第五章:九話 雑魚魔物は森の外に行ってみたい
ラルフの発言の中では、他にも気になることがある。
「ある事件の調査、というのが気になりますね。王国が召喚した勇者のことを探っていたのだとは思いますが、その調査の最中に森に逃げ込む羽目になったのでしょう?」
ルージュとアーニャを通じて、レメディオス王国という国家が勇者召喚を行ったことは知っている。勇者の持つ戦闘力が、国家間のパワーバランスに大きな影響を与えることもだ。帝国にとって同盟国でも友好国でもない王国を探るのは、安全保障上、当然と言える。
「イッキとしては、その人間を通じてもっと人間の世界のことを知りたいのね?」
エストの指摘通りではあるのだが、一騎はできることなら人間の国を訪れてみたいのだ。このまま魔の森の中に留まり続けているよりも、外の世界に出たほうがより有意義ではないかと思うのである。
異世界でファンタジーな街を体験してみたいという、お気楽な本音が隠れていることは秘密だ。
「一理はありますね」
宗兵衛が最初に賛意を示す。現在の魔の森のきな臭さときたら、右肩上がりに密度を増している。特にトロウルの活動が目立って活発になってきていることを考えると、森ではどうしても戦闘が中心になってしまう。
集落を発展させたとしても、先の教会襲撃のときのように焼け落ちる可能性もある。魔の森の外に活路を見出すのは、間違った判断ではないというのが宗兵衛の意見だ。
「それに他の連中のことを知りたいってのもある」
勇者召喚に巻き込まれた同級生たちのことだ。オタク繋がりのあった赤木や黄瀬たち、非モテ三銃士として鉄の結束を誇る嫉妬仮面を除けば、一騎には特段に親しかった相手がいたわけではないにしろ、洞窟崩壊後にどうなったかを確かめたい欲求はある。
魔族の勇者だけでなく、人間側の勇者についての情報も欲しい。
地理や国際情勢など知る由のない転生者たちだ。王国や帝国、法国などを区別して移動できるはずもない。中には帝国に入ったものもいるだろう。赤木たちのように人間性を失って周囲に被害を撒き散らしている可能性もあるが、もしかすると人間に戻る手掛かりを得ている可能性もあるかもしれない。
『えー? そんな都合のいい話があるわけないじゃないですかー』
お前が言うな。一騎、宗兵衛、エスト、クレア、嫉妬仮面たちの心が一つになった瞬間だった。
『えっと、アヅミともう一人はなんだっけ? イッキたちの知り合いの名前が出てきたのよね?』
「そうだ」
「僕の記憶にはありませんけどね」
『『『ないの!?』』』
一騎だけでなく嫉妬仮面たちも驚いていた。安曇と宮崎はバレー部に所属する美人として校内で有名な存在だ。小学時代から同じチームにいて、中学校では全国大会に出たこともあるらしい。
「いや、宗兵衛、あいつら結構な有名人だろが。覚えとけよ」
「まったくだ。ジャンプするときに揺れるおっぱいのロマンは大事だろうに」
「ふ、体育館には何度も覗きに行ったものだ」
嫉妬仮面の指摘に一騎も過去を思い出す。宮崎愛衣はともかく、安曇夏帆の豊かな胸には一騎も数えきれないくらい視線を奪われている。
校内で販売されていた隠し撮り写真を購入したこともある。五枚一組で五百円だ。高校生には痛い出費だったが、値段以上の価値があったと思っている。自分が持っていない写真を他の同級生たちと交換したことも、今や懐かしい思い出だった。
「へぇ?」
『ふーん』
エストとクレアの、目のまったく笑っていない笑顔に晒されて、一騎は話題の方向を変える必要性を感じた。
「しししかしだ、安曇と宮崎という名前が出てきても、友好的に関わっているかどうかもわからないし、まだ生きているとも限らない」
「けれど君は帝国に行ってみたいのでしょう?」
一騎は首肯する。帝国の資源や技術を使えるようになるかもしれないメリットは大きい。
反面、人間の国に出向くリスクはある。
魔の森に魔物の集落ができている事実が知られることもリスクだろう。亜人という括りを持つ分、帝国のほうが王国よりかはマシだろうが、リスクと利益を天秤にかけ、一騎は利益のほうが大きいと判断していた。判断の根拠には多分に勘とか希望的観測が含まれているが。
魔の森の環境は厳しく、開発するにしても時間と人手がどれだけかかることか。開発が成功しても、果実を巡って争いが頻発するのは目に見えている。
争いをなくすには、それこそ魔の森の各勢力を統一するぐらいのことが必要になり、戦争のない国で育ってきた一騎には身体的にも精神的にも荷が重い。巻き込まれた場合や防衛のためならまだしも、自分から積極的に戦いを仕掛けるのは、未だにハードルが高い。
「軍師無双の夢も破れましたしね」
「うるせえよこんちくしょう!?」
破れた夢が多すぎて、数えるだけで悲しくなる点が痛いところではある。
大方針として帝国に向かうことが決まると、次は人選だ。一騎だけを放り出すわけにはいかない。この世界の人間のことに疎く、貨幣の価値や物価、社会情勢のことも知らない一騎だけだと、それこそ奴隷にでもされて終わりそうだ。一騎も反論するだけの根拠を持っていない。
「はいはいはい! わたし! わたしは絶対にイッキと一緒に行くから!」
『エストだけに任せるわけにはいかないわ。我の力も貸そうではないか』
この二人が同行を申し出るのは想定の範囲内である。一騎が出る以上、必然的に宗兵衛が集落に残ることになることもだ。
「お前らはどうするんだ?」
一騎が嫉妬仮面に問いかけ、嫉妬仮面は「ふっ」とニヒルに見えなくもない笑みを浮かべた。
「我らは我らの使命を果たすため、ここに残る」
「あらゆるカップルを根絶するための拠点だからな、ここは」
いい笑顔でなにを口走っているのかこいつらは。ようやく発展のための飛翔にさしかかろうとしている集落をそんなものにするな。一騎たちの共通見解である。
一騎としては人間社会に出た経験のある嫉妬仮面の同行は心強いところなのだが――帝国内でカップル撲滅運動を展開するだろうことは不安の限り――当人が拒否しているからには難しい。
そんなことを考えていると、宗兵衛が口を挟む。
「いえ、嫉妬仮面たちには集落独自の経済活動として、日本文化の輸出をお願いしたいのですが……メイド喫茶とか妹喫茶とかアイドル喫茶とか」
くわっ、と嫉妬仮面の両目が見開かれた。
「帝国は新興国家であり、発展のためにあらゆるヒトやモノが集まっているようです。そこには確かな商機があります。日本の文化を取り入れた産業でもって参入することは、十分な勝算があると言えるのではないでしょうか」
見るからに嫉妬仮面の心が揺らいでいる。
「この日本独自の文化を浸透させるというのは並大抵のことではできないでしょう。単純に戦うよりも根気が必要になるからです。ですが君たち嫉妬仮面にならできると信じています。また文化の掛け合わせもできるのではないかとも考えています。たとえば」
「た、たとえば……?」
ごくり、と唾を飲み込む嫉妬仮面。
「各喫茶のオプションとして……ポッキーゲームや水着エプロンや野球拳を採用するとか」
『『三号だけを帝国なんて危険な場所に送るわけにはいかない! 我らも同行しよう! 真実の友として!』』
実に扱いやすい連中だと一騎は思う。嫉妬仮面を追い出しにかかっていることは明らかなのに、当人たちだけは気付いていないようだ。それにしても、宗兵衛といい嫉妬仮面共といい、友人とか友情とか言葉が実に薄っぺらいものに感じて仕方がない一騎であった。
「けど、これだと戦力が偏らないか?」
転生者三人、大精霊エストと精霊級の力を持つクレアが集落から去ると、残りの戦力はかなり限られる。集落の力は大きく低下すると言えた。
「大丈夫でしょう。ラビニアさんもいますし」
ラビニアがコクコクと頷く。
《兵力不足ならスケルトン生成で質より量の作戦をとることも可能です。『剣鬼』からも必要時は手伝うとの発言を得ています》
「え゛? 『五剣』が?」
戦力低下どころか過剰戦力である。
竜化したことは一騎の記憶にほとんど残ってはいない。残っていないなりに、ぶった斬られた感覚や手も足も出なかった事実はうっすらと残っていて、一騎は強い寒気を覚える。もう一人の真眼の持ち主ルージュの力については未知数なことが、より一層、一騎の背筋を冷やす。
「じゃあ振り分けはこれでいいとして、後は、そうだな、魔石をどうしようか?」
「持っていくつもりですか?」
一騎の発言に、魔石製造責任者の宗兵衛はあまり賛成ではなさそうである。
「十分な対価というか取引材料になると思ってるんだが」
帝国と繋がりを作り、魔の森を開発する。言葉にすると簡単だが、実際はかなり難しい。
森に技術者や職人を果たして呼ぶことができるかどうか、資材を都合できるかどうかなどの問題の前に、一騎たちは別に森の覇権を握っているわけではないので、開発に伴う安全性も完全には確保できていないのである。




