第六章:十話 次に骨はギルマンに話を聞く
集落周辺の土地は整備が進んでいる。今後の交易の拡大に備え、多くの人の往来に耐えられるように急ピッチで整えているのだ。
主な労働力は、日本の都市や道路事情に詳しい宗兵衛が作り出したスケルトンで、他の種族は宗兵衛の作業に着くことで技能や知識を蓄えている最中でもある。
ただし整備が進んでいるのは集落とその周辺だけで、勢力圏外となるとまだまだ魔の森の道は険しい。
伐採や草刈りがされているわけでもなく、鬱蒼と生い茂る植物は視界を奪い、僅かに残った視界も極端に狭く暗いものだ。自然によるものか魔物の争いによるものか倒木も多い。
先頭を歩くのは召喚された三体のスケルトンだ。草木を切って進むために低品質ながら骨刀を装備している。後ろには二体のスケルトンが同様の装備で歩き、真ん中を宗兵衛たちが進んでいる。意思なき骨なら険しい道など関係ない。
「……スタスタ歩いていますが、道はわかっているのですか?」
左腕に抱えられているアーニャが欠伸を噛み殺して聞いてくる。ひたすら歩いているだけなので、流れる景色を眺めるだけの経過に飽きてきているのは明らかだ。
右腕に抱えられているルージュは既に小さく可愛らしい欠伸を何度もしている。頭部のラビニアも同様だ。
「道そのものはわかっていませんよ。ゴブリンから聞いた大雑把な川の位置だけです」
《生体感知を行っています》
感知範囲は大きめにしているが、進行方向上の川と思しき場所には十一体の生命反応がある。この分だともう少しで到着かな、と宗兵衛は判断し、実際に何の問題もなく川にまで辿り着いた。
川と川周辺にはギルマンの小規模な群れが確認できる。最低限の役割分担は行えているようで、見張りギルマンがギョッとした顔になった。
「魚だけに」
液体窒素も裸足で逃げ出す冷たい視線が宗兵衛を貫いた。
『ギョギョ!?』
『ギョゥ!』
突然現れたスケルトンにギルマンたちは色めき立つ。とはいえ武器を持っている個体は少なく、持っていたとしても冒険者あたりが落としていったであろう鉄剣くらい。それも水に浸って立派に錆びついている。
始める前から敗色濃厚な中、一体の髭の立派なギルマンが毅然と立ち上がった。右手に持つ農業用フォークからは、そこはかとなく群れのリーダーとしての威厳が纏われている。
『ギョギョ、怯むな! 我らには授かりし伝説の武器、このトライデントがある。スケルトンなど恐るるに足らん!』
農業用フォークがトライデントに早変わりとか、威厳云々は宗兵衛の勘違いだった。
『かかれ!』
『『『ギョー!』』』
「……向かってきましたよ、我が弟子」
「何でこの問題に首を突っ込んでしまったんでしょうね」
まさに破れかぶれそのままに突っ込んできたギルマンたちなど、宗兵衛の、いや宗兵衛の召喚したスケルトンにすら敵うはずがない。
十一体のギルマンは、三十体のスケルトンという数の暴力にあっさりと制圧されたのである。
『ギョワー、つ、強ぇえ!』
『ギョヒー、だ、だめだ、逃げろー!』
力を発揮できる水場での戦いで負けたギルマンたちは、一目散に背中を向けて逃げ出す。
「逃げてくわよ、ソウベエ」
「事情も聞きたいですから逃がすわけにはいきませんね。待ちなさい」
『ギョギョギョ、待てと言われて待つ魚がいるはずなギョろうが!』
『ギョ、でも、どこに逃げれば』
『どこでもいいギョ、とにかく逃げれるところまで、水平線の果てまで逃げるギョ』
「ギルマンというのは淡水域を縄張りとする魔物でしょう。どうして水平線なんて言葉が出てくるんですか」
聞いた範囲では湖こそあれど、水平線ができるほど広大なものはないはず。魔の森に生息するギルマンが知っているはずのない言葉だ。
「どうやら、こっちのギルマンにも誰かが介入しているようですね」
背後関係を洗うためにも、ますますギルマンたちを確保する必要に迫られる。三本目の骨腕にボゥ、と炎が生まれた。
「追いかけっこも疲れますし、さっさとこれを打ち込みますか」
「晩御飯は焼き魚? いいわね」
「……ルージュ、魚は嫌いじゃなかったですか?」
「ソウベエの魚料理は焼き加減も塩加減も絶妙だから好きよ」
『ギョヒィッ! 焼き魚にする気ギョ』
「こんがり焼かれたくなければさっさと降伏してください。そうすれば悪いようにはしません」
『わわわ悪いように!? まさか、焼き魚じゃなくて活け造り!?』
「だから、どこでそんな言葉を」
裏に隠れきるつもりがないのか、わざと裏にいることを示唆しているのか、単に頭が悪いのか。
降伏勧告の意味も込め、宗兵衛は火球の魔法をギルマンたちの近くの岩に向けて放った。死者の魔法使いの魔法だ。威力も範囲もギルマンの度肝を抜くには十分。
「僕は君たちと話をしたいだけです。よろしいですか?」
宗兵衛の言葉にギルマンたちは恐る恐る、といった態だが頷いた。
話し合いはギルマンに配慮して、水場近くで行われることになり、宗兵衛は適当な大きさの石の上に腰掛けた。ルージュは裸足になって水場で足を濡らして遊んでいて、アーニャはそんな姉を呆れ気味ながら見守っている。ラビニアは変わらず宗兵衛の頭の上だ。
話し合いの基本は目と目を合わせて行うのが基本。空っぽの眼窩と、魚の死んだような目とが合わさったところでなにもわかりそうもないと思うが。
「この水場にはいつ頃から?」
『ギョ、いつからもなにも、ここはずっと我らの縄張りギョ』
話の内容はゴブリンたちから聞いたものとは少し違っていた。
「うん? 最近になってここに移ってきたのではないのですか?」
『なにを言ってるギョ? うちみたいな小さい群れが森の中をそうそう移動できるわけがないギョ』
さもありなん。宗兵衛は納得した。下級の魔物が気軽に出歩けるほど、魔の森の環境は優しくない。対抗しようのない危険が迫っているのならともかく、ある程度の安全や安定が担保されているのなら無理に離れる必要はない。
「ゴブリンと争っているのではありませんか?」
『あのゴブリンたちは酷い奴らギョ。いっつも襲撃してくるギョ!』
水場を奪われることはギルマンにとっての死活問題。対抗しようにも水場から離れては力を発揮することも難しい。
どうすればと頭を捻っていると、どこからか現れた一体のギルマンに、戦い方を教えてもらったのだという。木柵の作り方や、取り囲んでの襲撃方法などだ。
「ふむ……では、そのギルマンをここに呼んでもらえますか。聞きたいことがありますので」
『わかりましたギョ。おい、あいつを呼んで来い…………なに? いない? どういうことギョ?』
『ま、予想通りですけどねー。どうするんですか、ソウベエさん』
「そうですね、まずはゴブリンたちのほうに戻りましょう。きっと向こうでも、連絡の取れなくなった個体がいるでしょうからね。ギルマンさんたち、僕たちはここから少し離れた場所で多くの種族が集まって集落をつくっています」
『ギョ! まままさか、あの噂の!?』
「すみませんが、本当に一体どんな噂が流れているのか教えてもらってもいいですか」
どんな噂が流れているのか、ちょっと本気で調べてみようかと思う宗兵衛だった。
『ギョー、魔物を集めて新たな魔王になろうとしていると聞きましたギョ』
「魔王で聖騎士、いいわね」
「僕の意見がどこにも反映されていませんけどね」
『ギョ? こっちはハーピーやマンドラゴラたちを集めた酒池肉林を作ろうとしていると聞いたギョ』
『ソウベエさん?』
「噂です! あくまで根も葉も幹も花も実もない噂ですから!」
『捕らえた女たちに自分を満足させるように改造を施したとも聞くギョ』
《魔石養殖のことがねじ曲がったと思われます》
「おかしいですね、先程からどうも僕をターゲットにした噂が多いような気がします」
『あまつさえ人間の女を攫ってきてその体を好きにしているとか』
「……私たちのことでしょうか?」
「話についた尾ひれが既に人外のものじゃないですか」
もはや背後にいるのは嫉妬仮面ではなかろうかと疑いたくなる。
『ギョ!ゴブリンが攻めてきたギョ!』
見張りが叫んだ内容は予想内であり、タイミング的には予想外であった。




