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第五章:二十六話 今! 再びの嫉妬仮面!!

 ズル、ズル、ズル。


 魔法士試験開催中のコンディート市には、眠る、という単語は相応しくない。誰も彼もが騒ぎ、大通りも裏通りも細い路地も区別なく賑わいが途切れない。人込みを避けるためには屋内に避難するしかないが、中には飲食店などと間違えた観光客が入ってくることもあるという。


 ここがどこだか、場所はあえて語るまい。確かなことは一つ。本来なら人気のない場所と時間に、異常な熱気を噴出させる集団がいることだ。


 広い空間は闇で満ち、だが静寂は存在しない。圧倒的なまでの熱意はまるで鎖で繋がれた肉食獣を思わせる。ひとたび解き放たれたなら、目的を果たすまで止まることはないだろう。


 ボッ。


 闇の中に炎が一つ、灯る。広大な闇に比べればあまりにも小さな輝きでは到底、闇を払うことはできない。だからだろうか。二つ、三つと次々に炎が出現する。広がるオレンジ色の光と後退を強いられる闇。


 光と闇が拮抗するに至り、浮かび上がる無数の人影。それも異様な人影たちだ。統一された衣装で、顔まですっぽりと覆われた三角頭巾が特徴と言える。どこかの白人至上主義団体を思わせる格好、だが彼らは人種差別主義者などでは断じてなかった。社会の変革こそを求める闘争者の集団であった。


 彼らはいずれもが強い熱と意思を持っている。第三者からは義憤の熱か否かを確かめる術はなく、当人たちは絶対的正義であると信じて疑わない。頭部全体を覆う三角頭巾を被った男たちが蠢く中、炎をかたどったマスクを被った男が声を張り上げた。


「正義は我が手にありぃぃぃいいっ!」


 三角頭巾の男たちが答えて腕を振り上げる。


『『『正義は我が手にぃっ!』』』

「故にぃぃぃいっ! 我が手で行う一切は正義であるぅぅううぅうぅっ!」

『『『正義! 正義! 正義ぃぃぃいいっ!』』』


 異様な集団だ。人が滅多に来ることのない場所で、気炎を吐く。主義主張はわからずとも、強く硬い熱意を持っていることは容易にうかがい知れる。


 帝国に所属する魔法士のような治安維持にかかわる職種ならば、最大級の警戒をするだろう。各国が注目する魔法士試験の真っ最中、怪しげな集団、決起集会めいた声を出す。具体的な物的証拠がなくとも、治安維持を名目に身柄拘束くらいは十分にありうる。


 急速に発展してきた帝国が、同時に憎しみも多く買っているのは当然だ。過激な行動に出る、もしくはその恐れのある集団や個人はある程度マークされていて、日頃から監視の対象になっている。


 だが何事にも抜け落ちるということはあり、この異様な集団もまた、帝国の警戒網に引っかかっていないかった。


「裁きを下すっ! 断固たる! 徹底した! 最強の鉄槌を! あの許すべからざる大罪者を断じて裁くぅぅうっ!」

『『『ぅうおおおぉぉおおぉぉおっ!』』』


 強固な団結力と意思に、炎をかたどったマスクを被る堂々たる体躯の男、嫉妬仮面一号は満足気に頷いた。隣に立つ嫉妬仮面二号も同様だ。


 ズズ、ズズ、ズズ。


 思えば長い道のりだった。一騎に先だって集落を出た理由は、情熱的で開放的な帝国の女性たちとのロマンスだ。宗兵衛から頼まれた日本文化――メイド喫茶や妹喫茶など――の輸出については、まずは自分たちが心身ともに満たされてからの話である。


 いざ到着したらどうだろう。魅力的な女性たちから相手にされることはもちろんなく、狙った女性たちには彼氏がいるという甚だ不当なケースが多かった。


 ――――ハーイ、彼女、お茶しな……

 ――――ボクの彼女になにか用かい?

 ――――……いえなにも。


 嫉妬仮面が近付くと筋骨隆々とした男に阻まれることが何度あったことか。帝国は亜人を広く受け入れていることもあって、彼氏たちにはただの人間よりも屈強そうな奴も多かった。ワイルドで情熱的な女性を求めて獣人を求めた嫉妬仮面たちの前には、同じく獣人の男たちが立ちふさがることが多かったのだ。


 彼らの牙や爪や筋肉の凶暴なそうなこと。魔物に転生した今でも、かつての貧弱なもやし体型だった自分を思い出して震えがくる。


 こんなはずじゃなかったのに。帝国に来ればモテモテになると思っていたのに。彼女持ちになれると信じていたのに。素敵な女の子に「あーん」とかしてもらうはずだったのに。話が違うじゃないか。そんなに見せかけだけの筋肉がいいのかよ。


 その不満を抱いていたのは嫉妬仮面たちだけではなかった。多くの種族が集まる故にこそ、落伍するものもまた数多い。


 残酷極まりない事実に、嫉妬仮面たちは自己を深く反省する。彼女を作って青春を謳歌しようだなんて間違っていた。今こそ初心に立ち返るべきとき。


 すなわち、全カップルの断固たる打倒である。


 積極的、消極的の差はあれど、賛同者は多かった。嫉妬仮面たちは瞬く間に勢力を拡大し、最近になって実行力を伴った部隊を結成するまでに至ったのだ。そう、コンディート市における反リア充を統合する存在として。


 ジャラジャラ、ジャラジャラ、ジャラジャラ。


 さあ、あらゆるカップルを地上世界から殲滅、駆逐しよう。まず手始めに。いや、具体的な目標など決めず、目についたカップルは片っ端から誅戮すべき。いやいや、我らの大義を広く世に知らしめるためにも目標は絞るべきだ。


 あまりにも多くの意見が乱立する中、嫉妬仮面たちの目に飛び込んできた映像があった。それはコンディート市各所に設置されたモニターから映し出されたものだ。


「と、とととと、とぅぅとぉとととぉとぅぉ」


 世間からの注目を一身に浴びる魔法士試験に、美女と共に参加している、同胞だったはずの男の姿を。


「ううぅぅうぅぅううらうらうぅぅうらうらぅらららら」


 魔法士試験という困難を乗り越えたことで、嫉妬仮面の周囲の女たちがこう口にするのだ。


 ――――ねえ、あのホブゴブリン、ちょっとよくない?

 ――――ギリギリありかな

 ――――精霊と一緒にいるってのも凄いわね

 ――――出会ったことのないタイプね

 ――――一生懸命なところも可愛いわね


 そんな、好感度の高いセリフを。


「常盤平ぁぁぁぁあああっぁぁぁっっあああ!」

「あぁぁぁああんの裏切り者がァァァァアアァァァアアッァァァッァ」


 ザク、ザク、ザク。


 異性から高評価を受けるだけでこれである。実に理不尽で暴力的な結論だが、結論を下す側は自分たちが絶対に正しいと信じて疑っていない点が最大の問題である。問題として認識することもない。


 嫉妬仮面と嫉妬団の動きは果断にして迅速だった。強力な嫉妬のネットワークを駆使してあっという間に対象を見つけ出し、使命感と責任感を抱いた同胞たちが集結したのである。


「裏切り者にはぁっ!」

『『『裁きの鉄槌をおおおぉぉぉおおぉぉっ!』』』

「裁きとはなにかっ!」

『『『血の粛清であるぅぅうううっ!』』』

「よろしい! 我が同胞たちよ、武器を手に取れぃっ! この地に正義を成すために!」

『『『おおおぉぉおおぉおっ!』』』

「先陣はこの嫉妬仮面二号が切る! 皆、続けぇっぇぇええぇえっ!」


 ブオン。


 空気が爆ぜる音。巨大な物体が肉体にめり込む音。筋肉がひしゃげ、骨が砕ける音。吹き飛び、木々にぶつかり、あるいはへし折っていく影があった。


『『『二号おおぉぉおおぅぅぉぉおお!?』』』


 ズン。


 重量感のある音が嫉妬団の悲鳴を踏み潰す。そこに立っていたのは、涼やかな笑顔を浮かべる一人のメイド、ユファだった。


「初めまして。ヘンドリクセン伯爵家メイド頭、ユファと申します。いきなりで恐縮ではありますが、皆様方にはここで消えていただきたく参上いたしました」


 主君と共に令嬢リズと一騎をくっつけるべく動くメイド、ユファである。ガッ、と右足が踏みつけるのは、凶悪な棘のついた、人の頭よりもはるかに大きい鉄球だ。ユファが手にするのは、巨大なモーニングスターであった。


「メメッメメメイドさんだとぉっ!?」

「お頭、あんな美人のメイドが冷たい目で俺たちを見下ろしているんだが!?」

「くぅっ! この感情は一体なんだ!」

「ハアハアするぜ!」


 するな。言葉の代わりに巨大な棘付き鉄球が飛来する。メキメキメキ。ミシミシミシ。そんな音と共に数人の嫉妬団員が吹き飛んでいく。


「皆様方の存在はお嬢様の恋路の邪魔になります。存在も考え方も汚らわしい皆様方は、ここで駆除させていただく、と結論いたしました」

「くくく駆除ぉっ!?」「虫扱い!? それもまたご褒美!?」「なななあぁぁぁぁぁああ!?」「お、おぉおおぉ横暴だ!」「酷い! なんてことを!」

「救いようのない方もおられるようですね」


 背筋を冷やす異音が嫉妬団の耳を叩く。同時に無数の団員が宙を舞った。


 ヒュンヒュンヒュン。ユファが振るうのは超重武器であるとは思えない軽やかな音を発して、宙を踊る。どんな仕組みなのか、直線的な軌道ではなく、蛇のようにうねり、縦横無尽に戦場を荒らす。だがその威力は軽やかさとは縁遠い。掠るだけで木々の幹を抉り、土を削り、岩を砕き、容赦なく嫉妬団員を吹き飛ばす、いや、薙ぎ倒していく。


『『『ひいいいぃぃいいいっ!?』』』

「ぜぜぜぜ全員退避ぃぃいいっ!」


 血の気の引いた声で一号が叫ぶ。しかし間に合わない。無双とはこのことか。ゲームの戦国武将よろしく、ユファの腕が一振りされる度、雑兵共が蹴散らされていく。


「ダメです、お頭、これは無理ですぅ!」

「ぃい嫌だ! お母ちゃぁっぁあああん!」

「バカな! 我らの正義が、理想がこんなところで潰えるというのかぁっ! おのれ常盤平ぁぁぁアあぁぁっ!」

「婿様の名前に汚らわしい口で触れないでいただけますか」


 凶悪な巨大モーニングスターを振り回しつつ、数多のシルエットを踏みしめるメイドの姿を、微かに地上に届いた月光が照らし出していた。最後に一人、残った嫉妬仮面一号がにじり退りながら声を絞り出す。


「なぜだ!? なぜ、我らがここにいるとわかったのだ! なぜ我らの純然たる闘争を阻むのだ!?」

「『剣鬼』様よりのお言葉です。嫉妬仮面なる存在が魔法士試験に乗じて混乱を引き起こす恐れがあると。故にこれを迅速適切に排除せよ、と」

「けけけけ『剣鬼』ぃっ!? き、貴様、真正聖教会の手のものか!?」


 ユファは真正聖教会教会騎士の一人であり、伯爵家に、ひいては帝国に潜入している身だ。


「いやそれよりも! 『剣鬼』ということは、我らを売ったの宗兵衛かっ!」


 宗兵衛にしてみれば、帝国との販路を得るための大事な時期に、取引の総責任者である一騎を害そうとする動きを排するのは当然のことではある。教皇ルージュと『剣鬼』アーニャを通じて、教会のネットワークを活用できるのは僥倖と言えよう。


「ソウベエ、というのが誰なのかはわかりかねますが、『剣鬼』様からのお言葉ともなれば全力で果たす所存。それがお嬢様の恋路を叶えるのならば尚のこと」

「おのれ宗兵衛! 名誉嫉妬仮面の風上にも風下に置けん不心得者めがぁぁぁぁぁああああっっ!」


 今も一号が持つ通信玉が位置を教える機能があることを、嫉妬団の誰もが知らない。


 巨大な棘付き鉄球が一号の視界一杯に広がった。

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