第五章:十話 こうして雑魚魔物は出発した
元の世界でも、大規模な自然破壊を含む開発計画が持ち上がると住人らからの反対運動があった。魔の森においては、反対運動などと生易しいものでは済まないだろう。
森を切り開くために人間が入ってくれば、間違いなく襲撃される。被害が甚大なものになることは想像に容易い。
被害を防ぐために護衛の騎士や冒険者を雇うにしても、これまで人の手が入ったことのない場所を開発しようというのだから、期間は長期になる。当然、護衛を雇う期間も長期になり、その分だけ費用がかさむことから、とても現実的ではない。
開発に携わるものたちの安全を確保するために一騎たちが勢力を拡大するというのも、トロウルの活動が活発化している現状では微妙だ。
「教会側の資源を活用できれば話は早いのですがね」
《否定。現状では共存は困難かと》
作業員に混じって暗殺者が送られてくる可能性が否定できない。
「今のままだと、精々、道具や種苗の買い付けが精一杯だろ。職人とか技術者を呼ぶなんてことは不可能だと思うんだ。フリードが言うには、うち特製の魔石はかなり貴重で、価格もかなり高くなるってことだから、代金の代わりに人手を都合してもらえないかと思ってな」
一騎が小袋を取り出し、中身を机の上にザラザラっと出す。集落の特産品候補筆頭の魔石である。ほぅ、と女性陣を中心に感嘆の息が漏れた。
真珠のように球状の魔石は、大きさや色合いの濃淡、透明度こそ様々ながら、共通しているのはいずれも青味を帯びていることだ。いずれも一グラムにも及ばない小粒なものだが、初見で腰を抜かしていたフリードの態度から、商品としての価値は誰もが確信していた。
現在、生産されている魔石は、その生成過程上、ほとんどすべてが土属性であり、今、一騎が取り出したような水属性の魔石は極めて希少な部類に入る。
一騎や宗兵衛の体の一部を核としてマンドラゴラが作ったもので、一般に市場に流通している魔石と比べても、遥かに上質である。水属性という希少性がなくとも、商品価値は十分以上に認められた。
形状にしても、石のように角ばっていることがほとんどであり、価値を作り、魔法的な効果を引き出すために、多くの研磨職人や術師たちが昼夜を問わず作業に追われているという。
「今現在、これを作れるのはうちだけだ。競争力はあると思うんだが」
「競争力はあるでしょうけど、厄介事を引っ張り込む危険性もありますよ」
集落でしか作れないのなら、その集落を傘下に組み込もうと考えるのはむしろ自然なことと言える。独占売買交渉程度の平和的な厄介事ならまだしも、マンドラゴラの誘拐を含むような荒っぽい厄介事は勘弁願いたい。
繰り返すが、魔物は性質上、ボスと認めたものへの忠誠心が高く強い。仮にマンドラゴラを攫ったとしても、魔石生成方法を漏らす可能性は乏しい。
人間という生き物は欲しいもののためには手段も選ばないし、道徳や倫理も平気でかなぐり捨てる。マンドラゴラへ対する拷問や、地球で行われた奴隷狩りのような行動を採ることだって十分にありうるのだ。
『今はその可能性は低いと思いますけどー?』
《この集落にまで兵を送るだけの余裕があるとは思えません》
魔の森は元々、軍を展開させることが難しい地形だ。トロウルの活動が活発化していることも、人間が侵入する可能性を低下させている。更に他の魔族の勇者の問題だ。フリードの話によると、強力な力を持った魔物が各地で暴れており、各国の主な軍事力はこれに対応することが急務になっているとのこと。
「常盤平を人質にする可能性は」
「そんなものは塵も残さず焼き尽くすわ」
激怒したエストをどうにかする手段がそうそうあるとは思えないから、エストが同行する限りは一騎の身の安全は、ある程度、保たれることだろう。
《帝国も王国も関係なく真正聖教会は信仰されていますから、大精霊のエストは間違いなく厚遇されるでしょう。そのエストと一緒に行動する常盤平一騎についても、通常のゴブリン種よりも良い扱いをされるかと》
「例えば珍しい魔石を扱っても、誘拐されたり痛めつけられたり信用されなかったりすることはない、ということですね?」
『断言はできませんけど、少なくなることは確実ですねー』
むしろ、一騎をぞんざいに扱えば、町の一つや二つ、焼け落ちてしまいかねない。
話を詰めた結果、土属性の魔石を多めに、商談の切り札として水属性の魔石をいくつか持っていくことになる。
「コネを作るためにも、できれば帝国上層部に売り込んできてください。レアアイテムですから決して安売りはしないように」
「なんかのMMOで、レアアイテムをやたらと高値で売りつけて暴利を貪ってた奴が俺の目の前にいるんだが?」
「暴利とは失礼な。価格というものは売り主だけでつけるものではありません。その時々の市場参加者、つまりは、あくまでも市場が決めるものなのですよ」
ほくそ笑むスケルトンの姿はどう見ても悪霊の類である。
「あのさ、宗兵衛。俺が人間界に行ってる間に、皆が俺のことを忘れてしまうってことはないよな?」
「わけのわからない危惧を抱いていますね。そんなに不安でしたら、君の肖像画でも飾っておきましょうか?」
「おお! ぜひ頼む!」
肖像画だなんて、まるで自分が大物になったような気がする。
意外なことに絵の心得があった嫉妬仮面一号が描き上げ、集落の大誓堂に一騎の肖像画が飾られることになった。
黒い額縁に入り、黒いリボンがかけられていたが。
「これから旅立とうって人間になにを見せてくれてんだこらぁ!? 宗兵衛てめぇ、リボンも額縁もお前の仕業だろう!? 集落の数少ない資源をなににつぎ込んでんだ!?」
「おっと失礼。まだ早かったですね」
「まだじゃねえよ! いらないから! 早く外せやぁっ!」
「せっかく一号が肖像画を描いてくれたというのに……なんてわがままな」
「俺は悪くないよね!?」
こうして人間界に行くことが決まると、以後の行動は早かった。翌々日には準備を終え、大誓堂の入り口前に立つ。
と、そこにはリアカーを引くゴブリンたちがいた。赤木や黄瀬たちの部下として、一騎たちと戦ったハンスたちだ。森の中を逃げ回った挙句、最近になってようやく傘下に入った変わり種である。
『ケェーヒッヒッヒィッ! イッキ様、森の中の案内はこのハンスめにお任せくだせぇ!』
『あーあ、ハンスがハンドルを握ると血を見るまでは収まらねえんだ』
「…………」
森から出る際には、ハーピーに運んでもらうことになったのは言うまでもない。荷物は最低限、必要なものは人間界についてから買いそろえることになる。
大誓堂の前に集まったのは集落の大半だ。
出発する一騎、エスト、クレア、嫉妬仮面一号と二号、案内役のラルフ。見送る側は宗兵衛とラビニア、魔物たちはもとより、ルージュとアーニャの二人もいる。
教皇聖下に見送られての出発など、教会信者なら感激のあまり心臓麻痺でも起こしそうだ。しかしもちろん、一騎が心臓麻痺など起こすはずもなく、どころか怖がって距離をあけたがっていた。
「ねえ、ソウベエ。君の友達があからさまにあたしから距離をとっているんだけど、これにはどういう意図があるのかしら?」
「……ソウベエの差し金?」
「知らないのですか? 最近のゴブリンには、教会関係者が近付くと心室細動を起こす個体が増えているようでして」
随分と斬新な個体だ。能力向上に繋がっていないところなどは特に。
集落を襲った藤山まゆがいる以上、その元締め的存在である教皇にはかなり大きな隔意を持っている。ルージュとのやり取りには一切、かかわろうとしない一騎であった。
「じゃあ、宗兵衛、集落のことは任せたからな? それから、あの肖像画は絶対に使うなよ? 絶対だぞ?」
「では、肖像画については対応するとして、ハーピーたちから旅立つ常盤平の前途が洋々たらんことを祈って、献歌がありますよ」
「それは嬉しいが……ステータス異常を引き起こすような呪歌じゃねえだろうな?」
「君は僕をなんだと思っているのですか。友人にそんなことをするはずがないでしょう」
友人、の単語がここまで嘘臭く感じられるのは、ある種の才能と言えるのではないだろうか。
宗兵衛の合図を受けて、ハーピーたちが並ぶ。
女性型の魔物であるハーピーは鳥の要素もあるからか歌も上手く、どういう理由からか美女美少女が多い。彼女らと接触する度に、一騎の心拍は跳ね上がったものだ。
真偽不明ながら、人間と恋仲に落ちたという話まである。ファンタジーのゲームや小説に慣れ親しんだ一騎には、理解できる話だ。
「準備できましたね? では、よろしくお願いします」
『はい』
宗兵衛に促されて、頷き合ったハーピーたちが一斉に歌いだす。
『『『ほ~た~〇のひ~か~り』』』
「それは卒業の歌だろうがぁぁぁぁぁあああっ! やめて! お別れに聞こえちゃうから!? てめぇ、宗兵衛! 本当に労力を惜しまねえなてめぇはっ!」
「万人に理解できることを前提にと頑張ったのですよ」
「別のことに頑張れよバッカ野郎!?」
どうにも、しんみり感とか感傷とかが湧いて出る隙間がない。前途に広がるのは希望ばかりでないにもかかわらず、一騎の心中にあったであろう緊張は吹き飛んでいた。
「早く行くわよ、イッキ」
「待ってくれ、最後にせめて一回だけでもあいつの頭をかち割らせてくれ!」
「はいはい、帰ってきてからね」
初めての旅立ち。
それはエストに引っ張られての出発となった。見事に感動的ではない絵面なのが、実に一騎らしかった。
今後は思い出しながら書くことになるので、
投稿ペースが遅くなります。
申し訳ありません。




