幕間:その二十二 とある勇者(妹)と魔物(兄)の話 ~第二話~
上下関係の上のほう、少女の名は山吹由宇。王国側に召喚された勇者である。
上下関係の疑いなく下のほう、カボチャ頭の魔物は山吹夏樹。ジャック・オー・ランタンという魔物である。
二人は兄妹で、乗っていた車両こそ違えど、一緒に修学旅行に参加していた。妹の由宇は常盤平一騎や小暮坂宗兵衛と同い年で、夏樹は留年している。交通事故だ。
「がっかりです、兄さん。魔物に身をやつすだけならまだしも、強盗にまで成り下がるなんて。何のために登校を再開したのですか?」
「いや、お前に言われたからなんだが……」
「兄さん?」
「は、爽やかな青春の日々を謳歌するためであります!」
夏樹は去年の四月頭に交通事故に遭い、両下肢と肋骨を折る重傷を負った。手術は順調に終了するも、細菌感染を起こし回復には時間を要した。リハビリにも時間がかかり、退院しないままに一学期が終えた頃には、夏樹のリハビリを頑張ろうという意欲はかなり薄れてしまっていたりする。
そんな夏樹を奮起されたのが妹の由宇だった。
「兄さんはわたしを先輩と呼びたいのですか?」
同級生から一足飛びに先輩呼びすることを示唆されてようやく尻に火が付き、一念発起してリハビリに励み、一年を留年したとはいえ、登校を再開するまでになったのである。
由宇の言葉があるまでは、「通信制でもいいかな」との考えも浮かんでは消えていたことは秘密だ。
再登校後はそれなりに針の筵であったとはいえ、決して辛いだけの日々ではなかった。新たな友人もできたし、今は先輩となった友人たちとも楽しく過ごせていた。
今回の修学旅行も楽しみにしていたのに、まさかこんな事故に巻き込まれようとは、お釈迦様でも思うまい。
魔物になった夏樹はとにかく自分が生き残ることに懸命で、誰かを倒すとか殺して強くなるとかは、発想の遥か外側だった。
夏樹は小学生から野球をしていたが、交通事故のせいで満足なプレーは不可能になる。少なくとも部活動として激しいプレーや全力で走るなんてことは二度とできない。
大切にしていたものが唐突に奪われる辛さ苦しさを知っているため、他人から奪って成長するということは、夏樹にはどうしてもできなかったのだ。
入院前・中・後を通じて読んでいた少年漫画の知識から自己流の修業をして多少は強くなりはしたものの、他に生き延びた同級生よりも劣るだろうと考えた夏樹は、ひっそりと隠れて生きることを選んだ。
ただし隠れ住むにも最低限の衣食住は必要である。狩りの知識と才能は乏しく、調理方法は火の魔法で丸焼きにするのみ。
ジャック・オー・ランタンなのだから自分の頭のカボチャを食べればいい? 早々に食べきって、今はペラペラの皮を被っているだけだ。
困窮に晒された夏樹は、どうにかして生きる糧を得ようと足掻き続けた結果、「今回だけだから」「少しだけだから」と言い訳を並べながらも、人を襲っては金品を奪う強盗になってしまっていた。
もちろん最初から強盗だったわけではない。
手始めにしたことは、戦場跡や冒険者らが落としていった武具を売って金に換えようとした。だが魔物が人間相手に商売できるはずもなく、かといって商売が成り立つほどの魔物になど心当たりがあるはずもなかった。
前述のように狩りに関する知識や技量はなく、魔法は使えても加減が下手くそ。野草や山菜の類は最初からお手上げ。
このままでは飢え死にかと覚悟し始めたタイミングで、夏樹を襲ってきた冒険者を撃退することに成功、持っていた携帯食を食べることでどうにか凌げたのであった。
以降、夏樹は人を襲っては食べ物を奪って生きてきた。相手が裕福そうであった場合は金も奪い、幻影の魔法を使って他の人間から食べ物を買っていたのだ。
それが人々の間で話題に上る。「人の食べ物を集中的に狙う魔物がいる」という噂だ。これは夏樹の考えが甘かったとしか言いようがない。
夏樹としては「食べ物を奪っているだけだからそうヤバいことにはならないだろう」と踏んでいた。
襲われる側からすると「もし人間の食べ物に興味を持てば人間の居住地域を襲う可能性が極めて高い」との判断になる。
夏樹は知らない間に危険度の高い魔物と認定され、討伐依頼が組まれてしまったのだ。
「おらぁっ! 高額依頼じゃぁっ!」
「このジャック・オー・ランタンは単独で動いている。魔法に気をつけていれば、そこまで難しい相手じゃない!」
「早い者勝ちだってよ! 他の冒険者に後れをとるなよ!」
金に目の眩んだ冒険者たちに追いかけまわされる羽目になった夏樹は、生きた心地がしなかった。なにしろ前世で他人に追いかけられたのは鬼ごっこくらいのものだ。命を狙ってくる相手に追われるなど、ドラマや漫画の中だけで十分な話である。
「ひえぇぇぇぇぇぇえええ!?」
殺気立っている人間たちから上手く逃げ隠れることに成功した、いや成功してしまった夏樹は、「食べ物や金を奪う上に姿をくらますのも上手い」とのことで、更に危険度を高く設定されてしまう。
「だから、たまたま近くに来ていた、わたしに協力依頼が舞い込んできたのです。ジャック・オー・ランタン程度の小者を相手に動くのは本意ではありませんでしたけど、今は動いてよかったと思っています」
そこで由宇は一拍を置いた。
「よかったと思っていました」
「なぜそこで過去形!?」
「どうしてだと思います、兄さん?」
由宇にしてみても、召喚の状況から考えて夏樹が魔物側にいることは十分に予想できていた。
勇者として魔族を討伐しろなどと言われてもピンと来ない由宇も、勇者の肩書がこの世界で活動するためには有効なものだとはわかっていた。
当初は兄の夏樹は別の場所に召喚されたのだろうくらいにしか考えていなかったが、同じ勇者の藤山まゆから同級生が魔物化しているとの確かな情報がもたらされると、由宇の中に強い焦燥が生じた。
車両の順番から夏樹が魔物側にいると推測できたからだ。
それまでは比較的、王都内にいる時間の多かった由宇は以後、勇者の責務である魔物討伐を名目に各地を回り始める。もちろん、兄を探し出すためだ。
由宇の知る夏樹は好戦的ではない。スポーツマンであっても、事故に遭ってからは運動らしい運動をしていないから、戦闘力も高くないことが考えられる。他人を積極的に傷つけるような暴力的な人間でもない。
特に普通とは行動や性質が違う魔物の情報が入ってくると、他の役目に優先してかかわるようにしてきた。
「兄さんはきっと生きています」
自らに言い聞かせるように、強く信じ続けてきたが、手掛かりすら見つからない状況に最悪、二度と会うことができないことも覚悟していた。
今回のジャック・オー・ランタンもちょっと毛色が違うだけの魔物とだけ認識し、一縷の望みに縋るように出向いてきたのだ。
――――へ? おま。由宇か!?
――――まさか、兄さん!? 本当に兄さんですか!?
実際のところは、夏樹と由宇のセリフの間には由宇の右ストレートが存在し、ジャック・オー・ランタンのカボチャ頭を砕き飛ばすというプロセスがあった。プロセスという表現はどうかと思う。
兄の死を覚悟していたところに、思わぬ再会。由宇は感極まって夏樹に抱き着いて泣き出してしまった。
夏樹にとっては青天の霹靂。
由宇にとっては一生の不覚。
直後、由宇は照れ隠しで夏樹を殴り倒す。久しぶりの兄妹の会話は、夏樹が意識を取り戻した一時間後にまで待つことになった。
待っている間の由宇の心中は、「兄に再会できて嬉しい」や「兄さんが生きていてくれてよかった」といった感情の揺れ動きが大部分を占めていた。
けどそれと悟られるのは非常に照れ臭かったので、「ジャック・オー・ランタンはカボチャ頭の魔物ではなかったか? カボチャのマスクを被った魔物ではなかったはずでは?」という実にどうでもいい疑問に、意識して没入していったのである。




