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第五章:八話 こんな話が出てきました

 来客用の建物とはいえ簡素な造りであることは変わりない。


 大きく変わった点を挙げるとすれば、用意されるお茶だ。以前、どうしても茶を飲みたくなった一騎は、水に木の皮を浮かべて飲んでみたことがある。


 魔素をたっぷりと吸った魔の森の木だ。いつまでも舌と喉に残る凶悪な渋み、激烈な下痢に襲われる副作用でのたうち回った記憶は今も尚、鮮明である。あのときに比べれば、今の茶はかなり美味い。


「常盤平が腹を下した例のお茶ですが、あれで下剤を作れないか試しているのです。特産品になるかもしれませんから、試作品ができたら君が飲んでください」


 建物内にいる宗兵衛は、逃げようとしていたところを寸でのところで一騎が捕まえたのだ。骨の表情が不満げであることが実に腹立たしい一騎である。


「なんで俺が飲まなきゃならんのだ?」

「アンデッドの僕は飲めませんし、エストさんやアーニャさんたちを治験に使うわけにもいきませんし、部下に押し付けるのもなんでしょうから、消去法的に」

「嫉妬仮面たちに飲ませるといいと思うんだ」


 鉄の結束を誇る同志を売る一騎。


「もう既に飲んでもらっています」


 生身の実験体たちを逃すつもりは宗兵衛にはなかったらしい。道理で、今日は朝から姿を見かけないな、と納得する一騎であった。


 処置には大して時間を要さず、程なくラルフと名乗った男がギルマンに付き添われて入ってきた。宗兵衛が自己紹介をすると、ラルフは非常に驚き、宗兵衛から距離を取ろうとする。


「まさか……アンデッドが……いや、だとすると………彼女たち以外にも……他にも」

「!」


 一騎の聴覚はラルフの小声でぼそぼそとした呟きを余さず捉えていた。むろん、それは宗兵衛も同じだ。


「ふむ? アンデッドになにか思うところでもあるのでしょうかね?」

「日頃の行いが悪い奴に心当たりはねえか?」

「鏡を見てくるといいですよ」


 ギリギリギリ ← ゴブリンとスケルトンがメンチを切り合っています。


《あの人間はスケルトンが喋ることに驚いています。多少なりとも人間社会とかかわるホブゴブリンがいるゴブリン種はともかく、アンデッドは基本的に生者にとっての敵であり、喋るアンデッドはその中でも上位の存在になりますので、無理からぬ反応かと》

「確かに……フリードなんか俺が喋ってるだけで驚いてたもんな」


 ホブゴブリンは帝国ではドワーフなどと同様の亜人に、しかし王国では魔物に分類される。主に王国内で動くフリードが一騎に驚くのは当然のことだ。


 そして、一騎が喋ることに驚かなかったということは、ホブゴブリンのことを知っているということであり、つまりはラルフが帝国人――もしくは何らかの繋がりがある――であることを示していた。


「改めまして……私はラルフ。帝国で冒険者をしています。今回はある事件の調査を依頼されて王国に入っていたのですが――――」


 ある事件、というのが何なのかについてラルフは話そうとしなかった。冒険者にも依頼主や依頼内容についての守秘義務でもあるのだろうか。その事件を調査していたところ、真実を知られたくない連中に追われることになり、手傷を負い、追っ手から逃れるために魔の森に転がり込んだとのことであった。


「ははぁ、災難でしたねえ」


 口では同情するかの一騎も本心はまったく別だ。日本にいたときなら鵜呑みにしたかもしれない。けどここは日本ではなく、一騎も素直さの美徳を半ばは失っている。すれた、と表現してもいい。


「ラルフさん、こっちはあなたと駆け引きをしたいわけではないんだ」

「駆け引きなど私は」

「魔物は耳がいい。人間よりも。彼女たち以外にもいたのか、と言ったよな。彼女たち、というのが誰か、教えてもらっていいだろうか?」


 口を閉じるラルフだったが、時間としては短かった。「死体から情報を抜き取れる」と無機質な口調で行われた宗兵衛の脅しが効果を発揮したのかもしれない。他にも、ここで一騎たちと敵対するような行動に出た場合、調査結果を国なり冒険者組合に報告することもできなくなる。


 ラルフが覗かせた目の輝きからすると、あわよくば一騎たちを取り込もうとの思惑も透けて見えた。


 ラルフの仕事のもう一つが最近、危険度の上昇がうかがえる魔の森の調査だったので、逃走と兼ねて森にも入ったのである。


 彼女たち、というのは、帝国で保護することになった二人の少女、安曇夏帆と宮崎愛衣のことだ。安曇夏帆はファイアエレメンタル、宮崎愛衣はエアエレメンタルという精霊の一種である彼女らは、傷ついた状態で発見され、帝国に保護されるに至った。


 彼女らから聞いた話により、帝国側は魔族の勇者云々の事情を把握したのである。


 一通りの事情を説明したラルフが次に口にしたこと、それは一騎たちを帝国に招待することだった。


 魔族の勇者というのは、教会が召喚する勇者よりも珍しい上に、安曇夏帆たちのように人語を解し、性質が人間に近いのなら共存もできるかもしれないと訴える。もちろん裏側には、戦力として取り込みたいとの考えがあることはわかりきっていた。




「――――と言ってるんだが、どう思う?」


 ラルフからの聴取が終わったすぐ後、一騎は宗兵衛やエストらを呼んで話し合いを行った。当然のように意見の大勢は「反対」だ。人間から受けた仕打ち――相手は教会であって帝国ではないが――を踏まえると当然の反応である。


「人間なんかのとこに行ったら、魔物は殺されるわよ。共存なんて、信じられるわけない」

『我もエストに賛成するぞ。聞こえのいい言葉で誘い込んで、魔族の勇者を解剖したり実験したりする恐れがある』


 クレアの発言の根拠がどこにあるのかは不明だが、だからと言って否定する根拠も一騎は持っていない。


「我ら嫉妬仮面もこの拠点を危機に晒してまで人間とかかわるのは反対だ」

「言っとくが俺たちの拠点だからな? お前らの拠点じゃないからな?」

「はっはっは、なにを言い出すんだ。こここそが、我らが嫉妬の宝城ではないかね」

「わけのわからんものを築くなよ!?」


 嫉妬仮面の受け入れは失敗だったかもしれない。一騎は強くそう思った。


「宗兵衛はどう思う?」

「要は、魔族の勇者を自分たちの側に取り込みたいというだけのことでしょう? 取り込んだ後は……他国とのあらゆる分野での交渉に利用されかねません」


 他国とはこの場合、一騎たちとも縁を作り上げたレメディオス王国の可能性が考えられる。もっと突っ込んでいくと、下手をすると王国と帝国の問題に巻き込まれる可能性が高くなるのだ。


 集落に降りかかってくると思われるリスク――両国間の衝突や問題に巻き込まれること――を考えると、最低限の治療を提供したのだからさっさと出て行ってもらうことが望ましい。


 人間との接点についても、フリードを通じてできたばかりであり、集落の規模的には現状でも十分。フリードは白取くるみという一騎たちと同じ立場のものを介しての関りということもあって、ある程度以上の信頼を置けるが、ラルフについてはこの点も未知数だ。


 というのが宗兵衛の意見であるのだが、一騎には別の考えがあった。


「いや、俺たちって外の情報を手に入れる機会が少ないだろ? フリードさんだけだと偏りが出てくるしさ」


 フリードは主に王国内で活動する行商人であり、帝国側の情報を手に入れる機会は乏しい。帝国との接点を作れるなら逃したくないのだ。


「なんなら情報は僕が手に入れますが?」

「助けた意味がなくなるだろ!」


 宗兵衛は相手から記憶や情報を抜き取るスキルを持っているが、これには死んだ相手からでないと無理だという微妙に外道な条件がある。つまり宗兵衛は「情報が必要ならラルフを殺して手に入れる」と言っているのだ。


 簡単ではあっても、その場限りの情報収集で終わってしまい、継続的な関係構築は不可能になる。しかも、殺して情報を手に入れた、なんてことが知られると、控えめに見ても人間側からの警戒を強くするだろう。


『アーニャがいるともっと楽なんですけどねー』


 真眼の能力があれば情報収集は非常に簡単だ。竜化した一騎が砦を襲った際、兵士の記憶を操作したことを宗兵衛は思い出す。


 そのアーニャと、姉のルージュは話し合いの場にはいない。散策と称して魔の森の中を歩くことを日課にしているのだ。教会の人間が傍にいたなら絶対に許さないことを、存分に楽しんでいるのだという。


 おかげで集落周囲の治安のいいこといいこと。一体、どれだけの数の魔物がアーニャに斬り殺されたのか、想像するだけで身震いする一騎である。


 ルージュに至っては、人と魔物の話し合いを「雑事」の一言で片付けていた。視点が自分たちとは違うのか、単に興味がないだけなのか、一騎には判断がつかない。妙に懐かれているっぽい宗兵衛も同じだろう。

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