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第五章:三十九話 黒獣の正体

 ジ、ジジ、と神経を逆なでする音を発しながら、複数の黒い球体はなにをするでもなく宙に浮いている。黒獣の周囲を走り回りつつ、一騎は観察を続ける。学力への自信はなくとも、ゲーマーとして戦闘での分析力には多少の自信があった。多少であって、全幅ではない。


 宙に浮かぶ球体はなにもしない。周辺の五つの球体に限ってはそうだ。一騎が一定の距離に入れば自動で反撃してくる。


 カインの意思で動いてもいたが、今となってはカインは地面からまともに動くこともできないでいるので、カイン自身はそこまで重要視しなくてよいだろう。


 だが一際大きい、黒獣の背部を食い破るようにして生まれた大きな球体だけは、まるで獲物を狙うかのように一騎の動きに反応している。カインの持つ敵意や怒りを詰め込んだというよりも、ベルカンプの感情が濃縮されていると思われ、


「!?」


 一騎の背筋に急激な寒気が走る。巨大な黒球に睨みつけられているかの感覚。


 得体の知れない寒気の正体がなんなのか。確かめるため、一騎は加速する。瞬きの間に距離を詰め、骨刀の間合いギリギリ外から腕を振るう。伸びた骨刀の斬撃の狙いは球体の一つ。


 五つの球体が一斉に波打ち、とは言っても攻撃に転じる前に少なくとも目標と定めた球体は斬り落とすことができる。十分に可能な間合いとタイミング。


 一騎の期待を裏切り、最低の予測に応えたのは、地面に這いつくばったままの黒獣カインだ。球体に届く寸前の刃を、黒い手が掴む。骨刀の切れ味の前には黒獣の耐久力は対抗できない。


 コンマ三秒かコンマ五秒か。たったそれだけの時間を稼ぐことが目的だ。黒獣の手に遮られた時間を使って黒球が骨刀の間合い外に出た。


 一騎は最低の予測に従って、骨刀を振り抜いた遠心力を利用して黒獣を蹴り上げる。短い足は射程距離が短いのに、這いつくばったままの黒獣は避けることをできるはずもなく、顎を蹴られ、呻き声を上げた。


「こっのバカが!」


 顎を蹴った姿勢から、強引に体を捻り、左拳を振り下ろす。一撃は黒獣の側頭部に叩き込まれた。体躯が小さく、腕力も知れていて、体重も大して乗っていない一撃でも、黒獣の体は傾き、崩れ落ちた。大小の痙攣を起こし、まともに動くことも無理そうだ。


「……」


 一騎が骨刀を黒獣に向けると、意識が混濁したままの黒獣の腕が動き出す。まさに最低の予測だった。


 この球体こそが本体。ゲーム的に表現するなら黒獣カインは球体を守るカバーリング要員――文字通りの肉壁――であり、同時に魔法やスキルを扱うためコスト要員でもあるというわけだ。ただし、使用するのは魔法力ではなく生命力。しかも現時点では元に戻る可能性すら見当たらない。


「完全に使い捨てかよ」

『消耗品というわけですか。まるで常盤平ですね』

「どういう意味かな!?」


 除霊浄霊用の道具をしこたま買って帰ろう、と固く心に誓う一騎である。


「それにしても、ゼーリッシュね。逆恨みとしか思えねえな」

『なに?』


 愉悦と憎しみに彩られるベルカンプの雰囲気に、より攻撃的な気配が混じる。一騎は抗議で聞きかじった知識を引っ張り出す。帝国内で行われている講義の、つまりは勝者によって作られた歴史だ。


「教義をでっち上げ、力の差も弁えず帝国に戦争を吹っかけてきた挙句に、滅亡に転がり落ちていった愚者の集団だろう。確か、邪神崇拝の徒、だったか」

『っ小僧!』


 ベルカンプの顔からは優越感の強い薄笑いが吹き飛び、はっきりとした殺意が燃え広がる。殺意に純度があるのなら、これまでよりもはっきりと純度が高い。


『のぼせ上がるなよ、ゼーリッシュ神に逆らう異教徒共が! 我らの聖地を不当に占拠していたのは貴様ら帝国だろうが! 本来、我らが享受するべき繁栄を横取りした薄汚い盗賊の分際で! いいだろう、醜い亜人め! 貴様は念入りにぶち殺してやるぞ! 公爵家の跡取りと、大精霊の契約者を殺されれば、頭の悪い帝国の連中も少しは自らの愚かしさを噛み締めるだろうさ!』

「そっちが本性かよ」


 差別主義者で権力にへつらう小者という仮面に抑えられていたベルカンプの内面、それが挑発により剥き出しになる。どうせ被るならもっと別の仮面を被っていればいいものを。


『これは当然の復讐だ。我らの権利だ! 奪われたものを取り返す。取り返せないのなら同じものを踏み躙ってやる! 貴様ら異教の罪人共との戦いは我らが本望。たとえ死したとて、なにほども恐れることはない!』

「完全に常軌を逸しているな」


 目を細め、骨刀を握りなおし、一騎は一歩前に進み出る。ベルカンプの反応は劇的だった。大きく飛び退ったのだ。


『おっとっと、アブナイアブナイ。偉大なるゼーリッシュ神の僕たる身が、戦いに身を投じてしまうところだったわ』

「戦わないのか?」

『この手で縊り殺してやりたいのはやまやまですがね、仕方ないでしょう? だって、私の優ぅぅ秀ぅな生徒にはまだ、できることがあるのですから。生徒の可能性を信じてやるのは教職者の務め。ねえ、君はまだ動けますよね、カイン君?』


 黒獣は頷きすら返せず、小刻みな痙攣を見せるだけだ。ベルカンプは失望の色も満足の笑みも見せず、指を鳴らす。


『さあ、あるのなら貴族の誇りとやらを見せてみるがいい。目の前の亜人を殺せ!』


 ベルカンプの命令から間を置かず、黒獣の両腕が滅茶苦茶に振り回される。


『いひゃっ、痛ひぎィィイいいいぃぃぃいいいっ!?』


 地面に倒れたまま腕だけが振り回されるのは、生物学的な構造をすべて無視した動きだ。カインの肉体を元に使っていながら、カインのことは微塵も顧みない。肉体の限界を遥かに上回る動きを強いられ、中に取り込まれたカインは筋の断裂や骨折は免れまい。


 黒獣からの、黒球からの複合攻撃を、避け、斬り払い、すべての攻撃を受けきる。同時に、伸ばした骨刀を斬り上げた。黒球と、少し奥に浮いていた黒球、合わせて二つを斬り分けた。


『ちぃっ! 動きの鈍い生贄め! なにが公爵家だ! 黒球を守る程度のこともできんとは!』


 騙し、利用し、黒獣の媒体にしておきながらの痛烈な侮辱。恐らくカインの意識は相当に混濁しているだろうが、僅かでも意識が覚醒しているなら、言いようのない絶望を味わったに違いない。ベルカンプは黒獣を蹴りつけ、


『動けガキが! 力をくれてやったんだ! 貴様はもっと動ける! 多少、痛みがある程度、なんてことはないだろうが! 亜人にも劣るクソ間抜けっ。動け動け動けっ! 動くんだよおおぉぉおおぉぉおぉっ!』


 空中に浮かぶ巨大な黒球が鳴動し、他の三つの球体に、バチィッ、と黒い雷光が走る。雷光は二本三本と数を増やす。三秒後には数十本にまで増え、増えたすべてが黒獣に叩き落とされた。


『ぎぃィいぎゃアアあああアあっ!?』


 一種のカンフル剤のようなものか、黒獣の肉体が膨張し、強引に起き上がる。削げ落ちた部分がそのままであるだけでなく、膨張した肉体そのものがあちこちで崩れ始めていた。


 一騎がわずかに顔を逸らしたのが悪かった。黒獣の姿が揺らぎ、一瞬で一騎の視界から消え失せる。背後に出現した黒獣の腕に何本の刃が生み出され、一騎の腹を狙う。


 今までよりも遥かに速い。だが一騎が反応できない程ではない。骨刀で受け止め、衝撃の大きさに浮き上がらされた。続く二撃目。浮いた一騎目掛けて、黒い巨腕が振り下ろされる。


 交差した両腕で防ぐも、如何せんサイズが違いすぎる。腕だけでなく全身を衝撃が襲う。衝撃を噛みしめる間もなく、一騎の肉体は黒腕ごと地面に叩きつけられる。轟音と地響きを上げて、地面が大きく陥没した。


 ゴブリン程度、骨も肉も四散し、赤いシミが残るかどうかも疑わしい。ベルカンプの三日月に歪んだ瞳はそれを信じて疑っていなかった。黒泥の奥に押し込められたカインも勝利したと思い、同時に「ようやく解放される」と安堵した。


『っっっ!?』


 一瞬で覆される。黒獣は真っ白い剣に貫かれた。黒獣の頭部から骨刀の切っ先が急速に伸びる。


 生憎と一騎にはベルカンプとカインの期待に応えてやる義務も責任もない。あるのは集落の皆に対する義務と責任だ。魔石の販路確保を成し遂げ、エストとクレアと共に無事に戻ることこそが重要。


 妨げとなるのなら、突破するまで。


「好きに殴りやがって。ベルカンプに抵抗することはできなくても俺を殴ることはできるってか? 借りは今すぐ返すぞ」


 埋め込まれた地面の下、一騎は骨刀に魔力を流し込む。伸縮自在の骨刀を、上に向けて一気に伸ばす。地面の圧力など豆腐のように手応えがなく、黒獣の肉体も同様。地面を突き破った骨刀は、一瞬の半分にも満たぬ間に黒獣を下から上に貫いた。

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