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第五章:十八話 試験一日目終了後に

 市街中心部にあるバー・トレアスは、味はもとより、建物の外観も芳しい評価を受けていない。流通業で大成功を収めた人物の息子だったか孫だったかが経営する、いわばボンボンの道楽で始められた店だ。出店場所は一流、調度品は一流、扱っている酒も一流、従業員は一流たらんと努力し、しかし経営者は三流にすら届かない。


 ベルカンプがこの店を気に入っているのは、もちろん舌に合うからではなく、人通りの多い場所にありながら目立たない、この存在感のなさによるものだ。


「バカバカしいだけだ」


 文字通り吐き捨てて、赤ら顔のベルカンプはグラスを乱暴に叩きつけた。途中まではよかった。リズと一騎が戦うまでは。憎きティターニア人、それも貴族の戦いだ。できれば貴族どうしで潰し合ってほしかったが、薄汚い亜人と戦うのも一興だと判断した。


 ゼーリッシュ教において亜人は人間の出来損ないであり、人間には亜人を保護し導く義務と責任がある。義務と責任とはつまり、亜人を自由に使っていいということだ。人間の管理を拒む亜人は魔物でしかないのだから駆除するべきだ。


 連中が派手に潰し合い、貴族の側が命でも落としてくれれば幾ばくかでも溜飲も下がったろうに、結局はベルカンプのささやかな願いは叶わなかった。


 今は勤務時間中だ。他の同僚らは学園内で様々な仕事に追われている。この時期特有のお偉いさん連中を相手にし、または大量の書類を回され、あるいは合格式典の準備に終われ、とにかく帰宅することもままならない。ベルカンプにはそれらの仕事を一切する気がなかった。


 どうせ今回の試験が終われば辞める身だ。


 辞めるというよりも、目的を果たしたのだから残っておく理由が無くなる。貴族の、公爵家の跡取りを、できればとびっきり惨たらしく殺し、公爵家当主のみならず帝国という国家そのものに最大限の痛みを与える。その痛みは帝国全土に広がり、自分たちゼーリッシュ人たちが受けてきた痛みを少しは和らげるができるだろう。


 今日の試験一日目は単なる余興に過ぎない。誰が活躍しようとベルカンプの興味をそそるものではない。


 だが面白くはなかった。自分たちの祖国を奪った魔法士、その候補生たちが多くの人々から賞賛を受けている状況は、まったくもって面白くなかった。国を挙げてのお祭り騒ぎも、ベルカンプにとっては騒々しいだけの、異教徒の祭典に過ぎない。嫌悪こそすれ、楽しむ道理などない。


 ベルカンプは酒を胃に流し込みながら、聖地を取り戻す決意を新たにする。


 ゼーリッシュ教の聖典では、約束の地、という単語がある。この世でもっとも栄える土地を敬虔なるゼーリッシュの信者たちに与えられるべきものだ。長年に亘り約束の地を探し続けてきた彼らは、この帝国こそが約束の地であると考え、自分たちの聖地を不当に占拠している帝国を追い出そうとした。


 ゼーリッシュ側にしてみれば、享受するべき繁栄を横取りした薄汚い盗賊を打ち倒すための、至極真っ当な行動であった。


 当然のことながら帝国側は要求を全て跳ね除けた。帝国は建国以来二百五十年、この地に存在し続けていた。その間、ゼーリッシュ教との深刻な対立はほとんど見られなかった。対立が先鋭化しだしたのは百年ほど前から、帝国が亜人に懐の深いところを示し、大きく発展し始めてからのことである。


 ゼーリッシュは主張した。「帝国の発展は我らが聖地を不当に占拠し、成しえたものである。速やかに聖地と財産をゼーリッシュ神に返還せよ」と。


 当初は交渉をもって事に当たっていた帝国側も、「これは神の言葉であり外交など必要ない。早々にこの地の全てを明け渡すべし」などと繰り返すゼーリッシュには悪感情を抱き、遂には戦争に発展した。


 この聖戦――少なくともゼーリッシュにとっては――は敗北に終わり、ゼーリッシュ教国は滅亡したが、


「ゼーリッシュの信仰も魂も滅んだわけではないぞ」


 毒を吐くようにベルカンプを呟いた。帝国の平和も繁栄もベルカンプは認めない。神の言葉を無視し、勇敢にして善良なゼーリッシュ教徒を多く死に至らしめた帝国を決して許さない。如何にして本懐を遂げるべきか。グラスに映る自分の顔は、歪に口角が吊り上がり、隠しきれない歓喜が滲んでいた。


 封印獣を手に入れたのだ。


 帝国に潜入し、学院教師の身にやつし、帝国や貴族たちの情報を集め続け、ようやく手に入れた成果である。これぞまさに帝国の罪の証。魔法士が技術を高める過程で作り出した、人工の魔獣たち。連中が持て余し、封印していたそれを見つけ出したベルカンプは狂喜した。連中の罪を償わせる目的のためには、これ以上のものはないと結論づけた。


 明日の蜂起を前にベルカンプの気は昂ぶり、誤魔化すように席を立った。乱暴な足取りで店を出、通りに足を下ろす。通りを歩き、三つ目の角を右に曲がる。計画実行まで、残り時間は僅かだった。




『素晴らしいアピールになったことを確信しています』

「通信越しでの皮肉をありがとう死んでしまえ」

『とっくにアンデッドですよ』


 試験一日目終了後、学院敷地内の一角で一騎と宗兵衛が日常的でありふれた通話を楽しんでいた。


『一日目の首位はカインのチームのようですね。翻って、タイムオーバーの我らが集落代表チームの成績について説明しましょうか?』

「せんでいいわ!」

『タイムオーバーの減点も大きいことに加え、通過したポイントの数も結局、四つだけだったわけですから、総合的な成績は』

「するなっつーとろうがぁっ!」

『君がリズ嬢を助けたおかげで試験前半を棒に振った形になったわけですが』

「少しは俺の意見を聞き入れてくれませんかねぇっ!?」


 一騎とリズの衝突直後に発生した山道の崩落。あそこでリズを助けるなんて行動を一騎が採ったから、タイムアップを迎えた。ゆるぎない事実だ。


 言い合いの相手が貴族様あたりなら、亜人風情が足を引っ張りやがって、と口汚く罵ってきたろうが、宗兵衛の口調は落ち着いていると同時に呆れとからかいが等分に混じっているという、かなり器用なものだった。反論の必要性を感じた一騎は、咳ばらいを一つする。


「バカなことを言うな。あのままだったらリズが落ちていたんだぞ? ひょっとしたら死んでたかもしれない。あいつは腹の立つ奴だがな、見殺しになんてできるわけないだろ。見てくれは仕方ないけど、心まで魔物になったつもりはないぞ俺は」

『なるほど、至極もっともな意見だと僕も思います。試験の結果が今からとても楽しみですよ。学力試験の結果と合わせて、集落の一番目立つ場所に張り出してあげますからね』

「人を貶めることに全力を尽くす姿勢はどうかと思います! 学力試験の結果まで張り出す必要性はないだろうが! 今時、試験結果の張り出しなんてやってる学校があるのか?」

『ないならないで、この文化を異世界に広めてみては?』

「ファンタジー舐めてんのか!?」

『土木作業用ゴーレムとか言い出したのは誰でしたかね』

「うぐ」


 鋭い指摘に返す言葉のない一騎である。


「誰と話しているかは知らんが随分と余裕じゃないか」

「む、カインか」


 公爵家子息カインの声が、一騎を背後から突き刺してきた。通信玉を手にしたまま振り返った一騎が見たものは、予想通りというべきか、優越感に口角を吊り上げたカインの笑みだ。取り巻きなのか班員なのか、他に三人の男女がいる。いずれもニヤニヤとした笑みを貼りつかせていた。


「必ず倒すなんて息巻いていたくせに結果を出せなかったリズにはがっかりだが、まあ、最後の最期には役に立ったな」

「あ?」

「あいつはよくやった、て話だよ。お前があいつを助けたおかげで、お前は試験の前半を棒に振ったんだ。魔法士になる目は完全に潰れたな」


 カインはリズとの戦いを無価値だと切り捨て、戦いの後、転落したリズを助けた一騎の行動を見下している。


「負け犬なんぞを助けるからだ。魔法士になるという目的がありながら、目的達成のために役立たずを切り捨てることもできないとはな。これでお前は魔法適性が低いだけじゃなく、必要な判断力も持ってないことが証明されたわけだ」

「バカなこと言ってんじゃねえよ。あのままだったらリズが落ちていたんだぞ? ひょっとしたら死んでたかもしれねえんだ。助けるのが当たり前だろ。お前だってそうじゃないのか?」

「は! どうしようもないクソバカだな」


 いくら実戦形式とはいえ、これはあくまでも学生用の試験だ。いざとなれば教師たちが助けることになっている。ましてやリズは一騎のような平民や亜人と違って伯爵家の人間。学院側が見捨てるなんてことをするはずがない。


 軽蔑混じりのカインの指摘を受けて記憶を探ると、確かにそんな一文が配布された事前資料に記されていたような気がしないでもない一騎だ。


「だから動く必要なんかなかった。必要なのは試験に合格することだ。同じ貴族だろうと試験中は障害の一つに過ぎん。障害を助けるために、それも自分を狙ってきた奴を助けるために試験に落ちるなんて、笑い話でしかないな!」

「それが貴族ってやつかよ」

「お前などになにが分かる。おれはお前などとは違う。シルファリオ家の人間だ。公爵家の人間だ。皆の規範となり、皆を導く人間だ。おれはこの国の未来を背負っているんだよ。お前みたいな亜人、その底辺のゴブリン種と一緒にするな!」

「てめえんちの事情なんか知るか!」


 向き合う二人の眼光は激しさと鋭さを増す。意見の対立はもはや感情の対立にまで発展し、抜き差しならない状況にまでなっている。ややの沈黙を挟み、カインは低い声を搾り出す。


「どうせ明日は、個人戦だ」


 遠目にも分かるほどカインの魔力が高まっていく。目的は明白だ。目障りな一騎をこの場で退場させようとしている。魔力風を帯びた左腕を振り上げるカイン。名剣をも凌ぐ切れ味のその手は――――異音を発してあり得ない方向に折れ曲がった。


「っっっあああぁぁぁあべぐおっ!?」


 公爵家子息の絶叫は強制中断され、新たな衝撃を顔面に受けて吹き飛ぶ。


「エスト!」

「ごめん、イッキ。でも無理。口争いでも腹立たしいのに、さっきのはどう見ても攻撃だった。見逃すことなんかできない」


 エストは一騎に対しては謝罪しても、カインたちを見据える両目には怒りが燃え滾っている。周囲の温度が急激に上昇し、舞い散る木の葉が中空でいきなり発火、燃え尽きた。


「だ、だだだ大丈夫ですかカイン様!」

「大精霊様、これはあんまりです。カイン様はあなたの未来も考えて」

「お前たち如きが考えるなぁっ!」


 大喝が空気ごと生徒たちを揺るがす。一騎とエストの関係がなんであれ、当人たちどうしの問題だ。大精霊の宗教的な立ち位置などエストには関係のない話だし、勝手にエストの地位や立場を考えて二人の間に割り込んでくるなど、極大のお世話でしかない。


「だ、大精……霊様……」


 ヨロヨロとカインが立ち上がる。まだ治療が終わっていないので、班員が回復魔法をかけながらの状態だ。


「いかにっ、だぃ精霊、様と……いぇ」

「黙れ人間」


 許さないとばかりにカインを睨むエスト。常ならばエストに睨まれたらすぐに顔ごと逸らすか、謝罪を並べるカインも、このときはいずれもしなかった。受け止めるというには気概に乏しいが、少なくとも逸らしはしない。全身が震えているのはダメージ以外の要素、宗教的権威への畏怖も多分に含まれているだろう。


「試験……ゅうに必、ず決着……を、つけて、っる」


 決着をつける。言葉とは裏腹に、込められているのは憎々しげな感情と、亜人など眼中にないという差別感情だ。カインは右側に立つ班員に回復魔法をかけてもらいながら、左側の班員に肩を貸してもらいながら、その場を立ち去る。最後に肩越しに一騎を睨むことだけは忘れなかった。

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