」
宗兵衛もアーニャの気持ちはわかる。このゴブリン(?)たち、どう贔屓目に見てもダメな子たちだ。気絶から立ち直ったゴブリン(?)たちが後ろ手に縛り上げられた状況を把握するなり「く、まだゴブリンになりきれていなかったということか」と呟いたことからも、ダメ具合がよくわかるというものだ。




