第六章:四話 骨に頭痛の種は尽きまじ
自分の立場の脆弱性を思い知った宗兵衛であっても、脆弱なりに仕事はある。その量たるや、そびえ立つ高層ビル群の如く。
里長である一騎は集落の外に出て行ったので、集落に起きている問題に対処するのは必然的に宗兵衛なのだ。宗兵衛もこの瞬間ばかりは、一騎を帝国に送り出したことを後悔する。
ラビニアとリディルにも相談しながら、集落を守るためのシフトを作成する。種族ごとの数を計算し、得意分野を生かせるよう、死角を一つでも潰せるよう、時間ごとの配置を考えなければならない。
コンビニ経営をしている知人の親が、毎月毎月バイトのシフト組みに苦労しているのを、他人事としか考えていなかった自分が腹立たしい。シフト作成を手伝うソフトだかアプリだかを触っておけばよかった、と遅まきながら思う。
いずれ部下たちに任せることを決意しつつ、しばらくは自分がしなければならないことは、骨の頭に頭痛を覚えさせるには十分だった。
頭痛の種は他にもある。ルージュたちによる「世界の真実」の暴露である。
「大魔王と大神、ですか」
宗兵衛にとってちょっと予想外の話であった。
ちょっと、というのは、魔族の勇者などと表現するのだから、魔族の敵対者――多くは人間や神々――を打倒するだとかの展開はあるのではないか、と考えていたのだ。まさか大魔王への対応を迫られるとは。あと大神にも。
最初の頃、ラビニアは自分たちの背後関係について話すことを拒否していたので、宗兵衛もいつしか聞くことをすっかり忘れていた。
ルージュとアーニャによる暴露は、できることならかかわりたくない話であったし、聞かされるにしてももう少し心の準備みたいなものが欲しかった。
「大魔王に対抗するための戦力、という魔族の勇者の立場はまあ、わかりましたけど……人間の勇者というのは」
「仕方ないじゃない。あたしも知らない間にされたことなんだから」
召喚した勇者に役割があるのではなく、勇者召喚そのものが大神の封印を弱めるためのものだった。しかし召喚されてしまった以上は、勝手に動き回られると敵わないので、教会の管理下に置くのだという。
勝手な正義感や考えで大神復活の活動でもされようもならなら、長年に亘る教会と魔族の努力が台無しにされてしまいかねない。
管理するためのヒト・モノ・カネ・時間がもったいない、とルージュは言う。不機嫌に唇を尖らせるルージュは、はっきり言ってとても可愛い。ただしそのルージュの腕に抱かれている宗兵衛は正直、もしかしたら八つ当たりを受けるかもしれないと気が気でない。
「勇者を召喚すればするだけ大神の復活を早めることができるとか、碌でもないでしょう」
「……大神の使徒、のような存在もいるのです」
アーニャの指摘にルージュもため息をつく。別に大神に洗脳されて操られているとかではなく、正義のためにだとか人々のためにだとかを考えた結果、大神の祝福を受けた勇者を増やすことが重要だとの結論に辿り着くバカ共がいるのだ。
結論だけならまだしも、国や組織の中で重要な地位にある人物がこの結論に行きつくと、権力と財力と調整力を無駄に発揮して、実際に勇者召喚にこぎつけてしまうケースが散見されるのだという。
直近の例こそが、レメディオス王国が行った勇者召喚であった。
『召喚する連中は、世界から魔族を駆逐する、とかの崇高な目的があるみたいですねどね。大神の正体も目的も知らないから仕方ないんですけどー』
聞く限り、大神というのは最悪の独裁者だと宗兵衛は思っている。
――――個を捨てよ。人々すべての心を一つにせよ。唯一の教えと価値観を奉じ、喜びも幸福も考えも共有せよ。さすれば差異による争いは消え失せる。唯一にして同一の考えを遍く共有すれば、地上に永遠の平和が訪れる。
「その唯一の考えとやらは大神が示すのでしょう? すべての考えを捨て去って奴隷になれ、と言っているのではないですか。よくもまあ、そんなのを宗教の主神に据えましたね」
「名前だけは知れ渡っているもの。実際に信仰するわけじゃなし。人々の心の寄る辺として、使えるものは使わなきゃ」
「復活したらどうするのですか?」
「あれは大神の名を騙る邪神、てことにする手筈は整えているわよ」
「うわお」
神への忠誠や愛ではなく、民衆に寄り添うことが大事だとルージュは言う。神への奉仕ではなく、民衆への奉仕。神のためではなく、民衆のため。
立派な考えだと宗兵衛は思う。ただし、これらの過程において莫大な利権が発生し、世界に比類ない財力と権力を持つ組織ができあがったことは、世界にとって良かったのかどうか、少なくとも宗兵衛には判断がつかない。大神と大魔王から世界を守るためには、都合のいいことなのは確かとして。
「教会の立ち位置なんかはこの際置いといてですね、復活の目途というのは立っているのですか?」
「……大神の復活については、勇者召喚の術式自体を封印処理したので防ぐことができると思われます。勇者たちの持つ宝装も少しずつ回収していますし。まあ、斬ってみたいとは思いますけど」
「勇者をですか? 大神をですか?」
「……勇者はもう斬りました」
「………………神殺しについてはコメントを差し控えさせていただくとして」
「……そうですか?」
「なんでそこで残念そうな顔なのよ」
キョトンとした妹の顔に、ルージュはこめかみを押さえた。
「ま、この斬り裂き魔はいいとして、そういうわけで大神の復活はなんとかなりそうだから、問題なのは大魔王のほうよ。殺す方法とかはあるのかしら?」
誰が斬り裂き魔ですか、とはアーニャも口にしなかった。
『大魔王を殺すことはできませんよー。あの方には死の概念自体がありませんからねー』
「…………つまり、不死殺し、みたいな武器はないわけですね」
一騎ほどではないが、宗兵衛もゲーム経験は詰んでいる。不死殺しという能力や武器が、強大な力を持つ吸血鬼や不死の魔法使いを滅ぼす数少ない手段として語られることを知っている。
ドラゴンやアンデッドのような、特定の敵にのみ特攻効果のある武器を格好いいと思う感性も持っているのだ。
《不死というのは死の概念の内側にあります。死があるからこそ、死なないという言葉が生まれるのですが、大魔王には死という概念そのものが当てはまらないのです》
「アンデッドのような不死などとは格が違うわけですね」
『それと滅びの概念も持っていませんよー』
「ちょっと待って下さい。大魔王は倒されたのではなかったのですか? 一体、どうやって倒したのですか?」
死も滅びもないような存在にどう立ち向かったのか。宗兵衛の極めて当然の疑問は、疑問以上に当然で簡潔な答えに報われた。
『当時の全戦力をつぎ込んだんですよー。魔族も人も』
三軍王と初代教皇が率いる人魔連合軍と、大魔王一人。加えて連合軍側には神族の全面的な助力まであった。結果は、大陸一つを跡形もなく消滅させ、世界の大半を焼き尽くしながらも、辛くも連合側が大魔王を封印することで勝利を収めたのである。
「それが復活するとして、現状の僕の手札だとどうしようもないのですけど」
骨矢の大量爆撃を試みたところで、効果があるとはとても思えない。宗兵衛は軽く絶望感を覚えた。
絶望感程度で済んでいるのは、異世界転生からこっち、宗兵衛が挫折らしい挫折を経験していないからである。
無双と呼べるほど華々しい活躍ではなくとも、魔の森を巡る戦いにおいては今までのところ敗北を喫していない。アーニャには手も足も出ないが、あれは戦いと呼べるものではない。
一騎はエストを目の前で失うなどの危機的状況を経験しているのに比べて、宗兵衛の人生ならぬ骨生には直接的な苦難が決定的に不足していた。
導き手のおかげで順調に成長し、魔王種との戦いにも負けていない。
スケルトンになったことも含めて順風満帆と表現していいのかどうかはともかく、宗兵衛は自分の力が及ぶ範囲で、及ばない範囲でも周囲の協力を得て――嫉妬仮面たちには別の意見があるだろうことには触れなくてよい――乗り越えてきていた。
実際に自身を含む何者の力も及ばない相手と相対したならば、果たして絶望する程度で済むかどうか。
「…………大魔王が封印されたのはかなり昔のはずなのに、誰も忘れていないのはそういう理由があるのですね。人々の記憶から忘れ去られた時が神の滅びのときだ、なんて表現もあったような気もしますが、それすらも起こりえない、と。酷くありません?」
『ですから封印したんですよー』
正確には、封印するしか方法がなかったのだ。




