第五章:三十七話 黒球分離
技術の伴わない攻撃はその実、油断できない威力と攻撃範囲を持っている。
「結構、本気で強いぞ! 骨刀で斬っても、斬った端から再生しやがる」
『そういう手合いは燃やせばよいのではありませんか?』
一騎には炎を生み出すような手段はない。持っているのはエストだ。この試験は試験参加者だけの力で行うように、との趣旨があることを一騎は承知している。だが緊急事態ともなれば話は別だ。今回は間違いなく緊急事態である。
早速、エストを呼ぼうと試みた一騎は、はたと動きを止めてしまう。
「一つ質問があるんだ、宗兵衛」
『なんですか?』
「精霊ってどうやって呼ぶんですか!?」
根本的な問題が一騎の前に立ちはだかっていた。
通常、いくつかの例外を除き、契約をした精霊は契約者に呼ばれればいかなる場所にでも召還される、という。授業で教わったことだ。精霊召還に必要なのが召還文言という術であり、これは魔法士にとって基本的基礎的知識に含まれる。
ただし魔法士としての知識を得る前に精霊契約をし、いついかなる時もエストが傍にいた一騎は、召喚文言という言葉すら満足に覚えていなかった。魔の森では誰も教えてくれなかったし、そもそも知っているものがいなかったし、知ってそうなラビニアあたりは教えてくれそうにないし。
『契約者の君が知らないのに僕が知っているはずがないでしょう。学校でなにを学んでいるのですか?』
「うるせえよ! ゴメンナサイ!? で! どうやったらエストを呼べるんですかね!?」
『そんなもの、契約精霊を持っていない僕にはわかりませんよ。仮に契約していたとしても、アンデッドの僕の場合は死霊精霊とかそういう類のものでしょうから、大精霊のエストのケースでは参考にならないでしょう』
「絶妙に役に立たない!」
『だったら自分で役に立つものを引っ張り出しなさい。実家の押し入れの奥に神界報告書を押し込んでいるでしょう。そこからいくらでも引用できるのではありませんか?』
「なんで俺のトップシークレットを知ってんだよ!?」
『え? 本当にあるのですか?』
他にも「世界統合政府直轄情報局機密書類」とか「煉獄黙示録~第一章~」とかもある。煉獄黙示録に至っては十三章まであったりする。
瞬間、二人の声をも容易く切り裂く突風が巻き起こる。否、突風と見紛うほどの速度を持った、それは黒い鞭のようだった。避け損ねた一騎は腹部に鞭の一撃を受ける。
「っかは!」
強かな一撃は一騎の体を宙に浮かせるに十分な威力だ。続く二撃目。両腕を交叉して防御に入る一騎を、黒い鞭は防御諸共に粉砕せんと唸りをあげる。
『ぃぃい、いひゃ、痛ぃぃいいぃぃっ!?』
同時にカインの悲鳴が森を裂く。
えげつない。そんな感想を抱く間もなく一騎は足を動かし続ける。骨刀を振るう。一騎の頭部を狙った黒い鞭は斬り飛ばされた。と、黒獣の頭部が裂けていく。まるで口を開けるかのように。だが獣と違い黒獣は飛び掛ってなどこなかった。
裂けた口の中には大量の鏃が見て取れた。当たったら痛いどころじゃすまなさそうだ。注意しなければならない。
注意して、その後は? と問われると、一つしか思い浮かばない一騎だ。
カインを倒す。助けられるなら助けることも吝かではないが、これまでの経緯から積極的に助けようとはどうしても思えない。黒獣のような力に安易に手を伸ばしたのだから、この顛末も因果応報だ。カインを助けることに理由を求めるなら、筆頭貴族の跡取りを助けることで恩に着せる、くらいしかない。
「宗兵衛、もう一度さっきのスケルトンを出せるか?」
『魔の森一の逃げ足を披露しろと?』
「召喚した上で逃げ出すって役立たず以下だろ!」
一騎の言葉が終わるか終わらないか、といったタイミングでスケルトンが森の奥から姿を現す。召喚したというよりも、砕かれたスケルトンを再生させた様子だ。遠隔操作のスケルトンがどれだけ役に立つかはともかく、手数が増えたことだけは確か。
敵の情報と、カインを助ける方法を探れるか。との考えが頭をよぎる。
『ぎゃひゃぁっぁぁああああっ!?』
一騎の考えを強制的に中断させたのは、絶叫を交えて襲いかかってきた黒い尾だ。一騎は大きく飛び退き、掠っただけの宗兵衛はあっさり吹き飛ばされた。
「おいこら! 魔の森一の逃げ足はどうした!」
『む、無念』
「無念じゃねえだろおおおおお!」
一騎が間合いを詰める。一息に黒獣の懐にまで達し、体を捻って蹴りつける。体格に差はあっても、魔力を十二分に乗せた一撃だ。黒獣の巨体でも数メートルを飛ぶ、はずだった。
一騎の蹴りを受けた瞬間、黒獣の首が異様に伸び、鞭のようにしなる。一騎は黒獣と相打ちになる形で宙を舞い、受け止める宗兵衛の前腕骨が派手な抗議の声を上げて、一部が砕けた。
『ですからさっさとエストさんを呼ぶように言っているでしょう! 今の僕は戦闘においては君を盾にするくらいしかできないのですからね』
「遠隔操作なんだからお前が盾になれよこの野郎!? 咄嗟に召還文言なんか出てくるわけねえだろ!」
『エストさんと君の絆の力を信じなさい。そうすればできるはずです』
「具体的には!?」
『君が心底からの悲鳴を上げれば、エストさんは必ず助けに来てくれるものとの確信があります』
「確信すんなそんなもん!」
宗兵衛が傍にいなかった日々が、まるで宝石のように輝いて思える一騎である。二人の掛け合いを余裕とでも感じたのか、ベルカンプが不快気に薄くなった頭を振る。どうせ分身体を作るなら髪の毛を増やせばよかったのに。一騎はそんな風に思った。
パチン、とベルカンプが指を鳴らす。鳴らす必要もないだろうに、そうしたということは、主導権を取り戻したかったからか。
『あ゛ぃぃいいい゛い゛ぃぃぃい痛゛ぃいいいひゃあああぁっぁぁあ!?』
黒い泡を吹きながら黒獣が地面に倒れ込む。背部が葡萄のように膨れ上がり、ごっそりと、黒獣の背部が抉られた。極めて巨大な黒い球体が宙に浮かび、
「え?」
黒獣の背部は再生しなかった。抉られてできた巨大な穴は塞がることなく、ボコボコと小さな泡を噴き出し続けている。
『ガヒュっ、ゴッ、フォ……っック、げぇッ、ヒュ……ッカ』
表情をうかがい知るこのできない黒獣の、著しいまでの消耗は明らかだ。頭部らしき場所から黒泥が地面に零れ落ちる様は、嘔吐しているように見える。黒獣は苦痛も苦悶も全身で表していた。
だが。
宙に浮かぶ巨大な球体には、母体だった黒獣の消耗になど関心がないようだった。
「!?」
異音を立てて巨大な球体から黒く巨大な羽が生えたかと思うと、羽の一本一本が槍や剣のように変化する。一騎が息を飲むより僅かに早く、黒い羽が払われた。
一本が巨大で、速く、鋭い、だけではなかった。放たれた剣も槍も分裂する。刹那の間に、アリ一匹這い出る隙間もないほど、一騎の目の前の空間が黒い殺意に塗り潰された。
一騎は骨刀を右横に倒す。右からの横薙ぎで斬り払うつもり、ではない。真っ黒いだけの一騎の視界、その一部が急激に白くなる。白い骨体の宗兵衛が割って入ってきたのだ。
宗兵衛の合掌と共に十体のスケルトンが呼び出され、黒い殺意と正面からぶつかった。勝敗は一瞬で着く。非音楽的な響きと共にスケルトンが砕け散った。砕けたスケルトンが口を開く。
『僕の死を無駄にするんじゃありませんよ、常盤平』
「うるせえよアンデッド!?」
巻き起こる大規模な砂塵を好都合とばかりに目くらましに、一騎は体を低くした。出現した大量の骨と砂塵と轟音は、ごくごく短時間、一騎の気配を森から掻き消す。一瞬だけで十分だ。一騎は足に魔力を入れて踏み込む。
ぼふ、と音を立てて砂塵を突破、黒獣が一騎を視界の端に捉えたときには、もう回避も防御も間に合わない距離だ。これだけの消耗なら、回避などできようはずもないが。
右下から左上へ。魔力を乗せた骨刀の斬撃が走る。防御か、それとも単にそこに置かれていただけか、黒獣の左前腕を斬り、巨大化した斬撃は空中の球体をも叩っ斬、
「え!?」
一騎の斬撃は黒獣が懸命に伸ばした右腕に遮られた。黒獣の右腕は放物線を描き、重い音を立てて森を揺らし、黒い球体は変わらず宙に浮いたままだ。




